平成24年度東京大学学部入学式 祝辞

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式辞・告辞集 平成24年度東京大学学部入学式 祝辞

 おはようございます。
 めでたく入学試験に合格されて、今日、東京大学に入学された皆さん、心からおめでとうございます。同時に、ご家族の方にも、お祝いを申し上げたいと思います。おめでとうございます。
 ここにおられる皆さんは、同年代の若者たちの中で、何百人あるいは何千人に一人というインテリジェンスを持っておられると言えるでしょう。まず、そういう自覚をもった上で、私の話を聞いてください。

 極めて大雑把な話で恐縮ですが、よく聞かれることなので、まず、この点について触れます。それは「ノーベル賞を取る確率は1000万人に1人」ということです。1000万人に1人というと高額賞金の宝くじと同じです。しかし、少し考え方を変えると、1000万分の1とは10の7乗分の1なんですね。最初に「皆さんは10の3乗分の1の方々ばかり」と申し上げました。そうすると「10の7乗分の1」と「10の3乗分の1」ですから10の4乗分の1、つまりここにいる方々ならば「1万人に1人の確率でノーベル賞がとれる」ということになります。先ほどの総長のお話では「東京大学には学生や研究者が何万人もいる」とのことですから、ここからは複数人のノーベル賞受賞者が出てこられると思います。
 そこで、「自分を10の3乗分の1から10の7乗分の1にどうやってもっていけばいいか」ということになります。10の3乗分の1から10の7乗分の1、大ざっぱに言うと、トップの10人に1人というようなコンペティションです。この世の中でコンペティションを忘れて生活することはできません。東大に入るのもコンペティション、卒業してどこかの企業に入る、あるいは、さらにどこかの学校に行くのもコンペティション。この先、皆さんが伴侶を探す際にもコンペティションはあります。
 ですから、コンペティションを押さえ込む社会には、私は真っ向から反対しております。むしろ、いい意味でのコンペティションは大いにプロモートしたいと思います。オリンピックもそう、芸能・芸術におけるコンペティションもそうです。コンペティションは、我々ひとりひとりが自分を磨いていくプロセスになると思います。
 そこで私が皆さんに申し上げたいのは「まず、好きなことを探しましょう」ということです。私の場合は理工系の分野が好きなことだったんですが、そういう好きなことを探して、のめり込んでいこう、と。今日はその出発点だと考えていただきたい。
 ところが、いくら好きなことでも、しばらくすると嫌いになることもあります。「やってみたらそれほどおもしろくないや」というわけですね。そういう時は、やることを変えたらいいんです。30歳~35歳ぐらいまでならそれが可能ですから。研究者というものは「45歳ぐらいまでにピカッとしたものに当たらないと、あとは大変」だそうです。45歳以降は、あるテーマに関して積み上げていくプロセスになるからだそうですが、私もそういう気がします。
 私がノーベル賞を受賞したテーマは、41~42歳ぐらいに掘り当てました。私の先生であるブラウン先生【註:ハーバート・C・ブラウン博士。1979年ノーベル化学賞受賞】は、ハイドロボレーションを発見してノーベル賞に輝いた人ですが、ブラウン先生の場合、その発見は44歳の時でした。私は当時(1962年)からブラウン先生がノーベル賞をとると思っていましたが、なんと、それから17年たって、1979年に受賞されました。
 そのように気の長い話ではありますが、今から、ぜひ、好きなことを探し始めていただきたいと思うんです。で、やってダメなら変える。「敗者復活戦」というのが私は好きです。2~3回は敗者復活戦を経験してもいいですよね。この中には、既に敗者復活戦を経験した人もいるでしょう。

 私の場合を振り返りますと、大学入学直後に「自分も1000分の1ぐらいの資質を持っている」と思いました。そう思いましたが、それからがだめだったんです。音楽が好きで、歌を歌ったり音楽を聞いたりして過ごしました。あるいはテニスだなんだと、とにかく遊びが好きな学生でした。遊びが好きだというのは本質的に悪いことではないのですが。
 振り返ると大学時代の4年間、実は体を壊して5年かかりましたが、あまり勉強しなかったんですね。だから、あの頃は1000分の1の資質から100分の1ぐらいに下がってしまったかもしれないです。
 大学卒業後、帝人株式会社に入社しました。入社直後、「君には高分子の化学反応について系統的に研究してほしい」と言われたんですが、それを聞いた瞬間、びっくり仰天しました。高分子の化学反応のことなど何も知らなかったからです。そこから私はすぐに敗者復活戦に入っていったわけです。当時、社内には留学を奨励する雰囲気がありました。私は20歳の頃から「これからの世の中は英語かな」と思って英語を勉強しておりましたので、うまいことフルブライト奨学金の留学生試験に通りました。倍率は70~80人に1人だったと思います。渡航費、学費、生活費を全額支給。自費は一銭もいらない。そこが私にとってのキーポイントでした。高分子の化学反応に関する知識、それを基礎から作り直すことができたのは、実はただで米国に行った3年間の博士課程があったからでした。フルブライト奨学金を通った時点で、3段目から4段目にいったかなと感じました。つまり1000分の1から1万分の1ぐらいにグレードアップできた。そういう感じがしましたね。
 留学後、一旦、日本に戻ったんですが、学問への興味を捨てることはできませんでした。そこで、帝人を退社し、パデュー大学のブラウン先生の門を叩きました。彼は素晴らしいメンターで、先生のグループには30人ぐらいの研究員や学生がいたのですが、実際の指導は1対1でした。マン・ツー・マン。これを2年受けてから、頼まれて先生の助手になったので、ブラウン先生と6年間、コンタクトしたことになります。
 この時の経験から言えることは、皆さんには、ゆくゆく1対1の指導を受けることを強くお薦めしたいと思っています。たとえば芸術やスポーツといった分野がそうですね。ピアノや歌などで頭角を現すためにも、野球でホームランバッターになるためにも、オリンピックの水泳やマラソンで金メダルを取るためにも、やはり、真の才能、能力を求められる分野では、まず間違いなく、1人のプレーヤーに1人の素晴らしいコーチが付いて、世界レベルでの教育がなされています。
 このプロセスが、1万分の1の自分を10万分の1の自分にしてくれたのです。フルブライト奨学金に受かって米国に行ったときに1000分の1が1万分の1になったと思いましたし、さらに、ブラウン先生のところに行ったことで、それが10万分の1になったかなと思います。ブラウン先生の研究室で研究することは「1万分の1から10万分の1になるための『5段目の崖登り』という競争だった」と私は考えています。その後、40年がたっていますが、10年ぐらい前から「ノーベル賞候補だ」ということで何となく世間が騒ぎ出しました。その間に20~30年かけて、ようやく最後の2つの崖登りゲーム、6段目と7段目の崖を克服したかなという気持ちです。
 過去にブラウン先生の研究室に籍を置いた博士課程学生、及び博士研究員の数は、延べ400人に達しています。このブラウン研究室出身者の中で、私と北大の鈴木先生【註:鈴木章北海道大学名誉教授。ノーベル化学賞を受賞】の2人が2010年のノーベル賞を受賞しました。ブラウン研究室出身者の中からノーベル賞受賞者になれる割合は、ちょうど「200人に1人」ということになります。

 ですから、まず好きなことを見つけてとことんやってみる。それで失敗したら、また別のことに変えてもいいと思います。とにかく、とことんやれるようなことが、2~3回変えるうちに見つかればいい。このゴールデンルールはいろいろなところに当てはまりますね。そして、ある段階まで行ったら、マン・ツー・マンのコーチを受ける。そういう本当の意味でのトレーニングが必要なので、世界で最も優れた方を探して師事することをお勧めします。そういう方が東京大学におられるなら、東京大学でやればいい。中国なら中国、米国なら米国、ヨーロッパならヨーロッパ。世界の道場は武道館だけではないのです。さらに、45歳までに何か光るものを掘り当てることです。
 これをお祝いのメッセージとして、私はぜひ皆さんにお伝えしたかった。

 そこまでやって、ノーベル賞を取れなかったらどうなるのか。それまでのプロセスは失敗なのか。
 そんなことはないです。私も、10年ほど前から世間が騒がしくなってきたので、受賞できるような気になっていました。自己分析をしてみると「まあ、トップ10人に1人ぐらいのとこまでは行ってるかな。100人に1人ぐらいまでは下がらないだろう」、と。しかし、10人に1人と言っても、1人取ると9人は取れないのだから一生とれないかもしれないということですね。
 そこで思いました。そんなことは問題じゃない、10人に1人のところまできたら、既に私は十分、価値のあることをやっている。我々、プロフェッショナルな人間にとって何が重要かというと「自分の給料よりも多くのリターンを世の中に返せること」。これがもう根底の原則だと思います。なかなか難しいですよ、これは。
 皆さんが会社や学校にお勤めになって、数年たって、「安月給とはいえ、それに見合っただけの仕事をしているのか」と真剣に考えたら、なかなか難しいものです。私もそういうことを考えていた時代が10年、15年あったと思います。今はそう思っていませんが。
 やはり、この世の中がうまくいくためには、皆さんのような資質を持った方が自分の給料よりちょっと多いリターンを世の中に返すだけではだめなんです。10倍、100倍、1000倍のリターンを返さなければ……。考えてもみてください。私のヒーローでもある、アイザック・ニュートン、ドミトリー・メンデレーエフ、アルバート・アインシュタイン、最近ではフランシス・クリック、ジェームズ・ワトソン。また、ビル・ゲイツなども……。アイザック・ニュートンの時代から数百年たった今でも機械産業から何から、すべてがニュートンの原理で動いているじゃないですか。彼の成し遂げたことの影響は計り知れない。あるいは遺伝の原理が医学を根底から変えた。これはもう計り知れないことです。そういう貢献をされる方がここにおられる皆さんの中から出ても、おかしくない。

 手前味噌ですが、私の場合は、「有機化合物を自由自在に簡便に作れる方法はないかな」と考えました。米国での大学院2年生の時に自分があまりにも実験が下手なので思いついたんですが、そこからスタートして42歳ぐらいのころに「いいものができたぞ」という感触を得ました。ギリギリでしたね、さきほどのルールからすると。そういう発見、発明を3つ4つ繰り返したら、こんなおもしろい商売はありません。それで給料もいただけるなら、もう私はハッピーです。
 ですから皆さんにも「ぜひ、そういう生き方をしていただきたい」とお薦めして、今日の話を終わります。どうぞ頑張ってください。ありがとうございました。

平成24年(2012年)4月12日

根岸 英一

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