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世界で活躍する研究者・知識人が市民とともに未来のかたちを考える 東京カレッジ講演会、スタート

東京カレッジの講演会シリーズが始まりました。5月15日に小柴ホールで開催された第1回では、ジャーナリストのビル・エモットさんが講演し、白波瀬佐和子先生と対談を行いました。5月27日に福武ホールで開催された第2回では、ノーベル博物館初代館長のスヴァンテ・リンドクヴィストさんが講演し、梶田隆章先生、岡本拓司先生と鼎談を行いました。女性とノーベル賞をお題に「知のプロフェッショナル」たちが展開した議論の模様を抽出してお届けします。

1 Envisioning a far more female future of Japan 女性が拓く日本の未来

白波瀬佐和子 理事・副学長ビル・エモットさん The Economist 元編集長

白波瀬日本における男女格差は、戦後の経済を支えてきた社会の仕組みともいえます。男性は家計を支え、女性は家庭を切り盛りする、という性差に基づく役割分担の考え方、さらにその制度が社会に浸透しました。家庭責任の遂行が女性の第一義的役割となり、継続して家庭外就労に就くのが困難な状況が生まれました。それゆえ、キャリアの蓄積の先にある管理職の女性割合が低い状況が続いています。男女比率の大きなアンバランスは、東大でも例外ではありません。学部学生の女子比率は20%以下で、教員の男女比も大きく偏っています。問題は深刻です。ただ、東大は変わろうとしています。先日、総長のリーダーシップのもと、東大は「30% Club」に加盟しました。管理層の女性比率を30%に上げようというもので、組織の上部からダイバーシティを強めようという意図があります。

さて、2つ質問です。組織上層部もさることながら、人数的にも組織の底部分の改革は極めて重要です。下からの変革ということで、お考えをいただけますか。もう一つは結婚について。私たちには結婚しないという選択もあり、欧米では多様なパートナーシップの姿がありますが、そもそも結婚する必要はあるでしょうか。

非正規雇用増が招いた低婚姻率

エモット会場に妻もいるので前向きに話さざるを得ませんが(笑)、個々人が自由に選択できることが大事です。結婚を選ぶ際には経済的な安定がないといけません。日本の結婚率が下がった最大の要因はここにあります。女性が働くようになっただけでなく、男性の非正規雇用が増えています。以前は家長の男性が家計を担うのが普通でしたが、現代ではそうではないですね。共働き世帯が増えたのに、制度は対応できていません。たとえば、女性にパートで働くことを強制し、高所得になると損が生じる制度の存在です。女性の労働に不利が伴う問題をクリアすれば結婚する人も増えるでしょう。

若年層の不安定雇用は、イギリスやフランスでも共通していますが、合計特殊出生率は日本より高いですよね。

国により状況は違います。フランスは若年層の失業率が高いですが、福祉制度が発展し、個人をサポートする制度があります。イギリスも不安定ですが失業率は低く、結婚外での関係での子育てでも働きやすくなっています。

では、社会の下からの変革と上からの変革ではどちらを優先すべきでしょう。

両者はつながっています。上が組織の意志を決定し、上と下をつなぐ手本があって、下からの声が生きるとわかれば、自ずと変革は進むはず。教育も重要です。戦後の教育によって日本の家庭の意識変革が進み、女子の半数が高等教育に進むようになりました。それは下からの変化につながっているかもしれませんね。

日本では、若い人の中で都市部と地方との格差も大きいです。地方におけるジェンダー格差の背景には親の影響力が強いと思います。たとえば、地方の女子学生に東大入試に挑戦してもらうには、親にどう説得するのが有効でしょうか。

イギリスで格差というと貧富の格差か身分の格差です。大学でいえば私立と公立の格差。貧しい家庭から公立学校に進んだ場合、オックスフォード大学に入る例は少ないのです。そこで、オックスフォードでは貧しい家庭の子を入学させるプログラムを行っています。東大でも同様の取組みをやってはどうでしょう。

現在、社会の組織を動かす権限を持つのは中高年の男性が多数派で、彼らには手放しがたい既得権があります。社会の仕組みが変われば、彼らの既得権も危うくなるでしょう。既存の社会体制に恩恵を受ける彼らが重要な決定権を持つ限り、大きな変化を起こすのが難しい現状があります。たとえば東大で女子が増えるように何かしようとする際、彼女たちの親でもある中年男性を味方にする必要があります。どうしたらよいでしょうか。

中年男性たちの意識変化が重要

リーダーの立場にいる中年男性の意識が変わるかどうかは確かに重要です。組織の硬直性を変えるには、変化が自分にとって利益になると認識することが大切。たとえば、変化が自分の年金につながることを伝えるべきです。重要なのは、これが道徳や倫理の問題だとしないこと。

なるほど。ただ、人はあまり待ってくれません。男女半々にすればそのうち明るい未来が来ますよ、といっても多くの人々はそう簡単に納得しないでしょう。

均質性がメリットの時代もあり、成功した多くの大企業が多様性を欠いていたという歴史も関係しますね。過去の成功に執着したがるのはわかりますが、若い人材は減るので別の人材が必要だと理解しないといけません。ゴールドマンサックスのキャシー松井さんが、女性管理職の割合と企業の業績の関連性を示すデータを出しています。そうしたエビデンスを重ねて示していくしかないでしょう。

エモットさんは新刊でよいロールモデルとなる日本の女性を22人紹介されています。彼女らと話してみて、女性が成功する上で共通の要因はありましたか。

『日本の未来は女性が決める!』(ビル・エモット著/川上純子訳/日本経済新聞出版社/1944円/6月21日刊)

それは人類学者や社会学者でないとわからないでしょう(笑)。ただ、断固たる決意を持つことは必要かもしれません。結婚となれば、夫の特質にも影響されるでしょう。本に登場するホテル総料理長は、夫もシェフでしたが、料理人として妻の方が優秀だと理解して転職、子育ても積極的にこなしているとか。色々な人の物語から見えてくるものがあります。

「しゅふ」ということばには主婦と主夫があり、従来の男性と真逆の役割を担う主夫は特に賞賛されます。これについてご意見はありますか。専業主夫というのは持続可能な生き方なのでしょうか。

日本だけではない、普遍的な問題ですね。先日、飛行機で「マイ・インターン」という映画を観たんですが、アン・ハサウェイが演じる女性起業家の夫がまさしく専業主夫でした。昔と比べると、アメリカ社会も変わったものだと思います。

企業では多様な背景を持つ人が役員になったほうがいいのでしょうね。

企業に限らず、あらゆる意思決定には多様な人が関わったほうがいいんです。男と女、エンジニアと社会学者、中国人とイギリス人などなど、多様な人が関わることに意義があります。

たとえば、女性の意見というのは男性の意見とは違うものでしょうか。

様々な男と様々な女の存在が必要

そう考えるべきではありません。男性同士でも女性同士でも見解は様々です。様々な男、様々な女が必要です。

傾向として、女性は男性と違う意見を持つと思う人は多いようです。多くの女性がパートで働いています。彼女らに正社員になりたいかと聞くと「いいえ」という者が多い。でも、同じ質問をパートの男性にすると「はい」と答える者が多い。この結果から、パートタイムは多くの女性が希望する働き方だという見方も出てきます。実際に女性はフルタイム就労を希望していないのではないか、という意見も出てきます。

その調査では現状の説明が欠けていたんだと思います。配偶者控除などの背景ですね。正社員になりたいかどうかは社会の状況にかかってきます。前提が違えば答が違うのは当然ですね。組織における男女の割合は、半々にできればもちろんいいのですが、なかなか一斉には変えられません。30%のように均衡点となるような指標を置くのはいいことです。

指標を具体的に設けた後、それをどのように達成していけばよいでしょう。

政策面、企業の人事方針など、制度的な状況を変える必要があります。昇進のやり方とか、制度をどう変えるかが肝。どのような経験を若い時期に与え、子育てから戻った後にどんな仕事をさせるか、上司は考えておくべきです。私が入社した当時、外国特派員は男性とされ、妻は夫に随行するのが当然とされました。でも編集長になったときはもう違って、妻の意向も重視しないといけなくなっていた。企業は戦略を変えるべきです。

企業も政府も目標を立てて男女格差是正に取り組んでいます。結果、管理職就任が現実的なことになり、プレッシャーを感じている女性も少なくありません。何かアドバイスをいただけますか。

たとえば、同じ立場の人たちのネットワークを作るのはどうでしょう。東大の女性管理職とか、そのOGとか。つながりがあれば互いに助け合うことができるでしょう。社会の変化は実際に起きていて、そのペースも早まっていますが、一方で障害もある。なぜ首相は女性が輝く社会をと言いながら配偶者控除をやめないのか。正規と非正規の区別をなくさないのか。大企業などの抵抗があるのかもしれません。でも、その抵抗は経済や教育の力ではねつけることができるはず。

ありがとうございました。非常に励まされました。

※上記は同時通訳された日本語を元にした抄録です。

2 The Gothic Cathedral of Science: The Nobel Prize and the Concept of Revolution 科学のゴシック大聖堂: ノーベル賞と「革命」概念

岡本拓司 総合文化研究科教授梶田隆章 東京大学卓越教授スヴァンテ・リンドクヴィストさん 元スウェーデン王立科学アカデミー会長、ノーベル博物館の創設者・初代館長

岡本本日はこの中で一番功績が少ない私が司会役をさせていただきます(笑)。リンドクヴィスト先生は先ほどの講演の最後に「史上初のブラックホール撮影」の話をされましたね。梶田先生はあの成果についてはどのように捉えていますか。たとえばニュートリノ振動発見や重力波検出と比べていかがでしょうか。

梶田初めてブラックホールの姿を目で見ることができたわけですから、大変重要な成果だと思います。ただ、その存在はすでにわかっていたことですから、何かの大きな突破口になるというものではないかもしれません。一方、重力波の検出は、これはもう極めて大きなインパクトを与える成果だったと思います。ニュートリノ振動については、ニュートリノが質量を持ち、素粒子物理学の標準模型が完全ではなくて拡張が必要であることを示すものでした。標準模型をよりよい理論に更新すべきだと明らかにしたのが成果だったと思います。

ブラックホールの撮影、ニュートリノ振動、重力波。どれも個人ではなくチームでの研究でしたが、ノーベル賞は個人に与えられます。なぜでしょうか。

科学のノーベル賞の対象は個人

リンドクヴィスト設立者の希望として、受賞者は限定的にという方針があったためです。平和賞は組織に与えられることもありますが、科学3賞は個人が対象で、共同受賞も3人までです。

梶田先生はどう思われますか。

難しい質問ですね。私の受賞については、スーパーカミオカンデに関わる研究チーム全体での努力が評価されてのものだったと思っています。

さて、リンドクヴィスト先生からは事前にいくつか質問をいただいています。その一つが、なぜ日本のノーベル賞受賞は2002年以降に増えたのか、でした。

日本政府が科学技術基本計画の中にこの50年間に受賞者30人程度を目指す、と書いた当時は、非現実的な目標だと言われたものですが、2002年以降にはそれを上回るペースで受賞者が出ています。このペースは続くでしょうか。

振り返ると、ノーベル賞を受賞した日本の科学研究は1980~1990年代に行われたものでした。当時は景気がよく、科学の予算も増え、大学制度下での研究の自由もありました。それが受賞者の増えた理由だと思います。ただ、このペースが続くかというと、私は懐疑的です。2004年以降は運営費交付金が減り、大学は競争的資金に頼らざるを得なくなり、結果、日本の研究力は弱体化しています。

政府は予算規模を小さくしても受賞が減らないかどうか、という壮大な実験をしているのかもしれません(笑)。質問に戻ると、そこには時代の空気も関係していたでしょうね。日本初のノーベル賞受賞は1949年。敗戦からまだ間もなく、皆が希望を失いかけていた時代です。そこで湯川秀樹先生が受賞し、多くの国民が励まされました。湯川先生は理論物理学という基礎研究の分野でした。受賞を見て励まされた若者たちが基礎研究に勤しみ、小柴昌俊先生、南部陽一郎先生などが後に続いたわけですね。リンドクヴィスト先生の質問の中には、若い頃の教育のインパクトに関するものもありました。梶田先生は若い頃に何を経験しましたか。物理学に進んだきっかけは?

弓道部の顧問が物理の先生でした

高校の頃は物理学者になるなんて思っておらず、ただの田舎の高校生でした。ただ、私が所属した弓道部の顧問が物理の先生でしたね。授業を聞いたことはありませんでしたが、先生と議論したことは覚えています。もしかするとその影響はあったのかもしれません。

少なくとも物理学者に悪い印象は持たなかったわけですね。弓道の的のように小さな対象に的を絞ったのでしょうか。あるいは、弓の弾道を研究したり……?

いいえ(笑)。

ノーベル博物館時代、ノーベル賞受賞者で中学の先生に影響を受けたという人は多かったですね。私も若い頃、教師の影響を受けて大学に進もうと思いましたが、中高生の頃に誰と出会うかは非常に重要です。以前、東大で講演をした際、湯川秀樹先生の自伝を紹介しました。そこには、12歳の時に進化論を本で知り、脳が新しい動きを始めた、と書かれていました。私たち3人にとってはもう遅いですが若い人にはぜひ教えてあげたいです。

湯川先生は若い頃に2つ重要な経験をしています。一つは1922年のアインシュタイン来日。このときに物理の世界で大きな革新が起きていることを知って物理に注目したそうです。もう一つは三高時代。朝永振一郎先生と同じ授業を受けていたときに、誰もわかっていないことにチャレンジするよう言われて刺激を受けたそうです。さて、リンドクヴィスト先生からは、日本には上司に異議を唱える人が少ないのか、という質問もいただいています。儒教の影響があるのかもしれませんが、いかがでしょうか。

答はYesとNoの両方です。一つ言えるのは、新しいものを生むにはヒエラルキー構造では厳しいということです。

challengeの本質は異議にあり

そういえば、以前、日本で講演することになって、ポスターを作る際、講演のキーワードだった“challenge”をどう訳すかが問題となりました。英語では「異議を唱える」という意味が伴う言葉ですが、日本語でいい訳語が見つからなかったんです。東北大学からストックホルム大学に移った化学者・寺崎治先生の話を思い出しました。あるとき、なぜわざわざスウェーデンに来たのかを訊ねたんです。日本の学生に何か頼むと「はい、先生」と答えるが、スウェーデンの学生に何か頼むと「なぜですか」と答える、だから来た、と寺崎先生に言われましたよ。

確かにその違いはあるかもしれない。

そうですか? 私は学生からよく異議を唱えられます。なめられているのかもしれませんが(笑)。さて、日本の学生は、日本人のノーベル賞受賞者が増加したことでモチベーションが高まっているでしょうか。それとも、自分とは遠い別世界の出来事と感じて白けているでしょうか。

間違いなく彼らはやる気を高めてくれている。そう思いたいです。

同感です。私は物事を400年スパンで考えるようにしています。スウェーデンの米国大使館のカレンダーには、12月にノーベル賞の授賞式、ディナー、記念講演などの予定が明記されています。400年後にこれがどうなるか見てみたい。その頃にはアフリカや南米の国々の大使館も同様に記しているかもしれません。

会場と登壇者のやりとりから

会場1リンドクヴィスト先生の講演で、寿命が5倍になったら、という想定がありましたが、その場合、科学研究の速度は5分の1になるのでは? 寿命が延びると人生のペースも落ち、科学のペースも落ちるのでは?

いえ、人はよりアクティブになると思います。寿命が400歳になって定年が60歳とすると340年もゴルフができるんですよ(笑)。

会場2講演では科学と大聖堂の比喩がありました。大聖堂にはキリスト教の影響が強いですが、科学の大聖堂へのアジアの貢献は?

日本を筆頭にアジアの科学者の貢献はもちろん明らかです。ちなみに、講演タイトルを考えたとき、日本でこの比喩が伝わるか心配でした。地震が多く、大聖堂に近い意味合いの建物は残っていないかもしれないので。

いえ、日本には世界最古の木造建築の宗教建築がありますよ。もちろん、大聖堂のような西洋の作り方による建物だったら、日本では残らなかったかもしれませんね。

会場3ノーベル賞の選定でもし何かミスがあったら、授賞を撤回するんでしょうか。

科学3賞に関してはほとんどミスはないと思います。皆無だったとは言いません。1949年の生理学・医学賞など批判をいただいたこともありますが、一度授与したものを撤回はしないのが原則です。仮に道徳的でなかったとしても、科学としての功績が素晴らしいと認められれば、授賞します。

会場4日本人はなぜ日本人の受賞にこだわるのでしょう。他国でもこんなに自国民の受賞を騒ぐのでしょうか。

メディアの影響でしょうか。でも、決して悪いことではないと思います。日本の科学が注目され、評価されるということですから。

理由は皆さん自身に聞いたほうがいいですが、日本らしい現象ではあるかもしれません。ノーベル博物館としてはその恩恵を記念グッズ販売で大いに受けております(笑)。

会場5日本人女性初の受賞はいつ誰が?

ジェンダーバランスの悪さは東大や日本の大学の大きな課題です。もし学生の女性比率が上がれば、女性研究者の数も増え、結果として女性の受賞者も出てくるでしょう。

ノーベル賞は研究成果が確実なものと認められてからの受賞になります。20~30年前は女性研究者を取り巻く環境が厳しかった時代ですから、女性研究者の受賞はまだそう増えないかもしれません。ただ、ノーベルの遺言に男女を区別するとは書かれていません。

会場6人類と科学技術の共生の将来は? 

私は歴史家なので将来についてはあまり語れません。過去を見ると人類はこれまでなんとか科学技術と共存できてきました。戦争、公害など、科学技術の悪い帰結もありましたが、人々の努力で壊滅的な状況からなんとか立ち直ってきました。革命的ではなく漸進的に。ノーベル賞の対象にはならなくても、また、科学に限らずとも、人類のそうした地道な努力が人類全般を支えていくのではないかと思います。科学史家としての希望です。

※上記は同時通訳された日本語を元にした抄録です。

講演会の模様は、後日ウェブサイトで閲覧できるようになります(対談・鼎談は除く)。英語で語られたオリジナルの醍醐味をこちらからご覧ください。

www.tc.u-tokyo.ac.jp/ja/news/

東京カレッジ

講演会・シンポジウム

世界の研究者・知識人と新たな知を拓き、伝える。2019年2月に設立された東京カレッジは、これからもたくさんの講演会を開催していきます。今後の予定はこちらからご確認ください。

www.tc.u-tokyo.ac.jp/ja/events/

撮影 : 兼本玲二