【Campus Voice】国際女性デー記念 東京大学×朝日新聞シンポジウム「インクルーシブな未来へ」イベントレポート


国際⼥性デーを記念し、東京⼤学と朝⽇新聞社の共催でシンポジウムが開催されました。
様々な立場の登壇者が、多様な視点から Diversity & Inclusion(以下、D&I)に関わる理想・現実・未来に向けた⾏動について語りました。

2022.3.2
リポート/学生ライター
津原萌⾥(薬学部3年)

第1部 ジェンダー平等の実現へ向けた取り組み

第 1 部では、藤井輝夫東京大学総⻑(以下、藤井総長)と中村史郎朝⽇新聞社代表取締役社⻑(以下、中村社長)による対談が、林⾹⾥東京大学理事・副学長(以下、林理事・副学長)をモデレーターとして⾏われました。 
  
東京⼤学と朝⽇新聞社は D&I に積極的な姿勢である⼀⽅、構成員の⼥性割合は未だ⼩さく、ダイバーシティに富んだ状態とは言えません。これからのインクルーシブな未来を考える前提として、それぞれの組織でのこれまでの取り組みを紹介しました。 
  

東京⼤学の取り組み

藤井総⻑は、2021 年に発表した UTokyo Compass を紹介し、基本理念に「対話から創造へ」・「多様性と包摂性」・「世界の誰もが来たくなる⼤学」を掲げていると説明しました。学術的・社会的な知を⽣み出す場の創成には、多様な人々が集まり、対話することが⼤切です。UTokyo Compass では、⼤学の D&I の推進、⼈材の育成、キャンパスの環境の変⾰などが計画されています。ジェンダー平等については、東京⼤学 D&I 宣⾔の作成を進めており、個々の学部、研究科、研究所でも⼥性⼈事加速5カ年計画を進めています。最後に、藤井総⻑は、Royal College of Art の教員の⾔葉を借り「同じ⾳をみんなが歌うのではハーモニーにならない。創造には多様性が必要だ。」と伝えました。 
  

朝⽇新聞社の取り組み

朝⽇新聞社は、報道のコンテンツだけでなく、社内のダイバーシティ推進にも尽⼒してきました。きっかけは、2016 年に公表された世界経済フォーラムのジェンダーギャップ指数で⽇本が 141 か国中 111 位であったことに対する危機感にあり、これは Think Gender 企画や、2020 年の朝⽇新聞社ジェンダー平等宣⾔につながりました。この宣⾔の指標には、朝日新聞の朝刊に掲載されている「ひと」欄で紹介する⼈物と、国際シンポジウム「朝⽇地球会議」での登壇者を、男⼥ともに 40%以上にすることが含まれ、現在これらの⽬標は達成されています。また、⼥性管理職⽐率の引き上げや男性の育児休業取得率の向上を掲げ、新たな制度の構築を進めています。 
 
 

続いて、男⼥の視点の違いをジャーナリズムでどう⽣かしていくべきかを、藤井総⻑が中村社⻑に問いかけました。中村社⻑は、男性記者が⾃⾝の偏りに気づくことで組織や社会の差別を是正できるとされました。中村社⻑から藤井総⻑への、ジェンダー平等がなぜ学問に必要かという質問に、藤井総⻑は、未知なるものを理解し成果を⽣むには、多様な視点が重要だと再度強調し、学⽣が⼥性の活躍やダイバーシティを重視することを学び、彼らが将来働きかけることで日本の社会が変わることを期待していると答えました。 
  
林理事・副学長は、「⼥性が進出しやすい制度や環境を作るのは、⼥性に下駄を履かせる逆差別ではないか」という厳しい声もありますが、そういった意見を持つ方々にもジェンダーの重要性を理解していただくことが課題だといいます。この問題を踏まえ、お⼆⼈からメッセージがありました。 
  
「男性が、男社会で優位性を感じていたことで堅牢になっている壁を、積極的に壊していかなければならない。」と中村社⻑。藤井総⻑も、「男性中⼼に構築された仕組みを中⽴に戻すには相当な努⼒が必要だ。⼤学としてできるところから改善したい。」と改めて D&I の推進に取り組む意気込みを⽰しました。

第2部 キャンパスから考える D&I

続く第 2 部は、東京⼤学先端科学技術研究センター特任講師の綾屋紗⽉先⽣によるプレゼンテーションでした。

綾屋先⽣は 今から15 年前に⾃閉スペクトラム症と診断され、外から⾒えにくい経験を内側から記述し、⾃らの特性のメカニズムを探る、当事者研究を行っています。近年は、「サービスを利用する人がサービスをデザインするのに最適な人材だ」という原理の共同創造の担い⼿として、障害を持つ⼤学⽣や研究者が注⽬され、東⼤でも 2018 年にユーザーリサーチャー制度が日本で初めて導⼊されました。 大学は、研究の共同創造というミッションを勧める上でも、インクルーシブなキャンパスの実現の責務を負っているのです。
 

綾屋先⽣は、⾃閉スペクトラム症の診断基準に「障害の社会モデル」が反映されていない点に問題があるといいます。障害の社会モデルでは、障害を、治療対象としての個⼈の異常ではなく、多数派の⽂化やルールに当てはまりやすい⼈とそれらに当てはまりにくい少数派の⼈との間で生じるすれ違いや摩擦と捉え、このような社会環境に変革が必要であると考えます。綾屋先⽣は、この少数派の人たちの⾝体的特徴を明らかにし、当事者が⽣活しやすい社会環境(インクルーシブな環境)のデザインを検証する共同創造や、少数派の当事者たちが、多数派の⼈を研究する試みであるソーシャル・マジョリティ研究を行ってきました。

しかし、共同創造の実現には、当事者の関わりが表層的で象徴的なものにとどまっていて、本質的な議論に参加できていないという課題があります。また当事者コミュニティが蓄積してきた知識は、他の専門分野の研究者に⽐べて信憑性の低いものとみなされてしまい、孤⽴してしまうことも多くあります。このような状況で、自身のパフォーマンスが低下してしまうこともあったと綾屋先生はいいます。このような場⾯での経験を表現する言葉の一つとして、⽇常での言語や行動、環境を通じた侮辱である、「マイクロ・アグレッション」が挙げられます。例えば、⾃閉症の⼈との⽣活についてジョークを⾔うことや能⼒の⾼さを⾃閉症のおかげと評価すること、障害を持つことで⽣じる不利益の原因を努⼒不⾜とすることなどが該当します。この状態が慢性化すると、全ての⼈のパフォーマンス低下や健康被害が起こります。また、マイクロ・アグレッションを⾏う⼈は、⾃分は平等な視点を持つと信じて⾃分が加害者だと気づいていないことに注意しなければなりません。

国際女性デーに関連し、ジェンダーと自閉症の接点についても紹介がありました。例えば、⾃閉症は、システム化の能⼒が⾼く、共感能力が低いという特徴から、男性や理系の特徴と安易に結びつけられていることがあります。この結び付けによって、男⼥の関係不良の責任を⾃閉症に押し付け、男性の責任や背景にあるジェンダー構造の問題が無視された状態で、自閉症への差別を助⻑することに繋がってしまう点、「従順で控えめ」という⼥性らしさに適応しようとしている女性自閉症者への診断が遅れてしまう点、女性よりも男性が理系に向いているという誤った言説に根拠を与えるように見えてしまう点に問題があると述べました。 
 
プレゼンテーションを通して、障害の社会モデルの考え⽅に基づいた共同創造が⼤切であり、この実践においてマイクロ・アグレッションに相互に意識する必要性を学ぶことができました。また、マイノリティをステレオタイプ化して、その集団に属する⼈のアイデンティティを奪ってしまうことの弊害への理解を深めることができました。

第3部 インクルーシブな未来へ


第 3 部では、朝⽇新聞社会部記者の伊木緑さんをファシリテーターとし、パネルディスカッションが⾏われました。登壇者は、第2部の綾屋紗⽉先⽣に加え、大学院総合⽂化研究科教授の⼤杉美穂先⽣、理学部 4 年の橋本恵⼀さん、朝⽇新聞経済部⻑代理の林尚⾏さん、デトロイトトーマツコンサルティング執⾏役員の宮丸正⼈さん、教養学部 3 年の⼋尾佳凜さんの6 名です。

数は⼒?

伊⽊さんは、まず、東⼤の学⽣と朝⽇新聞の社員に占める⼥性の割合は どちらも2 割弱であることを話題にあげました。 

⼥⼦の少なさに居⼼地の悪さを感じるという⼋尾さん。例えば、授業のグループワークで⼥⼦が 1 ⼈になり、⾃分の意⾒が⼥性を代表した意⾒と捉えられてしまう恐れから、発⾔しにくい状況になっているといいます。 
  
⼤杉先⽣は、⾔葉⾯だけでなく本当の意味で多様性を理解して推進している⼈は少なく、理解を広めることが必要だと述べました。また、逆差別の議論について、⼥性が研究者になるには男性たちが悩まなくてよいようなことも悩まなくてはいけないなどたくさんの困難があるので、女性限定の公募や女性が優遇される措置があって、その恩恵を受けたとしても、女性研究者が自分の能力を疑う必要はないのだと強調しました。伊⽊さんによると、優遇を受けた⼥性が⾃分の能⼒を過⼩評価することは、インポスター症候群と呼ばれます。⼤杉先⽣は、⼥性同⼠が悩みを共有しあうためにも、⼥性の数を増やさなければならないと述べました。さらに、宮丸さんは、個⼈の違いを強みにするには、いきなり皆に同質なものを平等に提供するのではなく、その前に個々⼈に最適なものを提供する公平性を実装するべきだと説明しました。

東⼤での状況は朝⽇新聞でも聞き覚えのあることばかりだという伊⽊さんと林さん。林さんは、経済部で⼥性の数が増え記事の⽣み出し⽅が変化したことを例に、意思決定の段階で複数の⼥性がいることの⼤切さを再確認しました。 
  
マイノリティは⼥性だけではありません。自身が自閉スペクトラム症当事者でもある橋本さんは、中学時代に発達特性を持つ⼈たちがクリティカルマスを超えて連帯し、学校全体の中で発⾔⼒を⾼めたことで、組織がインクルーシブな環境になった経験があるそうです。綾屋先⽣も、マイノリティコミュニティの中で、当たり前とされる基準が変わることでほっと息が吸えるような感覚や、互いに共感しあう感覚を経験したそうです。

多様性のあるコミュニティを作るには?

橋本さんは、東⼤はマジョリティに合わせて均質化されているといいます。例えば、進学選択では、マジョリティのコミュニティで有⽤な情報を得られる⼈が有利だと指摘しました。綾屋先⽣は、合理的配慮によりマイノリティを尊重する仕組みはできてきていると評価しつつ、⼼地よくコミュニティに参加できる感覚が得られるまでには、カミングアウトや相談がしやすい環境を作る必要があるといいます。また、⼋尾さんは、東⼤が多様性のある組織になれば、相乗効果(シナジー)として社会の変化を望めること、バイアスによる負の連鎖を教育で断ち切ることができることを期待しています。 
  
⼤杉先⽣は、多様な⼈の対話により、偏った集団にはない視点が増え、発想⼒が⾼まるといいます。伊⽊さんの、理念に現実が追いつかないという懸念について、その原因が経済的・時間的余裕のなさにあると回答しました。また、組織が多様性を確保しようとすれば短期的には効率が下がるという懸念について、宮丸さんは、⻑期的な⽬標を組織の中で確実に共有することでその問題は克服できると提案しました。これに関し、林さんは、インクルーシブさを⾃分たちが体現するためにも、均質的な組織を、コストはかかるがビジョンを⾒据えて改善したいと述べました。⼥性デスクが少ないことで視点と潜在的な読者が失われるという伊⽊さんの意⾒に同意し、部署内外で互いに影響し合うことで社会に必要とされる視点を取り⼊れたいとしました。 
  
⼥性が周りの⼈によるバイアスを内⾯化し、⾃ら将来を狭めてしまう「インプリンティング」を克服するため、デトロイトトーマツコンサルティングでは、イベントに参加するリーダーの男⼥割合をどちらも⼀定以上にするパネルプロミスや、⼥性がテクノロジーの分野でビジョンを抱けるようサポートする Women in Tech プロジェクトを進めています。問題を解決するためのテクノロジー分野に、多様な視点が⽋けてきたことは問題で、全ての⼈の参画が不可⽋だと宮丸さんは改めて主張しました。
最後に、登壇者一人一人から、明⽇からできることについてお話がありました。 
 
⾃⾝の研究室で、マイノリティグループ間での相互理解を深めていきたいと綾屋先⽣。 
  
⼤杉先⽣と橋本さんは、共に、多数派のときの⽴場やマイクロ・アグレッションに対する鈍感さを踏まえ、⼤杉先⽣は、⾃ら少数派を⽀持しその⼈を⼀⼈にしないことを、橋本さんは男⼦学⽣として⼥性コミュニティの声を学ぶ姿勢を、⼤切にしたいと意気込みました。 
  
縦の壁を壊して⽴場を柔軟化し、横の壁を壊して部を超えた取材チームを作りたいと林さん。また、宮丸さんは、多様な⼈と共同創造で価値創造して活動につなげたいと話しました。 
  
⼋尾さんは⼥性の⽴場から、当事者の視点に欠けた意見の押し付けには、声をあげたいと述べました。

最後に

筆者が東⼤に⼊学してから早くも 3 年が経ちました。筆者⾃⾝は、もともと東⼤に女性が少ないと知ってはいましたが、意識はしていませんでした。しかし、東⼤や社会で男⼥共同参画が活発に議論されるようになり、特に疑問を感じていなかった制度やあり⽅がインクルーシブではないこと、そんな⾃分に D&I の視点が⽋けていることに気づくようになりました。そもそもマジョリティとマイノリティの境⽬は変動的であり、境⽬を引くことができないこともあります。だからこそ、全ての⼈が無⾃覚を⾃覚し、D&I を⾃分事と捉えて議論に参画することが重要です。その意味で本シンポジウムは、全ての⼈が気持ちよく参画できるインクルーシブな社会を実現していくために、理想を掲げ、現実と対峙し、着実に前に進んでいかなければならないという使命感を視聴者にも感じさせるものであったと思います。 
 
最後まで読んでくださりありがとうございました。