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イラスト化されたヨーロッパの地図

書籍名

MINERVA 西洋史ライブラリー 116 ヨーロッパ複合国家論の可能性 歴史学と思想史の対話

著者名

岩井 淳、竹澤 祐丈 (編)

判型など

356ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2021年5月1日

ISBN コード

9784623090600

出版社

ミネルヴァ書房

出版社URL

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学内図書館貸出状況(OPAC)

歴史学と思想史の対話

その他

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近年の西洋史学界では、16~18世紀のヨーロッパ諸国家を「複合国家」として把握しようとする潮流が有力となっている。複合国家とは、19~20世紀の国民国家――均質な性質の人々からなる国民、一元的な政治体制、そしてひとまとまりの領土を基本的な構成要素とする国家――とは異なり、内部に多様な社会集団を抱え、中央政府による国内への権力行使も一様ではなく、領土も独自の慣習を持つ飛び地として分散していた国家である。その上、君主が他国の君主を兼ねている (同君連合) ことも珍しくなかった。特に最後の点は、当時の国家が「主権国家」体制のもとにあった、との常識的解釈が修正を要するとの可能性も示すことになる。いずれにせよ複合国家は、このように「いびつ」な、しかし多様性に富んだ国家である。

こうした形の国家が関心を集めている背景には、EUの統合の深化 (それによって、巨大複合国家が生まれつつある) があるが、関心の強さには国による違いもある。もっとも早くから国家の複合性に注目が集まっていたのは「イギリス」史であり、ECやEUとの動向とは必ずしも関連せずに、英語圏で相応の研究蓄積がある。日本語圏では、特に17世紀の「イギリス」が、イングランド、スコットランド、ウェールズ、そしてアイルランドによって構成される同君連合・合同国家であったことが、同じ編者の手になる『複合国家イギリスの宗教と社会――ブリテン国家の創出』(ミネルヴァ書房 2012) によって初めて分析された。本書はその拡大版の続編をなす。

本書には、イングランド、スコットランド、ウェールズ、アイルランド、さらには神聖ローマ帝国、フランス、オーストリア、オランダ、シュレージェンを対象とする2人の編著者と14人の著者による論考が収められている。これほど多様な国々を対象とした共同研究は英語圏でも日本語圏でも稀であり、ヨーロッパの複合国家のさまざまなパターンを細やかに描き出すことに成功している。さらに、本書のもう一つの特徴として、国家論と思想史研究との接合を試みた点があり、これは内外で類を見ない試みと言って良い。ロックやヒューム、バーク、ハリントン、バークリなどのよく知られた思想家に加えて、デーヴィスやスウィフトのような文人、さらには矢内原忠雄のような日本の知識人までもが議論の対象とされているが、彼らのほとんどは、まさしく複合国家が国家の常態だった時代に生きた人間だったのであり、その政治思想は国家の複合性を前提としていたことがここに示されている。本書はすなわち、啓蒙思想の再検討を迫るものとしても、西洋史学界に貴重な提言をなしていると言えるだろう。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 勝田 俊輔 / 2022)

本の目次

はしがき
 
序 章 複合国家ブリテンの紐帯と地域連鎖 (岩井 淳)
 はじめに
 1 一六世紀の複合国家――ウェールズやアイルランドに及ぶ紐帯
 2 一七世紀の危機――複合国家解体の危機とその再建
 3 一七世紀末の紐帯――プロテスタント、議会、帝国
 おわりに
 
 第I部 複合国家論から見たヨーロッパ
 
第1章 フランス政治思想史における複合国家論と主権論 (安武真隆)
 はじめに
 1 「複合国家」論の現在
 2 旧体制期におけるフランス政治思想史
 おわりに
 
第2章 複合国家の近代――オーストリアの人権に関する基本法第一九条「民族は平等である」を読み解く (大津留 厚)
 はじめに
 1 「形容詞」で表現される国家、国境、国民
 2 アウスグライヒ――複合国家的国制と国民国家的国制のせめぎ合い
 3 「民族は平等である」の誕生
 おわりに
 
第3章 近世の神聖ローマ帝国とオランダ――複合国家論の射程 (望月秀人)
 はじめに
 1 「帝国離脱」以前のネーデルラントの統合
 2 八十年戦争によるオランダの「帝国離脱」
 3 連邦共和国の紐帯
 おわりに
 
第4章 複合国家の近現代――シュレージエン/シロンスク/スレスコの歴史的経験から (衣笠太朗)
 はじめに
 1 近世・近代のシュレージエンと複合国家プロイセン=ドイツ
 2 オーストリア・シュレージエンにおける「シュロンザーケン運動」
 3 第一次世界大戦直後のシュレージエンにおける分離主義運動
 おわりに
 
 第II部 ブリテン島とアイルランド
 
第5章 アイルランド「王国」――複合性と従属性 (勝田俊輔)
 はじめに
 1 植民地としてのアイルランド
 2 名誉革命後のアイルランド――植民地性から従属性へ
 おわりに
 
第6章 ジョナサン・スウィフトの国家意識 (中島 渉)
 はじめに
 1 アングロ・アイリッシュとしてのスウィフト――その出自と対アイルランド感情の複雑さ
 2 『傷つけられた婦人の話』に見るイングランド・スコットランド・アイルランドの三国関係
 3 『ドレイピア書簡』における国家論
 4 スウィフトの「ブリテン」意識のかたち
 おわりに
 
第7章 日本人のアイルランド認識と複合国家論 (齋藤英里)
 はじめに
 1 明治の国家形成期におけるアイルランド認識とブリテン像
 2 帝国形成・発展期のアイルランド認識とブリテン像
 3 戦後日本のアイルランド史研究
 おわりに
 
第8章 ヒューム研究からの複合国家論 (鎌田厚志)
 はじめに
 1 複合国家の「光と影」および「文明と野蛮」について
 2 政治と文学――スウィフトとヒュームを手がかりに
 3 学問と帝国批判――矢内原忠雄を手がかりに
 おわりに
 
第9章 バーク研究からの複合国家論 (貫 龍太)
 はじめに
 1 『処罰法論』の研究史と複合国家論
 2 『処罰法論』の国制論――ナショナルな政治理念への懐疑
 3 『処罰法論』の宗教論――ブリテン的制度とナショナルな信仰
 4 『処罰法論』の歴史論――歴史認識における自律
 おわりに
 
 第III部 思想史学から見た複合国家論
 
第10章 ブリテン思想史研究における複合国家論の可能性 (竹澤祐丈)
 はじめに
 1 日本のブリテン思想史研究の二つの特徴と複合国家的観点の有効性
 2 個性記述的な思想史研究からの出発――ブリテン複合性への原初的関心
 3 「『イギリス』の内部問題」に関する議論の展開――異なる問題意識を持つ研究動向との自覚的接合の必要性
 おわりに
 
第11章 複合国家ブリテンにおける征服と植民――ジョン・デイヴィス小論 (木村俊道)
 はじめに
 1 「古来の国制」と「古来の大権」
 2 征服と植民の歴史
 3 詩と統治
 おわりに
 
第12章 一七世紀思想史からの複合国家論――ジョン・ロックの寛容思想と名誉革命 (武井敬亮)
 はじめに
 1 一七世紀ブリテンにおける〈統合の紐帯〉の変容
 2 名誉革命と寛容思想
 3 ジョン・ロックの寛容思想と『寛容書簡』
 おわりに
 
第13章 複合国家と思想史研究――一八世紀の政治・経済思想を題材として (森 直人)
 はじめに
 1 複合国家研究と「言説」の位置づけ
 2 歴史的経験の「モデル化」――『想像の共同体』を補助線として
 3 複雑な歴史と抽象的なモデル――ヒューム『イングランド史』と『論集』について
 おわりに
 
第14章 一八世紀アイルランドの社会変革論――スウィフト以後、バークリ『問いただす人』とバーク『改革者』を中心に (桑島秀樹)
 はじめに
 1 ジョージ・バークリ――バミューダの夢を故国アイルランドで
 2 『問いただす人』――技芸こそ貧しい「子ども」のアイルランドを救うカギ
 3 エドマンド・バーク――新聞『改革者』の出版、「趣味」から「道徳」の改革へ
 4 一八世紀ダブリンに満ちる憂鬱と「ケリー騒動」
 5 『改革者』――産業・技芸奨励のための公共精神と「ソサイエティ」
 おわりに
 
第15章 現代文明論からの複合国家論――政治思想としての歴史叙述 (佐藤一進)
 はじめに
 1 ポーコックによる主権概念の再定式化
 2 ブリテンの複合国家性とヨーロッパの超国家性をへだてるもの
 3 歴史家の営為をめぐって
 おわりに
 
終 章 歴史学と思想史学における複合国家論の可能性 (岩井 淳)
 はじめに
 1 一六世紀の複合国家――イングランドとウェールズの合同
 2 一六・一七世紀のコモンウェルス論――コモンウェルス・メンとハリントン
 おわりに
 
あとがき
人名・事項索引

関連情報

書評:
批判と反省: 皆川 卓「複合国家論に見る近世ブリテンと大陸ヨーロッパの間
 ―岩井淳・竹澤祐丈編著 『ヨーロッパ複合国家論の可能性一歴史学と思想史の対話—』 を通して見る一」 (『歴史学研究』Np.1024 2022年7月号)
http://rekiken.jp/journal/2022jp/

ワークショップ:
複合国家イギリスに関する思想史研究会 主催「ヨーロッパ複合国家論の可能性─イギリス思想史研究との対話─」 (京都大学 国際科学イノベーション棟 2017年1月28日-29日)
https://research.kyoto-u.ac.jp/workshop/w040/
 

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