東京大学が全学をあげて推進してきたリベラル・アーツ教育。その実践を担う現場では、いま、次々に新しい取組みが始まっています。この隔月連載のコラムでは、本学の構成員に知っておいてほしい教養教育の最前線の姿を、現場にいる推進者の皆さんへの取材でお届けします。
東京大学が目指す教養教育の質的転換とは?
/KOMEXシンポジウム2024「東京大学のEducational Transformation」
EX部門が企画したシンポジウム
――お題は教養教育の質的転換でした。
岡田 従来の3部門を統合して発足したEX部門の活動を発信するため、部門名を前面に出しました。3部門で担ってきた仕事を継続しつつ、1+1+1を3以上にするにはどうすべきかを考えようと思いました。以前は教養学部を中から支え、現在は外から見る立場の先生方を登壇者の候補に考えました。目指す教養を堅持しつつ新しいものを取り入れたらどうなるのかという問題設定です。石井先生は教養学部長時代もその後も大学の教養教育に関して重要な発言を続けていらっしゃいます。齋藤先生はKALS※の立ち上げ時から運営委員を務め、板津先生はいま情報学環ですが駒場の英語部会でALESA※を主導しました。アクティブラーニング(AL)などの新手法を意識しつつも教養学部が目指すものは何かを忘れない形が必要と考えました。
中村 これからを考えるためにこれまでを知る、温故知新です。パネルは概念の部分を話す第1部と実際に何をやっているかを話す第2部という構成にしました。
――第1部は中村先生が司会でしたね。
中村 石井先生は基調講演の際、何をいつどこで教えるかという話をし、Whyには触れませんでした。これを宿題と受け止め、そこを意識した展開を心しました。
岡田 何のためにやるのか、授業後に何が変わるのか、教育と社会はどうつながるのかという点まで話が転がりましたね。
中村 それがWhyの話にもつながりました。議論で出た「身体性」の話、「型」を学ぶという話は、問いへの答えだったと思います。議論を通じて感じたのは、皆さんの表現の上手さ。齋藤先生は生成AIを「剽窃の宝庫」と言い、若杉先生は好奇心が研究を動かす様を「宝探し」と表しました。イメージしやすい言葉を散りばめていて、教養があるとはこういうことだなと司会をしながら納得しました。
生成AIにはできないことがある
――岡田先生は第2部に登壇しました。
岡田 生成AIにできないこと、現場に身を置く意義を伝えたいと思いました。国際研修でカザフスタンに行った際、体調を崩した学生が、現地の人に助けてもらって通常とは違うルートで治療を受けることができました。現地で自分が困って初めて見える世界があります。現地の医療制度をChatGPTに聞けばすぐ教えてくれますが、当事者として身を置いて初めて、システムの悪い部分や自分が助かる方法まで切実に考えられます。困難な環境を経験したからこそ、生成AIが示す情報をより立体的に解釈し、自分から問い直すこともできるでしょう。
――さて、教養教育の質的転換とは?
中村 手段を目的化しないことが重要だと思います。AL部門時代、ALはあくまで手段だと言ってきましたが、生成AIも同じです。何のために教育するのかが大事だということは変わらないと思います。
岡田 転換しないものもあるというのが全体を通してのメッセージでした。授業がZoomになっても教養教育の目的は変わりません。教養学部が狙う教養ある市民エリート育成の意義を再確認しました。
――部門発足から1年。その手応えは?
岡田 KALSの運営、初年次ゼミナールの運営など、前部門から続く業務をこなすだけでも手一杯で、新しい試みは難しいと感じます。ただ、部門の教員が日常的に顔を合わせる仕組みが整い、互いの活動が見えてきました。まだ3.5程度ですが、1+1+1=10を目指して歩みを続けます。
開会挨拶 | 太田邦史(ビデオ出演) |
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学部長挨拶 | 真船文隆 |
教養教育高度化機構の取り組み | 原 和之 |
基調講演❸ | 石井洋二郎(中部大学特任教授) |
基調講演❹ | 増田 建 |
パネル1: これからの教養教育とEX❶ |
石井洋二郎、板津木綿子、齋藤希史、増田 建、真船文隆、若杉桂輔 +中村長史 |
パネル2: EXと実践の接続❷ |
岡田晃枝、 鹿島勲、中澤明子、宮島 謙 +松本 悠 |
閉会挨拶 | 網野徹哉 |
総合司会 | 堀まゆみ |