【Campus Voice】ニューロインテリジェンス国際研究機構主催「不思議でおもしろい脳のメカニズム」イベントレポート


 WPI(世界トップレベル研究拠点プログラム)は文部科学省の事業で、全国に17の拠点があり世界中の頭脳を日本に集結させ、国際的な研究を行っています。今回はその中でも脳とAIの融合研究を行う東京大学ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)が実施するイベントで、木村梨絵先生とバーベア・モニカ先生に最前線の脳科学を紹介していただきました。

2023年3月19日
リポート/学生ライター
姜 大模(工学部4年)

プログラム

14:00-14:05    概要説明「ニューロインテリジェンスってどんな研究?」
14:05-14:35    講演1「繰り返し見た画像が見にくくなっても知覚できる脳の仕組み」
                       ニューロインテリジェンス国際研究機構 特任助教 木村 梨絵
14:35-15:05    講演2「ビデオゲームで言語学習を簡単に!」
                       ニューロインテリジェンス国際研究機構 特任研究員 バーベア モニカ
15:05-15:57    Q&Aコーナー|疑問に思ったことを質問してみよう!
15:57-16:00    ご案内、閉会

概要説明「ニューロインテリジェンスってどんな研究?」

 
 イベントは「ヒトの知性はどのようなものか?」という問いかけから始まりました。その鍵は、ヒトの脳は変化に適応できるというところにあるといいます。これによってヒトはAIとは異なり、少ない情報からでも学習することができ、マルチな能力を発揮することができます。
 一方で、この優れた知性を持つ脳によって精神疾患などが生じることもあります。脳神経科学は臨床医学や人工知能研究にも応用することができ、多様な人が生きやすい社会の実現に貢献することができます。

講演1「繰り返し見た画像が見にくくなっても知覚できる脳の仕組み」ニューロインテリジェンス国際研究機構 特任助教 木村 梨絵

 東京大学ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)特任助教の木村梨絵先生に、繰り返し見た画像が見えにくくなっても知覚できる仕組みについて講演していただきました。講演の最初の出発点となったのは「知覚している世界は目に見えているそのままのものなのか?」という問いでした。この問いを考える上で、錯視というものを体験しました。同じ大きさのものが異なる大きさに見えたり、バラバラの破片を脳で経験から補完することで文字として認識したりするといったように、我々の見ている世界は実は外界をそのままに映したものではなく、経験が関係して知覚を形成しているということです。
 

  
 講演では、木村先生の行った視覚対象物のコントラストにまつわる研究を説明していただきました。木村先生らの研究によって、コントラストが低くなっても対象物を知覚・認知できるのはどのような神経活動によるものかが明らかになったそうです。
  

 
 木村先生の実験によって、同じ画像を繰り返し見る経験をすることで、コントラストが低くなっても知覚することが可能になることがわかりました。このときの一次視覚野の神経細胞の活動を記録し、解析することによって、低コントラストの視知覚を可能にするメカニズムが明らかになりました。高コントラストの画像に強く応答する高コントラスト優位な細胞に加えて、高コントラストよりも低コントラストの画像に強く応答する低コントラスト優位な細胞が観察されました。この低コントラスト優位な細胞は低コントラストの画像を区別して表現しており、低コントラストの情報表現に貢献することがわかりました。この低コントラスト優位な細胞の機能に注目した研究はこれまでなく、新規性のある研究成果になったそうです。
 

 
 この低コントラストで強い応答は、訓練を通して学習することで、刺激に対する興奮と抑制のバランス関係が変化することによって生じると考えられたそうです。

講演2「ビデオゲームで言語学習を簡単に!」 ニューロインテリジェンス国際研究機構 特任研究員 バーベア モニカ

 次に東京大学ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)特任研究員のバーベア・モニカ先生に「ビデオゲームで言語学習を簡単に!」いうテーマで講演していただきました。バーベア先生の研究テーマのきっかけは、フランスに交換留学に行ったときの経験だといいます。幼稚園からフランス語を学んでいたにもかかわらず、クロワッサンを頼むことすらできなかったとのこと。ここから言語学習にもっといい方法があるはずだと考えるようになり、脳の研究をスタートされたそうです。
 
 
 赤ちゃん、子ども、大人と、色々なステージでの言語学習がありますが、「人は年齢を重ねても第二言語をネイティブレベルまでに習得できるか?」という問いがこの講演の出発点となりました。

 年齢を重ねるにつれ、言語学習の難易度はどう変わるのか。イベント参加者に「だんだん難しくなる」「変わらない」「簡単になる」という3つの選択肢から選んでもらったところ、多くが「だんだん難しくなる」と予想しました。事実、年をとるにつれて、とりわけ臨界期と呼ばれる特定の時期を過ぎると、第二言語習得は難しくなるそうです。 
 
 次の質問は「臨界期の後、最も習得が難しいのは、発音、語彙、文法のうちのどれ?」というもの。多くの参加者が、難しくなるのは発音だと予想しました。実際、発音が 難しいそうで、特にネイティブレベルになるのは難しいようです。また、文法の習得も年をとると難しくなるそうですが一方で、語彙の習得に臨界期はないそうです。
 年をとることで言語を学ぶ方法はどのように変わるのか?これを発見すればより良い方法を作り出すことができるのではないか、というのが研究のモチベーションになるといいます。
 現在は特に、学習中の視線パターンを研究しているとのこと。1歳の赤ちゃんが映像を見ているときの視点に着目し、どうやって手がかりを使って学んでいくかを明らかにし、簡単に新しい言語を学べるようにすることを目指しているそうです。
  
 最後に、バーベア先生に研究の楽しさを教えていただきました。特に、共同研究によって色々なことを学ぶのが楽しいとのこと。例えば、マジシャンから視線(視覚情報)を学ぶこともあるそうです。このように色々な分野の方と交流することで、研究は忙しいけれどとても楽しいということを強調されていました。

 

Q&Aコーナー|疑問に思ったことを質問してみよう!~私が中高生だったとき~

 はじめに、お二人の現在までの半生をお話ししていただきました。

木村先生:
 木村先生が理系の研究者になりたいと思ったのは中学生のときで、理科という科目が好きだったからとのことです。高校では、自分の興味があることを調べる、自調自考という科目があり、展示会などに行くなどして論文にまとめることで、研究者が身近に感じるようになってきたそうです。
 研究者がたくさんいて、自宅から通えることから、進学先として東大を選択。一般教養の様々な講義で学びながらじっくり考えた結果、医療と結びつけた研究をし、また同時に資格を取りたいという思いから薬学部を、中でも脳の機能に関する基礎研究をしている研究室を選びました。生物という科目が好きで、世の中で解明されていないことを切り開きたいと思い研究者の道に進んだそうです。
 最後に、中高校生に向けてアドバイスをしていただきました。中高生では具体的にこれをやりたいと決める必要はなく、目の前にあることに真剣に向き合うことが大事だといいます。木村先生も、中学生の時、入部した吹奏楽部が厳しかったこともあり、精神力が鍛えられたそうです。興味がないことも頑張ってやってみる中で、自然にやりたいことが見つかってきて後の人生につながることもあるのだとか。一方で、大学の一般教養の後くらいからは興味のあることを極めていくことが大事で、研究は本当に好きなことをやるのが大事とのお話も。例えば木村先生の場合、生物学は好きだけど、生き物自体は苦手だったそうですが、脳の機能を明らかにしたいという思いで苦手なことも乗り越えられたとお話しされていました。
  
バーベア先生:
 バーベア先生は中高生時代をカナダで過ごしました。当時、カナダの高校は塾や制服もなく、好きな授業はなんでもとれる自由な雰囲気だったそう。課外活動も重要視されるため、様々な部活やボランティアをしたとのことです。季節によって色々なスポーツをしたり、詩を書く部活と哲学の部活を作ったりしたというお話でした。
 その後、トロント大学に進学。とても規模の大きな大学で、約1000人が参加する大きな講義もあれば、少人数の講義もあったそうです。バーベア先生は少人数の講義が好きだったそう。特徴は全員が一般教養科目を履修することで、全員が科学、社会学、人文学など、幅広い分野を学ぶとのことです。
 研究者になる前に様々なことを学びたいという思いから、大学卒業後はJETプログラムで来日。そこでEESIという第二言語を学ぶための漫画を作ったそうで、その後パリで博士号を取得されたそうです。
 
 参加者へのメッセージとして、学際的なことをするのは大変なこともあるが、学際性こそが研究の未来だと思っていると話されました。

質疑応答

Q:脳の研究はどの大学でできますか?
木村先生:
 色々なところで学べます。医学部、薬学部、理学部、農学部、文学部心理学科などは動物をモデルとして実験しています。さらに、医学部や心理はヒトを対象に実験したりもします。工学部、理学部の数学や物理学、情報学部では、数理モデルでアプローチしている人もいます。具体的にどこの大学や学部にどんな脳の研究者がいるかは、ネットなどで調べるのがいいと思います。初めは違う分野のところからスタートしてもそれがいずれ個性になります。
  
Q:文系でも脳に関する学問は学べますか?
バーベア先生:
 数学が苦手でも、歴史などから脳の研究をすることも可能です。例えば、携帯電話による脳の集中力への影響が話題になることがありますが、歴史をさかのぼると500年前は携帯電話ではなく、本が集中力を妨げていたという研究もあります。色々なことを勉強したら、文系分野でも脳について新しい発見があるかもしれません!
  
Q:研究者になりたいが、好きなもの、一筋になれるもの、突き詰めたいものが見つからない...
木村先生:
 その時その時で一生懸命打ち込んでいると、自ずと何を突き詰めたいかが見えてくると思います。例えば東大だと、教養学部で色々なことを学べます。好きなものを見つけるタイミングが遅かったり、変わったりしても、それが強みになるので問題ないです。自分自身も、今の行動と神経活動を絡めた研究を始めたのは博士号を取った後からです。
 
Q:大学生は忙しかったですか?
バーベア先生:
 大学生の時は忙しかったです。忙しいことが好きだったから部活などにも打ち込んでいました。大学の方が高校よりもやることが多く、やることのレベルも上がりますが、段々と慣れました。また、宿題や学習のサポートをしてくれる仕組みなどもありました。
  
Q:中高生のうちにやるべきことは?
木村先生:
 中高生のときにやっておくべきことは、何かに打ち込んで精神を鍛えること。また、英語の勉強はやっておいた方がいいと思います。学会発表や論文の執筆など、英語で行われます。
  
Q:将来理系に進みたいと思っているが、女性が少なくて不安です
バーベア先生:
 理系は男性が確かに多く、特に東大は男性ばかりで自分もびっくりしました。しかし、自分がここで頑張れば、将来、研究者になりたいと思う女性たちのために道が拓けると思うのです。是非、未来の女性研究者のためにも頑張ろうと思ってみてください。