第1132回淡青評論

七徳堂鬼瓦

政策と当時の知識

今回のコロナ禍による経済活動の落ち込みとよく比較されるのは1930年代の「大恐慌」であり、20世紀最大の不況だ。大恐慌は中学や高校の社会の教科書でも紹介されている。アメリカの株価暴落のエピソードがよく知られているが、金融政策の失敗が多くの国の不況を深刻化させたことはあまり紹介されていないように思われる。当時の政策当局者が失敗したくて失敗したわけではないということは容易に想像できる。現在の知識では、当時の国際金融の枠組みである金本位制に欠陥があったことが理解されている。しかし、当時の政策当局者の多くは、当時の政策枠組みが正統的なものだと信じていたようだ。

現在の日本の状況からは想像が難しいかもしれないが、1970年代には日本を含めた多くの先進国で高すぎる物価上昇率(インフレ)が問題になった。これについても、現在の知識では、当時の金融政策が高インフレの要因となっていたことが理解されている。しかし、大恐慌時の政策当局者と同様、70年代の政策当局者が失敗したくて失敗したわけではない。当時の政策当局者が持っていた知識や当時の経済学の水準は、現代のものと必ずしも同じではない。

私はその時代時代の政策当局者を擁護するつもりでこの文章を書いているわけではない。しかし、今現在の重要な政策問題を我々が考えるときには、我々の意思決定は今現在持っている知識や学問水準に縛られている。それらは限られているものであり、後世の知識や学問水準からみると間違っていると判断される可能性があるということは、常に意識する価値があるのではないか。このことは経済の分野に限らないと思う。知らないことに対して謙虚であることはもちろん、自分が知っていると思っていることに対しても謙虚である必要がある。現在の我々教員が知っていると思っていることが正しいかどうかは、現在の学生の世代が判断することになるだろう。

青木浩介
(経済学研究科)