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生体組織の微細断片における遺伝子発現量測定の新技術を開発研究成果

生体組織の微細断片における遺伝子発現量測定の新技術を開発

平成24年10月30日

東京大学大学院医学系研究科

1.発表者: 
吉岡 亘 (東京大学大学院医学系研究科 疾患生命工学センター 健康環境医工学部門 特任助教)
掛山 正心(東京大学大学院医学系研究科 疾患生命工学センター 健康環境医工学部門 助教)
遠山 千春(東京大学大学院医学系研究科 疾患生命工学センター 健康環境医工学部門 教授)

2.発表のポイント: 
  ◆成 果:新たに開発した解析法により、マウス大脳の海馬における最初期遺伝子(注1)が、特定の法則に基づいた発現制御を受けている可能性を示した。
  ◆新規性:生体組織から得た微細断片に用いる超高感度遺伝子発現解析法を開発し、脳における遺伝子発現の規則性に関する新たな知見を示した。
◆社会的意義/将来の展望:脳機能解明ならびに精神疾患メカニズム解明のための新技術を開発した。同技術を用いることで、病理学的解析と分子生物学的解析によって集積されてきた知見を互いに結びつけることも期待できる。すでに脳科学研究、疾患研究、食品安全評価研究、化学物質リスク評価研究等において利用が開始されている。

3.発表概要: 
東京大学 大学院医学系研究科・疾患生命工学センター健康環境医工学部門は、Leica Microsystems社との国際共同研究により、レーザーマイクロダイセクション法(LMD、注2)と逆転写DNA増幅定量法(RTqPCR、注3)を改良し、生体の顕微鏡組織切片のごくわずかな断片における遺伝子発現の程度を高感度に測定する新しいLMD-RTqPCR法を開発しました。
さまざまな器官や部位における遺伝子発現の程度を測定する技術はこれまでに数多く存在しますが、その感度や定量性には克服すべき問題が残っていました。極めて微小な部位や細胞レベルにおける遺伝子発現の定量にはさらに多くの制限がありました。今回開発したLMD-RTqPCR法は、これらの問題を大きく改善することに成功しました。また本技術を用いることで、新しい環境に置かれたマウスの特定の脳部位(海馬)において特定の遺伝子群が短時間に顕著に発現することがわかりました。本技術は、さまざまな病態における細胞機能解明のための新しいツールになることが期待されます。
本研究は文部科学省脳科学研究戦略推進プログラム(脳プロ)の一環として、また文部科学省科学研究費補助金、厚生労働科学研究費補助金等の助成を受けて行われました。脳プロでは現在、この技術を用いて、脳の健やかな育ちの解明に関するプロジェクトを中心として、脳機能の解明と精神疾患メカニズムの解明に取り組んでいます。今回開発した技術は、病理組織と遺伝子発現をつなぐ新しい解析法として、医科学全般、環境化学物質リスク研究等の広い分野での発展も期待されます。

 

4.発表内容: 
【研究の背景】
ヒトの身体は多種類の細胞から成る器官・組織から成り立っています。生命活動の基本的な単位である細胞が器官・組織・個体の中で果たしている役割を解明することは、ライフサイエンスの重要な課題です。特に脳のような複雑な構造体では、個々の細胞ならびにその相互作用を解析することは、困難ですが魅力的な研究課題です。
こうした役割の解明のため、1990年代後半には、顕微鏡下で生体組織試料をレーザーによって任意の形と大きさで切り抜くレーザーマイクロダイセクション装置(Laser Microdissection (LMD) system)が開発されていました。他方、遺伝子発現レベルの解析のためには、逆転写DNA増幅定量法(RTqPCR)が広く活用されています。最近では技術進歩によって発現量が多い遺伝子の場合には細胞1個でも解析できるようになってきました。しかしながら、顕微鏡下で採取した組織断片を対象とした遺伝子発現解析については不安定要素が多く、再現性や信頼性の高い解析技術の開発が求められていました。

【研究成果の概要】
本研究グループは、蛍光顕微鏡下で、生体組織切片からレーザーを用いて切り抜いた微細断片にRTqPCR法を適用することで、高感度の遺伝子発現解析を行う手法を考案しました。この技術を実現するために、高解像度での蛍光検出に適した蛍光顕微鏡用スライドをLeica Microsystems社と共同で開発しました。今回、同社のLMD装置により採取した、細胞数として10個ほどの組織断片を用いることで、非常に発現量が低い遺伝子であっても絶対定量が可能であることを実証しました。(図1参照)
次にこの技術を用いて、マウス脳組織における遺伝子発現解析を行いました。マウスを飼育ケージから出し、ネズミにとって初めての場所(新奇環境)に置くと、海馬など特定の脳領域で神経活動が亢進することが知られています。新奇環境においたマウスの脳組織切片を用いてLMD-RTqPCR法による解析を行いました。顕微鏡下で神経細胞の配列を同定することで、海馬の中にあるCA1、CA3、DGという領域を同定することができます。それぞれの領域から神経細胞数百個相当の微細断片をLMD法により採取しました。その遺伝子発現を調べたところ、最初期遺伝子と呼ばれる遺伝子群が特徴ある発現パターンを示すことを見出しました。海馬は記憶を司っており、またストレス応答にも関与する重要な脳部位です。新奇環境刺激は、海馬の中でもCA1領域における最初期遺伝子を強く上昇させましたが、DGおよびCA3領域ではこの反応は見られませんでした。興味深いことに、CA1における最初期遺伝子の発現誘導レベルは、通常の飼育ケージにいる状態である基底レベルに対して、べき乗則の関係(注4)によく一致していました。このことは、新奇環境に応答するための何らかの仕組みを反映している可能性を示唆しています(図2参照)。

【社会的意義と今後の展望など】
生体組織の微細断片における遺伝子発現レベルを定量的に解析することができるこの技術は、生体組織内における細胞機能の解明のために役立つのみならず、病理組織解析と遺伝子発現解析を結びつけるものとして、医科学全般、食品安全評価、化学物質リスク研究等広い分野での発展も期待されます。「脳プロ」では、脳の健やかな育ちの解明に関するプロジェクトを中心として、この技術を利用して、脳機能の解明と精神疾患メカニズムのさらなる解明に取り組んでいきます。

5.発表雑誌: 
雑誌名:「Scientific Reports」10月30日オンライン版
論文タイトル:Fluorescence laser microdissection reveals a distinct pattern of gene
activation in the mouse hippocampal region.
著者:吉岡亘、遠藤のぞみ、倉繁秋江、蓜島旭、遠藤俊裕、柴田敏幸、西山龍太郎(Leica Microsystems)、掛山正心、遠山千春

【参照URL】
Scientific Reportsホームページ: http://www.nature.com/srep/
Nature Asia-Pacific Scientific Reportsホームページ: http://www.natureasia.com/ja-jp/srep/

6.問い合わせ先: 
<研究内容に関するお問い合わせ>
東京大学大学院医学系研究科疾患生命工学センター健康環境医工学部門
助教  掛山 正心(かけやま まさき)

<文部科学省 脳科学研究戦略推進プログラムに関するお問い合わせ>
脳科学研究戦略推進プログラム 事務局
担当:大塩

7.用語解説: 
注1) 最初期遺伝子:(=immediate early genes)。様々な種類の細胞において、刺激に対して急速かつ一時的に発現が増加する遺伝子をさす。刺激に応答して細胞がタンパク質を合成する前におこる最初の転写レベルの活性化であり、数十個の遺伝子群が同定されている。

注2) レーザーマイクロダイセクション法(LMD法):顕微鏡下で組織切片を観察しながら標的と定めた領域をレーザーによって切り出して採取する方法である。特定の細胞や領域に焦点を当てて解析する方法として注目されている。

注3) RTqPCR法:生体分子であるRNAを高感度に定量する方法である。RNAを逆転写反応と呼ばれる酵素反応でDNAに変換した後に、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)と呼ばれる増幅を伴う反応を行いながら検出する。本研究ではPCRの増幅効率を考慮した定量方法である絶対定量を採用したことで、遺伝子発現量の指標となる当該遺伝子のmRNAについて、任意の遺伝子間及び領域間の比較が可能となった。

注4) べき乗則の関係:べき乗とは、同じ数を複数回掛け合わせることで、Y = aXbで表される。多くの自然現象の形態がべき乗則関係にある。例えば、自動車の制動距離は移動速度の2乗のべき乗則に従う(時速80 kmでブレーキをかけてから停止するまでの距離は、時速40 km時の4倍となる)。

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