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海と希望の学校 in 三陸第2回

岩手県大槌町にある大気海洋研究所国際沿岸海洋研究センターを舞台に、大気海洋研究所と社会科学研究所がタッグを組む地域連携プロジェクトがスタートしました。海をベースに三陸各地の地域アイデンティティを再構築し、地域に希望を育む人材を育成するという文理融合型の試みです。本学の皆様が羨むような取り組みの様子をお伝えします。

「ふるさと科」出前授業 in 岩手県立大槌高校

大土直哉大気海洋研究所附属国際沿岸海洋研究センター
特任助教
筆者(大土)による講義の様子。

3月12日に行なった県立釜石高校のSSHイベント(本誌no. 1521, p.30)から1週間と経たない3月18日、私たちは県立大槌高校の教壇に立っておりました。2年生の「ふるさと科」の授業をお借りしての出前授業です。

「みんなが住んでる大槌町ってとても魅力的だよ」

そんなメッセージが「じんわりと」伝わるように、沿岸センターの若手スタッフ3名が講演しました。私は『赤浜から世界へ!君にも会える?新種のカニ』と題して、赤浜で採集された標本に基づいて記載された「オオヨツハモガニ」についてお話ししました(写真1,2)。福岡拓也研究員(沿岸海洋社会学分野)は、地元ではあまり知られていない「ウミガメ類の生態学的研究」について『ウミガメ研究の最先端、大槌にあり!』の演題で紹介しました。最後は沿岸海洋社会学分野の吉村健司研究員による『大槌とサケ』。大槌町のシンボルであるサケと大槌町民の係わりを、古文書や新聞記事などから辿っていきました(写真3)。

先日、大槌高校から沿岸センターに本授業についての感想レポートが届きました。

授業の名前を聞いたときはどんな授業をするんだろうと考えました。生物の授業の時間にこの授業について予告されたときからわくわくしていました。

赤浜で採集された未記載種「オオヨツハモガニ」の標本。実際に手にとって観察してもらいました。
回覧してもらった「山立て帖」(大槌町立図書館蔵)より大槌湾の図(西が上)。様々な魚種の漁場が詳細に書き込まれた「地元漁民の知恵の結晶」です。釣りが趣味という生徒たちが夢中で読んでいたのが印象的でした。

当日を迎えると東大の研究所の皆さんから最初に「大槌の海のイメージを3つ思い浮かべてください」と言われました。私の中で一番最初に浮かんだのは「青い」、「海産物が豊富」、「広い」の3つでした。3人の先生から3つの授業を聞いて、幼い頃からカニが好きで現在までカニの研究を続けていたり、夏にのみウミガメ研究をしていたり、大槌で昔から続いている山立てやサケの漁獲数の変化などの研究をしていたりと私たちの考えつかないようなところ視点を置き研究に励む姿はとてもかっこいいなと感じました。これらの中で私が特に興味を持ったのはウミガメの研究です。私自身大槌に住んでいながら、大槌の海にウミガメがやってくることを知らなくてとても驚きました。また、ウミガメについても詳しく知らなかったためその生態について詳しく知ることが出来たのは良い経験でした。関東から西の海で産まれ三陸まで泳いでくることに疑問を感じましたが、大槌周辺の海はウミガメたちにとって良い餌場になっていたんだと思うと納得しうれしい気持ちになりました。ウミガメに発信器やビデオカメラを付けての研究は時間と労働力が必要だと思いますが、すごく興味を持ちました。機会があったらセンターの方へ行ってみたいです。

授業の最初で考えたイメージについて授業後は、それにプラスして「可能性がたくさんある」、「地域に愛されている」第2回の2つも加わりました。本日はありがとうございました。

イマドキの高校生が書いた、少し緊張した文章からは、時折、彼らの素の表情(不思議・驚き・納得・喜び・感心)がこぼれ落ちてくるようでした。私たちのメッセージはきっと届いたはずです!

制作:大気海洋研究所広報室(内線:66430)

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総長室だより~思いを伝える生声コラム~第23回

東京大学第30代総長五神 真

変化を先導する大学の役割

あらゆる情報がデジタルデータとしてサイバー空間に蓄積され続け、AI技術などを駆使してそれらを活用する“デジタル革新”はますます勢いを増しています。その中で、人類が長年培ってきた、社会・経済・政治の基盤が揺らいでいると感じます。資本主義も例外ではありません。グローバル化が加速し、市場原理主義の行き過ぎが目立つ中で、自由主義経済に逆行する動きが生まれています。個々人の自由闊達な活動を原動力として経済成長へと導くという本来の意義を尊重しつつ、デジタル革新と調和するように、資本主義下での経済活動をいかに調整するかが求められています。その中で注目されるのがESG(Environment, Society,Governance)投資です。環境、社会、ガバナンスの観点を踏まえた企業活動が経済成長を支え、投資家にも長期のリターンをもたらすという考えです。2006年、アナン国連事務総長(当時)は、ESG投資を進める責任投資原則(Principles for Responsible Investment/PRI)を提唱しました。署名機関は世界で2500近くを数え、日本でも75機関が署名しています。東大も趣旨に賛同し、今年4月に国立大学として初めて署名しました。

「東京大学ビジョン2020」や指定国立大学構想では、SDGs達成への貢献を掲げています。地球と人類全体の公共財である東京大学の伝統ある使命を現代において果たすために必要だと考えたからです。これを産官学民の連携によって進めるには、資金循環を支える仕組みとしてESG投資やそれを促すPRIが重要だと考えます。ESGと企業業績との相関はまだはっきりしないという専門家の指摘もあります。しかし新たな知を生み出す責務がある東京大学は、単なる評論に留まるわけにはいきません。ESG投資が従来と異なる資金循環を生み、企業の長期的成長に繋がる新たなメカニズムを提案できれば、資本主義のより健全な成長に繋がるでしょう。科学技術、社会システム、経済メカニズムを三位一体として連動させるモデルを考案し、それを自ら実践するのが大学の新しいミッションなのです。

ビジョン策定の2015年当時、SDGsは日本ではあまり認知されていませんでしたが、2016年に日本政府がSDGs推進本部を設置し、経団連も2017年にSDGsを企業行動憲章に取り入れ、一気に浸透します。6月10日には経団連、東大、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の三者がSDGsの実現に向け、ESG投資とSociety 5.0を結びつけるための共同研究を開始する記者会見も行いました。SDGsへの取組は東京大学が一足先の未来を見据え、社会変革を駆動しようとしていることを示す具体例だと言えるでしょう。

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UTokyo バリアフリー最前線!第14回

熊谷晋一郎熊谷晋一郎室長が
取材原稿で伝える
障害研究の現場①
ことだまくん

排除のゲームから包摂のゲームへ

経済学研究科 松井彰彦 教授の巻

人はなぜ、差別をしてしまうのだろうか。松井氏はこの問題に、ゲーム理論と呼ばれるアプローチで迫ってきた。

子ども時代は典型的な理系少年。引っ越しが多く、転校生として味わった疎外感が、今の研究に影響しているかもしれないと振り返る。日本がバブル景気に足を踏み入れつつある頃、理科I類に入学。気象学や生態学に興味があった松井氏は公害問題に関心を寄せていく。学友と議論する中で、「自然環境を考えるには人間社会を読み解く学問が必要だ」と思い、理数系の知識を活かせる社会科学を学ぼうと経済学部へ進学。当時、経済学において市場理論は完成に近づき、研究の余地はほぼ残っていなかった。代わりに、市場に限らない様々な人間関係を論理的に研究する「ゲーム理論」という新領域が注目され、松井氏もこれを専門に、と決意する。ゲーム理論では、人間関係を一種のゲームとみなし、じゃんけんのような単純なゲームのモデル化から始めて、市場理論が十分に記述できなかった様々な人間関係の記述に成功してきた。

とりわけ松井氏は、帰納的ゲーム理論の提唱者として知られている。例えば差別。私たちは、まず心の中に偏見があって、その結果、差別的行動が引き起こされると考えがちである。しかしこの理論によれば、まず人が、差別的行動を是とする社会に理由もわからず巻き込まれ、事後的な正当化によって偏見が胚胎することもあるという。このことは、内心の自由を担保しながら、行動レベルで差別を禁止する法の有効性に理論的根拠を与えるものでもある。

理論は現場との相互作用によって洗練される。松井氏は、2001年に東大に着任した視聴覚の障害をもつ福島智氏との出会いを機に、障害分野に経済学を応用する研究領域を立ち上げた。並行して、東大のバリアフリー化でも障害者雇用を中心に体制整備を行ってきた。差別だけではない。そもそもある人が障害者になるかどうか自体、社会がどんなゲームを展開しているかに依存する。例えば手話が公用語の地域では、耳が聞こえなくても障害にならないだろう。障害の問題は、こうしてインクルーシブなゲームの問題に帰着する。

ゲームを読み解き、人々の選択をバリアフリーへと水路づけるゲームを設計する――大学ならではの学知に基礎づけられたバリアフリー支援実践がここにある。

バリアフリー支援室 ds.adm.u-tokyo.ac.jp

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ワタシのオシゴト RELAY COLUMN第158回

農学生命科学研究科・農学部
教務課(専攻支援チーム)
大槻健二

出来ることは何でもしちゃいます!!

教務課で作業している写真
事務の『よろず屋』です。

農学系の教務課には、「専攻支援チーム」という名の、言ってみれば『事務なんでも屋さん! ?』が11人居ます。

大学院12専攻、関連する学部3課程(14専修)の先生方と学生各位を事務的にサポートしているのですが、筆者はチームリーダーとして、各専攻専修ごとに行っている総務・学務・予算管理などを統括しています。我がチームは、各研究室等からみれば事務的には一番親しい存在なので、教務課内の他チームや総務課・経理課と、教員や学生との橋渡し役が主な仕事とも言えるでしょう。

ちなみに筆者は30数年前にも獣医学科専用の小さな事務室で現在と同じような仕事をしていたのですが、当時、筆者と同年代の学生の一部が教授になって、また今一緒に仕事できることは何事にも代えられない嬉しさも有ります。大学の事務は本当に面白い職業だと思います。

みなさんも是非一度、農学系の事務部を訪ねて来てみてください。明るく楽しいひとときを差し上げます。

ギターを弾いている写真
愛猫とセッション中!?(ぼくの腹は白いけど背中と飼い主の腹は黒い!?)
得意ワザ:
結婚披露宴の会場全体をギター弾き語りで泣かすこと
自分の性格:
(愛読書が鉄道の時刻表なので)キメ細かい
次回執筆者のご指名:
林 貴子さん
次回執筆者との関係:
駒場での飲み仲間! ?
次回執筆者の紹介:
アクティブ150%の古墳女史
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デジタル万華鏡 東大の多様な「学術資産」を再確認しよう

第2回 情報システム部 情報基盤課
学術情報チーム
中竹聖也

「アーカイブズポータル」公開!

令和元年6月17日、「東京大学学術資産等アーカイブズポータル」(以下、アーカイブズポータル)が公開となりました。

アーカイブズポータルは、現在各部局で別々に公開されている多数の貴重な学術資産のデータを、サイトの枠を超えて一括で検索できるサイトです。公開時点で既に約15万件の学術資産が登録されており、これらをキーワード検索のほか、コレクションごと、提供部局ごと、利用条件などで絞りこむことができます。また、電子展示という、コレクションを超えた共通するテーマで学術資産を俯瞰できる機能もあります。アーカイブズポータルを覗いてみると、意外に知らない学術資産が多いことに気付くのではないでしょうか?今回の公開を機に、広く東大の学術資産の素晴らしさが伝わることを願ってやみません。

学術資産等アーカイブズポータル
https://da.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/portal/

なお、アーカイブズポータルはあくまでポータルサイトなので、実際のアイテムは各部局が工夫を凝らしたサイトでご覧いただくことになります。アイテムを見るには画面の右にある紫色のアイコンをクリック! ただし、一部のIIIF対応の画像はポータル上でも表示されます。…ん、IIIFって何…?簡単に言うと、IIIF(とりぷるあいえふ)は画像を国やシステムを超えて相互に扱うことができるようにする取り決めのことで、例えばIIIF対応の画像なら、好きな画像ビューワで異なるサイトの画像を一緒に見ることができます。また、機械的な処理がしやすいので研究等に使いやすいというメリットもあります。アーカイブズポータルも、これらの性質を利用してIIIF対応の画像を元のサイトから直接ポータル上に表示しています。

IIIFだけではなく、東大ではデータ活用を促進する先進的な取り組みをしているサイトがたくさんあります。詳細はぜひアーカイブズポータルから各サイトにアクセス! まだ生まれたてのシステムなので、何かお気づきの点があればぜひお知らせください。登録するコレクションの推薦や電子展示の提案も大歓迎です。次回からはアーカイブズ事業に関わる実際の学術資産を紹介していきますのでお楽しみに!

学術資産アーカイブ化推進室
digital-archive@lib.u-tokyo.ac.jp

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インタープリターズ・バイブル第143回

教養学部附属教養教育高度化機構
科学技術インタープリター養成部門
特任准教授
定松 淳

科学者は変わるか

というのは、昨年亡くなった科学史家の吉岡斉さんの著作のタイトルだ。『原子力の社会史』で知られる吉岡さんだが、その若き日の実質的なデビュー作である。

私がこの本を初めて読んだのは、大学院の修士課程の時だった。今大阪大学におられるHさんやNさん、そして東京海洋大学におられるKさんといった先輩方との読書会で報告を担当することになったのだ。当時科学論をまだあまり勉強していなかった私には(←完全に言い訳である)、この本は全くわからなかった。「この本は他人の考えを紹介するばかりで、面白くない」。Hさんがいろいろ反論してくださったのだが、私は「そうですかねえ」。無知とは恐ろしいものである。

しかし博士課程に入って自分の研究のなかで科学者を扱うようになり、この本のタイトルが思い出されてきた。「あれ? あの本は結局、科学者はどうだって言ってたんだったっけ?」。改めて手にとって吉岡さんの結論を探した。するとこう書いてあって衝撃を受けた。「科学知識の生産機構そのものに、自己点検機能は本質的に欠落している」(34頁)。全くその通りで、科学というシステムは知識の生産を最優先している。例えばそのためなら無償で論文の査読を行うことも厭わない。そしてその知識がどう使われるかとか、その知識を生み出した人物の倫理性だとかは二次的に扱われるのである。透徹した社会学的認識だといえる。

ところがポスドクになったころ、もう一度この本を見返す機会があって、私はもう一度衝撃を受けることになった。上の文章の後ろには更に次のような文章が続いていたのだ。自己点検機能は欠落している、だから科学知識の生産者という「役割人間からはずれたところにある、科学者の人間性だけが、社会的責任を発展させていくための、よりどころなのである」。人間性というと少し道徳的に聞こえてしまうが、要は「人間としての体験の総体」ということだ。吉岡さんはシステムを越えていくものが何であるかも見通していた。それどころかむしろそれがあの本の出発点だったのだ。

インタープリター養成プログラムもこれと同じだと思う。副専攻など履修しなくても、研究者をやっていくのに何の支障もない。しかし、自分たちの営みが社会のなかでどうあるべきなのか、それを自分で考えたいというパッションなしでは、科学がより良いものになることはない。そんな志をささやかに抱いた学生たちと、今年もまた出会えることを楽しみにしている。

科学技術インタープリター養成プログラム

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蔵出し!文書館 The University of Tokyo Archives第20回

収蔵する貴重な学内資料から
140年に及ぶ東大の歴史の一部をご紹介

資料のカタチが伝えるもの

突然ですが、問題です。この資料は誰が作成したものでしょう?

新聞記事を張り付けた資料の写真
フラットファイルに綴られた資料の写真

答えは、内田祥三元総長です(資料ID:F0004/A/3/13)。

当時の糊は澱粉糊だったはずで、少しでもつけすぎると紙が伸びてしまってきれいに貼るのはけっこう大変ですが、伸縮率の違う新聞紙と台紙とに皺ひとつつけず、かつ糊のはみ出しも塗り残しもなく、ぴたりと貼り付けていく絶妙な手さばきは特筆に値します。

また、会議資料にはびっしりとメモが付されており、記録を書記任せにせずに情報を自分で整理・記録することで、確実に消化していたことが窺われます。情報を咀嚼するとき、聞くことに集中してあえてメモを取らないという方法もありますが、内田元総長は手を動かしながら頭の中で要点を整理していたのでしょう。

評議会 昭和十八年 其二

そしてこれらの資料は、自身の名前の頭文字(U、Y) の意匠を印刷したフラットファイルに几帳面に綴られています。こうしたカタチからは、モノそのものを整理することで頭の中も整理していただろうことが推測されます。

詳細なメモ取りの習慣や系統だったファイル作りからは、基本的に「あるべき情報はすべてここにある」、言いかえれば、「ここに書かれていなければ情報がなかった可能性が高い」と推測も可能です。この、情報が「元々ない」と言えることは、意外と重要です。

このように、資料のカタチもまた多くのメッセージを発しており、それは資料の中身の理解を助けます。想像を膨らませすぎないように気をつけつつ、資料現物の持つ“書かれていない”情報もキャッチしたいものです。(准教授・森本祥子)

東京大学文書館