features

海外から来た教職員・留学生に聞いてみた 世界の目に映るコロナ禍vs東大・日本

コロナ禍が世界に、日本に広がって早や1年数ヶ月。この間、日本の社会も東京大学も、コロナ禍の試練にさらされてきました。オンライン授業や在宅勤務が日常的なものとなってキャンパスの風景は一変しましたが、「密」な満員電車は相変わらず……。そんな日本社会の様子や東大の舵取りは、グローバルな目にはどのように映るでしょうか。そこで今回、東大で活動している海外出身の仲間10人にお声がけし、コロナ禍下の大学生活や社会観察についてメールアンケートを実施しました。地に足の着いた生活者の目線、冷静に状況を捉え、問題点を見出す研究者の目線──なるほどと思う見方、ハッとさせられる声をお届けします。

❶コロナ禍の下での大学生活で困ったことは? ❷東大のコロナ対応で不満な点、満足な点は? ❸日本と母国のコロナ対応を比べてどうですか? ❹コロナ禍の日本で「ヘンだ」と感じることは? ❺コロナ禍に関して大学に言いたいことは?

日本は効率的な国という評価は幻だったかな?

❶教員側や学生側を問わず、対面授業と比べてオンライン授業で刺激や楽しさがかなり削げている気がします。研究面でも、共同研究はオンラインでももちろん十分可能であるものの、共同研究者と同じ空気を吸わないとインスピレーションがなかなか湧いてきません。❷直ちに授業をオンラインに切り替える判断をし、教職員全員が新しい仕組みに積極的に取り組んで、全力を尽くして実行したことは高く評価しています。❸ベルギーの政治は相変わらず大カオスですが、なんと、ワクチン接種は非常に効率良く実施されていることに少し驚きました。日本は、ベルギーなどでずっと効率的な国と評価されてきましたが、それは幻だったかな?❹日本での生活が長いので今更何かに大変驚くことはまずないと思いますが、「この企画は明らかに不可能だ、コロナ禍下で避けるべきだ」とみんな思っていても、その事実を認める責任者が全く現れないという悪い癖がいつまで続くのでしょうね。❺「オンラインで大丈夫じゃないか」と思わないでほしい。教育のため、また研究のために。

ベルギー
数理科学研究科教授
Ralph Willox さん
Ralph Willox さん

PCR などの検査を大学に提供してほしい

❶私の仕事の多くはリモートでできるので、職場から家への切り替えは簡単でした。在宅勤務の方が生産性が高く、心身の健康にも有効です。そのかわり電気代など自己負担の経費がかかるので、カバーしてもらえるとよいのですが。❷職場で働く必要があるとき、症状に疑いがあるとき、同僚の陽性が判明したときなどには、PCR検査や抗体検査を大学に提供してほしいです。❸マスクに抵抗がなく、公共の場での物理的接触(抱擁、握手など)の少ない日本の文化が感染を軽減したはず。ただ、日本も英国も人より経済を重視したように見えました。❹五輪への執着と、リモートワークに熱心でない雰囲気もあったことは疑問。コロナ禍は他国より遅かったのでニュージーランドのように対応に成功した国から学べたはずが、実際は対応に失敗した国々と同じことになってしまったようです。長期的戦略を欠いたのでは?❺大学でワクチンの接種と開発を進め、有効性と信頼性を実証していくとよいと思います。

イギリス
広報戦略本部特任専門員
Rohan Mehra さん
Rohan Mehra さん

世界と日本との「時差」が今後際立つかも

❶オンライン授業では人間関係を築きにくい上、討論の相手の顔が見えないのは疎外感が増し、つらいと感じます。相談施設に問い合わせても返事が来ない時もあったので、対応を確認し続ける必要がありました。❷ PC・ルーターの貸出やオンライン受講のための教室開放はよかったです。Wifi環境の弱さや図書館・院生室の利用時間の短縮は不便な点。❸ブルガリアでは、コロナ対策は「新しい生活様式」に慣れるためではなく「異常なる生活様式」の克服のためにあると理解されていますが、日本はそれと逆で、異常な状態を日常化してしまっているように感じます。❹「自粛」「不急不要の外出」など意味不明な言葉で対策が行なわれるのは変ですね。政府→自治体→組織→個人の順で最終的に自己判断・自己責任に委ねられていて、その状況を社会が疑問なく受け入れているのも不思議です。❺動き始めた世界と緊急事態宣言を延長した日本との「時差」が際立ちそう。大学だけでも(というより、大学だからこそ)今の状況に慣れてほしくないです。

ブルガリア
総合文化研究科修士課程
Viktoriya Nikolova さん
Viktoriya Nikolova さん

日本人の慎重さのプラス面とマイナス面

❶論文提出前最後のデータを取得する頃にコロナ禍が発生し、先が見えない状況で研究を続けるのは非常に大変でした。❷研究への影響に鑑みれば、大学は費用をかけてでも定期的な検査を提供できたはずだと思います。研究者や学生には、病気だけでなく、自分が感染して研究室閉鎖の要因になるのを恐れる人もおり、そのストレスの軽減策もあるべきです。大学と研究主宰者(PI)が早い段階から密に連絡をくれたのは重要でした。❸日本人は当初から状況を理解し、ウイルス拡散防止にはマスクの着用が重要だとわかっていたし、諸外国と違い、政府が罰則付きで命令しなくても人々は集まるのを避けていました。一方、トルコでは検査を無料で提供しており、日本もそうしてほしいですね。❹感染が増えた時期でさえ電車では社会的距離が保たれなかったこと。❺日本人は少し慎重すぎると感じていましたが、今回はこれが蔓延を防ぐ肝でした。ワクチンに対しても慎重なようですが、もし日本が最初から迅速に開発を進めていたら、世界は最も信頼できるワクチンを手に入れていたでしょう。

トルコ
ニューロインテリジェンス国際研究機構
特任助教 
Ucar Hasan さん
Ucar Hasan さん

研究は不便でも日常はそれほど変わりません

❶私の研究は沖縄でのフィールドワークが主体のため、移動制限で大きな影響を受けました。オンライン授業では他の学生と直接話せず、仲間とつながるのが難しいです。家族を訪ね、ダンスに通い、映画館に行くといった生活が当然ではなくなりました。❷躊躇せず授業をオンライン化し、活動制限レベルを制御したのは英断。健康管理フォームや入口のIDスキャナーなど、感染者の追跡に役立つ対策もよかったです。❸市民の意識の高さ、公共空間での安全対策(マスク着用、消毒剤提供、飲食店の座席間の距離確保)は日本の長所。ワクチン情報の不足、マスクなどのパニック買い、緊急事態の線引きがブレ続けたのは短所かな。米国ではワクチンの展開が早く、経済再開のタイムラインが明確でした。❹多くの人がマスクを着用し、飲食店が8時に閉店し、映画館がときに営業していない点を除けば、日常生活は以前とさほど変わりません。LAでは外出できず不平をこぼす人もいましたが、私は日本ではそうは感じませんでした。

アメリカ
新領域創成科学研究科修士課程
Destiny Johnson さん
Destiny Johnson さん

東大発の安心なオンライン授業システムを

❶教職員は同僚、学生と接触しなくてはなりません。外国人の教職員、留学生は帰国の際にPCR検査を受けなくてはならないので、学内で新型コロナウイルスの検査を受けられる体制を作った方が良いかと思います。❷会議や授業のオンライン化が早かったのはよいですが、医療体制や政策などの提言をもっと積極的に行うべきです。Zoomには情報流出の懸念があるので、安心して利用できるオンライン授業システムを開発するとよいと考えます。❸日本の水際対策は手ぬるいです。台湾では入国者に14日間の隔離を求めて違反には罰金を課す一方、隔離専用ホテルを政府が提供し、移動には防疫タクシーの制度もあります。日本も14日の隔離は求めますが、移動の手配は本人任せ。変異株の流行地からの入国者に6日の隔離を求めるだけなのも疑問です。❹出入国への対応が外国人には厳しいのに日本人にはゆるいなど、身内に甘いですね。感染拡大中なのにグループで会食したり、行楽地で遊んだり、マスクを外して雑談したりする人を見かけます。

台湾
東洋文化研究所助教 
黄 偉修 さん
黄 偉修 さん

日本の打つ手は「jiē」しすぎかも

❶昨年4月に入学しましたが、1年間、同級生や先輩と対面で会ったことがほぼなく、大学院に通っている実感がありません。『礼記らいき』の「独学にして友無ければ、則ち孤陋ころうにして聞くことすくなし」の状態です。❷日本政府の学生支援緊急給付金の募集が始まった頃、留学生には特に厳しい要件が課されていると一部報道がありましたが、東大の事務から、あきらめて申請を控える学生がいるのではないかと心配だ、ぜひ相談して申請を検討してほしい、という理事の呼びかけのメールが届きました。留学生にそこまで配慮しているのかと感動しました。❸うちわ会食、巨大イカ像設置……疑問に思う政策が多く、不思議でした。庶民の生活実感を理解して大衆に受ける政策を打つという意味の「接地気ジエディーチー」(地に足が着いた感じ)という流行語が中国にありますが、日本はある意味で接地気しすぎかも。❹コロナ禍なのに、日本では緊急事態宣言でも要請することしかできず、政府の権限の弱さと国民の自由度に驚きました。

中国
総合文化研究科修士課程 
鍾 周哲 さん
鍾 周哲 さん

オンライン学会で海外の研究者から刺激

❶留学生の人間関係はたいてい大学生活でつながっているので、それができなくなったのはきついです。指導教員以外の先生とも会いにくくなりました。学内の感染情報が少なく、当初英語での発信が不足していたのは留学生には不安でした。研究に集中できたこと、きらめく発想を持つ海外の研究者にオンライン学会で出会えたことはよかったです。❷理学部のルーター貸出に感謝です。先生方から学生の体調を慮る連絡があったのも印象的でした。学外者の入構制限もよかった。でも、守衛が常に立っているのは大変なので椅子を用意したらいいのに。❸感染防止のため外国人との外食を控えよとの指針を出した自治体があると報道で知り、明らかな差別だと思いました。❹ワクチン接種率の低さが不思議。私はオリ・パラの期間はずっと家にいるつもりです。❺論文の査読プロセスが前より大幅に遅くなりました。年限が限られる大学院生には大きなストレスです。学生に対しては、より人情味のあるあたたかな雰囲気を醸成してほしいです。

韓国
理学系研究科博士課程
HyeJeong Kim さん
HyeJeong Kim さん

駒場→本郷の移動がないのは不幸中の幸い

❶最も難しいのは、オンライン授業で注意力を維持することです。研究面では、実験系の作業では状況に対応するのに少し時間がかかりましたが、新しいやり方をすればうまく進められそう。思うように旅行できないことを除けば日常生活に大きな影響はありません。授業を受けるのに駒場から本郷に行く必要がないのは不幸中の幸いかも。❷満足です。大学は活動制限に関して厳しすぎとゆるすぎの間でバランスを取っています。キャンパスのフードトラックで美味しいものが食べられないのは残念ですが。ただ、アルバイトしないといけない学生や留学生にとって今の状況は死活問題かもしれず、大学が経済的なサポートを提供しているとは聞いていますが、心配です。❸日本とタイは比較になりません。私はタイ政府には非常に不満です(笑)。日本は企業や住民への支援や補償の面が順調に進んでいると思います。ただ、ワクチン接種は遅すぎ。過去に何か問題があったせいで遅れたと聞きますが、本来ならもっと速くできたはずです。

タイ
工学系研究科修士課程
Natthajuks Pholsen さん
Natthajuks Pholsen さん

対応が似ていたインドネシアと日本

❶オンライン授業では先生や友達と直接やり取りができず、違和感を覚えましたが、次第に慣れました。通学に時間を使わなくてよいのは助かりました。特に初期は家で退屈な日々が続きましたが、今はもう慣れたものです。メンタルヘルスのサポートは特に初期に重要だったと思います。❷コロナ禍が始まった2020年春、大学の授業が延期されるのか予定通り行われるのかが心配でしたが、東大は学事暦を変更せず授業をオンライン化すると迅速に通知しました。正しい決定でした。また、東大のウェブサイトはCOVID-19に関して有益でした。❸日本では非常事態宣言、インドネシアでは大規模な社会的制限でしたが、内容はほぼ同じでした。ロックダウンではなく、公共の場が一時的に閉鎖され、プロトコルの遵守が奨励されました。生産力が低下しても経済が止まらなかった一方、状況を制御できず感染も止まりませんでした。❺東大の構成員がこの不確実な状況に適応し、大学生活がスムーズに進むことを願います。

インドネシア
公共政策大学院修士課程
Wahyunindia Rahman さん
Wahyunindia Rahman さん
features

就任記者会見で展開された 藤井総長&報道陣質疑応答集

5月17日、伊藤国際学術研究センターにおいて藤井輝夫第31代総長の就任記者会見が行われました。挨拶を述べ、略歴を紹介した藤井総長は、現在検討中の指針「UTokyo Compass」(仮)の内容の一部をスクリーンに投影し、適宜ステージ上を歩きながら所信を説明した後、集まった報道陣との質疑応答を行いました。学内向けライブ中継には入らなかった質疑応答の内容を抽出して掲載します。

Q:総長としてのリーダーシップをどのように考えていますか。

A:私は、構成員が自由な発想で対話し、自由に意見を言い合える雰囲気作りをリーダーシップをもって進めたい。全体の方向性を決め、構成員の声を聞き、各々がモチベーションをもって活動できるようにする。これが私にとってのリーダーシップです。

Q:女子学生比率、執行部の女性割合などについてどう考えていますか。また女子受験者の少なさの改善策を教えてください。

A:多様な人たちが集まって議論し、課題解決に取り組むこと自体が重要です。多様な人たちの議論で生み出されるものは、クオリティも共感性もより高くなる。多様な人たちがいればその場自体の価値が高まる。学術でも、高みをめざすなら多様性が不可欠です。女子受験者の少なさについては、女子学生の母校訪問など、いろいろな努力をしてきましたが、なかなか変わりません。今年は過去最高の数字になりましたが、まだまだ足りない。さらに増やせるよう具体策を検討しているところです。披露できる段階になったらお話しします。

Q:東大発ベンチャーを1兆円規模にしたいとのこと。その具体策をお聞かせください。

A:スタートアップはまだグローバルな市場で資金調達する段階に至っていません。born globalで、最初からグローバルを見据えた形でスタートアップが生まれる状況に変えたい。そうすれば自然に資金流入の規模感も大きくなっていくはずです。

Q:元総長の濱田純一先生が、コロナ禍は秋入学の最後のチャンスだと話していました。秋入学についてはどうお考えですか。

A:まず、学部の秋入学は、少人数ですがPEAKというプログラムですでに導入しています。10年ほど前、全学的な検討を経て、学部教育の総合的改革を進めるための4ターム制を始めました。それが定着してきたと理解しています。当時、私も検討に加わり、FLYプログラムを立ち上げました。いわゆるgap yearで、受験勉強を続けてきた学生が一回リセットし、大学で何を学ぶかを考える時期にするという趣旨でした。皆がそうすべきというわけではなく、学びの時間的多様性があったほうがよいと考えます。

会見に臨む藤井総長

Q:対面授業が少ないという意見も聞きます。自身のコロナ感染の経験を踏まえ、学生が納得する授業作りをどのように行いますか。

A:いくら気をつけていても感染する怖さがあるのが新型コロナウイルス。少しでも具合が変だと思ったら検査を受けるのが大事です。学生には、なんとか工夫して創造的に対応することが大事だと伝えています。授業を全部対面で行うのは状況的に難しい。対面とオンラインを組み合わせ、どこまでできるかを追求したい。all or nothingではなく、中間を工夫し、本来やりたかったことに少しでも近づけることが大事です。

Q:今の学生をどう見ていますか。どのような人材に育てたいですか。

A:かなりしっかりしていて頼もしく感じます。コロナへの対応もしっかりやっていると思います。興味を持ったことについて本や講義で学ぶだけでなく、なるべく現場に出て実物に触れてほしい。ビジネスや生産や芸術の現場を体験し、今まで学んだことが通用するのか、何が足りないのかを考えて次の学びにつなげてほしいんです。同じ会社で定年まで働くという従来のリニアモデルが描けない、変化が大きい時代です。学生が社会の現場で経験を積むことは、大学で学ぶ際のモチベーションにもつながります。大学が行っている各種体験型プログラムも活用し、社会と大学の行き来を通じて、学びを結び直してほしいと思います。

Q:対話、協創、グローバルは重要ですが、今までもいろいろな方が言いながらなかなか変わりません。どうやって突破しますか。

A:大学が社会の中で活動の範囲を広げ、社会とより関わることが大事。社会のために何かをしようというモチベーションの強い若い人たちの背中を押すことが重要です。スタートアップ支援に限らず、社会に出てからさらに学びたいという人、産業構造が変わる中で異分野に踏み出したいという人にも大学が対応する形を作りたい。大学が社会全体の人的資本をよいものに高めていくという考え方が重要になると思います。

Q:藤井総長も一員となるCSTI有識者懇談会では日本学術会議の改革も検討します。一連の問題について見解をお願いします。

A:学術と社会との関係が問われる状況で、社会から学術にどんな期待が寄せられているのか、期待と信頼に応えるために何をすべきか、しっかり考える必要があります。社会が抱える問題に対し学知を総動員して取り組み、貢献しなければいけません。学術会議がその役割を十分に発揮できるようにするにはどうすべきか、私も議論させていただきます。

緊急事態宣言期間中のため、参加者数を限定し、恒例のぶら下がり取材や懇談会も行いませんでした
質疑を行う藤井総長と記者

総合科学技術・イノベーション会議

features

総長ビジョン推進担当の理事に聞く 東大の目指すCX(コーポレートトランスフォーメーション)とは?

今年度、藤井総長から新執行部に招かれ、総長ビジョン推進(コミュニケーション機能強化、組織能力向上)を担当している岩村理事。グーグルのバイスプレジデントとしてアジア地区のマーケティングを司り、ローソンの社外取締役も務めている本学卒業生の理事に、目指すべきCXの姿、東大のブランドイメージ、教職員の働き方改革、そしてご自身の学生時代についてもお話しいただきました。

岩村水樹
理事 岩村水樹みき
『ワーク・スマート』グーグルが日本の「働く」を変える
岩村理事の著書『ワーク・スマート』(中央公論新社 2017年3月刊)

「対話」は人生のキーワードの一つ

どんなご縁での執行部入りでしたか。

「あるパネルディスカッションでの私の発言に総長が興味をもたれたのがきっかけのようです。共通の知人を介してお会いした際、「世界の誰もが来たくなる開かれた大学」というビジョンと対話重視の姿勢もお聞きしました。対話は私の人生のキーワードでもありとても共感しました。大学経営は未経験の分野であり、重責でもあるので逡巡もありましたが、できる限りのことをしようと決めました」

「日大で准教授をしていた頃から教育が社会にもたらすインパクトの大きさを感じていました。私はグローバルな環境で働くなかで新しいリーダーシップの必要性を感じます。権威や立場の力で導くのではなく、多様な背景を持つ人との対話を通じてともに新しいものを生むというものです。経済や企業のあり方の再定義も必要な時代に、社会や世界の分断といった課題もより大きくなるなか、大学の知を活かすことが重要です。東大のインパクトは特に日本においては大きなものがあります。東大を通じてよりよい社会や世界をつくることに貢献したいです」

理事としての担当を教えてください。

「担当は総長のビジョン推進ですが、特にCXのチームと一緒に仕事をしています。CXは複数のWGに横串を通して東大の可能性を広げるものだと思います。社会の要請に応える仕組みをつくると同時に、すばらしい研究と教育の活動を行っていることをより多くの方々に理解頂く。イノベーションを生み出すカルチャーを醸成する。そうした活動を通じ「世界の誰もが来たくなる大学」へのシフトを進めるのが役割です。あとは東大の新たなビジョンを浸透させ、イメージを刷新すること。東大のブランドは国内では強く、信頼と尊敬も得ていますが、「開かれた大学」や社会との対話のイメージはこれから作るべきもの。この部分が加わればより共感を得られ、よい影響力を社会に与えられるはずです。世界でのブランド力強化にも挑戦したいです」

学外から見ると近寄りがたいとか冷たいという印象もあるかと思います。

「イメージはまだ優秀な人がいるという点に限定されるかもしれません。東大は何のために存在するのかがあまり見えないのも課題だと思います。ミッションやビジョンが理解されて初めて共感が得られます。社会にどう貢献するのかを明確に示すことが大切です。若者の間ではソーシャルマインドが高まっています。「世界の誰もが来たくなる大学」であるためには優秀な人がいるというイメージだけでは足りません。そこを変えたいです」

「「誰もが働きたくなる大学」を目指す上での前提の一つは心理的安全性です。わからないことがあれば聞ける、困ったら助けを求められる、相手と違う意見でも率直に話せる、失敗を恐れない……。これらができていない職場ではイノベーションは生まれにくいとされます」

志は大きく、スタートは小さく

理事として2ヵ月。感触はどうですか。

「皆さんオープンマインドで、大学の中を知らない私の話も聞いてくださいます。あと、皆さんの仕事が速い。ただ、忙しすぎるので働き方改革が必要だと思います。業務効率化を進め、新しいことや仕事以外のことに時間を使えるようになればと思います。それにはデジタルをもっと活用することです。文書を共有して共同で作業するとか、カレンダーを共有するとか。会議では、話の内容を逐次共有文書に書き込み、最後に皆で確認すれば、時間内に議事録作成までできます。ただ、働き方改革は一概にはいきません。「Think big, but start small.」と私はよく言いますが、小さくてもまずどこかで始め、それを広げていくべきです」

ご自身の来し方も教えてください。

「父がドイツ文学の研究者だった関係で、小学5年で渡独しました。複雑な背景をもつ欧州の歴史を学び、異文化の人たちが争いを乗り越えてきたと知り、対話を通じて分断を解決することに興味をもちました。東大では学際的に学ぶことをめざして当時新しくできた相関社会科学科に進学。見田宗介、西部邁、村上泰亮、佐藤誠三郎といった先生方が社会的にもインパクトの強い研究を発信する姿が印象的でした。父の授業に出たこともあります。卒論はハーバーマスのコミュニケーション的行為の理論について、三島憲一先生の指導を受けて書きました」

旅先での集合写真

「1・2年の頃は藝大生など他大生ともに演劇雑誌の編集に携わりました。旅が好きで、大学時代からこれまでに50カ国近くの国を訪問しました(写真)。コロナが収束したらまた新しい土地を訪れたいです」

著書には「Radically Hopeful」「Work Smart, Live Happy.」「Live, Love, Learn.」など印象的な言葉がたくさん登場します。東大へも一言お願いします。

「あえていえば、Unlock the Potential.でしょうか。CXで可能性を解き放ち、ファンやアドボケートを増やすことで、東大への共感を広げていきたいですね」
Unlock the Potential.