【Campus Voice】パワーの良い・悪いは、本人の意識次第です。~人文社会系研究科(社会心理学)橋本 剛明 助教~

橋本先生と村上さん
東京大学大学院を修了され、現在も東大を基盤に活躍されている橋本剛明先生1)に、研究や大学院卒業後のキャリアなどについて伺いました。

2019.9.27
レポート/学生ライター 村上 芽生(医学系研究科健康科学・看護学専攻 修士1年)

東大で広がる研究

――はじめまして。早速ですが、橋本先生が心理学研究の道へ進まれた経緯について簡単に教えてください。

心理学は主に臨床・犯罪心理学などが連想されますが、人間の意思決定全般に関わる分野です。学部在学時代から心理学に興味があって、社会心理学の授業を受けた時に自分がやりたいことはこれだ、と感じました。心理学分野でも科学的なアプローチを用いた(実験を行う)研究手法や、臨床心理学などの対象ではない一般の人々の意思決定や行動についてより深く学ぼうと考え、他大学を卒業後、東京大学で修士・博士課程を修了しました。
その後、2016年に現在の東京大学大学院 人文社会系研究科 社会心理学研究室2)に助教として着任しました。

――現在はどのようなことを研究されているのですか

道徳性に関わることについて研究しています。
ルールを破った時、その人には罰が与えられますが、すぐ謝れば許してもらえることもあります。そのような人の意思決定がどのような条件で変わるか、などです。
例えば、誰かに罰を与える時、罰を与えられる人との関係性や立場の違いは場面によって様々ですよね。罰を受ける側が企業か個人か、なども含めて。罰の与え手と受け手の関係を特徴づける要素のひとつが、両者のパワー関係です。相手に罰を与えられる、自分には影響力があるという感覚は、個人の役職や地位、パーソナリティによって変わります。そのような、人の立場や特徴によって変わるパワーの感覚がどのように意思決定に影響を与えるかについて研究しています。主観的なパワー感を強く経験する個人ほど、問題を起こした相手や企業に厳しく反応することは想像しやすいと思います。実験を通して明らかになったのは、パワーを感じる個人ほど、相手が謝ったときにはむしろ許しやすくなるということです。罰や許しを理解するには、そのようなパワーの両面性を考える必要がありそうです。

――どうして道徳性をテーマにされているのでしょうか。

自分の経験に関連していることから興味を持ちました。学部時代、所属していた部活内で一部の学生が問題を起こし、内外の人たちに迷惑をかけてしまったことがありましたが、謝ったからといってすぐに許してもらえる状況ではありませんでした。その時に、関係修復の難しさを感じました。

さらに、関係する人たちに部として謝罪を重ねる中で、問題があった時 謝ったらすぐに許してもらえるのか、もし自分が強い立場にいたら人を許せるのか、などその時感じたことが今の研究テーマに繋がっていると思います。
  • 研究室にて。長時間座っていても疲れにくい椅子など、研究に専念できそうな環境でした。

研究とキャリア

――先生の今後の展望について教えていただけますか。

研究とキャリアと、それぞれで考えています。

研究に関しては、scope(射程)を広げていきたいと思っています。これまで、罪を犯すなど規範を逸脱した人について研究してきました。今後は、被害者側の人に関する研究をしていきたいなと。というのも、現代では被害者も第三者によって評価されているからです。被害者といっても、その人のプロフィールや背景次第で被害に遭って可哀そう・助けてあげたいと感じられることがあります。一方で、被害者が加害者へ強く抗議している場合などは、被害者を支援したり擁護したりする風潮が弱まるかもしれません。人々が被害者に向けるまなざしや態度を左右する心理的要因を、検討したいと考えています。

キャリアに関しては、助教である現在、他の先生の受け持っている大学院生と共同研究を行ったり、卒論生(卒論;学部在学中に研究論文を書くこと)へのアドバイスを行ったりはしていますが、自分の研究室は持てず、ゆえに大学院生を受け入れることができません。
とはいえ、今後は自分の研究室を持ち、学生を指導する立場になっていくと思います。その時には、後輩育成や師弟関係の構築に注力していきたいと考えています。


 

男女共同参画という視点から

――今回、男女共同参画室3)による「スペクトル-Campus Voice-」4)企画の一環として先生にインタビューをお願いしています。男女共同参画という視点から、先生が男性として何かを諦めた、もしくは男性だからこそ何かを得られた経験があれば教えてください。

うーん、男性だったからという理由で得をした・損をしたという経験は実感としてはあまりないです。ただ、特に何も感じてこなかったこと自体は、自分自身が男性だったからなのかも?と最近考えています。
例えば、大学卒業後の進路として研究者を目指すことに違和感はありませんでした。心理学系の教員の割合は、学部在学中から男性が多く、自分では意識せずとも彼らが自分のロールモデル(お手本、将来こうなりたいと目標にする存在)になっていたのかもしれません。「教授」や「学者」という職業は一般的には男性的なイメージが強く、自分の性別と一致しているからこそ、研究者という道が選択肢になりやすかったのかもしれません。
 

進学を目指す方へ、在学中の方へ

  • 立位でも作業ができる机で、体のコンディションも調整されている。

――東京大学の学部・大学院を目指している方や在学生へのメッセージをお願いします

進学を目指す方へ
東京大学には、先生はもちろん大学院生も学部生も、知的好奇心の旺盛な人が多くてとても刺激を受けられる環境です。最先端の研究に関わり、そこで習うことができます。ぜひ、刺激を受けて、大いに学んでください。
心理学では、科学的に物事を捉えられるマインドセットを大事にしています。理系は言わずもがなですが、人文学であってもテキストをデータとして扱い、エビデンスにもとづく議論が不可欠だという意味では、科学的な考え方が文系・理系を問わずとても重要です。日常的な議論や会話などでも、どこに客観性があるかを意識しておくことが、世界を捉える一つの枠組みになり、新しい発見に繋がる、ということを頭の片隅に入れておくといいかもしれません。

在学中の方の方へ
東大を出た後は社会へ出るにしろ、研究の道へ進むにしろ、責任のある立場に置かれると思います。そのような立場になること、つまり自分にはパワーがあると感じる立場になることは、良い方にも悪い方にも大きく働きます。例えば、ステレオタイプ(筆者注 女性は女らしく、男性は男らしく などカテゴリ全体にあてはめられるイメージ)的な考え方をもともとしやすい人は、パワーが与えられると、その傾向をより強めることが知られています。ステレオタイプをあてはめた行動・発言をすると、本人にその意識がなくとも、誰かを傷つけてしまう可能性もあります。一方で、ステレオタイプによる判断を避けようと心がけている人は、パワーのある立場に置かれるほど、一人ひとりの状況や個性を見て適切に判断するようになります。パワーが良い・悪いどちらに作用するかは、本人の普段の意識次第ということです。

自分が持っているパワーの強さは行動に影響するので、まずは自分がパワーを持っていることを意識すること。そして、その立場で何が一番正しいふるまいかを考えること・自分が差別やステレオタイプを抱いている可能性を頭に入れ、間違いのない判断をすることが大事になります。それらのことを普段から意識し、今から考えを深めていくことで、権限や権力を正しく使える人間に育ってほしいと思います。

あとがき

いかがでしたでしょうか。心理学のこと、他大学から東大大学院へ進学した場合の卒後の進路、研究は様々なことをテーマとして扱っていることなど、橋本先生からたくさんのお話を聞かせて頂きました。

今回のインタビューで初めてお会いした橋本先生は、心理学について何も知らない筆者へ対しても、噛み砕きながら教えてくださいました。読者の皆さんにも、心理学が一気に身近なものに感じられたでしょうか。

東大の学生でなかったとしても、SNSでのフォロワー数等がその人の影響度を決める時代において、自分の持っているパワーがどのくらいか、と自覚することの大切さを改めて感じました。自分が感じている以上に、他人へ影響を及ぼすこともあるかと思います。自分の持っている力を客観的に見極め、よりよい社会のために使っていくことがこれからの時代を担う私たちの責任なのかもしれません。
インタビューを受けていただいた橋本剛明先生、ありがとうございました。
参考資料
1)橋本剛明先生プロフィール
 http://www-socpsy.l.u-tokyo.ac.jp/~hshmt/index.html
2)東京大学大学院人文社会系 東京大学文学部 社会心理学研究室HP
 http://www.utokyo-socpsy.com/index.html
3)東京大学男女共同参画室
 https://www.u-tokyo.ac.jp/kyodo-sankaku/ja/index.html
4)東京大学男女共同参画室 スペクトル
 https://www.u-tokyo.ac.jp/kyodo-sankaku/ja/campus-voice/campus-voice.html