第1119回淡青評論

七徳堂鬼瓦

無意識のバイアスはないか

ベストセラーになっている『ファクトフルネス』を読んだ。ショックだった。

この本は13の質問で始まる。トリッキーなにおいを感じ取って、直感に反する答えを選択したおかげで、それなりの正答率を得ることはできた。しかし、である。

工学分野を専門とする女性として、共同参画やハラスメントをキーワードとする仕事を多く担当してきた。この間、セクシャルハラスメントやワークライフバランスなどのキーワードが社会にだんだんと浸透し、女性、そして最近ではより幅広い意味でのマイノリティを取り巻く環境や社会的な認識は大きく改善された。しかし未だに、共同参画の活動を終了できる段階には達していない。その大きな要因が無意識のバイアスにあると考えている。

こんな状況を考えてほしい。長期海外研修のための新規プログラムが立ち上がった。これを独身の男性研究者に勧めますか? では、1歳の子供を持つ男性研究者なら? さらに、1歳の子供を持つ女性研究者だったら? 性別や子供の有無、年齢などを理由に答えが変わるようなら、その意識の裏には何らかの固定観念が働いており、無意識のバイアスである。時には相手への思いやりや気遣いから来ることもあるので、厄介である。他にも、自分に似た属性の人を高く評価する、通説を鵜呑みにするなどが無意識のバイアスの例として挙げられる。

さて、冒頭の話に戻ろう。普段から無意識のバイアスには敏感になっている(と信じていた)私ですら、直感=無意識の中にはたくさんのバイアスが残っていることを思い知らされた本であった。この原稿を書いている5月12日現在、日本は緊急事態宣言の真っただ中にいる。非常事態は多くの偏見を生み出しやすい環境である。仮に宣言が近日中に明けても、その後も困難な道が続くことが予想されている。改めて私自身に、そして皆さんに問いたい。その判断に、その言葉に、バイアスはないだろうか。

吉江尚子
(生産技術研究所)