研究者としての自立をめざして学位を取得
やりがいのある研究と学生を育てる日々を楽しむ

工学系研究科 バイオエンジニアリング専攻 教授
高井 まどか
Madoka TAKAI

高井 まどか

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~祖父の金型工場が遊び場~

 私は、小学校低学年の頃は小児リウマチで熱を出しやすく、学校を休みがちでした。熱が下がらなく母が病院を転々としたという話を聞き、将来は薬剤師になって自分に合う薬を作りたいと思っていました。その後抗生物質と漢方薬治療のおかげで、高学年になる頃には学校に普通に通えるようになりました。

 家の庭に祖父が創設した金型の小さな工場があり、工作機械のあるところが幼いころの私の遊び場でした。今思えば、子どもの頃から私は機械が好きだったんです。同じ環境で育ったはずの二つ違いの妹は、人形遊びや折紙が好きで、工場の方には来ませんでした。それぞれに興味の対象が違ったんですね。

~中学はバレーボール部、高校では化学部に~

 中学では、体を鍛えたいと思ってバレーボール部に入りました。生徒会の副会長もやりましたが、積極的に皆と一緒に何かやるというよりは、一人でいる方が好きでした。高校では化学部に在籍しました。「化学」は純粋に好きでした。小学校時代に『科学と学習』という雑誌に付いてくる教材を使って実験したり工作したりするのが大好きだったので、その延長という感じで部活動はとても楽しかったですね。

~工学部に進学して~

 薬剤師になりたいという子どもの頃からの思いがあったので、大学進学を考えた当初は薬学部を希望していました。そんなとき、進路相談の先生から「これからは女性でも工学の分野で活躍できる。病院に勤務して医師の処方箋どおりに調剤するだけの薬剤師になるより、工学系の学部に行った方がいいのでは?」と助言いただきました。化学をベースにした仕事をしたいと考えていた私はその言葉に勇気付けられ、早稲田大学の理工学部に進学しました。

 中学までは男女半々、高校でも男子が若干多い程度の環境から大学に入学し、圧倒的に男性が多い環境に非常に戸惑いました。私がいた応用化学科は約200人中1割強が女性でしたが、クラスに分けられてしまうと女性が1人か2人になります。自分の立ち位置もよくわからず、ロールモデルになる女性の先生もいなかったので、常に緊張や不安がありました。そのような環境で4年間を過ごし、卒業後、東芝の半導体事業部に就職しました。

 当時は、女性を勇気づけて研究者への道を勧めるという風潮もなく、卒業論文を春の学会で発表して一人前の研究者になった気がしていたので、企業で自分の力を発揮したいと考えたのです。

~就職後、職業意識に目覚めて学位を取得~

 東芝の半導体事業部では、与えられたテーマに沿って研究開発を進めていましたが、勤めて1年ほど経った頃「自らの力で研究テーマを見つけて、考え、何かを作り出す力が不足している」ということに気付きました。周囲には博士号を持っている社員が多く、そのような中で、学部卒の私が、興味ある研究テーマを見つけてそれをやりたいと主張しても、耳を貸してもらえないだろうと思いました。そこで、大学院に入って学位を取り、自分で研究テーマを決められる研究者になろうと思いました。研究という仕事にやりがいを感じ、ずっと研究者として仕事を続けたいという意識が目覚めた結果の決心でした。

 しかし、父には猛反対されました。元々「女性は家庭を守ればいい」という考え方の人だったので「大学まで卒業させたのに仕事を辞めて大学院の博士課程に行くとは。そんな娘に育てた覚えはない、勘当だ。」と言われました。それでも、私が大学院に入って1年経った頃には応援してくれるようになりました。大学院の5年間は、学位を取るという目標をもってやっていたので、充実していました。研究はとても大変で、くじけそうになったこともありますが、会社を辞めたことを後悔したことはありません。1998年にめっき法の新しい技術の研究で学位を得ましたが、実は、早稲田の応用化学専攻で博士号を取得した女性は、私が最初でした。

~教授を説得し、研究者として独立~

 指導教授は、私の学位論文を発展させる形で大型プロジェクトを計画し外部資金も獲得できたので、私にポスドクとして残ればよいと言ってくれました。でも、独立した研究者になるためにも、5年間やってきたテーマとは違うテーマで研究した方がいいと考えた私は、経済産業省電子技術総合研究所(現産業技術総合研究所)でポスドクになり、薄膜太陽電池の高速製膜の研究に携わりました。

 プロジェクトを進める中で、大学から派遣された学生さんの面倒をみたりしたご縁もあって声をかけていただき、2001年に東京大学大学院工学系研究科の助手になりました。その後、講師、准教授を経て今に至っています。私に声がかかったのは、2000年頃、大学に女性教員を増やそうという国の方針が出たことも影響しています。この国の方針を受け、東大が率先してやるべきであると考えられた先生方が、大学に女性研究者を増やす努力を始められたのです。

~ロールモデルに出会う~

 今は、バイオマテリアル、マイクロバイオデバイスの研究をしています。研究の傍ら、応用物理学会の男女共同参画委員会に参加する機会があり、そこで小舘香椎子先生(現日本女子大学名誉教授、独立行政法人科学技術振興機構男女共同参画主監)に出会いました。

 それまでの私は「女性は男性以上に働き、頑張って研究成果を出さないと認めてもらえない」と思って生きてきたのですが、先生に「そんなに頑張らないで、もっと気楽に考えて生活を楽しんだらいい」と言われ、肩の荷が下りたような気がしました。小舘先生は、研究者として立派な業績を挙げ、周囲に認められていて、結婚もして子育ても経験していらっしゃいます。そのような先生の考え方、生き方からたくさんの元気をもらいました。女性研究者にとって、「こんなふうになりたい」と思えるようなロールモデルの存在はとても大切だと思います。

~研究と子育てが両立できる制度を~

 私が学生だった時代は、企業より大学の方が自由度も高く将来設計がしやすいと思っていました。しかし博士課程修了時には、企業では、ワーク・ライフ・バランスの実現を目指した育児休業、短時間勤務、それに伴う評価制度が整備され、将来設計がしやすく、逆に大学では任期制が導入され不安定になっている印象でした。

 現在、ポスドクや助教といった若手研究者には多くに任期がついています。研究者は、若い時期にどんどん移動して経験を積んだ方がいいという考え方だと思いますが、女性は年齢的には出産・育児の時期でもあり、短い任期の中で着任して研究を軌道に乗せ、成果を形にすることとこれらを両立するのは、とても難しいと思います。ここ10年ほどで男女共同参画の様々な取組みにより環境整備もすすみ、意識改革もあってずいぶん働きやすくなっていると感じていますが、女性研究者が出産可能な時期に研究と出産・子育てを両立できるよう、人生設計にあわせて任期を変えられるような制度があってもよいと思っています。

好きなことにチャレンジして

~好きなことにチャレンジして~

 それでも、昔に比べて今は、女性が好きなことを続けられる環境になってきています。ですから、学生さんにはどんどん好きなことにチャレンジしてほしいですね。あきらめずに続ければ、夢は叶います。自分がこうしたいと思ったことに対して周囲から「女性だし、前例がないから無理じゃない?」と言われても、くじけないでください。「自分はこうなる」という強い意志を持って、人生設計をしてほしいと思います。

 理工系に進学してキャリアを重ね、人生を楽しんでいる女性はたくさんいます。工学部では、毎年秋に「東大工学部をのぞいてみよう!」という女子中高生向けのイベントをやっています。また、教養学部1、2年女子学生向けに、「Tech Tea Time」と称した工学部や工学系研究科の先輩や教員との交流イベントを随時開催しています。興味があったら是非参加してみてください。きっといい刺激になると思います。

~女性もリーダーになって活躍してほしい~

 これからは、もっと上を目指す女性、リーダーになる女性が増えるといいですね。女の子だからと躊躇せず、どんどんトップをめざしてほしいです。

 東大の役割の一つは「日本を引っ張っていく人材を作ること」です。リーダーを育てる上で重要なのが、ロールモデルの存在だと思います。「自分もあんな研究者になりたい」と思えるような存在が身近にいることは、研究者をめざす人たちにとっては大きな励みになります。
私も、若い人たちの「研究者になりたい」という思いを育てようと「研究は楽しい」ということを見せるようにしています。もちろん研究は大好きですが、今まではその楽しさをあまりアピールしていなかったような気がするので、最近は「研究はおもしろい。やりがいがあって楽しい。」ということを折に触れて話すようにしています。

 私は、研究と同時に「学生を育てる」ことにも力を注いでいます。私の研究室の学生が社会に出てきちんと活躍できるように、コミュニケーション能力、忍耐力、問題解決力を養いたいと思っています。

 東大には人材育成に熱心な先生が多数いますし、学生の様々な能力を伸ばす環境が整っています。東大に興味があり、理工系で学びたいと考えているのならば、ぜひチャレンジしてください。

(2013年1月取材)

お知らせ:
高井先生は、応用物理学会第3回女性研究者研究業績・人材育成賞(小舘香椎子賞)研究業績部門を受賞されました。受賞記念講演が、2013年応用物理学会春季学術講演会(於神奈川工科大学)会期中に行われます。

女子中高生の理系進路選択支援プログラム
※本インタビューは科学技術振興機構(JST)による「女子中高生の理系進路選択支援プログラム」の支援を受け、作成しています。

プロフィール:
高井 まどか(Madoka TAKAI)
東京大学大学院 工学系研究科 バイオエンジニアリング専攻
教授

静岡県出身。1990年早稲田大学理工学部応用化学科卒業後、㈱東芝に入社。1995年早稲田大学大学院理工学研究科修士課程、1998年同博士課程応用化学専攻修了、博士(工学)。1998年から(社)科学技術振興事業団科学技術特別研究員(於旧経済産業省電子技術総合研究所)、2001年に東京大学大学院工学系研究科マテリアル工学専攻助手に着任、2003年同講師、2007年同准教授を経て、2011年より現職。

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