創立以来、東京大学が全学をあげて推進してきたリベラル・アーツ教育。その実践を担う現場では、いま、次々に新しい取組みが始まっています。この隔月連載のコラムでは、本学の構成員に知っておいてほしい教養教育の最前線の姿を、現場にいる推進者の皆さんへの取材でお届けします。
マイノリティの学生が安心して過ごせる空間
/教育プロジェクト「駒場キャンパス・セイファー・スペース(KOSS)
――KOmaba Safer SpaceでKOSSですね。Safer Spaceは一般的な言葉ですか。
「英語圏の大学では普及しています。女性や性的マイノリティなど、キャンパス内で周縁化されやすい人たちが差別や偏見、暴力に晒されることなくより安心して過ごせる場という意味ですが、日本の大学の先例はほとんどないと思います。私はICUから東大の大学院に来ましたが、性的マイノリティや女性に対する差別や暴力の現場を目の当たりにしたこともあり、東大にもSafer Spaceが必要だと思いました。清水晶子先生をはじめとする先生方が長い間設立に向けて動かれてきた経緯があり、2020年10月に着任しました」
話を聞いて学術のアドバイスを
「KOSSの特徴は相談施設ではないことです。私もカウンセラーではなくフェミニズム/クィア理論、ディスアビリティ・スタディーズの研究者です。学生が授業の前後などに集まり語らう場ですが、部屋を用意するだけでなく、大学院生アドバイザーや私が常駐し、過去にこういう運動があったとかこのテーマだったらこの本がいいとか、関連するアカデミックな情報を紹介しています。学生が感じたことを学術と繋げるのが重要な役目です」
――発足から1年半はオンラインでの活動だけだったそうですね。
「「シスターフッド」、「メイル・ゲイズ」、「ジェンダー・アイデンティティ」など、院生アドバイザーがキータームを解説してから話し合う形でZoomミーティングを続けました。ファッションからボーイズラブまで様々な話題を扱い、読書会、映画DVDの同時再生会、ダイバーシティ・イシューに関心のある教員のトーク会もやりましたが、知らない人同士のZoomだとどうしてもオンライン授業のような感じになりがち。意図した空間にはできず苦渋の日々でした」
「4月にこの部屋が開所となり、状況は一変しました。互いに話すわけではなくても、物理的な空間を共有していれば、別グループの人とつながる可能性が上がります。ふと立ち寄れば上級生や院生がいて話が聞ける。サークルでもクラスでもないですが、来て過ごすうち、部屋で話した人や掲示板を通して自分に合う仲間を見つけるという流れができました」
誰でも歓迎というわけではなく
――多数派の人も来ていいんですか。
「マイノリティだけが来る秘密の場所ではないです。ただ、誰でもウェルカムというわけでもありません。マジョリティ的な振る舞いをする人が来てマイノリティの学生が居づらくなってはいけません。学生たちが話すなかで差別的な発言が出た際には介入して注意を促しています」
――飲食に使ってもいいんですよね。
「はい。ただ後片付けをきちんとやるのが条件です。KOSSは基本的に教育プロジェクトであり、スタッフがもてなす場ではありません。利用者にはピア・コミュニティの一員として参加し、多様性の問題に取り組むための知識と実践経験を積んでほしいんです。UTokyo Compassにはダイバーシティ研究・教育を推進する機構の計画が記されましたが、その一部の活動はすでにここで始まっています。D&Iに関する駒場からのアウトリーチという役目も自負しており、昨年度は中国の同性愛運動、大学におけるジェンダー/セクシュアリティ研究、西洋主流フェミニズムにおけるトランスジェンダー排除と反セックスワークの問題の3テーマで一般公開の学術イベントを行いました。キャンパスの問題を指摘できるマイノリティが増えればマジョリティが違う意見に出会う機会も増える。長い目で見ればそれがD&Iを推進すると思います」
開室●月水木金の13~17時 www.utkoss.org