節電から地球温暖化問題まで。
エネルギーについて考える日々。

生産技術研究所 エネルギー工学連携研究センター
岩船 由美子
Yumiko IWAFUNE

岩船 由美子

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岩船 由美子

~私のこれまでの歩み~

 私は北海道大学工学部・工学研究科の電気工学科・専攻で学部と修士課程を終えた後、民間企業に就職しました。修士課程での研究テーマは、「自然エネルギーの導入可能性評価」で、最初に就職した先はシンクタンクでした。シンクタンクとは、企業や政府が何かを決めるときに、委託を受けて現状を調べたりその結果を解析したりして報告する仕事をしているところで、電力やエネルギーに関する調査研究を5年間やりました。その後、東京大学大学院博士課程に進学し、山地憲治先生の下で「民生部門(事業所や家庭等)におけるCO2排出削減効果」について研究しました。博士課程修了後の再就職先もシンクタンクで、こちらは事業所や家庭のエネルギー問題を得意としていた会社でした。再就職して7年ほど経た後、今の職に就きました。

~迷いと失敗の中から~

 私の出身地は秋田の田園風景が広がる陸の孤島のようなところです。普通に家から通える県立高校に通い、どの科目もそこそこは出来ていたので「理系にいて文系に移ることはできそうだけど、その逆は大変そう」という理由で理系を選択しました。受験のときも、理学部、工学部などと言われてもわけがわからず、どちらにも進学できる理科一類に進学し、その後、エネルギーに興味があって電気工学を選びました。
 修士課程修了後、国立の研究機関に入りたくて公務員試験に挑戦したものの失敗し、それでもエネルギー問題に取り組みたくて民間のシンクタンクに就職したわけです。しばらくすると、残業が当たり前で仕事に忙殺されて新しいことを勉強する時間もないし、ずっとこんな状態ではいられないだろうという思いにかられ、一念発起して東大の博士課程に進学しました。なかなか研究テーマを決められなかったり、他の人と違って修士課程からの蓄積がないため、少し時間がかかったりと順風満帆とはいえない道をたどってきました。

~民間企業から大学へ~

 博士課程修了後に就職したシンクタンクでは、実際の生活の場で家電製品がどんな使い方をすればどのように電力を消費するのかを測ったり、家庭や病院にお邪魔して計測器を設置させてもらったりと実測調査もやりました。また、企画書を書いて仕事を受注する等、ひと通り仕事ができるようになって、それを楽しめるようになりました。出産も経験し、仕事を自分の守備範囲でうまく回せるようになってきた一方、ぬるま湯状態にいることに気付いた頃に、大学教員の話があったのです。

 話をいただいた時には二人目の子の育児休暇中で、今、大学に移ってやっていけるのだろうかという不安もあったのですが、挑戦しないテはないと思ってこちらに来ました。

~私の研究テーマ~

 今はエネルギーシステムの研究をしています。基本的には、非常に人に近いところを対象にしています。人間にはどのようなエネルギーが必要か、どのようなサービスが必要とされているのかを考え、それに対しどのようにエネルギーを供給していけば持続可能なものになるのかを検討しています。さらに、エネルギー需要側(建物等)と供給側の連携「エネルギー・マネジメント・システム」も研究しています。
今回の震災後の「エネルギー供給不足」に直面する中、節電についてもいろいろと活動してきました。

~エネルギー・マネジメント・システムとは?~

 需要側がどんどん電気を使って、その使った分だけ発電所が発電していた時代は終わり、太陽光を利用した発電システムを導入する等、これからの需要と供給の関係は複雑になってきます。蓄電池を使えばいいのかもしれませんが、まだまだ電池は高価なので必要なだけ使えるわけではありません。そこで、電池の使用容量を抑えつつ、様々なエネルギーの貯蔵要素、たとえば既に普及しつつあるヒートポンプ給湯器等を上手に組み合わせる必要が生じます。その上手な組み合わせ方を考え、うまく制御するシステムについて検討しています。たとえば、HEMS(Home Energy Management System)とは、家庭内でのエネルギー消費の状況等を考慮して、自動的に効率のよい電気の使い方を考え実行してくれるシステムのことです。

 このシステムは、電力システムと情報技術を組み合わせたスマート・グリッドの考え方を利用したものであり、太陽光発電の出力を天気予報から予測したり、過去の履歴からそのうちの電力や熱の使用量を予測したりしながら、電力会社の事情に合わせてエネルギーのやりくりを最適化します。

~研究の進め方~

 実は、各家庭におけるエネルギー消費の実態はわかっていないことも多いのです。もちろん、マクロなレベル(ひと月の電力消費量等)はわかりますが、日々、家庭ごとに使用する家電製品も違えば使う時間帯も違うという状況なので、まずはそれを計測する手法を提案し、実際に柏の葉キャンパス駅近くのマンションに住んでいる50世帯にご協力いただいて、消費エネルギーの実測を行っています。

具体的には、各家庭の分電盤の回路ごとに計測器を付けて電流値を測り、1分単位で電気の使用状況を調べています。このようにして得られたデータを集め、統計手法を駆使して、たとえば無駄を見つけるとか、翌日の需要予測をする等を研究しています。

COMMAハウス@駒場リサーチキャンパス

~COMMAハウス@駒場リサーチキャンパス~

 エネルギー・マネジメントの研究をするために、今夏、COMMAハウスという実証試験住宅が、㈱LIXIL(リクシル)との共同研究で、私の所属である生産技術研究所のある駒場リサーチキャンパス内に建ったところです。この住宅は、2020年頃を目指して実現しようとしているスマート・ハウス(IT技術を活用してエネルギー需給を制御する機能をもった住宅)で、建築的手法による省エネルギーの評価、太陽光や太陽熱利用のための機器の性能評価、それからエネルギー・マネジメント手法の評価を行っています。

~文系研究者との協力~

 さて、これまでは、家の中に冷暖房があり給湯設備があり各種家電があるという状況で、それらに対しどのようにエネルギーを供給すればよいのかといった視点で考えられてきたことが多いように思います。でも、よく考えれば消費者は電気やガスそのものを欲しいのではなく、明るさが欲しい、室温を快適な状態で維持したいあるいはテレビが見たいといった、それぞれのサービスを求めてエネルギーを使うのですから、どのような場合にどんなサービスがどの程度求められるのかを明確にする必要があるのではないかという考えに至りました。そこがはっきりすれば、それに対して最小限のエネルギー供給を行えるよう考えればいいということになります。私は、サービス水準からエネルギー消費までを対象に人間の行動を考えたような家庭内のエネルギー消費のモデルを作りたいと考えています。現在、消費者が情報に対してどのように反応するかといったことを研究している消費者行動の専門家等と一緒にこのテーマに取り組んでいます。

~社会的な取組み~

 持続可能なエネルギーシステムの実現を目指すにあたって、技術の問題を解決すれば全てが解決されるわけではありません。もちろん、技術の進歩で解決される問題もありますが、さらに一歩進んで、消費実態の精査や需要側の適性に合った情報提供のあり方といった政策的な課題にも取り組んでいます。これは、ぜんぜん「電気工学」らしくないことなのですが、そういった研究もしています。やはりこの問題は、基本的に人間の活動を包含しているので。

 それから、一般の方々に向けてエネルギーに関する知識の普及にも取り組んでいます。

~緊急節電サイトとは?~

 今春、非常に世の中のニーズが高いと感じて、節電のためのサイトを立ち上げました。このページでは、節電のために皆さんにどういうことをしてほしいかを具体的に説明しています。どういうやり方が節電にとって有用なのか意味がないのか、あるいは現在の電力需要や供給状況はどうなっているのかといった情報発信をやってきました。この活動は、様々なメディアにも取り上げていただき、今春は結構忙しかったです。

 この夏は何とか乗り切れたとしても、このまま原子力発電を使えないままなら、少なくとも数年間は省エネ、節電を実行しなければなりませんし、原発の問題は全国的に波及してしまいましたので、日本全体で考えなければならない問題になっています。緊急な節電で済むのではなく、長期的な取組みが必要になってきます。もちろん、その中で技術的な課題を解決していくのは当然ですが、エネルギーを賢く使うことを意識してもらうような取組みも重要です。

~エネルギーについての一般知識~

 電気1kWhはいくらか知っていますか?22円なのですが、さて、それだけの電気で32型の液晶テレビを何時間見ることができるでしょうか?こういう質問をしても、電気系の学生でさえ正しく答えられないことが多いです。実は、テレビの視聴にはそれほどエネルギーを使わない一方、自動車を走らせたりお湯を使ったりすることにはかなりのエネルギーを使います。

 家計を管理している方でもこういうことを知らないことが多いのですが、実はエネルギーについて教育を受ける機会はほとんどないのでそうなってしまうのです。私たちは学会で『エネルギー検定』というものをやっています。こういう活動を通してエネルギーのことを知ってもらえればという思いで、問題作成等にも協力しています。

 たとえば、家庭のエネルギー消費に占める冷房の比率ってどれくらいかわかりますか?夏になると、冷房のことをやたら言われるので印象が強いのですが、年間を通してみるとわずか3%程度にすぎません。思い込みを解き、正しい知識を得ることに少しでも貢献できればと考えています。

~仕事と私生活について~

 「研究」は、あまりお金にならないことでも、自由な発想でやっていいので楽しいと思います。ただ、今は研究費の心配をしなくてはならない時勢なので、一概にはそうとも言い切れないところもあります。また、自分では向いていないと思っていた「教育」も、講義に学生が反応してくれたりするととても楽しくやりがいを感じます。

 私生活では、「結婚」による変化はたいしてなかったのですが、「出産」以降は生活が激変しました。特に私の場合、実家が遠いこともあって一層大変な思いをしました。そこは、やはりパートナーとの協力が不可欠です。

~進路選択にあたって~

 女の子が理系に向いているかどうか、私にはわかりません。今どき文系か理系かと、わざわざ切り分けなくてもいいのではないかと思います。ただ、1本の軸は必要です。今は、環境○○というような、つかみどころのない名称の学部や学科がたくさんありますが、たとえば電気とか機械といった基礎的なことを体系的に学んでおき、そこからT型に膨らませていく方がよいと思います。

~最後に、中高生の皆さんへ~

 地頭力を鍛えてください。これはシステム思考の基本で、すぐにコピペしたり検索したりする人たちとは対極にある考え方です。知識のないところで、いかに考え回答にたどりつくのかという場面こそ、本当の実力を試されるのであって、俯瞰的にモノを見、結論からたどって考えたり、できるだけ単純化して考えたりできる人が本当に頭の良い人だと思います。そういう人が世の中に貢献できる人になれるのだと思っていますので、是非、地頭力のある人になってください。

家族でナットク!理系最前線Ⅲシンポジウム (この文章は、2011年8月6日に開催された「家族でナットク!理系最前線Ⅲシンポジウム」の講演内容を編集したものです。)

プロフィール:
岩船 由美子 (Yumiko IWAFUNE)
東京大学生産技術研究所 エネルギー工学連携研究センター
准教授

1991年北海道大学工学部電気工学科卒業。1993年同大学院工学研究科修士課程修了後、㈱三菱総合研究所勤務。2001年に東京大学大学院工学系研究科電気工学専攻博士課程修了(工学博士)後、㈱住環境計画研究所勤務を経て、2008年東京大学生産技術研究所講師に着任。2010年より現職。

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