令和3年度東京大学学部入学式 祝辞(建築家 妹島 和世 様)

令和3年度東京大学学部入学式 祝辞

皆さま、東京大学へのご入学おめでとうございます。このような栄えある場所で、皆様にご祝辞を申し上げる機会をいただきましたことをとても光栄に思います。この機会に私がこの場で何をお話しできるかを考えました。大学に入学されてこれから専門の道を歩まれる皆さまに、私が専門の道で経験してきたことを少しお話しさせていただきたいと思います。

私がお伝えしたいことは、まず一つは、専門的に考えてゆくことは、意外に専門以外の他の分野のことも考えることになっていくものだな、ということです。それから2つ目は、他分野の専門家とのコラボレーションの重要性です。そして3つ目は、自身の専門の研究を深めてゆくことは結局、その専門領域内にとどまらないで、私たちの世界全体を考えることになっていく、ということです。これらは、おそらく、いずれの専門分野にもあてはまるのではないかと思います。

自分の事で恐縮ですが、自分の経験から話させていただきます。私は日本女子大学を卒業し、6年ほど設計事務所で働いて、その後1人で設計事務所をはじめました。最初に設計したものは、50平米ほどの、小さな週末住宅でした。小さな住宅であっても、週末に自然の中でのびのび時間を過ごせるようにと考え、野原の中に家具がぱらぱらと並び、それら一つ一つにテントをかけて繋いでいくようなイメージから、建築を考え始めました。つまり、堅牢な箱のような建築の中にいろいろな場所がある、というのではなく、身の回りの小さな場所が繋がっていって、柔らかな全体が出来上がる、というやり方です。小さな単位が次々と繋がっていくアイデアなので、敷地が広ければどこまでも広がってゆきます。いろいろな居場所がつながってどんどん大きくなると、それは街のようなものにもなる、と考えました。その週末住宅は、個人のための小さな建物でしたが、私はその小さな建物の設計を通して、街のありようをも同時にイメージしていたようにも思います。

その次に、80人の女の子たちが研修を兼ねながら一年間共同生活をする、企業の寮を設計する機会に恵まれました。それは企業の寮でありながら、学ぶ場所でもあり、80人が一緒に暮らす、いわば「大きな家」のようなものでした。私はそこで、80人の共同生活は大変であろうと感じ、80人で居心地良く一緒にいられる空間でありながら、一人でも居心地よくいられる空間を作れないか、と考え、半屋外のような、光と風が入ってくる、明るく大きな空間を作りました。大きな空間は余裕があるので、真ん中で集まったり、皆から離れた遠くで一人でくつろいだりできます。或いは、5人家族のための70平米の小さな住宅を作りました。薄い鉄板で空間を仕切ってゆき、大小の部屋をいっぱい作りました。5人なので、本当は7、8部屋だけあれば十分といえば十分なのですが、私は空間をどんどん仕切っていって、大小あわせて20室くらい用意しました。自分の部屋かリビングかという選択でなく、おのおのが居たい場所をいろいろ選択できます。その居かたにより、家族間の距離の取り方が変化します。鉄板には大きな開口が空いていて、人が通り抜けられるようになっています。なので、各部屋は独立しつつ、繋がってもいる家です。みんなで一つの家を共有しながら、集まったり離れたりできる家です。

今思うと、私は家を考えながら、人の集合のあり方を考えていたと思います。どうやったら1人でいることの快適性とみんなでいることの快適性を両立できるか、それにはどういうスペースを作ればいいのだろうかと考え、そして、それは、家だけの問題にとどまらないものになっていきました。

スイスのローザンヌの大学のキャンパスで、EPFL ROLEXラーニングセンターという大きな建物を設計しました。東京大学ともいろいろな連携をしている大学ですから将来訪ねていただく機会があるかもしれません。そこでは、「新しい学びの場」を求められました。図書室や学食、勉強コーナー、本屋、多目的ホールなど、さまざまな場所があります。おのおのの場所は、丘や谷、または中庭で柔らかく分けられていますが、つながってもいます。20000平米の巨大なワンルームです。各用途を壁で仕切ってしまうと、隣の部屋の活動がまったく伝わってこず、興味を持つこともできませんが、丘や庭で柔らかく仕切る場合は、空間としてはワンルームでつながっているので、隣の部屋での活動の気配が伝わってきます。丘をのぼれば、丘の向こうで起きている知らない分野の知らない研究活動に、触れることができるのです。そのような柔らかく仕切られたワンルームは、異なる立場の人々が自然に出会うことができ、コミュニケーションが自然に生まれ、皆が様々なことを学べるであろうと考えました。「新しい学びの場」という要望から私は、いろいろな人と出会うことができる多様性と自由、他分野の人間と場所を共有している共有感覚、を提案したのです。

様々な人と出会い、異分野の人とコミュニケーションを持つことは、新しい学びへとつながります。いろいろな専門家との共同が未知の可能性を切り開いてゆくことを、私は建築の設計を通して何度も経験しました。建築は様々な専門の人とのコラボレーションで生み出されます。構造の専門家や環境の専門家と打ち合わせすると、自分の研究の意義を違う角度から教えられたり、或いは、自分が想定していた以上の、より大きな世界に連れていってもらえたり、ということが多々あります。例えば先ほどの大学の施設は、有機的な形をしていますが、デザインだけでは形を決定できません。構造の解析、室内の温熱環境をコントロールするための自然換気や、壁を用いず静かなところと賑やかなところを作るための音響環境、室内の奥まで自然採光で満たす等、それぞれの専門家の環境解析などを経ることで、はじめて快適で安全な空間を構築することができます。コラボレーションは専門家同士だけでなく、建物を使うユーザーとの間にも生まれます。金沢21世紀美術館で、アーティストの日比野克彦さんが、建物全体を朝顔で覆うプロジェクトを地域の子供達と作りました。朝顔のカーテンが建物をすっぽりとくるみ、建物全体が日陰となりました。その光の効果で、ガラスの外壁の反射が消え、室内側から見るとガラスの外壁部が消え去ったように見え、日本の伝統空間である庇の下のような空間が生まれました。私は開かれた公共空間を目指して、金沢21世紀美術館を設計したのですが、日比野さんの朝顔プロジェクトによって、美術館が全く違う形で開かれた、と感じました。コラボレーションは創造的なものです。自分が思い描けなかった世界につながったり、共感が生まれたりします。そして再び自分もそこから学び、新たな自分の道を作り出してゆくことができます。

ある時から、公園のような場所を作りたいと思うようになりました。公園は、老若男女、いろいろな年齢の人がいて、目的も違って、それぞれが異なる時間の過ごし方をしています。しかしどこかで、ひとりでなく公園にいるみんなで、その公園を共有していると感じながら、それぞれの時間を過ごしていると思うのです。そして、みんなで場所や空間を共有するということは、その場所に流れている時間をも共有しているのではないかと気づきました。つまりそれは、今の時代の私たちが共有しているだけでなく、過去や未来の人々とも共有していると言えるのではないかと思います。いろいろな人々の活動が積み上がって歴史となって、その流れの一番手前に私たちの今の社会があるということだと思います。 私は、ローザンヌの設計を考えながら、世界がどうあると良いか、を考えていたと思います。専門的に追求してゆくうちに、徐々にその専門性を超えて、世界全体のありようを考えるようになってゆく。それはたぶん、あらゆる専門分野で同じことが起きるのではないでしょうか。

専門的な研究は、自分の素朴な興味から始まる、というところがあると思います。しかしそれは個人的なことで終わらないと思うのです。私の場合は、身の回りの空間という、たいへん小さく個人的なことから始まって、社会はどうあるとよいか、を考えるようになりました。また、自分の興味というものは、自分がゼロから作り出したものではなくて、自分の前に続いてきた歴史と一体のことでもあります。自分が出てくる前の、いろいろな人の活動の歴史があって、自分の興味ははじめて存在できるのです。そういう意味で言えば、今の私の興味、研究というものは、未来を生み出す可能性でもあります。個人の研究は、個人の興味から始まって、個人の想像力を超えて、たいへんな広がりとなってゆきます。各人が各々の興味を膨らませて専門に打ち込み、それが広がってゆく、多様性の世界です。

大学は、そのような自由を皆さまに提供する場所だと思います。大学は塀で囲われていて、一見、社会から離れた場所に見えますが、実は大学は、世界にたいへん近い場所です。大学は様々な可能性で溢れています。特に東京大学はトップレベルの大学ですから、大いに大学を活用してください。大学には研究の歴史があります。自分の前の偉大な研究を知ることはすごいことです。歴史は、それをみていない人では辿り着けない世界に私たちを連れていってくれると思います。私は今回この機会をいただいて、あらためて大学で学んだ時から今の私まで繋がっている、大学で学んだことから始まり、この歳月をかけて、自分の問題とするところをだんだん理解していったのだということに気付かされました。自分の一生をかけて、自分の考えるところを作り上げて、世界を広げていってください。一人一人の力が世界を作っていくと思います。世界では様々なことが起こっています。私たちが生きるこの世界のために、ぜひ楽しんで、頑張ってください。

令和3年4月12日
建築家
妹島 和世

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