【Campus Voice】「東大理学部で考える 女子中高生の未来2022 Online」イベントレポート

1.挨拶(理学系研究科 男女共同参画委員長 河野 孝太郎先生より)


まず、河野先生から理学部の理念についてのご紹介がありました。そこで特に強調されたのが、理学とは森羅万象の「理」を理解する営みであるということです。真理の発見には一人一人の好奇心や個性、多様性が重要になります。「研究者とはこういうものだから、自分は向いていないのではないか」といった固定観念による判断をせず、自分の好奇心を大切にして、是非理学部にきてほしいというメッセージをいただきました。多様性は理学部に限らず東大全体として大変重視しており、例としてオープンキャンパスにおける工学部での企画の紹介もありました。

2.理学部の紹介(理学系研究科准教授 生井 飛鳥先生より)

続いて、生井先生から理学部の紹介がありました。高校生にとっては少し違いが分かりにくく、進路の選択で迷うことの多い理学部と工学部の違いについて説明がありました。その大きな違いは、理学部が「人類の知の最前線を切り開く」ことを目標にしていて、工学部が「社会の中での科学技術」を重視しているということです。しかし、最近ではこの境界の領域のような研究も増えてきていて、理学部でも工学寄りの研究分野が存在しています。中高生のみなさんは、ぜひ各学科のホームページを確認して、それぞれの研究内容を調べてみてください。
 
 
最後に、理学部の学生の進路について紹介がありました。研究者になる人から、官庁・民間企業まで、自身の研究分野に関係することを続ける人もいれば、研究で培った高度な汎用的能力 を活かして全く関係ないことを仕事にする人まで幅広いキャリアパスがあるということです。

3.卒業生の講演(髙村 彩里さん)

理学系研究科化学専攻の修士課程を修了後、警察庁科学警察研究所で研究員として働き、社会人博士として理学系研究科化学専攻で博士号を取得、現在は国立研究開発法人科学技術振興機構(以下JST)で研究開発戦略の立案などに従事しておられる髙村さんに、どのような経緯でこのキャリアに至ったのかをお話ししていただきました。
 
理学系研究科化学専攻で分析化学の研究を行っていた髙村さんは、より社会との関わりを実感できるような研究をしたいと思い、修士課程修了後に警察庁科学警察研究所に就職されました。研究所では法科学と呼ばれる研究を行っていたのですが、更なる成長をしたいという気持ちから理学系研究科化学専攻の社会人博士課程に進まれました。社会人博士課程在籍中には米国留学にも行かれ、非常に刺激を受けたということです。
 
博士課程修了後は理化学研究所で研究員をしていた髙村さんに、出産・育児という大きなライフイベントがありました。髙村さんは、子供を産んでから、価値観や生活に大きな変化があったとのことです。それまでは自分がやりたいことを重要視していたそうですが、社会や未来に対してより貢献できる仕事に取り組んでいきたいという気持ちが芽生え、JSTの研究開発戦略センターというシンクタンクに転職しました。そこでは最新の研究の動向調査や行政機関への政策提案(例えば量子コンピューターや次世代通信技術の研究開発振興)などを行っています。ノーベル賞受賞者の野依良治センター長をはじめ、各分野の一流の先生方から助言・指導を頂きながら、やりがいを持って仕事ができて光栄だと語っておられました。
 
 
政府の科学技術・イノベーション政策では、Society5.0と呼ばれる、サイバー空間と現実空間の高度な融合による新たな社会の実現を目指しているそうです。そこで1つ重要になるのは「総合知」による社会改革です。科学だけでなく、人文社会科学的な知も取り入れた社会改革が必要であり、理学部で科学の研究をしてきた髙村さんも、人文社会科学系の重要性を感じる場面が多いそうです。例えば、東日本大震災後の原発の問題や、新型コロナウイルス感染症などとの社会の向き合い方など、科学の知識だけでは対応しきれない複雑な問題を、人文社会科学系の知識を取り入れながら考える必要が出てきているのが現代の大きな特徴だということです。
 
次に、教育とジェンダーについてお話しされました。意外と知られていないのですが、日本では高等教育を受けている女性の割合が世界的に見ても高いです。しかしその一方で、理工系や社会科学を選ぶ女性の数は少ないとのこと。
 

なぜ理工系を選ぶ女性が少ないのでしょうか?その理由の一つとして、理系に関するジェンダーステレオタイプが影響していると考えられています。算数や数学の平均的な学力の男女差は無いというデータもあり、ジェンダーステレオタイプにとらわれずに自分自身を知ることで、その興味や能力を活かす機会を逃さず、進路選択をしてほしいとのメッセージを最後に高校生に伝えました。

参加した高校生からも、髙村さんに様々な質問がありました。

奨学金制度などはありましたか?

学部から大学院まで、東大などから様々な経済的なサポートを得ました。現在は、大学院生や女性向けの経済支援もさらに増えています。

女性が少ない分野に進むにあたって不安はありましたか?

不安はありませんでした。あまり深く考えていなかったということもありますが、性別に関係なく仕事ができているし、この環境にも慣れました。性別を気にしないで接してもらえるので、困ったことはないです。

社会人博士課程は一般の博士課程と違う?

社会人博士課程は大学・専攻によって違います。私の場合は、主に夜や土日に研究室に行きゼミなどに参加しつつ、研究成果を出すことで学位を得ることができました。

仕事を変えることに抵抗はありましたか?

仕事を変える抵抗よりも、チャンスを逃したくないという思いが強くあり、チャレンジをしました。

中高時代の部活との両立は?

時間を最大限有効活用し、勉強の時間はしっかりと作るようにしました。

4.遺伝子の運命を決める(理学系研究科助教 藤 泰子先生)

続いて、東京大学理学系研究科生物科学専攻で助教をしている藤先生からご講演いただきました。
テーマは、遺伝子のはたらきはどのように遺伝するのか?ということで、遺伝学分野の研究の歴史を藤先生の研究生活とともにお話ししていただきました。
 
藤先生の研究は、特定の遺伝子の活性制御にDNA以外が影響しているというエピジェネティクスにまつわるもので、ロサンゼルスでの留学中にスタートしました。藤先生は帰国後、このエピジェネティ研究を通して、植物とストレスの関係を明らかにしました。乾燥ストレスによって植物が酢を作るということを発見し、そこから植物に酢をかけて育てると植物が乾燥から強くなるということを実証しました。これは現在世界中で利用されつつあり、環境問題や食料問題の解決に大きなインパクトを与える研究となりました。
 
 
現在は遺伝子のスイッチにまつわる研究を行っています。植物のゲノムにはトランスポゾンと呼ばれる突然変異を引き起こしうる可動性遺伝子が多くあります。このトランスポゾンの活性をOFFにする仕組みにDNAメチル化があります。藤先生は、植物がDNAメチル化をトランスポゾンだけに修飾する仕組みの解明を目指しています。その解明により、将来的には医療や農作物の開発に役立てたいということです。

こちらも高校生から様々な質問がありました。

研究をするにあたって英語力は重要ですか?

英語力は重要です。論文は英語で読んで、英語で書きます。世界中の研究者とのコミュニケーションは英語で行われますし、必要に迫られるので頑張って勉強しました。

農学部と理学部での研究の違いは?

理学は、仕組みの根本的なところに「なぜ?」と注目します。解決したい問題から出発するのではなく、好奇心の種や根本的な疑問から研究を出発するのが特徴です。 

生命科学を学んだ人はどのような職業につくのか?

創薬、化粧品、食料品メーカーの仕事や、官庁への就職もあります。一見全く関係ないような出版業界などでも、研究で身に着けた能力を間接的に活かして、さまざまな分野で活躍しています。
  
この他にも科学的な内容に踏み込んだ鋭い質問が多く出てきて、登壇者との活発な議論が行われました。

5.TAの自己紹介

最後に理学部の学生との交流会が5つのルームに分かれて行われました。今回は物理学科でシミュレーション天文学を研究している仲里さんと天文学科で暗黒星雲の研究をしている森井さんのところで来たいくつかの質問をご紹介します。 

天文学を勉強するのに、就職先についての迷いはありましたか?

宇宙や天文に関係する就職先は結構あります。衛星の開発、プログラミング、画像開発の能力を活かした仕事に行く人も多く、なんとかなります。

天文学科と物理学科の宇宙の研究の違いは何ですか?

理論の研究を主にやりたい、素粒子、初期宇宙に興味あるなら物理学科の方選択肢が広く、観測に力を入れるなら観測実習などがあるので天文学科がいいかもしれません。

具体的な専門やテーマはいつ決めるの?

入学してから2年間の前期教養学部と理学部に進学した後の1~3年生の間では、基本的な研究に必要な勉強をします。授業を通して先生の研究内容について学び、4年生からは自分でも研究を行います。進学希望者は、そこで大学院で何を研究するか、どの研究室に行くかを決めます。

6.筆者の感想

理系の進路という中高校生にとってまだ馴染みのない将来像について、具体的な例を聞くことで、みなさんも少し自分の未来をイメージしやすくなったのではないかと思います。是非、オープンキャンパスなどで実際に研究室・研究現場を訪れて、科学や研究に興味を持っていただき、多くの女子中高生が理学部への道を進んでくれたらなと思います。