第1122回淡青評論

七徳堂鬼瓦

陽子の寿命は有限か?

陽子(原子の核を形成する粒子)の寿命はとても長い(10の34乗年、つまり1 の後にゼロが34個も続く年よりも長い)けれども無限ではないと予想されているのですが、陽子が自然に壊れる現象はこれまで見つかっていません。陽子の寿命が何年で、どのように壊れるかを実験で調べることは、素粒子物理学のパラダイムシフトにつながると期待されるほどの、大変重要な研究テーマです。

1996年に観測を開始したスーパーカミオカンデでは、観測1年目のデータに陽子崩壊らしき信号が一例見つかりました。その頃の興奮は、20年以上たった今でも忘れません。残念ながら、のちのデータ解析アルゴリズムの改良により陽子崩壊信号ではないと判定が変わり、現在まで陽子崩壊の証拠は見つかっていません。

スーパーカミオカンデ装置をさらに大型・高精度化して、陽子崩壊の発見能力を飛躍的に高めたハイパーカミオカンデ実験の構想が、1999年ごろから始まりました。巨額の予算要求のため長く苦しい期間が続きましたが、2019 年12月6日の朝、本部財務課長からの電子メールにより、ハイパーカミオカンデ建設を含む経済対策が閣議決定されたことを伝えられました。プロジェクトが開始するのは間違いないと初めて確信した瞬間でした。

ハイパーカミオカンデは、地下に設置する直径68m・高さ71mの水槽に総質量26万トンの超純水を貯め、内部でのニュートリノ反応等から生じる微弱な光を超高感度光センサーで捉える実験装置です。2020年8月現在、7年間の建設プロジェクトが開始され、概ね予定通りに進捗しています。この間私の頭をずっと占めているのは、プロジェクトの失敗の可能性でした。実はスーパーカミオカンデ実験や関連実験では、装置破損などの大きな事故を何度か経験してきています。過去の失敗の教訓を忘れず、事故対策を怠らず、かつ世界最高性能の装置を作る挑戦は続けて、この大型建設プロジェクトを成功させたいと考えています。

陽子崩壊は見つかるでしょうか。ハイパーカミオカンデの実験データをお楽しみに。

塩澤真人
(宇宙線研究所)

「HK中心」と書かれた白い板を天井部分に張り付けてあるトンネルとヘルメットをかぶった3人
2020年7月、ハイパーカミオカンデの建設予定地に調査トンネルが到達した。ここに70メートルスケールの世界最大規模の大空洞を掘る予定。