民法学は、民法の各分野 (人・家族・財産・契約・責任など) に関する各論的な研究のほかに、総論的な研究も展開しています。『性法・大学・民法学』(2019)は民法総論に関する私の研究をまとめた3冊目の論文集で、『法源・解釈・民法学』(1995)、『法典・教育・民法学』(1999) に続くものです。
一口に民法総論研究といっても、その対象には様々なものが含まれますが、1冊目の論文集には民法の「法源と解釈」(「法源」とは法律や慣習など、そこから法的ルールが導かれるものを指しています) に関する研究が、2冊目には「法典と教育」(ここでの「法典」は民法典=民法という名の法律を指しています) に関する研究が収められています。これに対して、本書『性法・大学・民法学』には「性法と大学」(「性法」とは自然法のことですが、ここではあわせて法性=法であることの意味を含めています) に関する研究を収めました。
1冊目は1990年前後の「第2次法解釈論争」―20世紀を通じて日本で支配的であった社会学的解釈方法の是非に関する論争―と切り結ぶもの、2冊目は2000年代の中心的な課題―民法 (債権法) 改正と法科大学院発足で、いずれも司法制度改革の成果―に先駆けるものとなりましたが、本書は副題が示すように、司法制度改革後の民法学のあり方を問い直すことを促すものとして刊行しました。
この目的のためには、一方で、法の概念を見直し、実定法 (法律や判例に現れた法としておきます) に限定されない広い概念を、他方で、大学における法学の研究・教育のあり方を見直し、現行法の解釈論との関連づけから解放された多様な法学を、それぞれ求める必要があるというのが私の考えです。このように考えるのは、ポスト司法制度改革の時代である現在は、民法学 (より広く法学一般) にとって危機の時代であると私が考えているからにほかなりません。
法学 (特に民法学) は長い間、ほとんど唯一の、総合的な「社会の学」でした。それは法の社会科学として特化されたものではありませんでしたが、そうであるが故の魅力を持っていました。それはこの学に参加する人々―誰でも参加でき、参加する人はみな法を学ぶ者=「法学者」であると言えます―が、それぞれの関心・方法に応じて「社会」を創り出そうという共通の課題に取り組んでいたからだと思います。これからも法学 (民法学) はそうした学であり続けてほしい。本書は、そのような願いを込めて書かれています。
(紹介文執筆者: 法学政治学研究科・法学部 名誉教授 大村 敦志 / 2023)
本の目次
第1章 大学と公論
A 市民社会・市民法の担い手としての大学
B 現代日本における民法典論争
第2章 社会認識と法教育
第3章 民法と民法学
A 状況──変化する法典と法学
B 提言──新利益考量法学へ
C 例示──現代日本における相続法学説
第4章 解釈論・立法論と隣接諸学
第2部 各論 研究の枠組み
第1章 体系へ
A 民法改正と消費者法
B 債権法改正と労働法
第2章 歴史へ
A 明治期における民法の受容
B 民法典の継受とボワソナード自然法論
第3章 比較へ
A フランス法研究の展望──民法
B グローバリゼーションの中の法学教育──パリから東京へ
C これからのフランス法学
第4章 学説へ
A 架橋する法学・開放する法学──星野英一『法学入門』
B 「人の法」の構想──広中俊雄の民法体系論
第5章 教育へ
A 法教育から見た利益考量論
B 法教育から見た民法改正
第6章 立法・判例へ
A 民法と消費者法の25年
B Unbuiltの民法学
C 最近の最高裁決定に見る法的推論
あとがきに代えて──近代日本・平成日本・ポスト司法制度改革