column corner

第40回海と希望の学校―震災復興の先へ―

大気海洋研究所と社会科学研究所が取り組む地域連携プロジェクト――海をベースにローカルアイデンティティを再構築し、地域の希望となる人材の育成を目指す文理融合型の取組み――です。東日本大震災からの復興を目的に岩手県大槌町の大気海洋研究所・大槌沿岸センターを舞台に始まった活動は、多くの共感を得て各地へ波及し始めています。

三陸ふるさと社会協創センターが誕生

大気海洋研究所 所長
兵藤 晋
兵藤 晋
スーツを着た三人の男性が木製の看板の横に立っている様子
開所式にて、新センターの看板と、左から佐々木副知事、津田理事、兵藤

9月24日、大槌の沿岸研究センター内に、新たな「三陸ふるさと社会協創センター」が誕生しました。開所式には岩手県の佐々木淳副知事をはじめとする多くの県職員の皆様、東京大学からは津田敦理事と河村知彦執行役にご出席いただき、新センターの門出を祝いました。開所式後には、河村執行役の司会のもと、佐々木副知事、津田理事、兵藤の座談会、盛岡での設立記念シンポジウム、翌日には「いわて海洋研究コンソーシアム」でお披露目と、盛り沢山の2日間でした。座談会の様子は、東大HPのウェブ記事として公開される予定です。

大槌の臨海研究センターは1973年4月に設立され、三陸沿岸に位置する総合的な研究教育機関、全国共同利用・共同研究拠点として、我が国の沿岸海洋科学の発展に貢献してきました。東日本大震災・大津波後は、震災後の沿岸生態系の姿とその回復過程の調査研究を第一に掲げ、三陸沿岸の復旧・復興に向けて取り組んできました。その過程で行政や自治体、地域の方々と協働する機会も増え、2018年に社会科学研究所の皆さんと立ち上げた「海と希望の学校 in 三陸」の活動を進めてきたことは、このコラムでも39回にわたって紹介してきた通りです。

地域に希望を育む人材の育成を通して海に希望の灯を点し、三陸を再び元気にしようという活動は様々な形で実を結びつつあります。その一方で、海洋科学研究を、地域の産業復興や活性化にもっと展開できるのではないか、という可能性も感じていました。

岩手県は沿岸地域の産学官連携による産業振興推進を目指し、2009年に「いわて海洋研究コンソーシアム」を設立し、我々もその一員として活動してきました。この活動をさらに推進するため、岩手県ふるさと振興部とともに「産学官民連携研究準備室」を立ち上げ、準備を開始しました。

そのような中で昨年の12月19日に、藤井輝夫東京大学総長と達増拓也岩手県知事が地域連携に関する全学協定を締結され、大規模自然災害からの復興や人材育成に加えて、地域の課題対応のための学術研究の推進や、学術研究成果の社会実装にも言及され、強く背中を押していただくものとなりました。

新センターでは、産学官民が協力することで、「三陸沿岸の知見・ニーズ・社会課題を一元的に集約する沿岸社会のシンクタンク」を目指します。県庁職員の方にも大槌で一緒に活動していただき、政策ニーズと研究シーズの効果的なマッチング、地域の産業界や民間との連携を強化し、三陸沿岸のさらなる発展に向けて活動していきます。ぜひ東京大学の多くの部局とも連携させていただき、「いわて海洋研究コンソーシアム」も巻き込んで、地域振興の新たな潮流を生み出したいと考えています。

なお、センターの看板に使用された木材は、大槌町吉里吉里の吉祥寺山門にあった樹齢300年余りの銀杏の老木です。開所式には髙橋英悟住職にもご出席いただきました。東京大学のシンボルであり、2018年までこの木が見守ってきた地域の歴史に想いを馳せ、地元の皆様のご協力を得て新センターの象徴とすることができました。

会議室内でテーブルに着席している参加者たち
盛岡地域交流センターで行われた設立記念シンポジウム
登壇されテーブルに座っている主催者のグループの写真
パネルディスカッションには、河村執行役、津田理事、佐々木副知事、今井潤 岩手大学研究支援・産学連携研究センター副センター長が登壇しました
column corner

UTokyo バリアフリー最前線!第39回

障害がある職員のお仕事拝見⑭三崎臨海実験所の巻
ことだまくん

除草からベッドメイキングまで

理学系研究科附属三崎臨海実験所の清掃を担当する環境整備チーム。2012年4月に発足した、障害者3人とコーディネーター1人のチームです。三浦半島の最南端に位置する約69,000m2の敷地には、研究棟、教育棟の他に、学内外の研究者が利用する宿泊棟などがあり、それらの屋内清掃や、屋外の除草、掃き掃除、落ち葉・ゴミの回収などを行っています。

作業を始める前のラジオ体操が大事だと話すのは2012年に入職した飯島忍さん。身体をほぐすことで、その後の作業に備えることができると説明します。多岐に渡る作業のなかでも、特に掃き掃除が好きだと言うのは2013年に入職した清橋新次さん。「場所によっては竹が生えていたり、足場が悪かったりするので、やりづらいこともあります」

学内外の研究者などが利用する宿泊棟のベッドメイキングやシャワールームの清掃なども担当の一つ。大勢が宿泊する時には業務量が増えるため、屋内作業を中心に行うなどの調整しているそうです。2021年に入職した大津祐介さんは、ミスをした時は落ち込まず、ポジティブに捉えることを心掛けているそうです。

雨の日など屋外での作業ができない日には、古新聞で袋を作り、トイレの汚物入れや生ごみ入れとして活用しています。ときには部屋の隅にある蜘蛛の巣の除去作業も行うことも。竿の先端にシートなどをつけて、絡め取っているとか。自然豊かな場所ならではの、虫が多いという悩みもあります。毒を持つムカデも隙間から建物に侵入してくることがあるので、作業中は常に防虫スプレーを携帯しています。

実験所で開催されるバーベキューや歓送迎会などにも参加し、チーム外の教職員とも積極的に交流するように心掛けている環境美化メンバー。チーム内でも、毎年ささやかな誕生日会を開いています。これからも丁寧な仕事を心掛け、協調性を持って実験所の環境美化に努めていきます。

三人が一緒に座り、飲料缶とパンを持ち上げている様子
左から大津さん、飯島さん、清橋さん。学内の人からの差し入れを、休憩時間に楽しみました
column corner

蔵出し!文書館 The University of Tokyo Archives第58回

収蔵する貴重な学内資料から
140年を超える東大の歴史の一部をご紹介

幻の「学生会館古在記念館」建設の記録を探る

かつて本郷キャンパスに学生会館を建設しようとする計画があったことをご存じでしょうか。『学内広報』第1576号「奥深き第二食堂建物の世界」でも触れられていますが、第二食堂の側に接続する形で学生会館を建設する構想があり、当時の『帝国大学新聞』には「古在こざい会館」とも略して紹介されています。

この構想は、第10代総長・古在由直よしなおの功績を記念する事業として生まれました。古在は大正9年に総長に選任され、関東大震災後の復興や研究施設の整備に尽力しました。しかし、病気のため昭和3年に辞任し、昭和9年に逝去しました。

その後、学内外の有志により、古在の顕彰事業として、体育館の建設計画が持ち上がります。昭和10年には「古在先生記念事業実行委員会」が組織され、翌11年には「古在先生記念館建設委員会」(以下、委員会)が設置されました。同時に、10万円規模の寄附金募集が始まりました。

当館所蔵の『内田祥三関係資料』には、この記念事業の経過を示す一連の記録が残されています。「古在先生記念館」は、委員会設置や募金開始の段階で学生会館として建設する旨が記されており、当初の体育館建設計画から趣旨が変化したことがうかがえます。

「古在先生記念館建設寄附募集趣意書」の抜粋写真
「古在先生記念館建設寄附募集趣意書」(F0004/A/11/14『古在先生記念事業』)より抜粋

昭和13年5月末時点で、最終的に集まった寄附金の総額は67,933円06銭に達しました。しかし、戦時下の鉄材統制や物価高騰の影響で建設許可が下りず、計画は実現に至りませんでした。その経過は、当時の総長であり委員長を務めていた長與ながよ又郎またろうの日記(F0027『長與又郎関係資料』)などにも記録されています。これらをさらにたどることで、未完の計画の経緯がより深く見えてくるかもしれません。

(助教・元ナミ)

column corner

ワタシのオシゴト RELAY COLUMN第233回

薬学部・薬学系研究科
庶務チーム
白井道人

仕事もプライベートも多様性

白井道人
薬学部正面玄関前にて

部署名のとおり、様々な業務を担当しています。具体的には、周知・取りまとめ・HP更新・会議・広報物作成・健康診断・雇用保険・社会保険・通勤手当、などなど。飽きっぽい私にはぴったりの部署かなと思います。覚えることが多いのは大変ですが。。。

4月に現部署に着任しましたが、当初は業務の質・量に圧倒され、物覚えも要領も悪い私にとっては苦難の日々が続きました。それを何とか乗り越えられたのは、前任者はじめ周囲の方々のおかげなので、感謝感謝です。

プライベートでは、街歩きや散策が好きで、特に臨海副都心エリアが気に入っています。聖地巡礼を兼ねて訪れることもあり、アニメの世界観に触れつつ、東大が課題として抱えるD&Iについて思いをめぐらせたりしています。

夜のボードウォークに立つ人々と背景に広がるお台場の写真
夜のお台場で非日常を味わいました
得意ワザ:
長時間食事を抜いても問題なく活動できる
自分の性格:
かなり堅いが、たまに天然。オタクかも
次回執筆者のご指名:
加藤良隆さん
次回執筆者との関係:
3月まで同部局(先端研)でした
次回執筆者の紹介:
良い意味で暴風を巻き起こす存在
column corner

デジタル万華鏡 東大の多様な「学術資産」を再確認しよう第48回

東洋文化研究所
准教授
上原究一

『元曲選』の「国訳」原稿

元代の雑劇はテキストが現存する範囲では中国最古の本格的な演劇で、白話文(中国語の口語体の文章)で書かれた文学作品としても初期のものなので、中国文学史上の重要なジャンルのひとつです。歌曲と台詞からなる短篇の歌劇で、歌の部分に「曲」という種類の韻文を用いるため、「元曲」とも呼ばれます。

雑劇は当時の俗語を多用する難解な作品も多く、邦訳はまだあまり進んでいません。雑劇の代表作100篇を集めたアンソロジー『元曲選』(1616年刊)ですら、後藤裕也、西川芳樹、林雅清ほか編訳『中国古典名劇選』(東方書店、2016~、既刊3冊)シリーズが全篇の現代語訳を目指して進行中ですが、まだ全体の3割しか出ていません。

ですが、『元曲選』の全訳は、実は戦前に一度作られていたのです。それは東京帝国大学名誉教授鹽谷温しおのやおん博士(1878~1962)によるもので、大正14年(1925)から財団法人啓明会の研究資金を得て翻訳に取り組み、昭和7年(1932)夏に完成していました。ところが、公刊されたのは一部だけで、大部分は長い間眠っていました。その手筆原稿と関連資料を、令和元年(2019)に博士の令孫鹽谷健先生が東洋文化研究所にご寄贈下さいました。それらを高精細のデジタル画像で公開しているのが東京大学デジタルアーカイブポータル内の「鹽谷温博士『元曲選』全訳稿および関連資料デジタルアーカイブ」です。

中国古典を翻訳した手書きの訳稿
口語語彙には意訳的な片仮名ルビで対応

この訳稿は、漢文訓読調の訳文に解題と訳注が付いているものです。今日の眼から見ると現代語訳とはほど遠く、これを全訳と呼んでいいのかと思う人さえいるかもしれません。ですが、これは、中国古典を翻訳する際に当時主流だった、「国訳」と呼ばれるスタイルなのです。大正期には大いに流行していました。日本語訳とは何か、という意識の変遷をたどる上でも、この訳稿はとても貴重な資料と言えるでしょう。

column corner

インタープリターズ・バイブル第218回

生産技術研究所/情報学環准教授
科学技術コミュニケーション部門
川越至桜

未来社会を共にデザインするために

乗り物は好きだろうか。私は以前、そこまで関心があるほうではなく、もっぱら移動手段として利用していた。しかし今では、電車や飛行機、船などを写真に収めたり実際に乗ったりすることが楽しみになっている。きっかけは、生産技術研究所の次世代育成オフィス(Office for the Next Generation: ONG)で、中高生向けのワークショップを企画するようになったことだ。鉄道や航空に関わる企業や研究者の方々から専門的な話を伺ううちに、乗り物の背後に広がる科学技術の奥深さに魅了されるようになった。

ONGでは、未来社会をデザインできる次世代の育成を目指し、さまざまなSTEAM教育プログラムを展開している。STEAMはScience(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Arts(芸術・リベラルアーツ)、Mathematicsの頭文字をとったものである。STEAM教育は、知識を学ぶだけでなく、それらを組み合わせ、実社会の課題の発見や解決に活かす力を育むことを目的としている。特に、Aは芸術にとどまらずリベラルアーツも含み、科学を社会の文脈と結び付ける役割を担う。

現代の社会は、急速な技術革新や地球規模の課題、多様な価値観の共存など、不確実性に満ちている。こうした時代を生きる次世代は、知識を学ぶだけでなく、自ら問いを立て、探究を通して最適な解を考える力が求められている。

STEAM教育を通じて育むのは、未来を生き抜く力であり、「未来を共に創る力」でもある。子どもたちや学生たちが主体的に挑戦できる環境を整えることは、科学技術コミュニケーションの実践であり、知を社会へ橋渡しするインタープリターの役割とも言える。その役割を果たすとき、不確実な時代を切り拓き、よりよい未来社会を共にデザインしていくことができるのではないか。そのようなことを考えながら、今日も満員電車に揺られている。

駅で人々が歩き回り、列車が通到着する様子を捉えた写真
出張で使ったメルボルンのサザン・クロス(南十字座)駅。駅名が素敵である
column corner

ききんの「き」 寄附でつくる東大の未来第72回

社会連携部
渉外課戦略チーム
藤森公介

読んでみると面白い?『活動報告書』

東京大学基金活動報告書2024の表紙

東京大学基金の『活動報告書2024』が完成しました。

いま、「読んでみよう!」と思いましたか?私がこれを聞いてイメージするのは、文字と数字ばかりで面白みに欠ける白黒冊子です。でも実際は、前年度の寄付実績がデザインに落とし込まれ可視化された表紙。めくると見開きいっぱいに、本学の多彩な教育・研究活動の写真が広がっています。

この活動報告書は、ご寄付により本学の教育・研究活動がどのように花開き、実を結んだかを寄付者の皆様にご報告し感謝申し上げるとともに、数字では伝えきれない人や挑戦の物語を共有することで、さらなる“東大愛”を育む種でもあるのです。

読者アンケートの結果も紹介します。統計的に有意ではないサンプル数だったことを予め白状しますが、意外にも、各プロジェクト別に昨年度いただいたご寄付を一覧にした【寄付実績一覧】が好評でした。

冒頭で書いた、「文字と数字ばかりで~」のイメージに最も近いページです。ここには1円単位で額を記載しているので、その数字の中にご自身の貢献が確かに“在る”ことを実感でき、そこにしかない満足感を感じてくださった方もいらっしゃるのではないでしょうか。

そんな報告書を通じて、読者からご支援が寄せられています。公開後2か月で何件ほど集まったでしょうか?正解は、約100件です。

この金額の多寡を分析し戦略に実装することはまさに本部棟7階の《ディベロップメントオフィス》の生業ですが、ここでその議論は無粋というもの。お伝えしたいのは、誠意を込めた情報発信が読む人の胸に響き、行動につなげられるという事実です。

学内の活動の魅力を垣根を越えて共有し、大学が一体となって社会にアピールすることが、さらなる価値を創出し得る証左と言えましょう。

文末のリンクから、ぜひ本報告書をご覧ください。寄付をする側、そして集める側からの、少し違った東大が見えると思います。その発見をみんなで積み重ねて、もっともっと魅力的な東大を発信していきましょう!

https://utf.u-tokyo.ac.jp/result/result
年度報告のページのQRコード