【Campus Voice】東京大学大学院数理科学研究科イベント「数学の魅力:女子中高生のために(Hybrid)」イベントレポート

 
数学の魅力:女子中高生のために(Hybrid)」とは?

 「数学の魅力:女子中高生のために(Hybrid)」は、数学領域におけるジェンダー・ギャップを解消するための取組みの一つとして、まずは女子中高生に対して数学の面白さや可能性を伝えることを目的として開催されたイベントです。本イベントはZoomを活用の上、対面でも遠隔でも参加可能なハイブリッド方式にて実施されました。
 
2023年3月24日
リポート/学生ライター
酒井 秀翔(大学院教育学研究科学校教育高度化専攻学校開発政策コース 修士課程1年)

当日のスケジュール

1. 東京海洋大学/東北大学教授 中島主恵先生によるご講演
2. 交流会(対面)
3. 明治大学客員研究員 奈良知惠先生によるご講演
4. 株式会社ニコン先進技術開発本部数理技術研究所第二研究課 信田萌伽さんによるご講演
5. 全体質疑応答
6. まとめにかえて

東京海洋大学/東北大学教授 中島主恵先生によるご講演

 数理科学研究科長の斎藤毅教授より挨拶があった後、1人目のご登壇者として、中島主恵先生による講演がありました。中島先生は自己紹介とともに研究・教育に従事している東京海洋大学の紹介をした後、ご専門の非線形反応拡散方程式について講演しました。
 「拡散」という現象は以下のような現象です。ビーカーの中の水に赤いインクを1滴落とすと、インクはだんだん水中に広がっていき、最後には全体が薄いピンクの水となります。動物の表皮の上では上記のような物質が広がっていく拡散と、物質どうしの化学反応という2つの現象が同時に起こっていると考えられます。こうした「反応」と「拡散」が同時に起こる現象を記述したのが反応拡散方程式系です。



 1952年にチューリングという数学者は、ヒョウやシマウマなど、表皮に模様を持つ動物の模様のパターンが、反応拡散方程式系で説明できることに気づきました。反応拡散方程式系において、反応をつかさどる項と拡散をつかさどる項が微妙な釣り合いを保った時に限り鮮やかな動物の模様が現れます。このメカニズムを解析していくことは、生物の形態形成を解明することにもつながります。さらに中島先生は、写真とともに、実際の動物が持つ縞模様や点模様の多種多様な模様を紹介して、これらの生物の模様が三角関数を用いて説明できると話しました。

 最後に中島先生は、高校のうちに微分積分の授業をしっかり受けていただき、大学で多変数微積分等の学習・研究をするための準備をしてください、と締めくくりました。
 

2. 交流会(対面)

 昼食休憩後、対面参加の方々を対象として、参加者の中高生と大学生・大学院生との交流会が行われました。参加者は10個程のテーブルに分かれ、各テーブルに1名ずつ配置された数学を専攻している現役の大学生・大学院生を交えながら、「どういったきっかけで参加したか」「数学のどこに興味を持っているか」等の話し合いがざっくばらんに行われました。

3. ​明治大学客員研究員 奈良知惠先生によるご講演

 2人目に、​明治大学客員研究員を務められている奈良知惠先生が登壇しました。奈良先生は、お茶の水女子大学数学科で数学の魅力に触れたことをきっかけに、高等学校教諭としての勤務等を挟みながら、数学者としてのキャリアをスタートします。ご研究を続け東海大学の教授を定年退職した後、明治大学で折紙工学と出会い、現在に至ります。
 奈良先生が折り紙の科学と出会ったきっかけは、2001年に提唱され、2007年に衆目を集めた連続的折りたたみの問題でした。これは「多面体の表面を切ったり伸ばしたりせずに平坦化できるか?ただし、素材の厚さは無視できるものとし、どの表面も紙のように折り目で折れるものとする」というものです。現在奈良先生は明治大学にて、この問題に取り組むとともに、実生活に応用することを目指して研究を進めているとのことでした。そうした研究の成果の一部はこちらから閲覧できます。
 
 次に奈良先生は、折紙工学を活用したヘルメットの事例を紹介しました。折り紙でヘルメットをデザインすれば、ヘルメットをコンパクトかつ軽量に収めることができるとともに、地球環境の保全にも役立ちます。ですが、適切な設計を行わなければ、頑丈性が担保できず、防災用具としては役立ちません。そこで奈良先生が考案したのが、ほどよい柔軟性と強度を持つダンボール素材を用いた、蛇腹折りと糊付けまたはオチキス留め、そして展開という簡単な手順で工作できるヘルメットデザインです。実際に奈良先生は、本イベントのパンフレットでこの手順を私たちの目の前で実演し、その簡便さを示しました。
 

 最後に奈良先生から、数学の魅力としては、それ自体の神秘さ・面白さももちろんのこと、国内外で開催される研究集会を通して様々な社会や人々の暮らしに触れることができたことが挙げられる、というお話がありました。

 

4. 株式会社ニコン先進技術開発本部数理技術研究所第二研究課 信田萌伽さんによるご講演

 3人目に、株式会社ニコンで画像解析に関連するお仕事をされている信田さんがご登壇されました。信田さんは高校時代から数学に興味を持ち始め、本学理科I類に入学後理学部数学科に進学しました。その後本学大学院数理科学研究科を修了。2018年4月には株式会社ニコンへ就職し、現在に至ります。
 具体的な業務としては、顕微鏡を用いて取得した画像などの解析に従事しています。画像は小さい四角(画素)がたくさん集まったものであり、画素の位置ごとに、その明るさが数字で決まっています。その数字をもとに画像の変換・計算を行うのが、画像処理とのことでした。
 画像処理方法のなかで、信田さんは3つの例を紹介しました。第一に、何らかの閾値を定めた上で、それ以上とそれ以下とで二値化を施すものです。これは単純な手法ではありますが、雲と空の面積を把握して天気を予測する際等、様々な場面に用いることができるとのことです。第二に、フィルター処理です。目的に応じてフィルターを変えることで、様々な処理を行うことができます。例えば、画像をぼかすブラー処理や、物体の境目の検出に用いるエッジ検出等があります。実際の使用例としては、血球画像にフィルター処理および二値化を施して輪郭の形を把握し、血球を集計・分類し、病気の細胞を見つけるといったものがあるそうです。第三に、距離変換です。これは、各画素において、特定の画素との最短距離を計算するものです。距離変換を用いることで、例えば、細胞核を一つ一つ色分けして表示したりすることができるそうです。いずれの手法も、人が見て判断するよりも速く、大量の画像を解析できるというメリットがあるとのことでした。


 最後に信田さんからはまとめとして、現在数式を扱うことが多く、大学での勉強内容が大いに役立っていること、就職活動中も数学科出身者への需要を実感したこと、他方で今思えば、ご自身が中高生の頃は将来数学科に進学することや就職後の仕事内容は全く想定できなかったため、その時できることを一生懸命やるしかないのではないか、というお話がありました。

 

5. 全体質疑応答

 最後に、今回登壇した3名の皆様を交えた、全体での質疑応答がありました。各登壇者のご講演中に取り上げられた数学的概念に関する個別具体的な質問から、数学に関わるキャリアへ進むに至った経緯に関する疑問、数学の勉強法等、様々な質疑応答が取り交わせられました。
 

6. まとめにかえて

 以上のように今回のイベントは、数学を用いて、それぞれの場で八面六臂の活躍をされている先輩方の生のお話を聞くことができた貴重な機会でした。
 文部科学省が毎年実施する学校基本調査によれば、2022年5月1日時点で、数学科に在籍する学生に占める女性割合は18.3%*でした。この割合は、人文科学や社会科学はさることながら、化学や生物学等の隣接領域に比べても少なく、やはり、この分野に著しいジェンダー・ギャップが存在してきたことは否めません。ですがそうした中でも、女性も数学に取り組み、数多くの功績を積み上げてきたということが、今回のイベントでよく分かったのではないかと思います。
 これをきっかけに、ジェンダーにかかわらず、多くの方々が数学に興味を持っていただけることを願っております。
*:最終閲覧2023年3月28日