「子育てから得た気づきが人生を豊かにしてくれる。~人文社会系研究科(文化資源学)松田 陽准教授~」

松田先生と大鐘さん
男女共同参画においては、女性の社会への参画と、男性の家事育児への参画は表裏一体の関係にあります。
最近「イクメン」という言葉が流行する一方、男性の育児参加をそのように特別視するのはおかしいとの意見を聞くこともあります。
実際の当事者の皆さんは、どのように仕事と家事育児に向かい合っていらっしゃるのでしょうか。
人文社会系研究科文化資源学研究室の教員としてのお仕事と併せ、家事育児にも積極的に関わっていらっしゃる、松田陽准教授にお話を伺いました。
 
【プロフィール】
東京大学文学部卒業。ロンドン大学UCLにてPhD(考古学)取得後、ユネスコ文化遺産部コンサルタント、英国イーストアングリア大学世界美術・博物館学科准教授(Lecturer)を経て、現在、東京大学大学院人文社会系研究科准教授(文化資源学研究室)。
 
2019.11.25
インタビュー/学生ライター 大鐘 亜樹(人文社会系研究科文化資源学研究専攻 修士1年)
(同行:男女共同参画室事務局担当者)


 
 

自然に決まっていった家事・育児の分担

  • 保育園の送り迎えは、松田先生のご担当とのこと。

この日のインタビューは、学内保育園にお子さんを連れていかれる松田先生との待ち合わせから始まりました。本郷キャンパス構内にある「ポピンズナーサリースクール東大本郷さくら」まで、ベビーカーでの送り迎えは、松田先生の担当とのこと。その後、研究室に移動してお話を伺いました。




― 本日のインタビューは、先生の授業の端々に伺う育児のお話がとても魅力的で、ぜひこれを伺いたいなと思い、男女共同参画室と打ち合わせて実現しました。
先生のご家庭の中では、どのように家事・育児を分担されているのでしょうか。
 
最初にこうしようと決めたわけではないのですが、自然に分担担当が決まっていきました。おおざっぱに言うと、保育園への送り迎えとお風呂に入れるのは私、食事関係と服の準備は妻。それから、おむつ交換は気づいた方がやるということで、半分くらいでしょうかね。洗濯は、洗って干すまでが妻で、取り込んでたたむのは私がやっています。
 
―もともと家事は、ご結婚前から慣れていらっしゃったのですか。
 
東大に着任する前、イギリスで長い間一人暮らしをしていたので、家事は苦にはならず、むしろやらないと生活できないという意識がありました。
 
―偏見かもしれませんが、東大の男性は、小さい頃からお母さまが付きっきりでお世話されるので、家事などは苦手な方が多いというような話を耳にしたことがありますけれど、そのような抵抗というのはなかったのでしょうか。
 
確かに私の母はそういうスーパー主婦でしたので、自分に注がれた愛情に対しては感謝の気持ちしかありません。でも、なぜかそれを妻にも求めようとは思わなかったですね。たぶんそれは、イギリスで長年働くうちに、男性も普通に家事や育児をするという環境を見てきたからだと思います。女性も働きたい人は働くべきだし、社会で活躍できる環境であるべきだと、イギリス社会で働くうちに無意識にだんだん思うようになったのでしょう。でも、そのようなことを10年ほど前に一度母に言ったときに、ちょっと寂しそうな顔をしたことがありました。そのときには、言い方には気を付けないといけないと感じました。母が自分にしてくれたことへの感謝と、自分がパートナーに求めること、女性全体に求めることとは、ちょっと区別しているところがあるのかもしれません。
 
―イギリスにいらっしゃったときに、カルチャーショックを受けたということでしょうか?
 
何か強烈な経験があったというより、変化は徐々に起こったように感じます。私はイギリス社会ではいわゆるマイノリティでしたので、自分の持つ先入観は最初から捨てざるを得ない状況でした。多くの事柄をゼロから学びましたが、男女の役割ということで最も印象に残っているのは、勤務先の大学に子供が二人いる事実婚の研究者カップルがいて、彼らが理想的なカップルに見えたことでしょうか。9時から17時まで驚くほど集中して仕事をやり、その後、二人で育児と家事を分担しながら楽しそうに生活している姿を間近で見ていて、いいなあと思い、自分が日本に帰国し、妻と一緒に住むようになってからも、できるだけそのようなかたちに近づけようとしていたかもしれません。大きなカルチャーショックがあったからというよりは、身近にそういうモデルがいたことの方が大きいですね。

育児の中での気づき

―次に、お子さまを育てる中での、気づきについて伺いたいと思います。先生の授業の中で、ドラッグストアの写真がスライドに出てきて、見えているのに見えていないものがあることに、お子さんが生まれて気がつきましたとおっしゃったのが、強く印象に残っています。これは今日のインタビューのひとつの大きなきっかけにもなったのですが、そのお話をもう一度伺いたいのと、他にもそうしたお話があれば、お聞かせください。
 
今の家の近所にドラッグストアがあるのですが、子供ができる前から、何度もその前を通り、よく買い物もしていました。ところが、子供が出来てからその店に行ったとき、店頭に大量の紙おむつが置かれていることに初めて気がついたのです。子供ができる前は、何百回も通っておきながら、そこにはいつも紙おむつが出ていることに気がついていなかった。視界に入っていながら、認識していなかったのです。それが、子供が生まれて同じ場所を通過したら、こんなに紙おむつが置かれている、充実している、しかも安い、ということに初めて気づいたのです。同じ場所にいたとしても、子供がいなかったときと、いるときとで、こんな変化があるのかと実感した瞬間でした。
 
―そのような気づきが、学生への研究教育の中でも、役に立つと思われて、授業の中でご紹介いただいたのでしょうか。
 
自分にとって驚きだったので、つい学生たちとも共有したくなり、授業で話してしまいましたけれど、確かに翻って考えてみると、とりわけ人文系の学問には、同じような側面があるような気がするのですよね。「普通に生活していて気づいても良いはずなのに気づかないこと」を気づかせる――そのための視点を提供する、ということです。ドラッグストアの前には紙おむつが置かれていたのだ、と知ったところで、別に劇的な変化があるわけではないのですが、一度気づいてしまったら、それはもうずっと離れることがない気づきですよね。そうした事柄が積み重なると、意外に人生が豊かになるかもしれない、という思いがあったので、授業でも話しました。
 
―他にもそういうエピソードはございますか。
 
町を歩いていて子供を見たときの自分の反応も、間違いなく変わりました。それまでも子供はもちろん視界に入っていたのでしょうが、何も反応していませんでした。ところが今では、その子供が生後何か月ぐらいかな、どんな服を来ているのかな、どんなベビーカーに乗っているかな、と瞬時に観察するようになりました。いつの間にか、こうなっていました。
あとは、世の中には育児関係の商品がこんなにあるのか、ということにも驚きました。アカチャンホンポというお店がありますが、子供が生まれるまでは行ったことがありませんでした。初めて行ったときには、こんなお店が存在するのか!育児関係の物しか置いていないのか!すごい!と、驚きの連続でした。ワクワクしました。私自身もかつては子供だったわけですし、世の中には育児関係の商品は常にあったのだと思いますが、やはり見えていても見ていないものがあるのだ、と気づきました。
あと、月並みですし、子供ができると誰もが思うのかもしれませんが、私自身の親への思いが変わりました。なんと言っても、自分もかつては子供だったわけで、私の親がその子供の私の面倒見てくれていたわけですから。いかにも月並みですが、気づいたことという意味では、この感覚の変化は欠かすことのできない要素だと思います。
 
―昔、私の高校時代の先生が、学生を見る目が変わってきたとおっしゃったことがあったのですが、そういうことはありますか。
 
学生に限らず、人間一般に言えることですが、あまり感心しない人や腹が立つ人がいたとしても、「この人も赤ん坊のときには無力で可愛い存在だったのだろうな」と思うと、許せることが増えました。これをもって自分が寛大になったと言えるかどうかはわかりませんが、人間一般を見る目は変わりました。
学生に関していえば、特に若い学生に対して、「頼むぞ」という思いが強くなったように感じます。次の世代にバトンを渡している、という感覚でしょうか。赤ん坊であるうちの子供に対して、バトンを渡しているという感覚はまだ抱いていませんが、自分の年齢と赤ん坊の年齢のちょうど半分ぐらいのところにいる20代前半の学生たちには、「自分の後を頼むぞ」という気持ちで接することが増えました。
 
―最近の世の中の風潮として、子連れヘイトや、抱っこひも外しのような、嫌なことが流行ったりすることもあるようですが、そのようなことで、お気づきのことはありますか。
 
幸い、私は徒歩で送り迎えをしていて公共交通機関を使っていないため、そのようなストレスは感じたことはありません。ただ、子供を連れて電車に乗ったときに泣かれてしまうことがあり、そういうときには、周りの方々に迷惑に思われていないかどうか、過敏になっていると思います。とは言え、これも子供が生まれるまで気づいていなかったことですが、電車で子供に泣かれてこちらが困っているときに周りを見てみると、意外にニコニコと笑ってあたたかく見守ってくれている女性の方が多いですね。これはとても嬉しいことです。私の思い込みにすぎませんが、最近ニュースになる子連れヘイトの事件を引き起こす人や、泣く子供に対して罵詈雑言を投げかける人は、自分自身が子育てで大変な思いをしたことがないオジサンが多いのではないか、と勝手に想像しています。もちろん私自身もオジサンですが。
 
―それは先生のご経験と、奥様のご経験も大体同じような感じでしょうか。赤ちゃんを男性が連れているときと、女性が連れているときとで、違いはあるでしょうか。
 
妻が、自分一人で子供を連れているときと、私と一緒に二人で子供を連れているときとで、周囲の対応が少し違う、と言っていたことがありました。夫婦で子供を連れていれば周りはあたたかく、男一人で連れていても周りはあたたかく。しかし、女性が一人で子供を連れていると、時に冷たい視線を感じる、と言っていたように思います。私自身が男なのでわからないことですが、そのような差があるのか、と考えさせられました。
 
―一方で最近、本当のお父さんが娘さんを連れていたのに通報されてしまったという報道がありましたが。
 
ありましたね。我が家でも話題になりました。たしか、パパが子供をあやそうとしたのに、子供の機嫌が悪くて抵抗していて、たまたまその様子を見ていた人が警察に通報しちゃったのでしたよね。
 
―そうです、泣かれて「パパちがう」と言われたのを聞いて通報した人がいたと。
 
そんなことがあると、パパは心が折れそうになるでしょうね。私も衝撃を受けた事件でした。私と妻はいつも年末年始には帰省していたのですが、子供ができてからは、混んでいる公共交通機関を使っての長距離移動は避けようと考えるようになりました。子供が病気をもらうことも心配なのですが、それよりも満員の新幹線などで、周りの方々が赤ん坊の存在を嫌がるかもしれないという気持ちが大きいです。
 
―いろいろとご苦労がありますよね。
 
そうですね。ただ、日本の場合、同じ育児をしていても、男性よりも女性の方が辛い環境に置かれているのだろうなと感じます。
 
―イギリスにいらっしゃったときと、日本に帰っていらしてからとを比べて、イギリスだったら、こんなことはなかったのにということはありますでしょうか。
 
イギリスが恋しくなるというよりは、日本に暮らしていて「あれ?」と感じることがたまにあります。妻が先日、男女共同参画室のイベント「UTokyo Women 研究者ネットワークを作ろう!2019」に参加したのですが、ずいぶん興味深い内容だったらしく、イベントの詳細を私に語ってくれました。ただ、その話を聞いていて私は、「なるほど、素晴らしいイベントだったのか」と感じると同時に、「あれ、今時まだそんな話をしているのか」という気持ちにもなりました。「日本では」というよりは、「東大では」と言った方が正確なのかもしれませんが、本来は20-30年前ぐらいに検討していないといけないはずのことを、今ごろ検討しているように感じられたのです。イベントに参加して勇気づけられたと妻が言っていましたので、それはとても良かったと実感しましたが。
それと、今でも忘れられないのは、日本に帰ってきて出た最初の教授会で、ほとんど男性だったことに驚きました。単純に男だらけの光景を見て、感覚的に驚きました。そのときに、「あれ、東大はこれで大丈夫なのかな」と思ったことを、正直に告白します。
ともかくも、心配しているだけでは何も変わらないでしょうから、男女共同参画室にはどんどんと「UTokyo Women 研究者ネットワークを作ろう!」のような意義あるイベントを行っていただきたいです。男女共同参画という意味では、東大は世界的に大きく遅れている、と私は思っています。日本一の大学を目指す東大は、男女共同参画でも日本一であるべきだと思いますし、さらに世界でトップクラスの大学を目指すのであれば、男女共同参画でも世界でトップクラスであるべきですよね。
 
―このイベントで、世界の大学における男女比率や、女性の学長が世界でこれだけいる、という話もありましたが、イギリスの勤務先の大学も、女性比率はかなり高かったのでしょうか。
 
日本ほどひどくありませんが、一般的にイギリスの大学も男性優位であることは事実です。ただ私の前の勤務先の大学に限って言えば、人文系の学問を行っている学科ということもあってか、女性の教員の方が多かったです。先ほど、私にとってモデルとなる研究者カップルが同僚にいたということをお話しましたが、これに加えてもう一つ、非常に有能な女性の学科長がいたことも大きいですね。それ以前の職場も含め、「あ、この人はすごいな、素晴らしい研究者であり、同時に組織の優秀なリーダーでもあるな」という女性の同僚がいたことは、働く女性のポジションを一般的に考える上で、私に大きな影響を与えたと思います。あと、これも付言したいですが、驚くほど優秀なゲイの同僚たちもいました。
 
―教員の女性比率は、「UTokyo Women 研究者ネットワークを作ろう!」の中でも話題になりましたが、どうやったら増えるのでしょうね。
 
今年度の大阪大学大学院文学研究科では、新規採用の12人全員を女性限定で公募していました。大変思い切った決断だと思いますが、間違いなく効果があるでしょう。いわゆるアファーマティブアクションですね。これをやると、当然反発が出てくると思います。少なからずの男性教員が反発するでしょうし、今、数の少ない女性教員の中にも、私たちは実力で勝ち取ったのに、なぜこれから採用する女性だけ優遇するんだ、と反発したくなる方々も当然いらっしゃるでしょう。しかし、そのぐらい本気で動かないと、日本のアカデミアにおけるジェンダーという構造的な問題は解決しないと思います。あまりにも根深くて、自然にしておくと再生産される問題ですから。
 
  • 研究室にて。

東大の育児サポート体制

―先程保育園への道々、東大のサポート体制にはとても助かっているとおっしゃっていましたけれど、助かっている点、もっとこうなっていたらいいなと思う点、その辺はどんな感じでしょうか。
 
ポピンズナーサリースクールは東大の事業所内保育施設ですが、子供を預かってくれるだけでなく、しっかりと成長を後押ししてくれるため、本当に感謝しています。今の日本には待機児童が多く、とりわけ大都市部にはたくさんいますよね。東大で働いている人、学んでいる人の中にも、子供を持つ方々が少なからずいますので、大学としてもう少し育児支援を増やしてくれたら、という思いはあります。事業所内保育施設が2歳までではなく、5歳まで預かってくれたら、とても助かりますよね。いろいろな条件があって簡単ではないことはわかりますし、本来は認可保育所に預けよということなのかもしれませんが、先ほども申しましたが、東京大学が世界トップの大学を目指すのであれば、男女共同参画や育児サポートも世界トップであればかっこいいのにと思います。
あとは、組織が育休を取ることを奨励すると良いのだと思います。私のまわりに「育休を取るのはやめなさい」という同僚は一人もいませんが、直接的な言及を避ける日本人の文化を考えると、男性に対しては、むしろ「育休を絶対に取りなさい」くらいに後押しをすると良いのかもしれません。
 
―奥様も産休だけで、育休を取られなかったのでしょうか。
 
産後8週間は法定の産休を取り、その後、育休を3か月ほど取りました。私自身も育休を取りたいと考えていたのですが、まさにその時に子供を保育園に預けられることが決まり、育休を取れずに終わってしまいました。このこと自体にはとても助かったのですが、同時に、私自身が育休を取れなかったことが悔しい、という思いはあります。男性が育休を取ったという記録だけでもちゃんと残すことによって、後に続く方々が育休を取りやすくなるような気がしていましたので。前例があることの意味は重々認識していましたので、たとえ一週間だけであっても育休をとりたかったです。
 
―育休の奨励は民間企業でも課題にはなっていますが、何歳以下のお子さんを持つ人は育休を取りなさいという経営サイドからの取組みで、最近取る人は増えてはいるようです。それでもやはりまだ、いわゆるパタハラ、「君のところは奥さん働いていないんでしょ」「奥さんが育休取っているんでしょ」というようなこともあると聞くことがありますが、そういうパタハラについては、いかがでしょうか。
 
それは正直なかったです。研究室の同僚の先生方は大変理解があり、「育児があるだろうから仕事を減らしてもいいよ」と言って下さいました。このように職場ではパタハラはまったくありませんでしたが、大学の外では、直接パタハラめいたことを言われることはないものの、もう少し考えてほしいなと感じることは数回ありました。思わず「昔と異なり、2019年のお父さんは育児をするものなのですよ」と言いたくなりましたが、でもそれは言えませんでした。
 
―それはどんな局面でしょうか。
 
容赦なく仕事が割り当てられるというようなことです。難しいのは、自分より上の世代の男性の多くは、ご自身が育児をそこまでされていないでしょうから、こちらがどれだけ説明しても伝わらないだろうな、と感じることです。先ほどの私の母の話ではないですけれど、「今は時代が違うんですよ」と言ってしまうと、ご本人たちが慣れ親しんできた価値観、大切にされてきた価値観を否定することになりますので・・・・。このあたりはどう伝えるか、いつも腐心するところですね。
 
―世代間の問題は、やはりあるんでしょうね。
 
ずっとあるのでしょう。いつの時代にもある世代間の価値観の差の問題だと思います。一般論として、今の日本社会で責任あるポジションに就いていることが多い年配の男性の方々が意識を変えていただければ、と思いますが、どうすればそうなるのでしょうね。少子高齢化がほぼ世界一という日本の状況を考えると、根本的に何かを変えないといけないことは明白だと思うのですが・・・・。
 
―サポート体制について、お子様が熱を出されて急にお迎えにいかなくてはならないときの病児保育や、そうしたときのベビーシッター代補助などの点ではいかがでしょうか。
 
幸いうちの子は健康ですが、熱を出して呼び出しを受けたことは何回かあります。そういうときには、なんと言っても職場が近いので、原則私が迎えに行きます。保育園を長期で休ませたことはないですが、そういうこともいずれ起こりうるのですから、病児保育のサポートもあった方が良いと思います。大学がそのサポートを提供できるかというと、ちょっと難しいだろうなと想像しますが。たぶんそれは行政が提供すべきサポートのような気もします。東京大学はベビーシッター代を一部補助してくれる制度を設けているのですか?
 
(男女共同参画室事務局)大学では、内閣府のベビーシッター派遣事業を利用して、ベビーシッター利用時の割引券を発行しています。
 
思い出しました。ちゃんとそういう補助をしてくれていましたね。
 
―今のところは、特に切迫して必要になった局面はないということですね。
 
そうですね、幸い子どもが健康でいてくれるため、ないですね。ただ遠隔地に住んでいる高齢の両親には頼れないので、ベビーシッターのサポートがほしい場面は、間違いなくやってくるとは思います。

女子学生たちへのアドバイス

  • 研究室にて。

―最後に、将来、仕事や研究と家庭との両立に不安を感じている女子学生、これから自分が、能力を活かして仕事をしていくに当たって、夫になる人がちゃんと協力してくれるのか、両立が出来るのかということに不安を持っている人も多いのではないかと思いますが、そうした学生たちに何かアドバイスがございましたら、教えてください。
 
私自身は、妻に家に入ってほしいという気持ちはゼロというよりはマイナスです。家計のためにというのももちろんありますが、人間は働いていた方が幸せなんじゃないかなと勝手に思い込んでいます。もちろん本人が何をやりたいかにもよりますが、働きたい人は誰でも働ける社会であってほしいですよね。
仕事と家庭の両立は、男女を問わず大変だと思いますが、今の日本社会では、女性に家事――と言うより「家庭の仕事」ですよね――が押し付けられる確率が圧倒的に高いでしょうから、女性の方が絶対大変だと思います。ただ、本人たちが声を挙げることによって変わることもありますので、大変だけど要求して変えていってほしいですね。要求の仕方も、武闘、弁論、知略、懐柔工作など、いろいろあると思いますので、状況に応じてぜひ工夫してほしいです。
私がある委員会で一緒になった女性の先生は、常に戦う方で、委員会で理不尽なことがあると即座に、「これはおかしいので、やめましょう」、「私は毎回言い続けますよ」、「今、嫌な顔をされましたね。でも私は言いますよ」と仰っていました。あれくらい発言しないと変わらないのだろうなと思いました。幸い、今の世の中は女性活躍をうたっていますので、活躍する女性が発言することに対して、私を含めたオジサンたちは正面から反対できません。もちろん、女性が発言するだけでなく、男性も発言していかないとダメだと思うので、男女がパートナーシップを組んで変えていかなくてはと思います。
もう一つ女子学生たちに伝えたいアドバイスは、私自身の体験に基づくものです。子供が生まれた後、何人かの年配の方に「女の子です」と伝えたところ、「そうですか、男の子ならもっと良かったのにね」というような反応をされることがありました。その反応を見るたびに、「えっ?!これからの日本で、今よりもっと活躍できるのは絶対に女性なのに?」と感じましたが、そう伝えられませんでした。男性と女性を比較したときに、今より活躍できる余地と可能性があるのは間違いなく女性です。ですので、この追い風をうまく利用して、どんどん活躍してください。
 
―他にこれはおっしゃっておきたいということはございますか。
 
男女共同参画室にはたくさん期待していますし、もっともっと風穴を開けてほしいですね。あと、繰り返しになりますが、世界で勝負できる東大を目指すのであれば、男女共同参画でも世界をリードしないといけないのでは、と思います。

執筆者からの一言

私自身、男女雇用機会均等法施行後の女性総合職第1期生として民間企業に30年余り勤務した後、社会人学生として入学してきましたので、この日伺ったお話は、自分の実感とも合わせて、大変意義深く伺いました。
特に、イギリスでの人々との出会いが、男女共同参画についての認識をだんだんと形成されたという異文化との出会いのお話、また、女性と男性がパートナーシップを組んで変えていかなくてはならないというご意見は、非常に印象的かつ心強く感じられました。
この日、ポピンズナーサリースクールで会った、松田先生のお子さんをはじめとする子供たちが、やがて成長した暁には、女性も男性も、自分の能力や希望を活かして、のびのびと生きていける環境に向けて、現状が少しでも改善されるよう、私自身も自分の経験を活かしつつ、努力していきたいと思います。