【Campus Voice】「女子中高生のみなさん 最先端の工学研究に触れてみよう!2020」イベントレポート

ポスター

1.はじめに

 東京大学生産技術研究所次世代オフィス(ONG)が主催する本イベントは、11回目にして初めてのオンライン開催となりました。今年度のご登壇者は生産技術研究所OGで研究者の青木佳子先生、同じくOGでビジネスパーソンの小田尋美さん、そして博士課程に在籍中の佐久間涼子さんです。中高生、保護者、教員の皆さんを含む約80名にご参加をいただきました。講演以外にもチャットを活用して質疑応答を行い、事後アンケートでは「理系や大学、これからの自分をイメージできた」「理系について新しい発見を得られた」など、ご好評をいただくことができました。ここではイベントおよびイベント後の学生ライターからのインタビュー内容をお届けします!

2020.10.3
リポート/学生ライター
小川眞生(教養学部文科一類2年)

2.青木佳子先生~「まち」を舞台に研究展開~

 最初のご登壇者は現役の研究者の青木佳子先生です。高校時代に絵を描くことが好きだったことから、日本女子大学で建築・デザインを学び、大学院からは東京大学でまちづくりの研究にフィールドを移した青木先生。2018年から、和歌山県の加太という小さな漁村で実際に暮らしながらさまざまな活動を行っています(図1-1参照)。「まちづくり」を「地域らしさを尊重しながらまちを更新する」ことだと捉え、大学・地域住民・行政の協力を大切に、皆で考え将来ビジョンを共有し、それぞれの立場でできることをすることで新たな展開を見出していきます。ご自身は大学の立場で「地域に拠点を置くことにより密接な社会的関係を構築して問題を抽出する」という研究スタイルですが、「議論のテーブルを作る」ということに最も意義を見出しているそうです。
 青木先生のご専門は建築意匠、つまりデザインですが(先生の背景に映るオフィスがとてもお洒落ですよね…!)、「建築」の中には様々な分野があります(図1-2参照)。建築学を学ぶ上でも働く上でも、多方面への教養が必要だとか。建築やまちづくりを進路に考えている皆さんには、今のうちに色々なことを見たり読んだり聞いたり訪れたりして、知見を広めておくことをすすめていらっしゃいました!
 青木先生は加太への移住をきっかけに船舶免許を取られ、魚料理に挑戦しているそうです。研究と生活の両方を楽しんでいらっしゃる姿が印象的でした。建築意匠の知見を活かし、「まちづくり」の場で生き生きと活躍する、女性研究者の様子を垣間見ることができたのではないでしょうか。
 
  • 図1-1:活動事例

  • 図1-2:いろいろな建築分野

3.小田尋美さん~デジタル社会で理系は活躍する!~

 小田さんは理科2類から工学部マテリアル工学科に進学し、その後生産技術研究所の溝口研究室でマテリアル工学を専攻されました。現在はアクセンチュア株式会社で戦略コンサルタントとして働いていらっしゃいます。
「コンサルタント」という職業は中高生の皆さんにはあまり馴染みがないかもしれませんが、小田さんにとってコンサルタントの役割とは、時代の変化に合わせ企業の変革をお手伝いすることだといいます。プロジェクト単位で労働環境が変わり、多様な同僚や取引先に接する機会がある仕事です(図2-1参考)。
  • 図2-1:仕事例

  • 図2-2:理系として学んだこと

 小田さんは大学2年生の進学振り分け(現進学選択)時には明確に研究したいことはなく、物理への興味からなんとなく工学部マテリアル工学科を選択したそうです。大学院では溝口研究室で人工知能の技術を使って物質の原子構造を決定する研究を行い、プログラミングや機械学習を学んで、データから新しい価値を生み出すことに魅力を感じられたとか。理系の院生は様々な地域や国での学会に参加できることが多いそうです!修士課程を経て就職活動をするときには、人間の生の生活が生み出すデータから新しい価値を創造することに魅力を感じてコンサルティング会社に就職を決めました。当初は既にあるデータから設定された問題の解決策を探すデータサイエンティストとして働いていましたが、現在は問題を発見することにも関わる戦略コンサルタントとして働いていらっしゃいます。大学や大学院で学んだことは具体的には原子構造で、現在の仕事とは直接関連はありません。それでもなお大学・大学院生活の中で身についた論理的に考える力やプレゼンテーション力(図2-2参照)は今の仕事にも生きているといいます。また専門知識を持っていることで理系のクライアントとうまく仕事を進められたこともあったそうです。社会人として文理にとどまらず性別や言語が異なる人々と一緒に働く経験から、理系に進学していわゆる理系職に就かないとしても、理系としての経験は強みになると力強くおっしゃっていました。

4.佐久間涼子さん~理系の視点で広がる世界~

 続いてご登壇いただいた佐久間さんは現在東京大学院工学系研究科、精密工学専攻にご所属で、東京大学生産技術研究所の梶原優介研究室で電磁波に関する研究をなさっています。「電磁波」、物理(基礎)でも習いますね…!
 佐久間さんは中学、高校の一部をベルギーで過ごし、英語を第二外国語として学習しながら他教科の勉強をされました。母語でない言語で学習することはやはり困難が伴い、周りと勝負できると思えた教科が語学ではなく数学や物理だったことから理系を選択されたそうです。
 大学、大学院では図3-1、図3-2のような生活を送っていらっしゃるそうです。大学院生になってからは授業が大幅に減り、自分で何をいつやるか考えて生活します。研究は結果や成果が出る時間が固定的でないことから研究室はいつ行ってもよく、研究に没頭することができるんだとか。現在は新型コロナウイルス対策として自宅でできる作業は自宅でするように変わってきているそうです。
  • 図3-1:大学生、修士課程時代のスケジュール

  • 図3-2:現在(=コロナ下の博士課程)のスケジュール

 ではここからは佐久間さんがどのような研究をなさっているのか見ていきます。佐久間さんは「電磁波」について研究なさってています。電磁波は波長の長さによってさまざまに異なる性質を持ち、私たちの世界に溢れています。しかしながら人間が知覚可能な電磁波は全体の一部にすぎません(図3-3参照)。
 そこで人間には見えない電磁波の世界を可視化したり応用したりする技術が開発されてきました。その流れの中にある「パッシブ型のテラヘルツ近接場顕微鏡」は物質自身が放射する電磁波を外部光の影響を取り除いて(パッシブ計測)観察します。この電磁波は、テラヘルツ(中赤外)領域の波で遠くまで伝わらないという性質を持っています。針先を物質に近づけ増強された電磁波のみを検出することで、非常に細かい情報を取得できるそうです。現在の分解能は20 nm(=2・10-9 m)で、人間の目の分解能0.1 mmより約5000倍の性能がいいセンサーを用いているということ…。すごい!電磁波の動きを見ることで電子や分子の振動度合いなどがわかります。現在は開発の基礎段階だそうですが、工学から医療まで幅広い範囲への応用を期待しているそうです!例えば、集積回路上の電子の振動度合いを見ることで熱分布を割り出し、エネルギー効率の最適設計に利用したり、生体試料上の分子の振動や回転具合を見ることでその生体試料の化学構造を分析してどの細胞が活性化しているのかをイメージングしたりすることに応用できるそうです。

 佐久間さんはこの大きな可能性を持ったパッシブ型テラヘルツ近接場顕微鏡をさらに便利にしたパッシブ型の近接場分光顕微鏡を作る研究をなさっています。パッシブ型テラヘルツ近接場顕微鏡は一つの波長しか取れないため観察できる物質が限られるという欠点があります。そこで複数波長を取れる(分光)ように改良し、絶対的な電磁波の分布の計測などを可能にしようと取り組んでいらっしゃいます。分光には回折格子に当てる入射角度を変えることで計測できる波長が変わる性質を利用しているそうです。CDの裏面も凹凸があり、光が当たると虹色に光りますよね。原理はこの身近にある現象と同じなんだそうです!
  • 図3-3:佐久間さんの研究の概要

 研究をする中で色々と楽しいことや面白いことがあるそうですが、一番は自分で考えて、作りたいものを設計して自分で形にしたり、原因を究明したりすることだそうです。現在研究している顕微鏡の部品も自分で思い描いたものを設計し形にしていくため、世界に唯一のものとなっています。また、電磁波に関して学んだことで日常の中にちょっとした楽しみが増えたそうです。例えば、電子レンジの中に携帯電話を入れてしまうとどうなると思いますか?一見関係ない技術のようですが、電子レンジはマイクロ波が外部に漏れないように作られているので周波数が近い携帯電話の電波は遮断され圏外になるんだろうな…なんて考えたりするそうです。原理が分かることで日ごろの生活にもわくわくや新しい発見が生まれるんですね!

5.全体質疑


 イベント終盤の全体質疑で寄せられた質問の一つに他の大学ではなく東京大学(大学院)で学べてよかったなと思うことは?というものがありました。自分の分野以外のプロに話を聞きやすいこと、色々な分野の図書館が充実していること、自分の専門分野以外に世の中で活躍する友人ができることが魅力だとおっしゃっていました。中でも佐久間さんは研究設備が整っていることに魅力を感じられるようです。研究で用いる液体ヘリウムは通常念入りにプランニングして思い切って使うものらしいのですが、東大では研究計画に応じて柔軟に用いることができ研究を進めやすい環境が整っているんだとか!  また、スランプに陥ったときは上司や同僚、後輩、友人、家族などと会話したり映画やあつ森(あつまれ どうぶつの森)、睡眠などで休憩したりして、気分転換をするそうです。なんだか親近感が湧きますね。


6.中高生の皆さんへのメッセージ

理系にフォーカスしてまいりましたが、最後に文理関係なく、中高生の皆さんへのメッセージをご紹介します。

青木先生より
 
建築は文理が曖昧な総合的な学問で、文系的な知識を持つ人も重宝されます。中高生の皆さんは他の人に比べて自分がどういう方向に興味があるのか強いのか、どういう人になりたいかを考えてみてください!自ずと 進むべき道が見えると思います。

小田さんより
 中高生のころは与えられた問いに正答を出すことを訓練すると思います。その訓練を経て、正解のない社会の問題に立ち向かっていくためには、解くべき問い、今の自分と周りの人に解ける問い、解いて価値のある問いなどを選び解決策を考える能力が求められていきます。その際には文理を問わず生かすことができるそれぞれの知識や経験を持っていることが大切です。情報処理の中でプログラミングももちろん大切ですが、AIやコンピュータとの互換性が高い能力よりも、出てきたデータを見て解釈・意味付けを行う力を大切にしてほしいです。
 自分の反省も含めてなのですが、「とりあえず目の前のテストでいい点をとる」だけでなく、その勉強は何のためなのかを常に考えてみてください。やりたいことに向かっていけると思います。

佐久間さんより
 「目の前にあったら飛びついてしまう」
ことを探してみてください!もし進路に迷っているなら、「好き」よりも「勝負できる」分野を見つけるのも手だと思います。そして得意なことあるいは好きなことを続ければ新し出会いがあり、次にやりたいことが見えてくると思います。
日本のように高校から文理別の教育を行うことは決して普遍的なものではなく、興味に従って分野横断的に学ぶ形式で教育を受けている若者も少なくありません。分野の枠にとらわれないでほしいです。

最後に、終始で柔やかな司会進行で、会を盛り上げてくださった川越准教授からのメッセージもご紹介させていただきます!

川越先生より
今の世の中には科学技術に問うことはできてもそれだけで解決できないトランスサイエンス問題があふれています。科学技術はもはや文系のものでも理系のものでもないと言えます。是非分野横断的な視野をもって、理系文系両方の素養を身に付けることを大切にしてほしいです。この理系的素養とは必ずしも算数が得意!というようなものではなく、自分の頭で考え組み立てる力を伸ばしていただけたらと思います。


 

ご覧いただきありがとうございました!

中高生の皆さんにとって大学は必ずしも近い存在ではなく、進路選択で悩んだり目標を持てなかったりすることもおありかと思います。登壇者の方々の言葉の中に、何か皆様の心に響くものがあり進路選択などの参考になりますよう願っています。
東大では皆さんの進路選択などを応援する情報発信を随時行ってまいります。ご興味を持たれた方は男女共同参画室のHPやウェブサイト「キミの東大」などを今後とも是非ご覧ください。