
創立以来、東京大学が全学をあげて推進してきたリベラル・アーツ教育。その実践を担う現場では、いま、次々に新しい取組みが始まっています。この隔月連載のコラムでは、本学の構成員に知っておいてほしい教養教育の最前線の姿を、現場にいる推進者の皆さんへの取材でお届けします。
安保理事国の代表になりきって合意形成の肝を体得
/全学自由研究ゼミナール「アクティブラーニング(模擬国連会議)で学ぶ問題解決法」
特任助教 中村長史

――「東大TV」のぴぴりや「東大ナビ」のメメムーとなかよしだそうですね。
「昨年度までは大学総合教育研究センターの特任研究員として同じ部屋にいたのでよく知ってはいますよ」
――さて、模擬国連とは?
「参加者が各国政府の代表になりきり、国連の模擬会議を行います。国連がまだ国際連盟だった頃にハーバード大学で考案されたロールプレイの手法で、米国の大学ではよく授業で使われています。日本ではサークルで行われることが多く、私も学生時代は模擬国連サークルにいました。高校で指導したこともあり、将来教員になったら授業でやりたいと思っていたんですが、こちらに着任してそれが現実となりました」
学生が米英仏中露…の代表に
「国際政治学の中の戦争と平和を専門にしているため、安全保障理事会を扱いました。実際の安保理は15カ国で構成されますが、今回は6カ国とし、1国を2~3人の学生が担当しました。全学年が対象の授業でしたので、違う学年の学生が学び合えるようチーム分けしました」
「議題としたのはシリアの人道危機とイラク戦争の2つです。現在進行中の問題学生が米英仏中露…の代表にと過去にあった問題の両方で軍事介入すべきか否かを議論しました。米英仏中露の常任理事国に、前者では南アフリカ、後者ではチリと、立場も規模も中間的な国を加えました」
――議論次第で歴史が変わったり?
「はい。学生には、論理的に説明できるなら結果が現実と違ってもOKと伝えました。シリアの問題では、現実と同様に中国が拒否権を発動し、決議に至らず。一方、イラク戦争の問題では、米国が妥協の姿勢を見せ、当面は軍事介入しないという決議に。安保理の決議がないまま武力行使を行って泥沼に陥った現実と違う結果になったんです。議論の結果、あのタイミングで軍事介入しても米国の国益にならないとの結論になりました。ただ、米国が言い負かされた感じになるのを避けるため、将来の軍事介入の可能性を残した形で妥協が成立したんです」
――学生にどんなことを望みましたか。
論破ではなく合意形成が重要
「教科書で頭に入れた国際政治の知識を使いこなそうということ。そして、合意形成のスキルを磨いてほしいということです。ディベートは相手の論破が目的ですが、模擬国連は外交の世界ですから、互いが気持ちよく国に帰らないといけません。自分は100点中51点だったと全員が思いながら帰国するのがベストです。相手も自分も母国で石を投げられる状態にならないよう、立場を慮ることが非常に重要。授業で学んだ合意形成の手法は実社会でも役立つ面が大きいはずです」
――それは日本人の得意な部分ですね。
「ただ、実は日本は国際的な合意形成が下手です。たとえば捕鯨の問題であれほど国際的に孤立するのは……。日本人同士だと空気を読むのに、外にはストレートに立場を主張しがち。東大からは外交官や国連職員も多数輩出しますから、模擬国連で合意形成の手法を学んだ人に将来国際社会で活躍してほしいという思いもあります。次回は北朝鮮の核開発問題を扱いたいですね。この問題でも日本は若干国際的に孤立しがちです。日本のメディアだけ見ているとわからないことが、たとえば中国やロシアになりきって議論して初めて見えてくるかもしれません」



