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海と希望の学校 in 三陸第1回

岩手県大槌町にある大気海洋研究所国際沿岸海洋研究センターを舞台に、大気海洋研究所と社会科学研究所がタッグを組む地域連携プロジェクトがスタートしました。海をベースに三陸各地の地域アイデンティティを再構築し、地域に希望を育む人材を育成するという文理融合型の試みです。本学の皆様が羨むような取り組みの様子をお伝えします。

「海と希望の学校 in 三陸」開校!

北川貴士大気海洋研究所附属国際沿岸海洋研究センター
准教授
エントランスホールの天井画「生命のアーキペラゴ」を眺めながら、作者の大小島氏(右端)からレクチャー。

大気海洋研究所と社会科学研究所との文理融合型プロジェクト「海と希望の学校 in 三陸」が開校しました。

三陸の沖合には暖流と寒流がぶつかり合い、豊かな漁場が広がっています。入り組んだ海岸線に沿って点在する村々には、各湾固有の風土や文化が根付いてきました。しかし、そこでは過疎・高齢化の問題や東日本大震災による被害を乗り越えた先の希望、あるいは将来への展望が求められています。岩手県大槌町に建つ大気海洋研究所附属国際沿岸海洋研究センターは、津波被害の実態調査を進める中で、もう一歩進んだ地域復興への貢献にはそこに居住されている方々の暮らしぶりを知る必要があることに気付きました。海の特徴と住む街の特徴とは、人々の生活を通じて深く結びついているはずです。そこで、当センターと、釜石市に研究拠点を置く社会科学研究所とが連携し、「海と希望の学校 in 三陸」を開始することにいたしました。

このプロジェクトでは、

  • 三陸各湾の海の特徴、そこに生息する生物とその変動を明らかにする。
  • 地域ごとの暮らしと文化の特徴(地域(ローカル)・アイデンティティ)を明らかにする。
  • 地域ごとの可能性を地元の小・中・高校生たちとともに考え、将来への希望を見出すとともに、その実現を目指す人材を育成していく。

こういったことを目指しています。

すでに開始したイベントもあります。例えば、小中高校の生徒対象の「対話型授業」については、2018年7月のセンター開所式の前日に、大槌学園4年生をセンターに招いて「ふれあい体験」を実施しました。エントランスホール天井に描かれている、海の生命観をテーマとした「生命のアーキペラゴ」(「学内広報」no.1513表紙)を見ながら、作者・大小島真木氏やセンター・スタッフによる講義を行いました(写真1)。今年2月には盛岡第一高校で出前授業を行いました。また、3月には釜石高校SSHの生徒さんたちをセンターに招き、海洋観測やサケの鱗を用いた生物実習(写真2)のほか、海洋関連書籍の書評合戦「海のビブリオバトル」、生徒さん自身に三陸名物の磯ラーメンを作ってもらい、磯とは何かを知ってもらう「磯ラーメン大会」を行いました(写真3・4)。

今後は、様々な手段を用いて三陸沿岸の魅力・活力・底力を発信していきます。センターには展示室「おおつち海の勉強室」を今年夏以降に開設する予定です。また、「海と希望の学校 in 三陸 盛岡分校」を設置し、内陸部にも三陸の情報を発信していきます。なおSNSについてはFacebookやTwitterを開設しており、センターや大槌とその周辺の毎日の様子を配信中です。都会の方からすると非日常的なコンテンツに溢れています。「@umitokibo」で検索してみてください。

今年度の目玉として、3月にリアス線が開通した三陸鉄道とジョイントで列車を利用してのイベント「海と希望の学校 on 三鉄」を開催し、地域の皆様に海を知り、身近に感じてもらう機会を設けたいとも考えています。

今後をぜひ楽しみにしていてください。どうぞよろしくお願いいたします。

サケの鱗を用いた生物実習の様子。
各班5~6名で33品の食材から“磯”をテーマに8品を選び、「磯ラーメン」を調理!

制作:大気海洋研究所広報室(内線:66430)

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総長室だより~思いを伝える生声コラム~第21回

東京大学第30代総長五神 真

人文社会科学での議論に触れて

今回は、「人文社会科学振興ワーキング・グループ報告書」(2019年3月25日)についてお話しします。この報告書は、石井洋二郎前理事・副学長、森山工副学長の下で、文系の先生方が当事者としてじっくり時間をかけて議論し、まとめたものです。

私は、総長として東京大学の学術における人文社会科学の重要性を常に意識して来ましたが、専門が物理ということもあり、文系の先生方自身による本格的な議論に触れるのは初めてでした。しかし、本学が重視しているSDGsと人文社会科学との関わりについて、第一章で紹介された議論は読み応えがありました。これを読んだある理系の先生が、受験時代の現代国語の問題を思い出す、と述べられたように、気楽に読める文体ではありません。にもかかわらず、落ち着いてきちんと読むと先生方の熱い思いがひしひしと伝わってきます。まず、「人文社会科学系」と一口に呼ぶことが多いものの、人文学(humanities)と社会科学(social sciences)は分けて捉える必要があるということが論じられます。法学や経済学、社会学などをはじめとする社会科学は自然科学と共通の仮説検証的な特徴を持つ一方、哲学や史学、文学といった人文学は問題発見的であり、仮説発想的な特徴を持っている。そして、社会科学は「社会実装」において、人文学は「社会構想」という点において優位性があるとされます。文理を問わず近代の他の学問が検証と応用を重視する「科学」に依拠しているのに対し、人文学はそこに留まらず愛や喜びや絶望をも含めた人間本性(nature)に迫ろうとする際立った特性があるというのです。だからこそ「言葉」が重要になります。物理学では、精緻な論理を構築するために数学がまさに言葉として使われますが、人文学では多義性が不可避な自然言語を道具とするがゆえに、行間や言葉の奥深くにある真意を探っていくという緻密で繊細な知的作業が必要となり、それを通じてこそ想像力・創造力が研ぎ澄まされるのでしょう。しかし、これは自然科学の中にも存在すると私は感じています。宇宙の成り立ち、知性の原理を探るといった、研究の最前線では、跳躍的な創造力が新たな学問を生みだしています。各分野の特性をより深く理解する不断の対話と解読の営みがあってこそ、「科学」をめぐる境界をも越えた真に新しい学問を生みだすことができるのだろうと思います。本報告書を読んで、改めてそうした思いを強くしたところです。「東大ポータル」から全文を読むことができますので、ご一読をお薦めします。

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UTokyo バリアフリー最前線!第12回

障害がある職員のお仕事拝見⑥
ことだまくん

構内の駐輪場を巡回して整理整頓

施設部環境課 交通管理チーム 井上英生さん(44) 趣味:ハンドメイド、ガーデニング

——どんなお仕事を?

「聴覚障害を持つ職員5人と手話が出来るコーディネーターで本郷キャンパス及び東大病院の駐輪場の整理、美化、看板等の点検と事務処理が主な日常業務です。自転車の整理を中心に、看板が通行の妨げになっていないか、台風や強風の後は転倒していないか確認したり、点字ブロック上やスロープ上、その周辺に障害物が置かれていたり、駐車、駐輪されている時は、利用者の歩行の安全を確保するため、障害物を移動したり、張り紙で注意を促しています。天候によっては室内業務を行い、事務処理や各種掲示物の作成もしています」

——台数が多い駐輪場というとどの辺ですか。

「理学部2号館の脇、教育学部前、法学部3号館前などは100台以上あることも多いですね。多くの車両をきれいに並べるには、前輪を少し斜めにして位置を揃えるのが肝です。前カゴが大きいと難しいですけど」

——駐輪NGの場所にある車は撤去ですか。

「点字ブロック上またはその周辺に駐車されている場合は、移動を促す注意書をフロントガラスに張り付けています。あと、未施錠の自転車には盗難防止のため施錠を呼びかける注意書をつけます。雨の日は注意書の作成や駐車情報の入力作業などを行っています」

——ご自身の聴覚障害はどのようなものですか。

「内耳の神経に障害が残る感音性難聴というものです。子供の頃は聴力60dbデシベルと中度の難聴でしたが、次第に悪化し今は両耳120db。音を言葉として聞き取れません。どうにか話せますが、コミュニケーションは手話と読唇、時には筆談も用いています」

——東大に来る前は何をやっていましたか。

「衛生用品の大手企業のマーケティング事業部で働いていました。途中で二人の子供にも聴覚障害があると分かり、退職して子供の特別支援校に付添い通う日が約10年続きました。もう一度パートで働こうと思い、ハローワーク経由で東大に来ました。情報保障が徹底しているこの部署で働けて幸せです」

——仕事のほかで好きなことは何ですか。

「家がマンションの1階で、猫の額ほどの庭があるので、ガーデニングを楽しんでいます。カップのように美しく咲くイングリッシュローズがお気に入りです」

バリアフリー支援室 ds.adm.u-tokyo.ac.jp

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ワタシのオシゴト RELAY COLUMN第156回

本部産学連携部
産学連携推進課長
三澤純子

平成最後の記念になります!

産学連携
この建物の1階にいます。

産学連携部は、部長と4名の課長の体制になっています。その中でも、私の所属する課は、総務、人事、財務系全般を担当しています。昨年は国際オープンイノベーション機構の設置や東大関連ベンチャー企業を支援するためのインキュベーション施設の増設や新設など、他には無さそうな新しいことが盛りだくさんでした。今年も、何かとたくさんあるかな、って感じです。

新しいことが多いこともあり、産学協創推進本部を初め、他部署の方々やもちろん産学連携部本体の協力を得ながら、楽しく働かせていただいています。

さて、平成最後の月を迎え、この執筆を通じて「私のお仕事」を改めて振り返る機会をいただき、ほんと、色んな方々に支えられているなぁ、と感謝の気持ちでいっぱいです。この場を借りて、ありがと~!

最後に、なんと産学からの初登場!こんなに掲載しているのにビックリです。良い思い出になります。

女子会の様子
産学の女子会で楽しい時間でした。
得意ワザ:
オフモードへの切り替えの早さかなぁ
自分の性格:
長女気質と時々おばあちゃん
次回執筆者のご指名:
永友敦子さん
次回執筆者との関係:
医科研で同じ課でした
次回執筆者の紹介:
笑顔で素敵な気遣い系図書女子
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シリーズ 連携研究機構第20回情報セキュリティ教育研究センターの巻(SIセンター)

話/機構長
中村宏 先生

技術と教育で情報セキュリティを実現

——AI、MI、VRに続く「SIセンター」ですね。

「暗号や認証の技術を筆頭に、Security Informaticsの研究はいろいろと進んできましたが、セキュリティインシデントは減っておらず、多くの活動を情報世界に依存する現代では、社会的損失は増えています。こうした事象を減らすには技術だけでは足りないのです」「悪意ある者は個人の油断を突きます。典型的なのは標的型メールです。たとえば、面識がある人のメールを装って、打ち合わせ場所変更の添付ファイルを送るものです。普通開きますよね。そのファイルでPCをウイルスに感染させ、端末から組織の情報を盗みます。実はメールのヘッダをよく確認すれば気づくのですが」

——普通の人はそこまで確認しませんもんね。

「交通事故の死者数が近年減っているのは、エアバッグなどの技術の普及に加え、人々の意識の変化も大きな要因です。幼少時から交通ルールは教育されますし、シートベルト着用率も向上しています。SIでも同様に技術も重要ですが個々人が意識を高めることも重要です。そうした認識をもとに、情報理工学系研究科が責任部局となり、工学系研究科と情報基盤センターとの連携で生まれたのが、SIセンターです。基盤技術の研究を行う両研究科と大規模なネットワークを実運用するセンターが互いの強みを相乗させることでSIを進化させるとともに、実践的な人材育成にも取り組みます」

——このマークはどんな意味合いですか。

複数の三角形四角形を組み合わせたSiと読めるマーク

「「Si」を複数の部品で表します。一つでも向きや位置が変わるとSiに見えません。専門家に任せず全ての主体が適切な役割を果たすことで社会全体の情報セキュリティを実現しよう、との思いをこめました。AIなどに比べ、SIは利益に結びつかないと思われがちですが、何かあった場合の損失を考えると重要性は明らかです。来たるデータ利活用社会で新しい価値を創出する基盤がSIなのだという意識を広めたいですね」

——SIの観点から教職員への助言をお願いします。

「私が情報基盤センター長だった頃、事前に告知した上で訓練用の標的型メールを構成員に送付しました。健康診断の日程について、という標題で偽の添付ファイルをつけたところ、数人の教員が引っかかってしまいました。慢性的に多忙でメール処理を短時間で済ませようとしたのが要因です。欺されるか否かは、意識の度合いだけではなく、個人のその時の状況にもよります。インフルエンザのように誰でも感染するのがサイバー攻撃です。心してください」

si.u-tokyo.ac.jp

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インタープリターズ・バイブル第141回

情報学環教授
教養学部附属教養教育高度化機構
科学技術インタープリター養成部門
佐倉 統

あらためて、専門家と社会のギャップを考える

2年前から理化学研究所の革新知能統合研究センター(略称AIP)を兼務している。人工知能(AI)と社会や倫理の関係を研究するグループの一員である。

AIには昔から興味があって、1990年代は人工生命界隈の周辺もうろうろしていた。人工知能学会誌にも論文を2003年に書いている。とはいえその頃はここまでAI研究者と身近に長時間付き合う機会はなかったので、いろいろ新鮮である。

興味深いのは、理研AIPや人工知能学会などのAI研究者の多くが、「AIの専門家」を自称していないらしいということだ。確認できた範囲だと、「専門は機械学習です」とか「画像処理やっています」とか「自然言語処理です」などと言う人がほとんどだ。

そこで、なぜ「人工知能研究者」を名乗らないのかをもう少し聞くと、どうも、社会的にブームになっていることへの違和感を持っている専門家が多い。このあたりはちゃんとした調査をしたいと思っているが、「技術的にはここまでしかできないのに社会的にはとんでもないことを期待されている」のがAIブーム、という認識があるようだ。

先端的な技術や研究について、専門家と社会一般とで認識がずれるのは珍しいことではない。というか、常にそのような状況は繰り返されてきたわけで、だからこそ科学技術インタープリターが必要とされているのだが、AI周辺でも事態は同じようだ。

もちろん、このようなギャップは少ない方が社会的な混乱も起こらないのではあるが、しかし、ものは考えようだ。ダーウィンの自然選択説は、それまでは誤差(ノイズ)とみなされていた同種内の個体差(変異)が進化の原動力だと見抜いたところに革命的な意義がある。同じように、専門家と社会のギャップも、新しい科学技術が社会の要求や希望をとらえて発展していく契機になるのではなかろうか。少なくとも、専門家と社会の間にギャップがあることで、双方お互いに批判し合うのは生産的ではない。

いや、そのためにこそ科学技術インタープリターが必要なんでしょう! という話になると、また振り出しに戻ってしまうのだけど。

科学技術インタープリター養成プログラム
science-interpreter.c.u-tokyo.ac.jp

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蔵出し!文書館 The University of Tokyo Archives第19回

収蔵する貴重な学内資料から
140年に及ぶ東大の歴史の一部をご紹介

偽学生、あらわる!

偽学生関係という名の本の写真

先日、書庫にて今春新規公開の法人文書を整理していたところ、気になる簿冊を発見しました。その名も「偽学生関係」(S0039/SS08/0004)。学生部学生課が作成した明治期からの膨大な記録群に含まれるもので、調査業務シリーズの1冊でした。さて、「偽学生」とは穏やかならず。内部を開いていきます。

文書の作成時期は昭和9年から16年、内容は大半が東京帝大生を騙った詐欺事件、「偽帝大生」出現への対処によるものでした。ことの発端は昭和10年2月、大阪市内の実業家からの寄附金が「共済部」宛に届きます。送り主によれば「勤務先に帝大生数名が訪れ、東北地方冷害の困窮学生救済等を目的とする寄附を依頼された。彼らは制服制帽を着用し、学生証と共済部長末弘厳太郎名による委員証明書も提示した」とのこと。学内に共済部はなく、この学生は偽名と判明、部長とされた法学部教授末弘も何ら関知しない事態でした。

同様の照会も複数あったため、大学も新聞で注意を喚起します。すると北海道から近畿まで、偽名や実在学生を騙るもの、単独や集団など多様な偽学生が出現し、学生援助を目的とした寄附金や物品販売(多くは粗悪文具、なかには「トーダイ印」鉛筆も)を強要する事件の報告が相次ぐ結果となりました。「そんな振る舞いは帝大生にふさわしくない」との市民の箴言や、一緒に嵐山見物をと誘われ、高級時計を交換・詐取された哀れな京都のカフェ女給の手紙も綴じられています。その後、12年頃には沈静化しますが、15年になると再燃、朝鮮京城、満州奉天などから報告が上がります。なんと「偽帝大生」は海外雄飛を遂げていました。

事件の信憑性を高めた制服制帽や学生情報は、古着・古書市場で入手できました。印鑑や証書の偽造も行われ、そこからアシがつく事例も。また紛失や盗難にあった学生証の使用例も多く、その被害学生への事情聴取記録も生々しい声を伝えます。出身地での名声が利用される例もあり、知的エリートとして信頼を得ていた帝大生ゆえの危険性、社会や地域のなかでの存在感を浮き彫りにする記録といえるでしょう。

個人情報の管理はくれぐれも慎重に、という教訓をこめて。気になる方はぜひ文書館までお越し下さい。

(特任助教・秋山淳子)

東京大学文書館 www.u-tokyo.ac.jp/adm/history/