東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

白い表紙に第一次世界大戦のイラスト

書籍名

第一次世界大戦開戦原因の再検討 国際分業と民衆心理

判型など

282ページ、A5判、上製

言語

日本語

発行年月日

2014年12月25日

ISBN コード

978-4-00-061007-0

出版社

岩波書店

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第一次世界大戦開戦原因の再検討

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第一次世界大戦前の世界経済は、いまでは想像もしにくいことですが、きわめて密接に結びつき、円滑かつ循環的に発展していました。物財の貿易、資本の輸出入、人の移動・移住はいずれもほとんど何の障壁もなくなされ、世界各地の経済は、植民地も含めて、きわめて順調に成長し続けていました。しかも各地の情報は現在と同様に瞬時に世界の人々の間に行き渡っていました。これを第一のグローバル経済といいます。
 
そうした世界経済の円満な発展ゆえに、いまや国境も関税も意味を失い、まして戦争など起こるはずもないと楽観的に考える自由主義的平和主義者 (Norman Angell) がもてはやされ、また、他方では各国で勢力を増しつつあった社会主義運動も労働者の国際連帯 (インターナショナリズム) を堅持して、帝国主義戦争には加担しないことを誓い合っていました。それにもかかわらず、1914年の夏のある日、第一次世界大戦は突然勃発して、緊密に結び付いたグローバル経済は瞬時に破壊されてしまったのです。
 
しかも、イギリスはそうした経済の中心であり、基軸通貨ポンドを世界に提供し、世界の貿易・海運・保険を担うことで、この第一のグローバル経済から大きな利益を得ており、それがイギリスの外交上の優位性の大きな源泉でもありました。イギリスの政治家もそのことは承知していましたから、参戦には大いに躊躇逡巡するのですが、今の目から見るなら奇妙なほど、彼らは後ろ向きに、戦争という蟻地獄に向かって落ち込んでしまいます。参戦でイギリスが経済的・外交的な利益を喪失しただけでなく、世界も有力な中立国・停戦仲介者を失って、大戦は足かけ5年におよぶ悲惨な災厄を世界にもたらすこととなります。その後一世紀以上、現在にいたるまで、第一次世界大戦前と同様の円滑・円満なグローバル経済は回復していません。第一次世界大戦後、現在まで一世紀の世界経済は、短い例外を除けば、概して、不安定と不均衡と分断とで特徴付けることができます。第二次世界大戦後は、仏独和解・欧州統合や「冷戦体制の終焉」で、日本と中国・韓国・ロシアの間を除くなら、既に終わっていますが、第一次世界大戦の戦後はまだ終わっていないのです。
 
では、誰も望んでいなかった不条理で不合理な戦争はなぜ発生したのでしょうか。通説となっている「帝国主義諸列強の対外膨張策の衝突」、「3B政策と3C政策の対抗」、「三国同盟と三国協商の対立」はいずれも開戦原因をほとんど説明できません。戦争責任論 (ヴェルサイユ条約のドイツ責任論) を離れて、開戦原因を冷静に再考することは、第一のグローバル経済が破壊された理由を知るために有益なだけでなく、現在の東アジア・東南アジア (経済的には密接に結びつきながら、外交的・軍事的な緊張が絶えず、民衆心理には対外不信感や敵愾心が静かに醸成されているこの地域) に生きるわたしたちには喫緊の課題です。
 

(紹介文執筆者: 経済学研究科・経済学部 教授 小野塚 知二 / 2016)

本の目次

序章 第一次世界大戦開戦原因の謎 - 通説の問題点と現代的意義 (小野塚知二)
第1部 外交・植民地・経済政策
第1章 ヨーロッパ諸大国の対外膨張と国内問題 (馬場 優)
第2章 開戦原因論と植民地獲得競争 (浅田進史)
第3章 経済的相互依存関係の深化とヨーロッパ社会の変容 (左近幸村)
第2部 民衆心理とさまざまな思想
第4章 平和主義の限界 - 国際協調の試みと「祖国の防衛」(渡辺千尋)
第5章 国際分業論の陥穽 - 自由貿易と国際的相互依存 (河合康夫)
第6章 民衆感情と戦争 - イギリスにおける「戦争熱」再考 (井野瀬 久美惠)
終章 戦争を招きよせた力 - 民衆心理と政治の罠 (小野塚知二)
討論記録 (齋藤翔太朗・杉山遼太郎)
あとがき (小野塚知二)
索引

関連情報

書評:
『毎日新聞』(朝刊) 2015年2月1日
『東京』(東京自治問題研究所) 362号 2015年3月
『歴史と地理』(山川出版社) 686号 2015年8月
『歴史と経済』(政治経済学・経済史学会) 第58巻 第4号 2016年7月
『社会経済史学』(社会経済史学会) 第82巻 第2号 2016年8月
『史学雑誌』(史学会) 第125編第11号、2016年11月
『西洋史学』(西洋史学会) 第261号、2016年12月

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