平成17年度東京大学卒業式総長告辞

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式辞・告辞集 平成17年度東京大学卒業式総長告辞

告辞

平成18年(2006年)3月24日

東京大学総長
小 宮 山  宏

 本日ここに卒業を迎えられた皆さんに、東京大学の教職員を代表して心からお祝いを申し上げます。皆さんは、本学の学部教育課程を修了し、めでたく卒業証書を手にされました。
  もちろん、それは、ただ学業を修めたというだけではなく、学生生活を通じて多くの友人を得たり、尊敬すべき人に出会ったり、さらには、大学生として社会と関わるなど、様々な学びの経験を積まれたということをも意味しています。みずからの責任において大学生としての自由を享受しつつ、四年間の学業生活を経て、いま、ここに、卒業という人生の重要な区切りを迎えられたことに対して、心からのお祝いを申し上げたいと思います。また、同時に、皆さんを、遠くから、近くから、ここまで支えてこられたご両親をはじめとする御関連の皆様にも、心からの敬意とお祝いを申し上げます。
  さて、四年間を過ごした東京大学とは、皆さんにとって果たしてどのような処だったのでしょうか。そこで皆さんが身に付けたものはいったい何だったでしょうか。
  その答えは皆さんそれぞれ異なっているでしょう。一人ひとりにいろいろな考えや思いがあるでしょう。
  しかし、今日、皆さんを社会に送り出す者として、私は、ここで、東京大学が、そして社会が、皆さんに何を期待しているのかという、皆さんへの思いをお話ししたいと思います。

 東京大学は、その教育の目標として「広い視野を有するとともに高度の専門的知識と理解力、洞察力、実践力、想像力を兼ね備え、かつ、国際性と開拓者的精神をもった、各分野の指導的人格を養成する」ことを掲げています。そして、その目標に向かって、「幅広いリベラル・アーツ教育を基礎とし、多様な専門教育と有機的に結合する柔軟な学部教育システム」を実現することを宣言しています。このことは、平成十五年三月に制定された「東京大学憲章」に謳われています。
 つまり、「専門知」とも言うべき、それぞれの専門分野における深い知識と学力を持ちながら、その専門性にとらわれることなく物事を多元的に観ることのできる幅広い教養、すなわち「総合知」を身に付けているということが、東京大学が皆さんに期待していることなのです。皆さんは二年間の教養課程とそれに続く専門課程から成る学部教育システムを通して学んだことによって、さらには、きわめて多くの専門分野を擁する総合大学である東京大学で学んだことによって、自ずとそのような力を身に付けているはずなのです。

 数年前、本学の卒業生に関する企業アンケート調査を行ったことがあります。その結果によると、多くの企業が「東京大学の卒業生は総合的な判断力と幅広い知識をもっている」、また「自ら努力して伸びる人材が多い」と評価していただきました。これは、東京大学の教育目標に照らして好ましい評価です。その一方で、「社会的な責任感」、「地球的・国際的な視野」という点に関しては、まだ十分とは言えないという評価もいただいています。しかし、私は必ずしもこの結果を悲観的に捉えてはおりません。むしろ東京大学の卒業生の皆さんがよりいっそうの「社会的な責任感」や「地球的・国際的な視野」をもつことを、現在の社会全体がより強く期待し、求めていることの表れととらえるべきだと考えているのです。

 ですから、私としては、そうした社会からの要請に皆さんが充分に応える意志をもっていただきたいと願うのです。実際、皆さんはこの四月から様々な進路を歩まれることになりますが、どのような進路を進むにしても、このわれわれの社会が、現在、多くの課題を抱えていることを忘れないでいただきたい。環境問題・エネルギー問題・少子化問題・高齢化問題・巨大都市に伴う問題など、現代社会の問題は、文字通り枚挙に暇がありません。そのどれもが空前のスケールで展開する決定的に重要な問題であり、しかも日本だけに固有なものではなく、人類社会の全体に関わる問題なのです。日本は、狭い国土にもかかわらず、高度に産業化した経済を擁するがゆえに、それらの問題が世界の多くの国に先駆けて集中的に顕在化しています。ですから、日本の今日の現実は、二十一世紀のそう遠くない時期において、世界中の人びとの現実となる可能性が大なのです。
  私は、二十一世紀に地球社会が遭遇するであろうこれら未曾有の困難に対して、日本はみずからの課題を解決することを通じて人類社会のビジョンを先取りして示すべきであり、また、示すことができると考えています。それは、人類共同体における私達の使命なのです。逆に言えば、今、日本社会に降りかかっている困難は、私達が真に国際社会の一員として世界に貢献するフロントランナーとなるチャンスを与えてくれているということでもあります。そして最も大切なことは、私達はそれらを解決する能力をもっているということです。そのことに、私達は自信をもってよいのです。

 ここで具体的内容を、私の専門分野に近いエネルギー問題を事例としてお話しましょう。
 人類はエネルギー源を、石油・石炭・天然ガスなど化石資源に依存しています。日本はその多くを輸入に頼っており、現在、エネルギー資源の海外依存率は八〇パーセントにも達します。このこと自体は、日本にとって苦しい厳しい状況であることは間違いありません。しかし、歴史的に考えてみると、それがかならずしも不利に働いたとばかりは言えません。輸入に頼らざるをえないエネルギーの価格が高かったがゆえに、日本は世界一と言ってよいくらいエネルギー効率の高い国に成長したのです。国民総生産の高さに対して、エネルギー消費は、主要国のなかで最小です。世界の十二パーセントの財を生産していながら、エネルギー消費を反映する二酸化炭素の発生量は五パーセントにも達しません。また、産業のエネルギー効率も、製品のエネルギー効率も、多くが世界最高ランクに位置しています。ご存じのように昨年来、石油の価格が暴騰しましたが、その高騰に対して日本社会は強い抵抗力を示しました。エネルギー効率は、再生可能エネルギーと並んで、二十一世紀のエネルギー政策の基本ですが、その点においても、日本はすでに世界のトップランナーなのです。この事例は、エネルギー資源に乏しいという不利な状況が、むしろ世界全体が向かうべき社会モデルを世界に先駆けて実現させる誘因となったことを示しています。
 このように、日本は、天然資源に恵まれなかったために、エネルギー効率の良い国を造り上げることができました。同様に、人口密度の高い先進国であるからこそ、みずから環境規制を強めることによって、いまでは美しい空や海を取り戻しつつあるのです。資源に乏しい人口密度の高い先進国という日本の現状が、来るべき地球の姿であることは容易に想像できましょう。私達は、自らの課題を解決することに成功すれば、それが人類全体の社会モデルとなることで国際社会に貢献できるという可能性を賦与されているのです。

 振り返ってみれば、明治維新以降、日本は欧米諸国からさまざまな産業や社会制度を導入して先進国となりました。そして、今や世界に類を見ない「課題先進国」となったのです。しかし、いま、私達の社会が抱えている課題は、もはや、再び欧米諸国から何かを導入することによっては解決できないのです。むしろ私達こそが世界に先駆けて課題を解決しなければならないのです。私が日本を「課題先進国」と定義する意味はここにあります。エネルギー問題も、そしてこの他の多くの問題も、まずは、日本において課題が顕在化しているのです。「必要は発明の母」という、よく知られた言葉を引用するまでもなく、私達自身が二十一世紀の社会モデルを作り上げなければならないのです。そして、そうすれば、みずからの社会の解決モデルが、やがて襲う未曾有の困難から人類を救うのに役に立つのだと、私は主張しているのです。
 私達は、みずから問題を設定し、分析し、解決の可能性を求め、国際社会の合意を得て、実行するという、フロントランナーとしての振る舞いをしなければなりません。「課題先進国」であるという現状を明確に意識し、「課題解決先進国」を目指す――それが日本のビジョンであり、その世界史的な役割なのではないでしょうか。そのことを通じて、地球社会持続のモデルを実現し、国際社会の一員として人類に貢献しなければならないのです。
 もちろん、このグローバル化の時代にあって、これらの課題解決や社会モデルの実現は、一国のみで成すべき事ではなく、また成し得る事でもないでしょう。私達が「課題解決先進国」というフロントランナーとしての独自性を保ちつつ、問題意識を国際社会と共有し、地球規模の社会モデルを提案していくためには、国という意識を越えて、政治的にも科学技術的にも、国際的なネットワークを構築する努力が必要です。さらに、そのような努力は、文科・理科という学術の枠をも越えて為されるべきなのです。
  今日、東京大学を巣立ち名実ともに社会のなかに入って行こうとしている皆さん、私は、皆さんが、それぞれの立場からこの「課題解決先進国」への厳しい、しかし真に充実した道のりに参加されることを心より願っています。皆さんの東京大学での学びこそが、この「課題解決先進国」の実現に寄与するものであることを確信しているのです。
 課題の解決は、それが重大であればあるほど、個人の力だけでは成し遂げられません。かならずや、そこにはさまざまな異質な人びとの相互協力や連繋が必要になってきます。その意味では、卒業はけっして皆さんとのお別れを意味しません。むしろ、社会のなかでの皆さんのそれぞれの現場と東京大学は、これからもさまざまな仕方で結ばれていくべきだと私は思います。総長として、私は、東京大学が、皆さんにとって、今後も、いや、これからこそいっそう、課題解決という共通の目標のために必要な知のネットワークの場として機能しつづけることを約束したいと思います。

 昨年夏、私は東京大学総長として「時代の先頭に立つ大学-世界の知の頂点を目指して」と題するアクションプランを発表しました。時代の先頭に立つ大学という標題は、「課題先進国」という状況を背景にしています。昨年の入学式で私は、「本質を捉える知」、「他者を感じる力」、そして「先頭に立つ勇気」を持とうと、新入生に訴えました。それこそ、二十一世紀冒頭という現時点において、世界が必要とする資質であり、また東京大学が目指すところである、と訴えました。それをここでも繰り返したいと思います。日本は「課題解決先進国」になるべきです。みずからの困難解決のためにだけではなく、それが日本が果たしうる、果たすべき世界史的な役割であるからです。それこそ、国際社会さらに人類共同体の一員としての日本社会の力の源(みなもと)になると私は信じているのです。そのために是非、これからも一層、社会の現場において、「本質を捉える知」、「他者を感じる力」、「先頭に立つ勇気」を育くみ続けていただきたい、そのように強くお願いして、私の式辞の結びといたします。



 

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