第1114回淡青評論

七徳堂鬼瓦

英国に学ぶ戦略的コミュニケーション

外交政策の意図を正確に伝える、もしくは有利に進めるためには、コミュニケーションをうまく使いこなす必要がある。これを近年は、戦略的コミュニケーションと呼び重要視する国が多いが、元来、これはそんなに簡単なことではない。

そもそも、コミュニケーションが「戦略的」であるとはどういうことだろうか。国家の言説や行動が、国家の目標の優先事項に照らして一貫性のあるメッセージを発しており、国民や世界の支持を得やすいように構築されているということだ。

この分野では最も経験が深く、また、コミュニケーションを有利に展開するための明確な政策と制度を有しているのが英国である。2018年3月に起こったノビチョク事件を例に挙げてみよう。これは、ソールズベリーで、ノビチョク神経剤により元ロシアダブルスパイとその娘が意識不明になり、英国一般市民が一名、巻き添えになり死亡した例である。この時、英国政府は、当初より疑われていたロシアの関与をすぐには公表せず、まず、危機管理を司るコブラ委員会で、法に則る行動と、ルールに基づく国際秩序の強化という方針を決めたのである。まず、刑事手続きと諜報活動により実行犯と神経剤を特定し、さらに化学兵器禁止機関の審査手続きを経て国際機構の信頼性を向上させた。その上で事件の責任の所在を国際社会や国民に対して公開したのである。コミュニケーションにより、英国政府の信頼性を維持し、殺人など国境を超えた違法行為から法の秩序を守ろうとしたのである。

英国では、政策とコミュニケーションとイメージ作りは一体のものとされ、政策決定の過程でコミュニケーションの仕方も同時に考えることが制度上も担保されている。本事件では、政府全体の方針がトップダウンで決められ、コミュニケーションの専門家が政府の政策を支えた。英国政府では政府を挙げて政治コミュニケーションの専門家を育成しており、外務・英連邦省のみでも250名が勤務する。英国の大学も戦略的コミュニケーションの専門プログラムを設立するなど、人材育成に積極的である。

青井千由紀
(公共政策学連携研究部)