第1117回淡青評論

七徳堂鬼瓦

裸の王様

昨年12月にモロッコで開催された「中国・インド・日本の近代化」をテーマとする国際会議に出席した。筆者はインドと日本のセッションに参加したが、インドのセッションが満員だったのに対して日本のセッションは空席が目立った。残念ながら、日本に対する関心は高くはなく、それはモロッコに限られたことではないそうである。

あるインド人が発表の中で「裸の王様」を取り上げていた。アンデルセン作として知られるが、もともとは10世紀ごろにインドで作られた話で、インドには権力者に対してはっきりと物を言う伝統があるという趣旨だった。「裸の王様」は次のような構造になっている。おしゃれ好きな王様が、詐欺師に騙されて「愚か者には見えない服」を「着る」。庶民は王様が裸であることを知っているが、黙っている。ところが、ひとりの子どものことばをきっかけに大騒ぎになる。

この構造は、アマルティア・センのベンガル大飢饉(1943年)の分析に似ている。庶民が飢饉に苦しんでいたとき、ベンガルの役人はその実態を過少報告し、宗主国であるイギリス政府はその報告を鵜呑みにして何も対策を立てず、飢饉を悪化させた。報道規制のためマスメディアはそれを報道しなかったが、ある新聞が社説で取り上げ、イギリス政府の無策を非難する。イギリスの人々は政府を追及し、ようやく対策が立てられ、飢饉は収束する。新聞はベンガルの人とイギリスの人を結び付ける役割を果たした。

社会的不正義を取り除こうとするとき、人と人を結び付けるのは有効な方法である。コーヒー価格が暴落し、途上国のコーヒー農家が貧困に喘いでいるとき、何も知らない日本の消費者は美味しいコーヒーを楽しんでいる。フェアトレードは、両者を結びつけることで途上国の貧困問題を解決しようとする。

インド人の発表者は「声を上げること」に注目し、筆者は「人をつなぐこと」に注目する。「議論好きなインド人」(アマルティア・センの著書名)と、「おとなしい日本人」は同じ関心を持ち、共同研究の準備を始めている。

池本幸生
(東洋文化研究所)

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