平成26年度東京大学大学院入学式 公共政策学教育部長式辞

式辞・告辞集 平成26年度東京大学大学院入学式 公共政策学教育部長式辞

 この度、東京大学大学院に入学ならびに進学された皆さん、本日はご入学ご進学おめでとうございます。皆さんのご入学ご進学を教職員一同、心より歓迎申し上げます。また、ご列席いただいているご家族の皆様をはじめ多くの関係者の方々にも、心からお祝い申し上げます。

 皆さんが、学部とは異なる大学院という新しい環境において、大いに学び、学術研究の第一線等において試行錯誤を行い、ひいては世界レベルで活躍されることを心から祈念しています。

 皆さんがこれから入られる学術研究という現場も、社会のおける多様な現場の一つであります。学術研究という営みが社会から隔絶されて存在することはありません。学術研究という営みに対する社会の理解がないと、このような学術研究活動を社会において継続することはできません。しかし、他方で、学術研究という活動が、社会における通常の組織活動とは異なる原理に基づいて行われていることもまた事実です。例えば、通常の組織において活動する際には、行うべき活動が上位者から指示されるということがしばしばあります。例えば、企業の研究所の場合には、経営戦略のポートフォリオの中で行うべき研究が組織として決定されることも多いように思われます。他方、大学院においては、特に博士課程においては、何をどのように研究するのかという、課題の設定および研究プログラムの設計は、最終的には、皆さんが自らの創意工夫と責任において行うことが求められます。もちろん、現在の学術研究においては、組織的取り組みも不可欠ではありますが、学術研究活動の根底には、このような究極の自営業者、あるいはベンチャーとしての性格があると思います。

 「学問の自由」や「研究の自由」といった概念の役割についても、このような文脈で考えてみる必要があると思います。これらの概念は、しばしば、「科学のための科学」や「研究のための研究」を正当化する概念として考えられてきた面があります。確かに、そのような面もあるのですが、より具体的には、社会において知識生産を促すための組織原理として、再定位することができると思います。つまり、この社会において知的イノベーションを引き起こすには、ヒエラルキー組織の上位者の指示に従って研究を業務として遂行するだけでは不十分です。確かに、研究においても作業として必要な部分はあるのであり、作業部分に関する支援メカニズムは不可欠ではあるのですが、肝心な部分のアイディアは自発的な探索活動の中から生じてくるわけです。そのように考えると、「学問の自由」や「研究の自由」は、ボトムアップなかたちでの多様な試行や実験を可能にすることにより、結果として社会にも寄与する知的イノベーションを促すという知識生産の組織原理を示していると言えます。また、学問や研究における「多様性(diversity)」の確保もこのような知的イノベーションにつながる源泉となります。そして、知識生産を促すためには、様々な分野の研究者間の自発的コミュニケーションを促す自由と、自治的な組織形態が必要であるということになります。実際に、最近の研究においては、研究分野間の思わぬ接触から新たなアイディアが生まれてくることも多いのではないかと思われます。

 このように、学術研究という活動は、「自由」を組織原理とするわけでありますが、他方、学術研究の固有のルールというものも存在します。

 従来、研究者による知識生産の主要な動機としては、経済的インセンティブではなく、知的好奇心の満足や専門家共同体の中での同僚からの評価が考えられてきました。そのため、研究者共同体においては、誰の発見かという名誉は倫理的にも重視され、そのような名誉を尊重した上で、なるべく早期に研究成果を研究者共同体で共有化し、それらを無償で利用してさらなる研究成果の創出を促すという方式が活用されてきました。このような方式は、学問的なコモンズ(共有物)の活用と呼ばれてきました。そして、このような方式を維持するために、先人の業績を明示的に引用し、それに独自の貢献を付加するという「引用ルール」は、当たり前ですが根幹的ルールとなるわけです。学術研究の現場の掟として、皆さんも、このような学術研究の基本的ルールや研究倫理を認識し、遵守することが求められます。

 なお、最近では、知識生産のために、学問的なコモンズを維持するのか、知的財産権をより活用するのかというのも、重要な制度設計における選択肢となっています。知的財産権を活用して研究者が研究成功への経済的インセンティブを得られるのであれば、このような仕組みを活用することで知識生産を促進することができるというわけです。しかし、知的財産権を目的とすると、知的財産権を取得するまで成果を秘匿する傾向があり、また、細分化された対象毎に知的財産権を設定すると、様々な要素の組み合わせによる知識の構築が困難になる面もあることから、知的財産権の活用には限界があることも指摘されています。

 また、「学問の自由」、「研究の自由」と安全性や安全保障の確保といった他の社会的価値との比較較量が必要となる場面もあり得ます。例えば、学問の自由や研究の自由の重要な一部である研究の公表を、研究成果がテロに使われる恐れがある場合には、安全保障上のリスクへの対応を重視して公表を停止すべきかどうかということが課題となったことがあります。そして、公表を制限するのであれば、政府が主体となるのではなく、学会等が自主的な規制主体となるべきではないかといった点が、制度的選択肢として論じられました。
このように、これから皆さんが属することとなる学術研究の世界は、独自のルールを持ちつつも、社会の通常の組織的活動とは異なった世界であるという面があるわけです。

 しかし、最近では、このような学術研究の世界と一般の社会的活動を、再度、近づけていこうという動きもみられます。社会において学術研究に対する理解を増進するためには、学術研究と社会を直結させることは適切でないとしても、社会と学術研究の新たな回路を作る必要があるのでないかということです。皆さんの中には、専門職学位課程に進学される方もおられるかと思いますが、このような専門職学位課程は、学術研究の成果を社会的課題解決に活かすための教育プログラムとして設けられていると言えます。また、博士課程においても、例えば東京大学においても9つのプログラムが設定されている博士課程教育リーディングプログラムでは、博士レベルにおいて社会的課題解決に寄与できる人材の育成が求められています。このようなプログラムにおける人材育成の基礎には、当然のことながら、各学問分野における専門的能力の涵養があります。他方、同時に、関連分野を俯瞰し、他分野の専門家ともコミュニケーションを行いつつ、社会課題解決に寄与する能力が求められています。これは、一見これまでの学術研究で必要とされる能力とは異なるようにも思われますが、自律的にコミュニケーションを行い、課題を発見し、プロジェクトを設計実施する能力というのは学術研究実施に必要とされる基本的能力であるともいえます。現実の社会が急速に流動化する中で、学術研究という独自の世界の組織原理を、より幅広い社会の文脈において活用することが求められているともいえるわけです。その意味では、大学院において学ばれる皆さんの活躍の場面を広がりつつあると言えます。

 本日、入学進学された皆さんが、各分野の学術研究の最前線において、また、流動化する過渡期の社会におけるグローバルな社会的課題への対応との接点において、世界中から集まる多様な人々との交流を基礎に、幅広い活躍をされることを祈念して、私からの式辞とさせていただきます。

平成26年(2014年)4月11日
東京大学大学院入学式公共政策学教育部長  城山 英明

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