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第36回

教養教育の現場からリベラル・アーツの風

創立以来、東京大学が全学をあげて推進してきたリベラル・アーツ教育。その実践を担う現場では、いま、次々に新しい取組みが始まっています。この隔月連載のコラムでは、本学の構成員に知っておいてほしい教養教育の最前線の姿を、現場にいる推進者の皆さんへの取材でお届けします。

日本にいる移民と教育を受ける権利の関係は?

/全学自由研究ゼミナール「多文化社会と教育―移民の子どもたちをめぐる現状と課題の理解」

お話/社会連携部門
特任講師
髙橋史子
髙橋史子

――着任したばかりだそうですね。

9月までは教育学部の助教でした。東大ではこれが最初の授業です。自分が学生時代に受講した全学自由研究ゼミナールを担うとは感慨深いです

私は移民の教育に関する国際比較を専門としています。今回は、移民の子どもの教育にはどんな困難があり、どういう取組みがなされてきたのかを理解するための授業を、と考えて企画しました。全13回のうち、第8回までは教科書をベースにして移民の教育に関する知識を学びます。毎回課題の章を決めて学生に読み込んできてもらい、授業で内容を深めます。第9回以降は、各々が気になるテーマを決め、関心が近い者同士でグループを組み、グループワークでリサーチ活動と発表を行った後、レポートを書く、という流れです

教育の権利は国民だけのもの?

――日本にいる移民の子どもの教育にはどんな問題があるのでしょうか。

他の先進国では国民以外にも教育を受ける権利を認めている場合が多いんですが、日本では、教育を受ける権利が国民にのみ保証され、外国籍の子どもには保証されていません。もちろん行政も対応を進めていますが、移民の子の教育は、自治体や現場の教員たち、地域のNPOやボランティアの努力に支えられてきた面が大きいといえます。一方、国は外国人労働者の受け入れを拡げており、今年は「移民元年」と呼ばれています。受け入れ制度の整備なしでの受け入れ拡大では、学校現場の混乱だけでなく、不就学や低学力を招きかねません。この現状と課題は多くの人が共有すべきだと思います

――いろいろ知りませんでした。では授業で留意していることは何でしょうか。

授業ではなるべく具体的な事例に触れてもらうようにしています。教科書の学習など、抽象的な面の理解には強いので、少しでも具体的な理解を促そうと心がけています。第9回以降のグループワークでは、NPOや学校や企業など、問題設定に応じて最適な訪問先を自分で決め、自分でアポを取って行動することを課す予定です

移民教育に反対する人も含めて

――今後の展開で考えていることなどはありますか。

日本では、日本人であることで生じるメリットと外国人であることで生じるデメリットがあり、メリットを享受している側はその点に無自覚になりがちです。たとえば、移民教育には反対だという学生もいるでしょう。来年度はそうした違う意見を持つ学生も巻きこんできちんと議論できるようにしたいと思っています。違う価値観を持つ学生も参加できるような工夫を心がけます

教育に限らず、法律、医療、労働など、多文化社会としての日本の課題というテーマに拡げようかとも考えています。関連するNPO、外国人労働者を多く雇用している企業、ジャーナリストなど、学外の皆さんにも加わっていただいて、学生とともに議論する場を設定したいと思っています。社会連携部門の一員として授業を開いた形にしたい。ブランドデザインスタジオのような企業とのコラボレーションの形も探っていくつもりです

第4回では、フィリピン人女性、日系ブラジル人、ネパール人留学生の就労と教育への影響を、ホワイトボードで各自が発表&質疑応答。ジグソー法により、全員が3テーマに詳しくなれる仕組みでした
スケジュール(2019年度Aセメスター)
1 ガイダンス・国際移動と日本社会
2
日本社会の多文化化
オールドカマー、ニューカマー、海外帰国者、留学生
3-5
移動する子ども・若者の生活世界
家庭、学校、地域、労働市場、トランスナショナルな生活世界、グローバリゼーションと教育格差
6-8
多様性の包摂に向けた教育
アメリカの多文化教育、多文化共生と日本の教育、外国人学校、オルタナティブな教育
9-12 グループ決め、グループリサーチ
13 グループ発表
移民から教育を考える

授業で教科書に使っている書籍『移民から教育を考える』(額賀美紗子・芝野淳一・三浦綾希子編/ナカニシヤ出版/2019年9月刊)には、髙橋先生の論考とコラムも

教養教育高度化機構(内線:44247)KOMEX

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部局長だより~UTokyo 3.0 を導くリーダーたちの横顔~第4回

経済学部・教養学部

IT社会のニーズに応える経済学へ

経済学研究科長・経済学部長 渡辺 努 趣味: 人間観察

創立百周年の節目の年に就任しました。近年、経済学は従来の形に収まらなくなってきています。背景にあるのはITの進展です。ビッグデータで新しい研究手法が可能となり、経済学の中身が変わりつつある。学部長としてその対応を推めたいと思っています。

昔は文二からの進学ばかりでしたが、今では約1割が理系から。学生のニーズも変わり、機械学習の手法で経済現象を分析する人も増えています。そこで、Amazonで新商品のプライシングなどを担ってきた先生、金融の現場で高度な取引手法を開発してきた先生など、現代社会で経済学がどう活用されているのかを伝えられる教員を学外から招き、教える側の多様性を広げています。

EBPM(Evidence Based Policy Making)への貢献も重要です。昔と違い、今はデータに基づいた政策立案と効果測定が必須。2017年発足の政策評価研究教育センター(CREPE)は、因果推論などの経済学の知見を用いた評価手法を開発し、自治体などの相談に応じています。将来的にはCREPEの技術を活かしたコンサル会社の起業も視野に入れています。大学では扱いにくい案件でも、会社なら扱えます。そうした展開は社会のニーズに応えることに繋がる。次の百年に向け、経済学部は従来の枠を超えて開かれた形に変わりつつあります。

学生を刺激する試みを始めています

総合文化研究科長・教養学部長 太田邦史 趣味: テニス

教養学部には、碩学が大所高所から学問の神髄を若者に伝えるという基本理念があります。この理念から今年度生まれた授業が、「アドバンスト理科」。従来より高度な最先端の科学を少人数講義で伝える試みです。国際科学オリンピックで活躍するような学生の中には授業に物足りなさを感じて海外の大学に移る例もありましたが、先進科学研究機構を中心に優秀層の学生を刺激し始めています。現在は量子コンピューターや生命進化などの3科目ですが、徐々に充実を図っていきます。文系でも、駒場の国際卓越大学院や連携研究機構を活用する形で、同様の試みを整備中です。

海外の一流校に比べると物足りない芸術分野の教育も重要なテーマと捉えています。海外の研究者との交流では痛感しますが、自由七科にも含まれていた音楽などの芸術の要素は、真の国際人として必須です。芸術創造連携研究機構の責任部局として、実技などの授業も始めています。まだ十分には知られていない「Go Global Gateway」の普及をはじめ、普通の学生の力が覚醒するような工夫を仕掛けたいですね。

施設面では、改修中の第二体育館が来年度完成予定です。駒場図書館の2期棟や駒場博物館などがどうなるのかも含め、新たな70年の扉を開いた教養学部にご期待ください。

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シリーズ 連携研究機構第22回生命倫理連携研究機構の巻

赤林 朗
話/機構長
赤林 朗 先生

生命倫理の学際的研究共同体に

――生命倫理とはどういうものをいうのでしょう。

再生医療、ゲノム医療、AIやビッグデータを用いた診断法の開発など、現代の先端科学技術は、Qualityof Lifeの向上に寄与する一方、従来はなかった難問を出現させています。たとえば、ヒトのゲノム編集は目的が病気防止ならOKで外見変更ならNGなのでしょうか……。こうした問題を考えるには、医学、生理学、薬学、哲学、宗教学、法学、情報学、工学、教育学など多分野の知見を総合する必要があります。本機構は、学内外の知を総合して生命倫理の問題に取り組み、社会に成果を還元するために、医学系研究科ほか13の部局から19人の教員が参加して10月に発足しました

――具体的にはどんな活動を行うのですか。

ゲノム編集、生殖補助医療、臓器移植、終末期医療における倫理など、ライフサイエンス・医療技術が社会にもたらす様々な倫理的・法的・社会的諸問題(ELSI: Ethical, Legal and Social Issues)に関する研究を推進します。ヘイスティングス・センター(米国)、シンガポール国立大学生命・医療倫理センター、オックスフォード大学エソックス・センター(英国)など、国際ネットワークを活かした共同研究に力を入れ、将来的には広義の生命倫理も視野に、医療に限らず人間のwell-beingに関わる諸問題に取り組みます。また、生命倫理に関する教材を開発して学生への教育機会を提供するとともに、一般向けのシンポジウムや講演会、ワークショップなどを通じて、生命倫理に関する喫緊の問題に関する研究成果を社会へ還元していきます

もう一つ特徴的な活動は、生命倫理関連の所蔵資料を体系的に分類・保存する情報センターの運営です。オンラインジャーナル「CBELシーベル REPORT」を刊行し、国際発信力を持つウェブサイトを構築するなど、生命倫理の知の創造の場を形成します

CBEL REPORTと書かれたオンライン・ジャーナルの表紙

――CBELといいますのは?

機構の前身である医学系研究科の生命・医療倫理教育研究センター(Center for Biomedical Ethics and Law)の頭文字です。従来は医学系だけで行ってきた活動を全学に拡大するのが本機構です。この分野では、研究成果を迅速に公表する場が少ないことが指摘されており、当面は情報センターの整備に注力します。すでに生命倫理の図書館としてはアジア一の規模ですが、学内外から人が集まり、生命倫理に関する学際的な議論の成果が次々に世に出ていく、生命倫理の情報発信基地の機能も担いたいと考えています

http://cbel.jp

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ワタシのオシゴト RELAY COLUMN第162回

大気海洋研究所附属
国際沿岸海洋研究センター 事務室係長
佐藤克憲

大槌町にて一般公開施設を整備中!

整備に関わる「おおつち海の勉強室」前にて

私の現在の職場である大気海洋研究所附属国際沿岸海洋研究センターは、沿岸海洋学に関する基礎的研究を行うことを目的とした、全国の研究者のための共同利用・共同研究拠点です。2011年3月の東日本大震災により甚大な被害を受けましたが、研究活動は継続され、2018年2月に研究実験棟、宿泊棟が、それまでよりも海抜の高い所に再建されました。

私が所属する事務部では、主にセンターの維持管理関係と、共同利用・共同研究のサポート関係の2つの業務を行っており、私自身は、前者では予算や人事の管理等を、後者では宿泊棟の入退去管理等を行っています。これまでのキャリアの大半が学生支援系の業務であった私にとっては、着任後1年半が過ぎても新しく覚えることが多く、大変ながらも充実した毎日を過ごしています。

また、今はそれに加えて、2020年度前半に開室予定の一般公開施設「おおつち海の勉強室」の整備にも関わっています。この施設は当センターが震災以降重点を置いている、地域との交流の柱になるものであることから、充実した中身にすべく、教員と協力して取り組んでいるところです。

勉強室内。来年度以降是非一度お越し下さい
得意ワザ:
強いて言えば「宴会・イベント企画」
自分の性格:
のんびり屋なものの、変なところにこだわる
次回執筆者のご指名:
畠山良一様
次回執筆者との関係:
学生支援系の大先輩
次回執筆者の紹介:
義理人情に厚い葛飾人
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東大アラムナイ通信 卒業生と大学をつなげるプラットフォーム第4回

社会連携部卒業生課米山裕子 米山裕子

近隣の皆様も集うホームカミングデイ

今年で第18回を迎えたホームカミングデイは、講演会や模擬店の出店、見学ツアーなど本郷キャンパスだけで100近い企画が開催されました。

「ホームカミングデイ」と聞くと卒業生向けの祭典でしょ? との声が聞かれますが、答えはNO。事務局では昨今「卒業生に限らずどなたでもお楽しみいただけるイベントです」と広報しています。実のところ、来場者の4人に1人が本郷界隈から来場する方です。そして家族を連れて来場される卒業生も多く、子どもや地域の方が楽しめる企画を充実させるべく、事務局として智恵を絞っています。

たとえば、地域との繋がりという観点からは、「本郷小学校による合唱演奏」や松田陽 人文社会系研究科准教授の解説で「懐徳館庭園(名勝指定)を巡るツアー」を初めて実施しました。また、スポーツイベントやCM・映画等の出演で注目される本学出身の「彩sai」による和太鼓パフォーマンス、卒業生サポーターによるワークショップ「小学生から始める経営学+お仕事パネル」を開催するなど、様々な世代の方が関心を持てる企画づくりに取り組みました。他にも、理学部による「家族で体験理学のワンダーランド」や文学部による入試改革も絡めた「ことばの危機」と題した講演会も注目を集めました。各部局が企画した今年の講演会は、どれも一般にも開かれた魅力的なテーマ設定だと感じました。来場者の中には、初めてキャンパスに足を踏み入れた方も多く、新たな東大ファンを呼び込む場ともなっています。企画の多くは部局や同窓会により成り立っていますが、事務局でも本イベントを充実すべく、今アツい人に声がけしています。

工学部2号館2Fフォーラムで行われたバルーンアートの体験教室

ホームカミングデイは研究・教育を広く、地域や卒業生はじめ社会の人に知ってもらう機会です。取り組みを知ってもらいたい学内の方へ! サポートしますので当課まで連絡ください。来年以降はポスター展示や講演などができればと考えています。

最後にこの場をお借りして各企画を運営していただいた皆さまに厚くお礼申し上げます。来年は10月17日(土)に実施予定です。どうぞ今後ともごひいきに。

東大アラムナイ www.u-tokyo.ac.jp/ja/alumni/

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インタープリターズ・バイブル第148回

理学系研究科准教授
科学技術インタープリター養成部門
鳥居寛之

自然災害と地球温暖化

今年の夏は猛暑であった。そして自然災害が猛威を振るった年でもあった。わが国では相次ぐ台風による大規模な被害が記憶に新しい。

異常気象という言葉が日常になり、数十年に一度の災害が毎年頻発する背景に、地球温暖化が関係していようことは、誰しもが実感として薄々感じていることであろう。1990年代当時はまだ信頼性も十分でないとして温暖化には懐疑論も聞かれたが、もはや科学的に疑問の余地がないことは、モデル計算の精緻化、そして何より観測データから明らかである。過去100年以上にわたる毎年の世界平均気温について、トップ5は直近の過去5年であり、今世紀に入ってからの18年間は全てトップ20に含まれているのである。産業革命以来、すでに地球の平均気温は1度近く上昇している。今後これを1.5度あるいは2度以内に抑えるためには、CO2の排出を削減どころか、遅くとも2050年までに実質的にゼロにしなければならないという。

欧州をはじめ世界では危機感を持った人々の間で、CO2排出の多い飛行機を避けて鉄道で移動しようとのキャンペーンが広がりを見せ、未来の地球環境を守れと訴える若きグレタさんの活動が共感を呼んでいる。世界の金融も、環境に配慮しない企業から投資を引き上げる流れが加速する。

治安上最も安全かつ災害上最も危険と指摘される我が国において、メディアでは繰り返し、災害時に命を守る行動を呼びかけてきた。しかしなぜか、災害が頻発する遠因、すなわち地球環境の変化に関する問題提起はほとんど聞かれない。日本で危機意識が共有されないのはなぜだろうか。自然の脅威には逆らえないという日本人の宗教観からくる諦めか、あるいは難しいことはお上に任せておけばいいと考える国民性特有の当事者意識のなさか。

原発事故以来、資源に乏しい日本では天然ガスの輸入が急増し、石炭火力発電所の新設計画が世界的批判を浴びつつも環境大臣のセクシー発言でお茶を濁すなど、エネルギー政策は手詰まりの状況にある。再生可能エネルギーも太陽光に偏って急増してきたものの、固定価格買取制度の見直しで転換点にもある。

持続可能な将来をどう描くのか。一人一人が自分事として環境問題を認識し、将来への具体的な対策を考える必要がある。そのために科学コミュニケーションに課せられた役割は何か。実践力が問われている。

科学技術インタープリター養成プログラム
science-interpreter.c.u-tokyo.ac.jp

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専門知と地域をつなぐ架け橋に FSレポート!

第3回
文科一類1年武藤彰宏
工学部3年深谷麻衣
工学部3年山田康祐

青パト隊を高齢地域の交通手段に

我が国の人口が減少局面に入っている中、とりわけ、人口減少や高齢化が著しい中山間地域では、地域や産業の担い手不足や地域のコミュニティ機能の低下など数々の課題を抱えています。私達が担当している鹿児島県錦江町においても同様です。特に今回のプログラムのフィールドである宿利原やどりはら地区は、2018年10月1日時点での老年人口割合が54.9%と高齢化が進行し、ある意味で日本の最先端地域と言えます。

サロンでの聞き込み調査

この地域における喫緊の課題は、①免許を返納した高齢者の交通手段が不足している点、②ボランティアの青パト隊(地域の見回り活動)の持続可能性が不透明な点、の二点です。「青パト隊員を運営主体としたシェアカーあるいは乗合タクシーを導入することで、2つの課題を同時に解決できるのではないか」という仮説を立て、8月の現地活動では、ヒアリングを中心とした詳細な実情把握と仮説の検証に努めました。

といっても、現地活動で行うにあたり、地域の方々に顔を覚えてもらうことが優先事項です。現地活動のはじめ、灼熱の太陽に照らされながらグラウンドゴルフ大会に参加したことや汗水をたらしながら納涼祭の準備をしたことは、今となっては良い思い出です。グラウンドゴルフ大会や納涼祭でのエピソードは、ヒアリングを行う際の話のネタにもなりました。また、ヒアリングと一口に言っても、

青パト隊パトロールの同行

地域のサロンに参加して一緒に体操をしながらであったり、コミュニティバスに同乗しながらであったり、移動販売車に同行しながらであったり、青パト隊のパトロールに同行しながらであったりと様々な方法で行いました。そのように現地活動を進めていく中で、「顔馴染み」である地域の方が増えていっているように感じ、確かな手応えを得ました。

今後の活動では、現地の方々の需要に見合った交通システムの提案をできたらと思っています。

フィールドスタディ型政策協働プログラム
www.u-tokyo.ac.jp/ja/students/special-activities/h002.html