平成20年度入学式(大学院)祝辞

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式辞・告辞集  平成20年度入学式(大学院)祝辞

平成20年度入学式(大学院)祝辞

平成20年(2008年)4月11日
東京大学数物連携宇宙研究機構長 村山 斉

 大学院への新入学生の皆さん、今日はおめでとうございます。ご家族・ご親族・友人の方々もおめでとうございます。

 私は東大の学部、大学院を出て2年間東北大学で助手を勤めた後、14年間アメリカで過ごしました。そして新しく出来たばかりの数物連携宇宙研究機構の機構長として、ついこの一月に日本へ戻ってきました。完全な「アメリカぼけ」で日本の暮らしや仕事の仕方が分からず、まだ色々と苦労しているところです。特に日本語が変になっています。例えば、着任後に各方面へ挨拶に伺うときに、「お礼参りに行ってきます」といって周りをぎょっとさせました。戴いたお菓子を機構の事務室へ差し入れに持っていくときに「たらい回しですが」と言ったのも大失敗です。どうも振る舞いが普通でないらしく、警備につかまったりもします。

 科学の研究に興味を持った理由の一つは国際基督教大学高等学校の先生たちです。しょっちゅう物理や化学の先生の部屋へ出入りしていましたが、あるとき化学の先生の本棚に「化学実験べからず集」というのを見つけました。ある金属を水中に入れると急激な化学反応がおこるので、絶対にやってはいけないとありました。とっさに「どんなにすごい反応なんだろう。やってみよう」と思いました。化学実験室のるつぼと電気分解用の電極を貸してもらい、何とかしてその金属を少量取り出すことに成功しましたが、何せ反応性が強くて、るつぼにことごとく穴をあけました。こんな好き勝手やっていた生徒を許していた寛大な先生方には今考えると驚かされます。事故があったらどうするおつもりだったんでしょうね。そのお一人の滝川洋二先生は後に駒場に理科教育研究の客員教授で移られました。

 この武道館は懐かしい場所で、自分の入学式だけでなく、その後3回東大オケのメンバーとしてマイスタージンガーを演奏しました。コントラバスです。当時は57コントラバスといいました。大学時代は授業にろくに出ず一日中楽器を弾いていて、今考えるとよく大学院に入れたものだと思います。当時平均点がダントツに高かった物理学科へ進学できたのは、進学振り分けで物理の底が抜けたお蔭でした。物理へ進学した後は演習の時間というのがあって、一学期に少なくとも2問黒板で問題を解かないと単位が取れないのですが、冬のコンサートが終わるまでは勿論やりません。最後の回になって2問解かないといけませんから、2時間以上前に行って他の人が問題を解き始める前に黒板に書き始めました。時間になって同級生が入って来ると、後ろの方から声が聞こえます。「おい、あいつ誰だ?知ってるか?」そのぐらい授業には出ていませんでした。

 真剣に勉強をはじめたのは、大学4年生の夏の演奏旅行が終わってから、秋の大学院入試に備える為です。このときに本当に物理にのめり込みました。いくつかの基本原理から、自然界のいろんな現象を説明できることにわくわくしました。例えば空はどうして青く、夕日は赤いのか、星はなぜ光るのか、どうして金属には電気が流れるのか。こういうことが基本的な原理から説明できるのがとてもおもしろく思えました。もっと物事の根本に迫りたいと思い、素粒子物理を志望しました。物質を細かく分けると分子、原子、原子核、陽子と中性子、そしてクォークや電子という素粒子に行き着きます。この素粒子の性質を記述し、わずか18の基本定数で身の回りの現象が全て説明できるはずだ、というとんでもない理論が素粒子の標準理論です。これをぜひ分かってやろう、もっと根本的な理論を作りたい、そんな気持ちで大学院へ進みました。

 ところが大学院時代ははっきり言ってみじめでした。そもそも自分が悪いのですが、勉強したい内容を研究している先生がいるかどうかきちんと調べもせず、何となく東大から東大の大学院へ進んでしまった為、その分野の研究がほとんど行われていなかったのです。研究にも「はやり」があり、周りの大学院生たちはみな当時のはやりの理論を研究していました。どうしてもなぜそれが面白いのか理解できなかったので、先輩一人一人捕まえて「なぜこの研究をやっているのですか」と聞いて回りました。相当鬱陶しい後輩だったろうと思います。研究室の中心的存在だった先生にも、うさん臭がられ、もう修士で就職しようと思っていました。

 ところが、別の先生が哀れに思ったのか、筑波の高エネルギー研究所(当時)から私のやりたい分野の萩原さんという研究者に紹介して下さり、やっとやりたい勉強ができる可能性が出てきました。それで一応博士課程まで残ったのですが、萩原さんはすぐさまイギリスへ2年間も出掛けてしまい、結局置き去りです。しょうがないので全然関係ない分野の高温超伝導などをしばらく勉強していました。

 D2の終わりになってやっと萩原さんが日本へ帰って来て、さあ教えてもらおうと思ったところ、「一人じゃ教えてやらない。」結局日本全国行脚して、広島、京都、東京、筑波から何とか7人、興味の近い大学院生をかき集めました。そこでやっと本格的にD論の準備ですが、何せもう1年しか残っていません。最後の最後まで追い込みで、提出締め切り日は早朝の電車の中で製本していたほどです。

 こんな事があったので「みじめだった」と言いましたが、東大での一番のメリットは同級生たちです。みんなとてつもなく優秀で、教わることがたくさんありました。今でもどんな教科書よりも友人から教わったことを良く覚えています。

 こんな無茶苦茶な大学院生生活でしたが、運良く東北大学の助手になれました。採用してくれた柳田さんという方に何年も後で「なんで採ってくれたのですか」と聞いたところ、「集中講義に行ったときに、途中で面白い冗談を言ったからだ」と言われました。何が助けになるか分かりません。

 結局自分の興味のある分野を求めてアメリカ、バークレイに移りました。興味の合う研究者にも大勢会えて、その後、この素粒子と宇宙の境界分野が急速に成長していったものですから、幸運が重なってバークレイで教授になってしまいました。

 そうこうしているうちに分かったのは、標準模型では身の回りの物は説明できるけれども、宇宙は説明できないということでした。学校では万物は原子で出来ていると習いますが、大ウソです。宇宙の物質の八割以上は原子ではなく、「暗黒物質」という正体不明のものです。しかも暗黒物質の3倍以上の「暗黒エネルギー」というのもあって、これが宇宙を引き裂いているのです。素粒子物理学が始まって百年後、結局まだ宇宙の5パーセントも理解できていないことがはっきりしました。これを何とかわかってやりたいということで、今度数物連携宇宙研究機構を作ることになった訳です。

 私のこんな経験談が皆さんのどういう役に立つかは分かりませんが、いくつか敢えて教訓を挙げてみます。一つには研究は勉強と違って、本当に心から情熱を注げる対象でないとうまく行かないことだと思います。「知りたい」、「分かりたい」という気持ちだけが原動力です。とはいってもどの分野も進歩して少しずつ変わっていくので、一つのことに凝り固まるのではなく、その時々に本当に面白いと思うことを追求すれば良いのです。楽しくないと続きません。研究は99%が試行錯誤、暗中模索なので、やることは殆どうまく行きません。ごくたまにうまく行く時があって、新しいことがわかります。「そうか!」とすっきりした気持ちと、世界中で自分以外に誰も知らない新しいことを見つけたという感覚は、とても嬉しいものです。

 もう一つは出会いです。研究者はたとえ一人で研究していても、他の研究者から物凄く影響を受けます。いつも、どんな驚きがあるのか、オープンでいたいと思います。それで、何か知らないこと、分からないことはどんどん質問する。日本では知らないことは恥ずかしがる風潮がありますが、特に東大生はそうですが、そんな必要はありません。研究ではいろんな細かい専門分野があり、本当の専門家は世界に数少ない訳ですから、ちょっと外れた分野では知らないことがあるのが当たり前です。どんどん質問して自分の世界を広げるように心がけてきました。

 そして競争です。私の一番引用されている論文はスイスにいるイタリア人二人、ドイツ系アメリカ人で当時東海岸にいた一人との共著です。ある晩寝る前に出たばかりの論文をチェックしていたところ、殆ど同じ内容の仕事が発表されていました。慌ててイタリア人の仲間にメールして、向こうは朝ですから彼らが原稿を書き続け、次に東海岸に回って、最後に西海岸の私のところへ来て、一日で論文を仕上げました。あそこで頑張らなければ、独立に研究したことを誰も認めてくれなかったでしょう。競争に勝つことが研究の目的ではありませんが、競争はとても刺激になります。

 最後に、研究に関して大事だと思うことは、説明が上手になること。どんなに面白い結果が出ても、他の人に説明できないと、だれも評価してくれません。面白いと思ってやっている訳ですから、面白く説明しましょう。興奮しましょう。しばらく同じことをやっていると自分でもだんだん飽きてきますが、人に説明してみると、実はどんなに面白いことだったのか自分でも再確認できます。

 大学院は勉強から研究への転換期です。皆さんのほとんどは、研究というのがどんなことか、まだピンと来ないと思います。勉強はもう分かっていることを身につける訳ですが、研究は世界で誰も分かっていないことにチャレンジすることです。とっても大変ですが、とっても面白いです。皆さんも早くその面白さに気付いて楽しんで欲しいと思います。これで私の祝辞は終わりです。ありがとうございました。

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