第1110回淡青評論

七徳堂鬼瓦

異分野融合研究

2006年に文科省の科学技術政策研究所から報告書「忘れられた科学-数学」が提出され、「数学-他分野融合研究を振興すべき」と結論付けられたことにより、数学と他の学問分野、また産業界との共同研究が活発化した。大学院数理科学研究科でも2013年にICMS(附属数理科学連携基盤センター)を設立し、積極的に他分野との融合研究や産業界との連携を支援している。私もICMSを通じていくつかのプロジェクト研究に参加し、医学系、農学・生命科学系の方々と共同研究する機会を得てきた。

この共同研究の中で、当初最も困ったのは「言葉」である。研究打ち合わせの中でごく自然に使われる、エクソン、プロテオーム、ChIA-Petなどの専門用語はもとより、最初はDNAと遺伝子の区別もわかっていなかった。これは相手側も同様で、数学者同士で会話を始めると、宇宙人が話しているようだと嘆息されたりもした。また、「文化」面でも、数学にはあまり縁のない動物愛護、人権保護、特許取得などに厳しい規則があり、研究討論や発表においても細かな配慮が必要で習慣の違いを感じた。

しかし、こうした言葉や文化の違いが研究上の大きな障害となったかというと、そうではない。私事で恐縮だが、20年ばかり前、フランスにひと月半ほど滞在したことがある。宿泊した施設の近くにベトナム人の主人が経営する小さな総菜屋があり、頻繁におかずを買い求め、フランスパン、ワインとあわせて夕飯を楽しんだ。主人はフランス語しか話さず、私はフランス語が全く話せなかったのだが、特に困ることはなかった。主人は売りたい、私は買いたいのであり、目指すところが一致していたからである。融合研究でも同様で、目指すところが同じなら言葉や文化の違いは何とでもなる。

自分の知らない最先端の世界に触れることはわくわくする体験であり、自分の身につけた知識や手法がその世界で活躍するのを見るのはとても嬉しいことである。これからも分野を超えた共同研究がますます推進され、特に若い方々がこうした研究に積極的に参加できる環境が整うことを期待している。

時弘哲治
(数理科学研究科)