創立以来、東京大学が全学をあげて推進してきたリベラル・アーツ教育。その実践を担う現場では、いま、次々に新しい取組みが始まっています。この隔月連載のコラムでは、本学の構成員に知っておいてほしい教養教育の最前線の姿を、現場にいる推進者の皆さんへの取材でお届けします。
「戦争」と「投稿」を切り口に雑誌研究の世界へ
/全学自由研究ゼミナール「文学と雑誌―日本近代小説と雑誌を中心とする活字メディアの関係を探る」
部門 准教授 谷本道昭
――前職も駒場だそうですね。
「総合文化研究科言語情報科学専攻の助教時代に初年次ゼミナールの授業を行ったのが一つの契機となり、4月に初年次教育部門に着任しました。初年次ゼミの文系科目の運営を行いながら自分の授業を受け持っており、その一つが「文学と雑誌」です。私は専門がフランス文学で、オノレ・ド・バルザックの作品を初出掲載時のコンテクストと関連づけて読む研究を進めてきました。実はバルザックは自身も印刷業を経験しており、出版やメディア抜きには語れない作家なんです」
日本の近代雑誌史を文献で学ぶ
――フランス文学の授業なんですか。
「いえ。日本文学の作品が雑誌に掲載される経緯とその後を調べて発表する授業を前学期に実施し、今回はその延長で、雑誌自体に着目する授業を企画しました。専門領域の研究の初歩を学ぶという初年次教育全体の志に沿っています。駒場図書館や日本近代文学館にある一次資料に触れる経験をしてもらう意図もありました」
「まず近代の雑誌史を学ぶため、明治新聞雑誌文庫や駒場図書館で活躍された永嶺重敏先生による雑誌研究の基本書※を精読しました。軍人の肖像写真や海戦場面の版画などで人気だった戦争実記という枠組みを転用して誕生した『太陽』を中心に、雑誌の出自と掲載作の主題の重なりを学生に知ってもらいました」
――『太陽』は戦争賛美の雑誌ですか。
「戦争関連作が多いですが、泉鏡花の「海城発電」のように、国際的な視点から戦時下の複雑な問題を批判的に捉えた創作もある。賛美側と批判側の両者を取り込もうという商魂が見えました。ただ、雑誌の覇権は『太陽』から『中央公論』、婦人雑誌、『キング』と移ってより大衆的になり、文学色は薄れていきます」
「二流」の投稿雑誌『若草』とは?
「そこで次に参照したのが1925年刊の『若草』です。主に女性読者が文学的に綴った文章を送って男性作家が選評する投稿雑誌としてスタートしました。そこにジェンダーの構造や雑誌が示そうとした女性像が見えるという慶應義塾大学の小平麻衣子先生の編著※による分析を、学生が日本近代文学館で入手してきた当時の誌面と照らし合わせながら確認しました」
――執筆陣にはどんな作家が?
「片岡鉄平、南部修太郎など、現代人はほぼ知らない、忘却された作家たちです。たとえば南部は、女性は感傷的な生き物で、書き方も読み方も感傷に引きずられがちだと誌面で説教しています。一方、北川千代という女性作家は、あくまで感傷的な主題にこだわった創作をしている。女性の感性をどう文学に昇華するかというテーマが議論されていた気がします」
「そうした学びを経て各自がテーマを決め、最終報告を行います。実際の雑誌研究ではなく実現可能性のある研究計画の発表です。「日本における文化と社会運動の区別について」、「雑誌『女人芸術』と尾崎翠」、「少女といふ花園」、「『戰旗』の投書欄に見る『戰旗』と民衆の関わり」といった題目が提出されています」
「かつては雑誌こそが文学の一番の現場でした。昔の雑誌のデジタル化が進む現代では、従来と違う新しい読み方も可能になるでしょう。来年度も活字メディアを扱う授業は続けたいと思っています。文学雑誌だけでなく科学雑誌など他分野の雑誌も取り上げられるといいですね」
※『雑誌と読者の近代』(日本エディタースクール出版部/1997年)
※『文芸雑誌『若草』』(翰林書房/2018年)