学内広報東京大学
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17年の歴史を数える全学の学生表彰制度 総長賞受賞者ってどんな人? 副賞の銀杏型文鎮

佐々木毅総長時代の2002年度に創設された学生表彰「東京大学総長賞」。感染症拡大防止のため、規模を縮小して行われた令和元年度の授与式では12名の受賞者が表彰を受けました。皆さんの栄誉の佇まいと功績を一覧するとともに、そのうち3名の受賞者の肉声を紹介します。

令和元年度学生表彰「東京大学総長賞」受賞者
課外活動・社会活動等部門
角野隼斗 情報理工学系研究科修士課程2年 日本最大のピアノコンクールで優勝、および 国内外でのピアニストとしての活躍
小杉穂高 医学系研究科博士課程2年 ウガンダにおけるエボラ出血熱対策と水・衛生分野での卓越した国連ボランティア活動
中井健太 東京大学新聞編集部 一貫して学生が取材編集するメディアとして、創刊100周年を迎える報道活動
香川由美 医学系研究科博士課程4年 患者の語りを社会に活かす〜NPO活動と医学教育の橋渡し〜
学業部門
河野遥希 経済学部4年 戦略的情報伝達に関する理論・応用研究
國頭真理子 教養学部4年 『〈娘役〉のクィアネス 花總まりを例に』
木戸照明 教養学部4年 こころに時計はいくつあるのか? ヒトの心的時間のアンサンブル特性の研究
濱崎甲資 農学生命科学研究科修士課程2年 ゲノム育種の最適化に寄与するシミュレーション研究および新規手法の開発
前田健人 工学系研究科修士課程2年 新たな推定手法の創出による量子暗号の長距離化の研究
坂上沙央里 医学系研究科博士課程4年 大規模ゲノム情報を疾患基盤の解明・臨床応用に役立てる新規解析手法の開発と国際共同研究の遂行
木村謙介 新領域創成科学研究科博士課程3年 STM単一分子発光分光法による革新的な励起子形成機構の探索
鳴海紘也 情報理工学系研究科博士課程3年 物体の相変化に着目した形状変化インタフェースに関する研究

本学の名誉を高め、学生の範となる功績が特に顕著な団体・個人を対象とする学生表彰「東京大学総長賞」の授与式が、3月19日に小柴ホールで実施されました。今回は、新型コロナウイルス感染の拡大防止のためにやむなく規模を縮小することとなり、受賞者と所属部局の代表者ほかの関係者のみが十分な間隔を取って着座し見守る形での開催でした。

式では、選考会議議長の松木則夫先生が選考結果を報告した後、総長が表彰状と記念品(銀杏の形の文鎮)を各受賞者に授与し、挨拶。例年全員が登壇する受賞者プレゼンテーションは総長大賞受賞者の二人だけが行いました。

課外活動等部門の角野さんは、ピティナ・ピアノコンペティション特級ファイナルでの演奏の様子を動画にまとめて紹介。過去には音大出身者が得てきたグランプリを東大で研究生活を送りながら獲得した快挙にあらためて喝采が起こりました。学業部門の河野さんは、総長賞の審査における推薦状を例に自身の研究を簡潔に紹介。学部生の時点で権威ある学術誌に掲載される論文を書いた若き経済学徒への期待が客席に広がりました。閉式後、海外での活動のためやむなく欠席した小杉さんを除く全員で記念写真撮影に応じた栄誉の受賞者の皆さん。今頃は各々新たな環境で新たな活躍を始めていることでしょう。

日本最大のピアノコンクールでグランプリを獲得

総長大賞 角野隼斗(すみのはやと)さん

――「ピティナ・ピアノコンペティション」というのは?

「日本の三大コンクールの一つです。年齢別に級がわかれ、年齢制限のない最高峰が特級です。私はピティナ育ちで、小学4年のときに高2以下の部で1位になったこともあり、特級に特別な憧れがありました。でもきちんと準備して臨んだのは小4が最後でした。ピアノの師匠に背中を押される形で修士1年で出場したのが、2019年度の特級です」

「指定曲と自由曲を組み合わせて指定時間内に弾くのが課題で、一次、二次、三次、セミファイナルと審査を重ねてふるい落とされます。4名が進むファイナルはオーケストラをバックに40分のソロ演奏。大好きなラフマニノフのピアノ協奏曲第2番ハ短調Op.18を弾きました。演奏順は不利とされる1番でしたが、サントリーホールという大舞台の素晴らしさを味わいながらコンサートのような感覚で弾けました。自分の表現をオーケストラが増幅し、反応して自分の表現も高まる感じがありましたね。グランプリを機に、趣味だった音楽が趣味以上のものになった気がします」

――120万円の賞金をもらったそうですね。

「ファイナルの2週間後に留学したパリで、旅行したり、ライブに行ったり、レッスンを受けたりしているうちに、なくなりました。東大とパリ第6大学との交換留学プログラムに基づき、フランス音響音楽研究所で活動する形でした」

――修士課程では音楽の研究をしたんですか?

「工学部の頃から機械学習と音楽を結びつけることに興味があり、原田研究室なら何かできそうだと思って進学しました。音源分離の研究を行った後、音を自動で楽譜にする自動採譜、正確にはMIDIという記号的情報への変換に取り組みました。目指したのは編曲の自動化です。様々な楽器で構成されたオーケストラの演奏をピアノだけで再現するとき、同じ音を同じように弾いてもしっくりきません。たとえば音を長く出し続けられるバイオリンと違い、ピアノは一度打鍵したら減衰するだけ。長く続く音の再現にはトレモロなどの工夫が必要です。そうした工夫を織り込んだ編曲を自動で行うための研究にパリで着手し、論文にまとめたんです」

――研究者になろうとは思いませんでしたか?

「帰国直後は研究の意欲が高くて博士課程進学も考えましたが、コンサートやYouTubeで音楽活動をする中で自分が音楽一色になり、知名度も上がってきて音楽で生きていけるやん?と。ピアノも弾けるAI研究者よりAIもわかるピアニストのほうが自分には近そうです」

――そもそも音大でなく東大を選んだのは?

「ピアノを毎日何時間も練習するのは無理でしたが、数学の問題を解くのは長時間でも平気だったので、東大にしました。体系的に音楽を学んだ音大出身者へのコンプレックスもありましたが、演奏活動の経験を積み重ねたいまでは気になりません。幅広い分野のすごい人たちに会えたし、音楽に関する同調圧力が働かない東大のほうが自分にはよかったと思います」

――今後は音楽活動に集中、でしょうか。

「9月からディープラーニングなどが得意なプリファードネットワークスという会社に入ります。音楽とAIを組み合わせる新事業を担当する予定ですが、実際にどうなるかはまだわかりません。たとえばAIと協奏する形のコンサートを企画して出演もするなど、自分の音楽表現のなかでのAI活用と会社の事業とをうまく結びつけていきたいと思っています」

CD「PASSION」のジャケット
初のCD「PASSION」(1650円/税込)は、写真家・中嶌英雄氏撮り下ろしによる初のカレンダーとともに公式販売サイトhayatosum.theshop.jpで販売中。チャンネル登録者数22万超の人気ユーチューバーCateenとしての活動はwww.youtube.com/user/chopin8810で。「うちで踊ろう」のコラボ動画もあり!

40年間誰も気づかなかった著名論文の誤りを指摘

総長大賞 河野遥希(こうのはるき)さん

――戦略的情報伝達に関する理論というのは……?

「情報の送り手と、情報をもとに意思決定を行う受け手との間で、利害が必ずしも一致しない場合に、どの程度の情報を伝達できるのかを明らかにする理論です。たとえば、総長賞の選考では、推薦人が候補者の情報を伝え、審査員が受賞者を決めます。情報を持つ人と意志決定者では思惑が少し違います。前者は候補者をよく見せたい。後者はありのままに見定めたい。推薦者が100点満点中の70点ですと言った場合、審査員は本当は65点なのに70点と言っているかもと考えて信じず、情報伝達が機能しない可能性があります。しかし、推薦者が優良可のうちの良ですと言った場合、審査員は可の人を良というような大きな嘘は流石につかないので、本当に良なのだろうと考えて信じ、情報伝達が機能します」

――情報は粗く伝えるほうがいいという話?

「粗すぎてもダメで、情報伝達が機能していると言うにはどこまで粗くするのがよいかという問題ですね。いま話したようなことを数学を用いて一般モデルとしてまとめたのがCrawford and Sobelの1982年の論文で、経済学では非常に有名です。私はこの中の証明にまずい箇所があることを見つけました。神取道宏先生のゼミで論文を読んで、厳密に書かれた論文の中で突如解像度が落ちた気がしたんです。先生に促されて精査すると、場合分けが生じる場面なのに一つの場合の想定しかなかった。反例を示し、間違いを回避する証明を整理して短い論文にまとめ、著者にメールでドラフトを送りました。その後、届いた返事には“We were wrong. You are right.”と」

――大御所の先生が潔く認めたんですね。

「論文はEconometricaという最も権威のある雑誌に投稿し、3ヶ月後に掲載されました。英語で約10頁の短いものですが、論文は初めてだったので、当初はどう書けばいいのかわかりませんでした。意味や背景はいいから数学の論として通るものを書くよう神取先生に助言されて、楽になった気がします。書いて先生に見せて意見をもらって反映する作業を繰り返し、ブラッシュアップされました」

――河野さんは推薦入試の一期生だとか。

「高校時代は数学ばかりやっていて、数学オリンピックにも参加しましたが、そうした場などで本当に数学ができる人を目の当たりにし、純粋数学は彼らに任せて自分は数学を使って何かやろうと考えました。その選択肢の一つが経済学部でした」

――春からの修士課程では何を研究します?

「統計学をやります。きっかけは3年時に受けた加藤賢悟先生の数理統計の授業。高校時代に触れた統計学はデータ処理的でいい印象がなかったんですが、この授業で印象と全く違うとわかって面白かったんです。修士論文では情報量規準というモデル選択の一手法を扱う予定です。簡単にいえば、無数にあるデータのうち何が必要で何が不要かを探して予測するためのモデルを考えます。卓越プログラムを使って修士課程は来年春に修了し、秋から留学して修行しようと考えています」

――神取先生は「世界の河野になれ」と!?

「激励のお言葉をいただきました。ずっとアカデミアの世界で生きていきたいですが、海外よりは日本でがんばりたい。将来、東大教授としてノーベル賞がとれたら最高ですね」

神取先生との共著論文より(www.econometricsociety.org/content/corrigendumcrawford-and-sobel-1982-“strategic-informationtransmission”)
論文「CORRIGENDUM TO CRAWFORD AND SOBEL (1982) “STRATEGIC INFORMATION TRANSMISSION”」のPDF画面

高校時代、数学とともに熱中したのはサッカー。東大ではSperanza FCのFWとして活躍し得点王になったことも。「ダイアゴナルな動きが得意でヘッドは嫌い」とのこと

宝塚のトップ娘役が備える女性性の撹乱性を明示

総長賞 國頭真理子(くにとうまりこ)さん

――國頭さんは宝塚ファン?

「いわゆるヅカオタではないですね。私はミュージカルが大好きで、宝塚はその一つと捉えています。前期課程の頃はミュージカル・サークルの活動に熱中し、役者も演出も衣装係もやりました。当初興味があった言語学や社会学の授業に出て、どうも違うなと感じるうちに進学選択の時期を迎え、ミュージカルの卒論を書いても怒られなさそうなところを探してたどり着いたのが、超域文化科学科の表象文化論コースでした」

――トップ娘役の花總まりさんに注目したきっかけは?

エリザベートという舞台を観て面白いと思ったんです。この作品の主人公は、海外では強い役者が演じることが多いんですが、花總さんはそうではなくかわいらしいタイプ。なのに日本でエリザベートといえば花總さんです。そこが気になりました」

「女性が両性を演じる宝塚はジェンダーが本質的なものではないことを示していると言われます。体が女性の人はこうあるべき、体が男性の人はこうあるべき、という考え方の欺瞞を暴く一面があります。一方で宝塚は女性差別的側面も備えます。多くは強いヒーローの男役とかわいいヒロインの娘役が恋愛する話。娘役に求められるのは清楚なお姫様らしさを見せて男役に寄り添うことです。概して男役の方が芸歴が長く、歴の短い娘役はオフでも男役の指導下に置かれがち。男役の引退に合わせて娘役も辞めたり、長身の娘役はドレスの中で膝を曲げていたりもします」

――男の方が長身であるべきとの思い込みで。

「ジェンダーを学ぶ身からすると頭を抱えたい世界観です。ただ、花總さんは宝塚の文脈に沿うかわいらしさを備えながらも男役の添え物ではない。娘役が男役に寄り添う構造をパフォーマンスで逆転させています。12年もトップ娘役を務めたのは彼女だけ。そんな特別な娘役にどうなり得たのか。彼女の娘役性が男役を引き立てるのではない方向に働く可能性を示したのが私の卒論です」

――高評価を得た理由を自己分析すると?

「一つには視点の新規性でしょう。宝塚の先行研究はもちろんありますが、多くは歴史に関わるもので、現代の作品に即したものは少ないようです。調査量をある程度確保できたのもよかったと思います。宝塚公式雑誌の関係箇所や世に出た批評はほとんど調べましたし、メルカリで安いVHSを探したりして出演作のうち50作ほどは鑑賞して分析しました。指導教員の河合祥一郎先生からは2週間ごとに断片でいいから出すよう言われ、4ヶ月間、毎回1万字以上書いて提出しました。途中で宝塚の解釈が先生と違うことが判明しましたが、立場の違う先生に伝わるよう努力したことがいい鍛錬になったと思います」

――春からは新聞社で勤務だそうですね。

「就活の軸は、様々な身体を持つ人が尊厳をもって暮らせる社会の構築に仕事を通じて貢献したいとの思いでした。業種より社風が合うことのほうが重要と気づいて以降はSDGsやレインボープライドへの賛同の有無に注目、本気で社会問題解決を志す会社を探す中で惹かれたのが朝日新聞社でした。大学で社会を批判するのと現場で問題解決に向かうのでは話が違うでしょうが、ビジネスに染まりすぎたくはないんです。東大で読んだクィア研究の文献に培われた視点を持ち続けたいです」

ラテン語で「鍵」の意を持つミュージカルサークル「Clavis」。musicalclavis.web.fc2.com/index.html

Webサイト「Clavis」のトップページ画面

●おまけトーク

――印象的だった授業は?

「クィア入門と日本手話の授業です。精度を落とさずに複雑なことをわかりやすく説明する清水晶子先生に憧れ、日本語と違う独立した体系を持つ日本手話の言語世界に触れて目を開かされました」

過去の総長賞受賞者のその後を調べてみた❶

平成14年度から続いてきた学生表彰総長賞。平成23年度までは課外活動等と学業の2部門に分けて1年度に2回表彰を行っていましたが、平成24年度からはまとめて1回表彰する形となっています。過去の受賞者リストを見ると、学業部門の受賞者は平成30年度までに計160名。学業の功績が認められた受賞者はその後もアカデミアの世界でがんばっているのでしょうか。お名前を全学ホームページの教員検索窓で調べてみたところ、計30人が東大の教員として活躍中でした(2020年3月末現在)。職名の内訳は、教授2、講師2、准教授12、助教10、特任講師1、特任助教3。所属の内訳は、理学系研究科6、医学系研究科4、工学系研究科3、薬学系研究科3、農学生命科学研究科3、総合文化研究科2、情報理工学系研究科2、数理科学研究科2、法学政治学研究科1、情報学環1、カブリ数物連携宇宙研究機構1、未来ビジョン研究センター1、高大接続研究開発センター1でした。約19%もの総長賞受賞者が「知のプロフェッショナル」として母校で活躍しています。

過去の総長賞受賞者のその後を調べてみた❷

受賞者のその後は広報誌「淡青」からもたどれます。平成14年度に最年少七大陸最高峰制覇で受賞した山田淳さんは、登山と観光業を融合して日本の山の魅力を広める会社の代表取締役として34号の特集「世界と東大」に登場。同特集には、平成17年度に相撲部主将として受賞したペテル・マトウシュさん、平成18年度にバイカルアザラシの研究で受賞した渡辺佑基さん、平成20年度に世界の子どもを支援するNGOの活動で受賞した松本麻美さん、平成23年度に手を電気刺激で制御する研究で受賞した玉城絵美さんも登場。マトウシュさんはシドニー大学、渡辺さんは極地研究所、玉城さんは早稲田大学の研究者として、松本さんはグローバル人材を支援する会社の代表取締役としてそれぞれ活躍中です。平成16年度に箱根路を走った21年ぶりの東大ランナーとして受賞の松本翔さん、平成21年度に自転車競技学生日本一で受賞の西薗良太さんは、27号の特集「スポーツと東大」に登場。現在、松本さんは渋谷区議会議員として渋谷のために疾走しています。西薗さんはプロロードレーサーとしての大活躍、情報理工学研究科での研究生活を経てpodcasterとして活動中です。平成18年度にICタグによる安全安心インフラ構築の研究で受賞した江間有沙さん、平成21年度に3DCG映像制作による裁判員裁判への貢献で受賞した瀬尾拡史さんは、39号の特集「淡青色の30代たち」に登場。江間さんは未来ビジョン研究センターの特任講師、瀬尾さんはCGコンテンツ制作会社の代表取締役として活躍中です。平成20年度に北京パラリンピックへの貢献で受賞した藤原清香さんと平松竜司さんは40号「オリパラと東大」に登場。藤原さんは医学部附属病院の講師、平松さんは農学生命科学研究科の助教として活躍しています。29号「東大生は「タフ」になったのか?」には、平成25年度に数独の活躍で受賞の森西亨太さん、同年度に身体反応のフィードバックによる感情体験の操作の研究で受賞の吉田成朗さんほかが登場。森西さんは世界選手権を4度制覇するなど第一人者であり続け、吉田さんは情報理工学系研究科の助教として研究を続けています。総長賞選考の価値は皆さんの活躍ぶりが証明しています。