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第38回

教養教育の現場から リベラル・アーツの風

創立以来、東京大学が全学をあげて推進してきたリベラル・アーツ教育。その実践を担う現場では、いま、次々に新しい取組みが始まっています。この隔月連載のコラムでは、本学の構成員に知っておいてほしい教養教育の最前線の姿を、現場にいる推進者の皆さんへの取材でお届けします。

安保理事国の代表になりきって合意形成の肝を体得

/全学自由研究ゼミナール「アクティブラーニング(模擬国連会議)で学ぶ問題解決法」

アクティブラーニング部門
特任助教
中村長史
中村長史

――「東大TV」のぴぴりや「東大ナビ」のメメムーとなかよしだそうですね。

昨年度までは大学総合教育研究センターの特任研究員として同じ部屋にいたのでよく知ってはいますよ

――さて、模擬国連とは?

参加者が各国政府の代表になりきり、国連の模擬会議を行います。国連がまだ国際連盟だった頃にハーバード大学で考案されたロールプレイの手法で、米国の大学ではよく授業で使われています。日本ではサークルで行われることが多く、私も学生時代は模擬国連サークルにいました。高校で指導したこともあり、将来教員になったら授業でやりたいと思っていたんですが、こちらに着任してそれが現実となりました

学生が米英仏中露…の代表に

国際政治学の中の戦争と平和を専門にしているため、安全保障理事会を扱いました。実際の安保理は15カ国で構成されますが、今回は6カ国とし、1国を2~3人の学生が担当しました。全学年が対象の授業でしたので、違う学年の学生が学び合えるようチーム分けしました

議題としたのはシリアの人道危機とイラク戦争の2つです。現在進行中の問題学生が米英仏中露…の代表にと過去にあった問題の両方で軍事介入すべきか否かを議論しました。米英仏中露の常任理事国に、前者では南アフリカ、後者ではチリと、立場も規模も中間的な国を加えました

――議論次第で歴史が変わったり?

はい。学生には、論理的に説明できるなら結果が現実と違ってもOKと伝えました。シリアの問題では、現実と同様に中国が拒否権を発動し、決議に至らず。一方、イラク戦争の問題では、米国が妥協の姿勢を見せ、当面は軍事介入しないという決議に。安保理の決議がないまま武力行使を行って泥沼に陥った現実と違う結果になったんです。議論の結果、あのタイミングで軍事介入しても米国の国益にならないとの結論になりました。ただ、米国が言い負かされた感じになるのを避けるため、将来の軍事介入の可能性を残した形で妥協が成立したんです

――学生にどんなことを望みましたか。

論破ではなく合意形成が重要

教科書で頭に入れた国際政治の知識を使いこなそうということ。そして、合意形成のスキルを磨いてほしいということです。ディベートは相手の論破が目的ですが、模擬国連は外交の世界ですから、互いが気持ちよく国に帰らないといけません。自分は100点中51点だったと全員が思いながら帰国するのがベストです。相手も自分も母国で石を投げられる状態にならないよう、立場を慮ることが非常に重要。授業で学んだ合意形成の手法は実社会でも役立つ面が大きいはずです

――それは日本人の得意な部分ですね。

ただ、実は日本は国際的な合意形成が下手です。たとえば捕鯨の問題であれほど国際的に孤立するのは……。日本人同士だと空気を読むのに、外にはストレートに立場を主張しがち。東大からは外交官や国連職員も多数輩出しますから、模擬国連で合意形成の手法を学んだ人に将来国際社会で活躍してほしいという思いもあります。次回は北朝鮮の核開発問題を扱いたいですね。この問題でも日本は若干国際的に孤立しがちです。日本のメディアだけ見ているとわからないことが、たとえば中国やロシアになりきって議論して初めて見えてくるかもしれません

❶授業で各国代表を示すのに使った「プラカード」。
❷イラク戦争の議論で検討されたフランス代表による決議案(Draft Resolution)の一部。いわゆる「国連文体」が特徴。
❸国連安保理の円卓会議を模して授業の会議も円卓で。
❹授業を踏まえ、3月6日には現役国連職員を招いたワークショップを開催。

教養教育高度化機構(内線:44247)KOMEX

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総長室だより~思いを伝える生声コラム~第26回

東京大学第30代総長五神 真 五神 真

3度目のダボス会議とGCSの構想

新型コロナウィルス感染症は瞬く間に世界中に広がり、経済・社会に大きな影響を与えています。収束への道筋はまだ見えませんが、東大も教育研究をしっかり維持するよう、対応を急いでいます。対処マニュアルがないからこそ創造性を発揮し、一緒に取り組むことが必要です。ぜひ皆さんのご協力をお願いします。

さて、新型コロナ感染拡大の直前の1月下旬、世界経済フォーラムの年次総会「ダボス会議」に参加しました。地球環境問題は今年も関心の中心でした。1兆本の植樹プロジェクトが公表されたほか、マイクロソフトCEOからは排出ゼロのカーボンニュートラルを越えた、「カーボンネガティブ」の達成という方針とそのための基金設立が発表されました。インドネシアの少女たちの思いに始まった「Bye Bye Plastic Bags」の運動が、2025年までに海洋プラスチックごみを70%削減する政府の政策となるなど、企業、NGOなど多様な組織がそれぞれの立場で環境問題に積極的に取り組む様子を目の当たりにして、大いに刺激を受けました。一方で、残念ながら日本の主張や提案の存在感は極端に乏しく、日本からの参加者としては忸怩たる思いを抱きました。また、経済政策の成果を声高にアピールするトランプ大統領の演説を、16歳の環境活動家グレタ・トゥーンベリさんが苦々しい顔で見ていた姿も印象的でした。世界で、世代間の分断が拡大しているのです。グローバルな共通課題について、日本の存在感を高める取り組みが必要だと感じました。

東大Webサイトに掲載した本年の年頭挨拶でも述べたことですが、グローバル・コモンズの創出と育成は、大きな共通課題です。デジタル革新によって、地球を含むフィジカル空間はサイバー空間と不可分なものとなっています。サイバー空間が荒れ果てていくようなら、地球のコモンズ(共有地)を守ることは出来ません。サイバーとフィジカルの両空間を一体として捉え、グローバル・コモンズの持続可能なあり方や評価指標を開発する活動を進めるため、東京大学グローバル・コモンズセンターの設置を構想しています。例えば森林資源や水産資源についてはその持続可能性を評価するFSCやMSCの認証がありますが、それらを拡張したGlobal Commons Stewardship(GCS)の認証システムを、東大から世界に発信できると良いと考えています。ダボス会議の場で、このセンターの構想について、世界の様々な方と集中的に議論しました。皆さんから大いに賛同をいただき、意を強くしたところです。東大からインクルーシブな社会への変革を駆動し、それを世界に発信していきたいと思っています。

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シリーズ 連携研究機構第24回「EdTech連携研究機構」の巻

越塚 登
話/機構長
越塚 登 先生

教育 × テクノロジー= EdTechエドテック

――EdTechとはどういう意味でしょうか。

もちろん、EducationとTechnologyを合わせた造語です。簡単に言えば、従来の教育工学に、情報通信技術(ICT)、人工知能(AI)といった新しい情報系の技術を加えたもの。IT人材の重要さが高まる中、この分野の研究を全学的に進めようという機運が2018年頃から広がり、7部局連携で昨年10月に機構を設立しました。教育に関わるテクノロジー全般を対象にした研究を進める機構です。現在、どの分野でもデータに基づいて進めることが重要で、会社経営でも政策決定でもエビデンスに基づいて行うのが当然です。先生の勘や経験に頼る面が強かった教育の分野もエビデンス・ベースの運用を進める必要がある。そこにTechの力を使おうというわけです

――エビデンスに基づいて行う教育活動というと、たとえばどういうことが考えられるでしょうか。

プライバシーを担保した上で履修状況、単位取得状況、成績などの情報からカリキュラムを評価することは考えられます。ただ、機構の研究テーマは多岐に及びます。たとえば授業のやり方。学校で講義を聴き、家で実習(宿題)を行う形が主ですが、逆に家で授業動画を見て学校で実習をやるのが反転学習です。講義は動画でOKとし、先生は質疑応答の面で活躍する。反転学習を大学に本格導入したらどんな効果が得られるかをエビデンスに基づき検証する必要があります

多地点をネットでつないで行う授業の研究も重要です。MOOCsでは動画とパワポの資料を使うのが普通ですが、たとえばJupyterというツールを使うと、ブラウザでプログラムを動かして見せ、相手が反応を返すことも可能。実習も家でできます。板書のようにプログラムを書き、遠くにいる人がそれに触れながら中身を理解する。やりとりはSlackを使えばOK。便利なツールを教育にどう実装するか、興味深い課題です

――Slackは研究者や学生に大人気だそうですね。

ほかにも、脳波測定器をつけて生徒が内容を理解できているかを先生が把握しながら進める授業とか、スポーツや楽器演奏のフォームをAIが解析して導く授業とか、課題解決につながるアイデアを生むのに有効なワークショップの開発とか、プログラミング教育の事例研究とか、機構でやるべきことは多々あります。EdTechは今後が旬。まずは、授業支援ツールや技術の学内提供、小学校のプログラミング教育の支援から始め、よりよいカリキュラム開発、社会が求めるICT人材育成にもつなげていきたいと思っています

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ワタシのオシゴト RELAY COLUMN第166回

本部国際交流課
学生派遣チーム係長
藤本順子

世界にはばたく学生を支援する

職場のGo Global Centerにて。指パッチンではなくハートマーク

私のオシゴトは全学交換留学(詳細は「学内広報」no.1488の特集を参照!)から短期まで、海外大学への全学的な留学プログラムを運営し、学生を派遣することです。そのために学生や世界中の協定校の担当者、部局の担当の方、奨学金支給元や保険会社等、さまざまな相手とのやり取りがあります。特に興味深いのは協定校担当者で、お互いの常識や状況が全く異なる中で、学生を交流させたいという目的と相手への敬意は共有しつつ、時にはお互い母語ではない言葉で落としどころを探るのは、興味深いです。

最近は世界情勢の影響を受け、イレギュラーな対応を求められることも。デモ、火事、国同士のいさかい、果てはウイルス……? 学生が安心して海外留学にチャレンジできるような世界であって欲しいと、心から願っています。

休日は、よく演劇やミュージカルを見に行きます。最近は韓国まで足をのばすので、今年の目標はハングルの勉強です。ここに書いたからには頑張ろう……。

チームのみなさんと、世界の大学のマスコット達と
得意ワザ:
営業時代に身につけた早食いと早歩き
自分の性格:
心配性の小心者ですが寝るとリセットされます
次回執筆者のご指名:
泉真沙子さん
次回執筆者との関係:
入職時代から仲良くしてくださった年下の先輩
次回執筆者の紹介:
溢れる教養、優しさ、そしてガッツ!
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デジタル万華鏡 東大の多様な「学術資産」を再確認しよう

第10回 空間情報科学研究センター
特任研究員
鶴岡謙一

世界の紙地図で20世紀後半を眺める

柏図書館には、約3200枚にのぼる世界各国の紙地図のコレクションが所蔵されています。このコレクションは、2016年に日本地図学会から東京大学へ寄贈されました。これらは、主に1960年頃から2000年頃までに世界各国で発行され、地図の種類は、地形図、主題図、海図など多岐にわたります。このうち約1300枚は、1980年に東京で開催された国際地図展のために収集された貴重な資料です。

コレクションの世界各国・各年代の紙地図を見ると、地名、地形、道路などの変化などを知ることができます。また、当時の地図は、現在のウェブ上での汎用的な地図と比べると、利用目的や地図表現に多様な特徴が見られます。たとえば、1979年頃にU.S. Geological Surveyが発行した「site map for the XIII Olympic Winter Games」(→)は、米国で開催された1980年冬季オリンピックの地図です。競技のイラストとともに競技場の地図の拡大図を配置することで、オリンピックの様子を効果的に伝える工夫がなされています。背景になっている広域の地図は、数値標高モデル(DEM)とコンピュータを使って作画された陰影起伏図です。当時の最新技術で作られた地図であることがわかります。

「site map for the XIII Olympic Winter Games」と題した1980年冬季オリンピックの地図

空間情報科学研究センターでは、これらのコレクションを中心とする紙地図をデジタル化する事業を進めてきました。2018年に「柏の葉紙地図デジタルアーカイブ」(→)という名称でウェブ公開を開始し、順次地図を追加しています。このアーカイブでは、紙地図の高解像度デジタル画像を閲覧でき、地図の細かい文字、色あい、等高線などを見て取ることができます。

「柏の葉紙地図デジタルアーカイブ」のWebサイトの画面

また、紙地図のタイトル、縮尺、国・地域、発行者、発行年などの情報も検索・閲覧できるようになっています。貴重な紙地図を閲覧いただき、新たな発見につなげたり、地図や地理の資料として利活用いただけますと幸いです。

maparchive.csis.u-tokyo.ac.jp/browse/

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インタープリターズ・バイブル第151回

科学技術インタープリター養成部門
特任講師
内田麻理香

他分野/多分野との交流

今年度の4月から、『朝日新聞』の論壇委員を務めている。論壇委員が何をしているのか、簡単にご紹介したい。月に一回、論壇委員が集まる合評会が開かれるが、ここで各委員が7~10本ほどの論考をランキングをつけて紹介する。チェアの津田大介氏は、その論考の一覧を参考にしながら「論壇時評」を執筆する。

各委員は、自分の担当する分野(「憲法」、「国際」、「経済」などがあり、私は「科学技術」だ)で注目する論考を選ぶため、雑誌、インターネットなどあらゆる媒体から、可能な限り多くの論考に目を通すことになる。この論考をピックアップするための作業は、予想をはるかに超えた大変さで、いまは活字と格闘する日々だ。委員が実際に顔を合わせる合評会は、毎日の地味な作業に対する報酬にあたるのだろうか。ふだん、接することがないような他分野かつ多分野の専門家たちと、共通の話題で議論する場は、非常に刺激的だ。注目する論考が同じであっても専門が異なれば、違った視点から選んでいることになる。それぞれの専門からの話を提示してもらう機会を得たことで、私の視野に入る風景がかなり変化したと認識している。

他分野かつ多分野の人たちが集まる論壇委員の合評会は、科学技術インタープリター養成プログラムによく似ている。このプログラムは、専門知と社会の関係を学ぶための大学院生向けの副専攻プログラムであるため、幅広い専門を学ぶ大学院生が集う。履修間もない頃の学生を見ていると、まずは自分の専門の内容を、専門外の人に伝えるだけでも難しさを感じるようだ。

しかし、他分野かつ多分野の学生たちと接することで、彼らは自分の専門をメタレベルで認識できるようになる。他分野と接しないと気づきにくいが、ある専門には暗黙的にせよ明示的にせよ、さまざまな「作法」がある。他の専門の作法を知った学生同士の交流は、端からみても実に活き活きとしている。その専門ならではの特徴を理解し、「このような発想をするのは、○○さんらしいね」というように、互いのもつ「違い」や「ずれ」を楽しんでいるようなのだ。

本プログラムの魅力のひとつは、他分野かつ多分野の人たちとの交流にあると考える。科学コミュニケーションでは、同じ事象をみる際でも、各人で問題の設定が異なる「フレーミング」が重要な論点となっている。自分とは違うフレーミングに触れる機会は、学生にとっては科学コミュニケーションにとどまらない、大きな学びとなることは間違いない。

科学技術インタープリター養成プログラム
science-interpreter.c.u-tokyo.ac.jp

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専門知と地域をつなぐ架け橋に FSレポート!

第5回
文科三類1年佐藤光駿

湯梨浜町いいとこだでぇ~FS湯梨浜町

皆さんこんにちは。FS鳥取県湯梨浜ゆりはま町担当の文科三類1年の佐藤光駿です。私は今、この記事を湯梨浜町で、東郷湖(写真参照)を眺めながら書いています!

東郷湖と天女のオブジェ

FS鳥取県湯梨浜町担当は、新領域創成科学研究科修士1年の日隈壮一郎さん、秦暁語さんと、法学部第一類4年の大崎達也さんと私の4人で活動を行なっています。私たちは、湯梨浜町の「生涯活躍のまちづくりの提案とアクティブシニアをはじめとした多世代を呼び込むための地域の魅力の情報発信」を取り組み課題としており、その中でも秦さんと大崎さんは小さな拠点作り、日隈さんと私は観光産業に着目して政策提言を行なおうと考えています。

FS鳥取メンバーと町役場職員の方

湯梨浜町は山と湖と海が近接しており、さらに温泉もあるという楽園のような場所で、関わる人全員が優しいので現地活動は毎回楽しく進められています。サーフィンやグラウンドゴルフが盛んで二十世紀梨の生産量は日本一です。9月の現地調査の際、様々な方から梨をいただいて飽きるほど食べたものの、飽きがみえなかった程美味しかったことはとても記憶に残っています。お試し住宅で宿泊した際に4人で自炊したこともいい思い出でした。湯梨浜町の幸を修学旅行のような幼心で料理しました。湯梨浜町に住むという経験をすることができるので読者の皆さんにもおすすめです!

ただ、このような魅力の詰まった湯梨浜町も、都心から遠く、近くに有力な観光地もあるために観光客を呼んで宿泊してもらうに至るのがなかなか難しいのが現状です。人口は維持できているものの、市町村合併で孤立してしまう、あるいは将来的に孤立してしまうとされている地域もあります。残された活動期間は短いですが、そうした現状を打破するために強力な政策を提言することで、湯梨浜の方々に少しでも恩返しができるように頑張っていきたいと思います!

フィールドスタディ型政策協働プログラム
www.u-tokyo.ac.jp/ja/students/special-activities/h002.html