第1109回淡青評論

七徳堂鬼瓦

役に立つ研究

今年の3月、私は自分の研究を一般の人々に説明する機会を得た。三重県の高校生が研究室見学に訪れたとき、女子高生が「この研究室は、どのような役に立つ研究を行っているのですか?」と質問した。また、知人の結婚披露宴で、隣に座った保険代理店員は、「船津さんは何の研究をしているのですか?その研究は私達にどのように役立っていますか?」と質問した。この『役に立つ』という言葉が印象に残った。研究の学術的な意義を滔々と説明しても、一般の人には分かりにくい。確かに、役に立つという観点で説明すれば、分かりやすくなるだろう。また、この質問から、一般の人々は、研究者に『役に立つ』研究を期待しているように思われた。

この『役に立つ』という言葉を別の状況でも聞いた。4月になると新人が研究室に配属される。私の研究室では新人実習を2週間ほど行い、どのような研究が行われているか?どのようなメンバーがいるか? を知っていただく。そして、研究テーマを決める相談をすることになる。その際に、学生に「どのような研究を希望しますか?」と質問すると、世の中の『役に立つ』研究をしたいと答える学生が少なからずいるのだ。特に、薬学部は、病気で苦しんでいる人々を助けたいなどの理由で進学する学生がいるので、このような希望が出されることがある。一方、私は理工系の出身なので、自分のやりたい研究を『役に立つ』という観点から考えたことはなかった。このような学生のためには、がんの早期診断や環境問題など、『役に立ちそうな』研究テーマを提案する。

このような志向を持った学生に、細菌の遺伝子に含まれる特殊な反復配列の謎を解明しないかと提案することは難しいだろう。この如何にも『役に立ちそうもない』研究を行ったグループがいて、その結果、細菌がウイルスを排除する免疫機構の一種であるCRISPR/Cas9システムの機構が明らかになった。この発見により、人類はゲノム編集という『超・役に立ってしまう』技術を手に入れたのだ。自然界には人間の想像を超えた現象と新たな研究領域が残っており、好奇心にしたがって研究しないとその新領域に踏み込めないことがある。幸い、薬学部・薬学系研究科には、『役に立つ』研究にこだわらず、好奇心をもって研究を楽しむ学生も多い。どのような動機で研究を行うにせよ、一流の研究をすれば、最終的に『役に立ちそうだ』と私は思うのだが、皆さんはどのようにお考えだろうか?

船津高志
(薬学系研究科)