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第37回

教養教育の現場から リベラル・アーツの風

創立以来、東京大学が全学をあげて推進してきたリベラル・アーツ教育。その実践を担う現場では、いま、次々に新しい取組みが始まっています。この隔月連載のコラムでは、本学の構成員に知っておいてほしい教養教育の最前線の姿を、現場にいる推進者の皆さんへの取材でお届けします。

「戦争」と「投稿」を切り口に雑誌研究の世界へ

/全学自由研究ゼミナール「文学と雑誌―日本近代小説と雑誌を中心とする活字メディアの関係を探る」

お話/初年次教育
部門 准教授
谷本道昭
谷本道昭

――前職も駒場だそうですね。

総合文化研究科言語情報科学専攻の助教時代に初年次ゼミナールの授業を行ったのが一つの契機となり、4月に初年次教育部門に着任しました。初年次ゼミの文系科目の運営を行いながら自分の授業を受け持っており、その一つが「文学と雑誌」です。私は専門がフランス文学で、オノレ・ド・バルザックの作品を初出掲載時のコンテクストと関連づけて読む研究を進めてきました。実はバルザックは自身も印刷業を経験しており、出版やメディア抜きには語れない作家なんです

日本の近代雑誌史を文献で学ぶ

――フランス文学の授業なんですか。

いえ。日本文学の作品が雑誌に掲載される経緯とその後を調べて発表する授業を前学期に実施し、今回はその延長で、雑誌自体に着目する授業を企画しました。専門領域の研究の初歩を学ぶという初年次教育全体の志に沿っています。駒場図書館や日本近代文学館にある一次資料に触れる経験をしてもらう意図もありました

まず近代の雑誌史を学ぶため、明治新聞雑誌文庫や駒場図書館で活躍された永嶺重敏先生による雑誌研究の基本書を精読しました。軍人の肖像写真や海戦場面の版画などで人気だった戦争実記という枠組みを転用して誕生した『太陽』を中心に、雑誌の出自と掲載作の主題の重なりを学生に知ってもらいました

――『太陽』は戦争賛美の雑誌ですか。

戦争関連作が多いですが、泉鏡花の「海城発電」のように、国際的な視点から戦時下の複雑な問題を批判的に捉えた創作もある。賛美側と批判側の両者を取り込もうという商魂が見えました。ただ、雑誌の覇権は『太陽』から『中央公論』、婦人雑誌、『キング』と移ってより大衆的になり、文学色は薄れていきます

「二流」の投稿雑誌『若草』とは?

そこで次に参照したのが1925年刊の『若草』です。主に女性読者が文学的に綴った文章を送って男性作家が選評する投稿雑誌としてスタートしました。そこにジェンダーの構造や雑誌が示そうとした女性像が見えるという慶應義塾大学の小平麻衣子先生の編著による分析を、学生が日本近代文学館で入手してきた当時の誌面と照らし合わせながら確認しました

――執筆陣にはどんな作家が?

片岡鉄平、南部修太郎など、現代人はほぼ知らない、忘却された作家たちです。たとえば南部は、女性は感傷的センチメンタルな生き物で、書き方も読み方も感傷に引きずられがちだと誌面で説教しています。一方、北川千代という女性作家は、あくまで感傷的な主題にこだわった創作をしている。女性の感性をどう文学に昇華するかというテーマが議論されていた気がします

そうした学びを経て各自がテーマを決め、最終報告を行います。実際の雑誌研究ではなく実現可能性のある研究計画の発表です。「日本における文化と社会運動の区別について」、「雑誌『女人芸術』と尾崎翠」、「少女といふ花園」、「『戰旗』の投書欄に見る『戰旗』と民衆の関わり」といった題目が提出されています

かつては雑誌こそが文学の一番の現場でした。昔の雑誌のデジタル化が進む現代では、従来と違う新しい読み方も可能になるでしょう。来年度も活字メディアを扱う授業は続けたいと思っています。文学雑誌だけでなく科学雑誌など他分野の雑誌も取り上げられるといいですね

❶『太陽』創刊号(1895年)の表紙。SUNのNが逆版になっているものもありました。
❷授業で用いた『若草』の誌面コピー。後には投稿頁が減って普通の文芸誌に変貌し、川端康成や井伏鱒二や太宰治なども寄稿するように。
❸❹学生たちによるプレゼン資料より。『ひまわり』『戰旗』『女人芸術』『改造』など、時代の空気を反映した様々な雑誌が研究対象に選ばれていました。
「雑誌と読者の近代」と「文芸雑誌『若草』」の表紙

『雑誌と読者の近代』(日本エディタースクール出版部/1997年)
『文芸雑誌『若草』』(翰林書房/2018年)

教養教育高度化機構(内線:44247)KOMEX

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部局長だより ~UTokyo 3.0 を導くリーダーたちの横顔~第5回

教育学部・薬学部

渋谷区と「子ラボ保育園」を始めます

教育学研究科長・教育学部長 秋田喜代美 趣味: 絵本

70周年を迎えた教育学部は、理三を除く全科類から多くの学生を迎え入れ、学生も教員も女性比率が全学で一番高い部局です。乳幼児、高齢者、障害のある方など、幅広い層を対象とする研究活動も特徴。東大でダイバーシティといえば本学部だといえるでしょう。

今年度、教育研究創発機構の下に海洋教育研究センターを加えました。環境保全教育の重要性の高まりに即し、海洋アライアンスの教育機能を移した形です。学部教育では、新しい価値を生む創造性につながる芸術系の授業を学部共通科目として整備。研究科では、9月に国際卓越大学院(WINGS-CER)を開始し、提携大学との国際交流等を進めています。来春には、多様性を重視する渋谷区とのコラボで区立保育園に研究室を新設します。通称、「子ラボ保育園」。各種センサーやICT機材を設えて保育園自体を研究し、街づくりの拠点としても機能する場です。学術研究のための保育園は本邦初でしょうね。社会のあらゆる場面につながるのが教育です。基礎研究と実践を往還しながら教育的なマインドを持って行動する学生を育成していきます。

振り返れば、戦後の公教育の砦となってきた本学部ですが、昨今の教育のビジネス化は危惧すべき事態です。東大の教育のプレゼンスを上げ、公教育の価値を堅持したいと思います。

Human Healthという究極の目標へ

薬学系研究科長・薬学部長 一條秀憲 趣味: ソロキャン

薬学部は、ヒトの体に直接作用する「薬」を扱うのに必要な「物質の科学」と、疾患メカニズムを解明する「生物の科学」の融合による、新しい学問領域の開拓と応用を目指しています。最大の特徴は、基礎研究を重視しながらHuman Healthという究極の目標に向かっていることです。連携する「創薬機構」では本格的な創薬研究も進行しています。生命科学というぶれない軸を保ちつつ育成人材は多様性に富み、アカデミアはもとより、製薬企業や医療行政機関等に有能な人材を輩出。6年制の薬学科では社会の要請に応える先導的薬剤師を養成しています。施設面では、使用頻度が減少したラジオアイソトープ施設を廃し、レンタルスペースに転換。さらに、本年3月の竣工を目指して新講堂を建設中です。

近年、組織的に進めてきたのは、リソースを無駄なく効率的に使うための機器共用化です。文科省の支援を得て6年前に「ワンストップ創薬共用ファシリティセンター」を設置し、質量分析器や共焦点顕微鏡などの先端機器を、他の研究室はもちろん、他研究科や学外の研究者も使えるように整備しました。専任のセンター員が保守を担い、機器の無駄な重複をなくし、課金制度と使用ルールを徹底することで、学内で最も成功した共用施設の一つに育ちつつあると自負しています。

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シリーズ 連携研究機構第23回「インクルーシブ工学連携研究機構 RIISE(ライズ)」の巻

川原圭博
話/機構長
川原圭博 先生

技術の恩恵を皆が享受する社会へ

――インクルーシブ工学。……初めて聞きました。

工学にはデバイス、環境技術、機械、電気……と幅広い分野があります。AIや情報を接着材として各分野の技術を束ね、包摂的な社会を実現したいという大久保達也工学系研究科長の思いを具体化するため、機構長の任に就きました。現代では資本主義が技術を駆動する面があります。企業は儲けのために技術を磨き、金を出す人だけが技術を享受できる。でも、技術は本来、皆のものです。社会の様々な格差を縮めるために工学の技術を活用するのがインクルーシブ工学です

――情報×工学でSDGsを実現するわけですね。

その一手として設置したのが、メルカリの研究部門R4Dと組んだ価値交換工学連携研究部門です。他の人にとって有用となる不用品は数多く、フリマアプリは価値交換の場として人気ですが、多くの人は、自分の値付けや、届く商品の状態などに不安を感じることも少なくないと思います。でも、AIを使えば価値交換はより上質なものになるはずです。メルカリだけでなく、現代では様々な価値交換がスマホなどで行われています。未来の価値交換の姿を5年かけて探ります

――メルカリと提携したきっかけは何でしたか。

創業者で社長の山田進太郎さんが学生時代の友人で、無線給電のオフィスや、空気を抜くと鞄に入る乗り物(poimo)などの共同研究を行ってきた縁があります。ただ、価値交換工学だけではありません。未来社会の様々な姿を想定し、それに対応する研究部門を増やす予定です。たとえば、服のサイズはS-M-Lが普通ですが、スマホで体型を撮り、画像処理とCGモデリングと編み機制御の技術を合わせれば、規格外の人にも最適な服を作れる。衣・食・住を見据えながら、ゲームチェンジングな企業とインクルーシブ工学を進めます

2月には安田講堂でキックオフシンポジウムを行い、工学系の染谷隆夫先生、先端研の稲見昌彦先生ほかの運営委員が登壇予定です。総長や、企業、自治体の幹部にもお声がけしました。poimoについても都のような自治体と組んで実証実験をしたいですね。起業精神が強い学生にフィールドを提供するのも機構の役割です。自分の技術で社会を変えたい研究者は誰でも歓迎。ビジョン策定や企業への営業の支援もしますよ

――ロゴは青と黄の針金でしょうか。

RIISEと書かれたロゴマーク

6部局を束ねて包摂的な社会を目指すことから、六角形をリボンで包む姿です。形は複数あり、ホームページを読み込むたびに違う形が表示される予定です。お楽しみに

www.riise.u-tokyo.ac.jp

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ワタシのオシゴト RELAY COLUMN第164回

工学系・情報理工学系等事務部
国際推進課上席係長
高野 稔

工学部8号館117号室から

いつもの座席から

工学系研究科には、バイリンガルキャンパスの構築と国際化教育、工学教育の基盤強化等を推進するための附属施設として国際工学教育推進機構が設置され、同機構に置かれた国際事業推進センターに事務の国際推進課が位置付けられるなど、ユニークな組織が構成されています。

私は現在その国際推進課で勤務しており、主にJICA(独立行政法人国際協力機構)との契約で受入れた研修員(留学生で現在20名が在籍)の支援、留学生経費配分及び国際工学人材育成基金(昨年渉外部門の方々に多大なご協力をいただきました)関係の業務などを受け持っております。

研修員関係では、指導教員の方々、研究室や専攻の留学生担当、財務課及び学務課の方々からのご協力を頂きながら経費精算の資料等を作成し、また留学生支援チームと連携して関係の方々への情報発信、JICAのご担当の方との連絡調整や奨学金支給業務等を進めています。担当者として、研修員の方々が本研究科での修学を経て、今後様々な研究分野でご活躍されることを願っております。

最後の1レップが重要
得意ワザ:
強いていえばベンチプレス
自分の性格:
まじめ
次回執筆者のご指名:
坪山彰子様
次回執筆者との関係:
同じ留学生支援業務担当です
次回執筆者の紹介:
とても仕事熱心な方です
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東大アラムナイ通信 卒業生と大学をつなげるプラットフォーム第5回

社会連携本部卒業生部門
特任専門職員
梶野久美子

思いを形にする、貢献を実現する

以前本コラムでお伝えした「東大校友会サポーター制度」は、後輩たちに自身のスキルや経験を還元したいと考える卒業生のボランティア制度ですが、彼ら以外にも大学に貢献している卒業生や在学生がたくさんいます。

2010年から始まった「海外大学院留学説明会」のメンバーもそうです。当時、本学から海外に留学する学生が増えないのは、海外留学の情報が少ないことが大きな理由であると考えた卒業生が、自分たちの留学経験談を学生に伝えようと企画・開催してきました。彼らは海外大学院留学を進めるのではなく、後輩達がキャリアや人生を考える上で、ひとつの選択肢として海外大学院進学に関する情報提供を目指しました。

参加した学生から好評だったため、以後、毎年夏と冬の2回開催し、10年が経過した今では、説明会に参加して留学を決めたという学生が増えつつある一方、過去の参加者が留学を経験し、説明会の講演者やパネリストとなる好循環も生まれています。

このような活動は、海外における本学の評価向上や学生の人材育成にもつながると言えます。

オープンキャンパスで設けられた校友会の質問コーナー

また、夏に開催した「高校生のためのオープンキャンパス」で、一役買ってくれたのは教養前期課程から大学院生までの学生たちです。未来の東大生に向けて「センパイに聞いてみよう」という質問コーナーを設けました。東大に興味のある高校生を相手に、受験当時の参考書を持参して勉強法を語った学生、進路選択から現在の研究に至った事を話す学生など、高校生と受験時代の自分の姿を重ね合わせ、熱心に対応していました。オープンキャンパスに訪れた高校生にとっても、頼もしい先輩として記憶に残ったのではないでしょうか。

私たちは卒業生と在学生とのつながりを、大切にしたいと考えています。大学への貢献のバトンが未来につながるよう、今後も様々な視点で取り組んでいきます。

東大アラムナイ www.u-tokyo.ac.jp/ja/alumni/

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デジタル万華鏡 東大の多様な「学術資産」を再確認しよう

第8回 教育学研究科・教育学部
図書チーム 係長
白石 慈

「デジタル富士川」の可能性

教育学研究科・教育学部図書室が所蔵する「富士川文庫」は、医学博士・文学博士の富士川游(1865~1940)の旧蔵書のうち、江戸後期~明治期の教科書や教育関係資料です。『日本医学史』などの著作がある富士川博士は和漢の医学書や西洋医学書を蒐集し、現在では大変貴重な資料となっています。蔵書の医学書類の多くは、京都大学図書館機構や慶應義塾大学メディアセンターに所蔵されています。

当室の資料には初等教育の教科書である「往来物」のほか物語や教訓、絵本などが含まれ、当時の社会や文化を研究する上で重要な資料です。1998~1999年度に172件の電子化を行い、東京大学附属図書館「電子版貴重書コレクション」で公開してきましたが、2018年に東京大学デジタルアーカイブズ構築事業の一環としてIIIFで再公開しました。

『繪本庭訓往來』

資料の中には葛飾北斎が挿絵を描いた『繪本庭訓往來』などもあります。美術館等の展示ではケース越しにしか見られない資料を、デジタルでは自宅や研究室で好きな時に好きなページを好きなだけ、気になるところは拡大して見られます。どうです、ちょっとわくわくしませんか?

先に「富士川文庫」は京都大学や慶應義塾大学にも所蔵があると書きました。両大学は2018年9月28日に「富士川文庫デジタル連携プロジェクト」の試行サイトを公開しました(http://www.kulib.kyoto-u.ac.jp/rdl/digital_fujikawa/ )。

「富士川文庫デジタル連携プロジェクト試行版」サイト

このプロジェクトは複数大学が所蔵する「富士川文庫」を一堂に公開し、日本医史学の研究・発展に寄与することを目的としています。また分散コレクション仮想統合の一例を提示する役割も果たしています。当室は2019年2月にプロジェクトに参加し、3大学の合計公開資料件数は2019年4月現在5,665件となっています。現在は、應義塾大学所蔵分がデジタル化され順次公開されています。まとまったコレクション資料が広く公開されることで、今後新しい発見やこれまでとは違った方向の研究が生まれるかもしれません(https://iiif.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/repo/s/fujikawa/)。

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専門知と地域をつなぐ架け橋に FSレポート!

第4回
文科一類2年相田健志
経済学部4年前川拓実

地に足の着いた政策を

私たち山形県鶴岡市担当はこれまで合計3回の現地調査を行ってきました。簡単に担当地域の説明をすると、現在の鶴岡市は平成の大合併の際に誕生した「新」鶴岡市で、そのうちの旧櫛引町の範囲にあたる櫛引地域を中心に活動しています。櫛引地域は海側を山に遮られていることから古くから果物栽培が盛んで、現在も一つ一つの種類は少量ながらも多品種の果物が通年を通して栽培されており、さくらんぼ狩りやぶどう狩りなども楽しめるなど美味しい魅力で溢れる地域です。

櫛引の美味しいもぎたてぶどうをいただくチーム

近年、鶴岡市は世界一のクラゲ水族館として知られる加茂水族館や、日本遺産にも登録されている修験道の聖地出羽三山を始めとして観光面で国内外から注目を集めています。櫛引地域も「フルーツランド」を核とした観光政策を中心とする地域振興策を検討しており、私たちはその策定のお手伝いをさせていただいています。インバウンド観光客の増加などによって日本国内の観光業の活況が叫ばれて久しくなりますが、それらは古くからの観光地が中心であり、新規参入は難しいのが現状です。そこで、私たちは櫛引地域の魅力度向上のみならず、鶴岡市内や庄内地方、他の東北各県との観光における面的広がりを意識した調査を行ってきました。

加茂水族館の美しいクラゲ水槽

現在は調査自体は全て終了し、具体的な政策提言の内容について検討していますが、大事にしていることが一つあります。それは「地に足の着いた政策にしよう」という事です。一見当たり前の様に思える事ですが、全国各地で行われている地域振興策を見ると一番大事なこの部分が満たされていない事が多いのです。地域にとって最適な未来像を描いていくと同時に、一歩一歩そこに向かってクリアしていくステップをしっかり設定していく。地域の人々の生活の延長線上に確かに存在する政策提言を最後まで私たちは考えていきたいと思います。

フィールドスタディ型政策協働プログラム
www.u-tokyo.ac.jp/ja/students/special-activities/h002.html