第1106回淡青評論

七徳堂鬼瓦

人文社会系の学術書出版とオープン・アクセス

今年の初め、専門としている経済史の分野で取り組んできた共同研究の成果が、アメリカの大学出版会(University of California Press:UC Press)からオープン・アクセスの学術書として刊行された。無料でダウンロードできる電子版と、比較的廉価なペーパーバック版の二本立てである。

学術雑誌の世界で、電子ジャーナルが一般化してすでに久しいが、近年ではオープン・アクセスも一つのトレンドになっているようである。それが体系的な著作の刊行に意義を認めている人文社会系の領域にも及んできたということであろうか。そこで指摘されているのは、英語圏での学術書・専門書の価格の高さである。研究者・学生の個人での購入に大きな制約となっているのはもとより、図書館による書籍購入予算への圧迫も問題視されている。一方で、著作権保護の観点から近年は図書館所蔵本の複写に大きな制約があるため、筆者も授業でのリーディング・リスト指定に際して、支障を感じることが多かった。その点で、オープン・アクセスが福音であることは間違いないし、著者にとっても広い範囲で読み手を獲得できることは望ましい。

問題は、このプログラムの規模と持続可能性である。販売収入を前提としない中で、目利きの編集者の育成と確保、ピア・レビューの実施と評価、編集実務の水準の維持など、学術出版の質を担保するためのコストをどのように賄うことができるのか。

出版契約を結ぶにあたって、筆者側も一定の資金を提供した。ただその金額は、同程度の書籍を日本で出版する際に、著者側が科研費の出版助成などを通じて用意する金額をかなり下回る水準であった。大学や出版会自体が有する基金、およびこのプログラムに協賛する大学図書館からの協力金に基づく、UC Press側からの支出が大きな意味を持っていたことが推測される。別言するならば、学術書の出版コストの多くは、この基金・協力金への出資者が負担していることになる。現時点では、日本の学術書の価格水準は英語圏ほどではないが、読み手側の支出(負担)を基軸とする現在の構造からの変革が、模索されるべき時が来ているのかもしれない。

谷本雅之
(経済学研究科)