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東京大学生産技術研究所(以下「生産研」)は、東京大学駒場リサーチキャンパスを本拠とする工学中心の研究所であり、日本の国立大学としては最大規模の研究所です。基礎から応用まで、私たちのくらしに深く関わる様々な研究が行われています。
本イベントでは、生産研に所属する現役大学院生、教員、卒業生の方をお招きして、理系に進学したきっかけや工学研究の魅力についてお話しいただきました。新型コロナウイルスの感染拡大状況を鑑み、今年は去年に引き続きオンラインでの開催となりました。
2021.10.9
リポート/学生ライター
石渡麗依那(理学系研究科修士1年)講演内容
1.バイオのものづくり(東京大学生産技術研究所 物質・環境系部門 講師 杉原加織先生)
様々な分野を経験してきた杉原先生の現在の研究テーマは生物物理工学。物理の視点から生命現象を分子レベルで解き明かし、生活に活用する学問です。具体的には、脂質やペプチドといった生体分子機能のメカニズムを解明し、医療方面での応用を目指しています。
脂質は水に馴染む親水基の頭部と水を弾く疎水基の尾部をもつ両親媒性の分子で、生体内で会合して脂質二重膜の小胞を形成します。この小胞はシャボン玉と同じように自在に形を変えることができるため、目的に応じて様々なものを創ることができます。杉原先生の研究室では、10,12-トリコサジイン酸(TRCDA)という脂質分子について研究しています。TRCDAは炭素の一重結合と三重結合が交互に並んだジアセチレン骨格(下図の赤い部分)を持ち、紫外線を照射すると三重結合が切れて隣の分子と重合し、ポリマー(重合体)を形成するという性質を持っています。更に、このポリマーは押すと色が変わって光る(メカノクロミックポリマー)という面白い特性があります。
The mechanism of polydiacetylene blue-to-red transformation induced by antimicrobial peptides
Nuck, J.; Sugihara, K.*
Macromolecules 2020, 53 (15), 6469-6475.
この光る特性を活かして生物界にある毒を検出することができます。例えば、ハチ毒の主要成分であるメリチンは私たちの細胞膜を構成する脂質二重膜に穴をあける性質(細胞障害性)をもち、炎症の原因になっています。このメリチンをTRCDAポリマーに添加すると、ポリマーの色が青から赤へと変化していきます。これにより細胞障害性の分子を色で検出することができるのです。このように、特殊な装置を使わず目で見て判る検査キットは、検査の普及・迅速化につながり、とても重要なのです。今後はイオン検査やバクテリア検査、抗体検査への応用が期待されています。
また、杉原先生の研究室では、ペプチドを活かした細菌感染の創薬研究も行われています。
従来、細菌感染には専ら抗生物質が適応されてきました。抗生物質の発見は人の寿命を飛躍的に伸長しましたが、その多用により抗生物質が効かない耐性菌が誕生してしまいました。そこで、次の特効薬として注目されているのが生体の作る抗菌ペプチドです。抗菌ペプチドは耐性菌の細胞膜を破壊できますが、同時に自身の細胞も障害してしまうため、副作用が高いという問題点があります。杉原先生は、複数のペプチドを混合すると、細菌に対する攻撃機能と、自身の細胞に対する毒性中和作用が同時に引き起こされる「ダブル・コオペラティブ効果」を見出しました。このメカニズムを解明することで、細胞障害性を抑えつつ殺菌作用を十全に機能させるような新たな治療薬の開発が期待できます。
杉原先生にとっては、脂質もペプチドもレゴブロックのようなもので、これらをどのようにうまく組み合わせれば、面白いもの・有意義なものが出来上がるのだろうかと日々思いを馳せているそうです。物理学を土台に持つ杉原先生ならではの面白い視点なのでしょう。
2.どんな仕事にも活きる、"理系的"正しく考える力を身につけよう!(大手グローバルコンサルティングファーム コンサルタント 菊池玲菜さん)
あまりに壮大で、何を学ぶのか想像するのも難しい社会基盤学科では、とてもユニークな授業が行われています。例えば、進学した学生がまず初めにとる名物授業の「蔵前橋模型作成」では、橋が作られた当時の設計図を読み解き、みんなで協力してパーツを造り、実際に組み立てていきます。現場を知ることが重視されているようで、教室を離れて実際のインフラストラクチャーを見学しに行くこともあるそうです。
また社会基盤学科では海外との交流も盛んで、実際に外国に行ってインフラや都市政策について考える少人数セミナーや、他国の留学生との交流プログラムなども設けています。留学プログラムも充実しており、菊池さんも修士課程でフランスへ2年間留学するダブルディグリープログラムで、日仏二つの修士号を取得しました。更に留学中は夏休みの期間を利用してUNESCO本部の国際津波センターでインターンシップも経験されたそうです。
大学院での菊池さんの専攻は防災対策。所属していた目黒研究室では建築物の耐震性向上や地震予測精度の向上、被害のシミュレーションなど地震防災に関わる様々な研究が行われています。防災というと災害後の緊急対応が注目されがちですが、菊池さんは災害が起こる前にどのように備えるかが重要であると考え、ミャンマーの防災計画を取り上げて、その問題点と解決策について研究したそうです。
菊池さんは修士課程修了後にコンサルタントとして企業に就職しました。コンサルタントは言わば「会社のお医者さん」で、クライアント企業が抱える様々な課題を専門家のアドバイスを参考にしつつ解決に導くお仕事です。大学での経験と関連がないように思えますが、菊池さんはこれまで培った理系としての力が活かされていると話します。
たとえ研究者にならなかったとしても、大学生活や研究活動を通じて身につけた論理的に考える力や、主体性をもってプロジェクトを進める力、未知の事柄に果敢に挑む力は必ず糧になると教えていただきました。
3.ものをつくる工学の魅力(東京大学生産技術研究所 博士後期課程1年 中野静香さん)
中野さんが専攻する組織工学は、細胞のつなぎとなる足場材料を組み合わせて生物の組織や臓器を人工的に再現する学問です。
現在中野さんが取り組んでいるのは、小さなチップ内で臓器の機能を再現する組織モデル(Organ-on-a-chip)です。体の中で起きている現象がチップ上で「見える化」されるため、医薬品の評価を簡便に行うことができると期待されています。また様々な疾患モデルの組織チップを創ることで、疾患の原因解明や治療法の確立にも役立ちます。
工学は、今あるものをより便利に、使いやすく改良し、新しいものを作り出す楽しい分野だと中野さんは言います。
特にバイオエンジニアリングの分野は、医療に役立つものづくりからその応用まで学ぶことができ、社会に貢献できる夢のある分野だということが、中野さんのお話からとても伝わってきました。
理系を目指す女子中高生の皆様へのメッセージ
登壇者の皆様は新しい環境に積極的に飛び込んでいっているようで、尊敬してしまいますね。登壇者の皆様がどのように不安を乗り越えたのかお伺いしたところ、まずは目標となる先達を見つけて真似するのだと教えていただきました。私たちは、つい失敗を恐れて一歩踏み出すのを躊躇ってしまいますが、ダメでも死にはしないと思い切って挑戦してみてください。失敗してしまっても周囲の方がきっと手を差し伸べてくれます。
理系への進学に関わらず、様々な場面で自分が不利だと感じる状況に立たされることがあるかもしれません。それでも、女性だからと自分に制限を設けたりせず、果敢に挑戦してみてください。女子中高生のみなさんが明るい未来に向かって進めるよう、登壇者一同心から応援しています。
おわりに
また、東京大学は女子中高生のみなさんの進学を応援しています。奨学金や学生寮などの学生生活支援から進路選択支援まで、幅広いサポートシステムがあります。進学に際して不安や疑問のある方はぜひご活用ください。