教養学部が開催してきた「高校生と大学生のための金曜特別講座」。今年度はコロナ禍の影響から全てオンライン配信に変えたところ、受講のハードルが下がり、日本の全高校の4.7%に相当する228校が参加するという嬉しい状況になっています。全国の高校生と東大をつなぐ貴重なきっかけとなる試みを受け継ぎ、大事に育んでいるチームの皆さんに、実際のところを聞いてみました。
金曜特別講座とは?
高校が週5日制になった2002年、近隣校から要望を受けた教養学部の松田良一教授(現・東京大学名誉教授)が「高校生のための土曜特別講座」として開講(金曜開催は04年から)。08年に生産技術研究所との共催となり、18年に「高校生と大学生のための金曜特別講座」と名称変更。駒場18号館ホールで17時30分から行うのが定番で、過去の開催回数は417回を数えます。ニッセイ・ウェルス生命保険、AIGイーストアジアホールディングスマネジメント、フロムページ、ベネッセコーポレーション、東大駒場友の会、日本マイクロソフトの皆様のご寄付・ご協力を受けてこれまで続けてきました。
存続の危機を乗り越えてきました
――金曜講座との関わりを教えてください。
新井 学部長補佐だった2016年度、それまで専属で講座運営を行っていた特任助教が退職し、創始者の松田良一先生が困っているのを見てお手伝いを申し出たのがきっかけです。運営は大変ですが、私は教育をしたいと思って研究所から大学に移ったので、やりがいを感じます。講座の企画立案は教養学部社会連携委員会が担っています。以前は年に26回も開講していて教員への負荷が高く、講座継続への反対意見もあって、回数を半分にして細々と続けてきました。大学からの運営費もないなか、マスミューチュアル生命(当時)さんからの寄付金は大変ありがたかったです。
鳥井 私は新井先生の一つ前の学部長補佐でした。当時、金曜講座廃止論が根強かったのですが、登壇した先生方からは、高校生の熱心な質問に勇気づけられる、と好評でした。私も2013年と18年に登壇し、続ける価値があると実感しました。それで応援したいと思い、お手伝いしています。司会や、会場に配る資料の印刷なども担当してきました。
受田 着任一年目の2014年に登壇しました。その後、学部長補佐として半年間新井先生とともに働いたご縁です。私は文系ですが、理系の回のほうが出席率が高いのです。理系に人気が集まると文系に進む学生が減るのでは、という危惧があり、文系の面白さを伝えたいと思って手伝っています。
永井 昨年登壇した際にお世話になった新井先生にお声がけいただき、去年から司会などの手伝いをしています。私は進学情報センターにおり、進路決定の参考になる金曜講座の意義はよくわかります。高校生に多種多様な学問の魅力が伝わるとよいと思っています。
昔はTAとして今はスタッフとして
申 私は学部生のときに掲示板でジュニアTAの募集を見て応募し、金曜講座を2年間手伝いました。3月まで国際社会科学専攻の博士課程にいましたが、4月から専任の特任助教として働いています。全国の高校と協定を結ぶ際の実務などを担当しています。
大岡 修士から新井研究室にいて、手伝いは4年目です。会場でやってきたのは、ステージ前に机を並べ、パソコンを設置して会場の様子を全国の高校に配信する作業です。いまはZoom配信の補佐です。質問のために挙手をした高校生たちに発言権を与え、司会の先生に案内する役目です。多いときは数十人が一度に手を挙げますね。開催の1週間前からSNSで告知をする仕事もやっています。
季高 私は学部4年のときから手伝っています。大岡さんが話した業務以外だと、会場の照明の調整切り替えなどもやっていました。
佐藤 先輩方の隣で音声と映像が各高校に届いているかどうかのテストをやっています。
新井 オンライン配信は、2004年に香川県立丸亀高校の先生からのリクエストで始まりました。当時としては先進的でした。去年までは、高校の先生方がパソコンで受信し、視聴覚室などのスクリーンに投影して高校生に見せていました。ただ、これだと休校中は受講できないので、今年はZoomウェビナーでの配信のみに変更しました。協定校の生徒は自宅から受講し、質疑応答にも参加できます。
申 受講したい高校生は学校の先生に相談するようホームページで案内しています。
――近年で人気が高かった回といえば?
新井 来場者数が一番多かったのは2017年の梶田隆章先生の回で、500人集まりました。11号館の大教室がすぐ満杯になり、別室を用意して中継画像を流しました。オンライン配信では1600人の高校生が受講しました。
季高 その日、会場でマイクランナーをしていました。質問も多く、熱気がありましたね。
新井 次に多かったのは2018年の西崎文子先生の回。300人集まり、立ち見も出ました。
――高校生から鋭い質問が飛ぶそうですが。
鳥井 私の回で、場所によって時間の進み方が違う、だから一人一人が実はタイムマシンだ、と話したら、人によって時間の進み方が違うのに共通の1秒の定義が存在するのはなぜか、と聞かれてハッとしたことがありました。研究者が無意識に使う言葉が実はテクニカルタームだったと教えられたりもします。
永井 私の回では、人文学は役に立つのか、文学は仕事に結びつくのか、と問われました。
高校生同士が刺激を与え合う場
新井 来場した近郊の高校生だけでなく、オンラインで質問する全国の高校生もきらきらしています。そして、鋭い質問に、他の高校生が刺激を受けている様子が伝わります。金曜講座の長所は全国の高校生が質問と答のやりとりを共有することだと思います。東大生からの質問にも高校生は注目しています。
鳥井 講演は60分ですが、その後の質疑応答に1~2時間かけていますよね。講演後こそ本番という感覚があります。
――今年は受講者が激増したそうですね。
新井 5月中は高校が休校だった影響でしょう。私は5月8日にウイルスの話をしましたが、タイムリーだったのか大反響でした。当初Zoomは上限500の契約でしたが、反響を見て3000に更新。超過分はYouTubeでライブ配信し、最終的に約5000人が受講しました。
季高 初めてZoomだけで行うという緊張感がありましたね。3000人を超えるわけないと話していたら軽く超えて、びっくりでした。
――講演時の注意点はありますか?
受田 高校生に話すときは、あれもこれもと欲張って話すのでなく、8割ほどの感覚でいたほうが伝わるという感触があります。
永井 鳥井先生は、今日はこの数式しか使いません、と講演の冒頭に話されましたよね。
鳥井 恐怖心を減らそうと思ったんです。専門的すぎることを話すとしーんとなります。運営側としては、研究者の道を選んだ経緯も話してくださいとお願いしています。
永井 私個人の話ですが、鳥井先生の回で浦島効果について聞いたのがきっかけとなり、「『源氏物語』幻巻の四季と浦島伝説」という論文を書きました。異分野の話を聞くことで、教員側もよい刺激が得られます。
新井 裏方として、主役である講演者と受講者に満足してもらえるよう頑張っています。登壇される先生方には本当に感謝しています。
――金曜講座を経験した東大生もいるとか。
東大生の1割が講座の経験者!?
新井 私の授業で質問すると毎年100人中5~10人は手が挙がります。地方にいる高校生たちの進学意欲を高められたら嬉しいです。
申 私の高校は熊本の進学校でしたが、東京への進学を考えられない女子生徒も多いです。でも高校の東大オープンキャンパスツアーに参加し、研究室を見学したのがきっかけで東大に進学した友達がいました。同様に金曜講座は大きな意味を持ちます。地方にいながら東大の先生の話が聞けるのは大きな刺激になります。今年、熊本の自分の母校に声をかけて、新たな協定を結べたのが嬉しかったです。
大岡 100件もの質問をさばいていると、熱心な高校生がたくさんいると実感します。新潟出身の自分としては、高校の頃から東大に関心を持っている時点ですごいと思います。
永井 私は茨城の出身です。自分の母校を含めて茨城の協定校も増えるといいのですが。
受田 私は千葉出身。ライバルですね(笑)。多くの地方の高校生に参加してほしいし、名門校の高校生には高度な質問を発して地方の仲間を刺激してほしいです。当初の目的は金曜講座からノーベル賞をとる研究者を輩出することだったと聞いたことがありますが、そうでなくても、東大に入らなくても、学術に興味を持つ若者が増えれば絶対にプラスです。講座の効果は幅広く捉えていいと思います。
佐藤 先生によってプレゼンのやり方が違うので毎回勉強になります。最近だと枡田祥子先生の薬の回が面白かったです。研究と社会とのつながりがわかった気がしました。
季高 私は2018年の小豆川勝見先生の回が、フレンドリーな喋り方で印象に残っています。文理問わず様々な分野の話が聞ける機会を高校生に提供する手伝いができるのは光栄です。
大岡 東大と高校生をつなぐ重要な配信作業を今後も責任感をもって続けます。将来研究者として金曜講座で講演できたら最高ですね。
進路選択の教育の場を広げよう
鳥井 イギリスでは、ファラデーが子供向けに始めたクリスマスレクチャーと大人向けの金曜講話を200年近く続けてきて、ノーベル賞もあんなに獲得してきました。若い頃に科学と出会うきっかけを提供することに価値があります。東大生の前期課程教育を担う教養学部がこの講座を続けることに大きな意味がある。これも200年続くことを願っています。
新井 「進路選択のための教育」という意味が重要で、高校と大学をつなぐ役割の一端を金曜講座が担うと思います。オンライン配信は文部科学省も注目しています。今後は、地方からの進学を支援するサークルとのコラボで高校生からの質問に答える企画や、リカレント教育の一貫で社会人向け配信も始めたい。課題は運営資金です。今年度はFSIの支援をいただきましたが、来年度の目処は立っていません。東大基金の活用や、社会人から参加費をいただくことも考えたい。講演者や運営についても、教養学部だけでなく全学の皆さんと連携し、Society 5.0時代の遠隔教育における優れた取組みとして金曜講座を成長させたいです。ぜひご支援をお願いいたします。
2020年度Aセメスターのラインナップ
9月25日 | 大泉匡史「意識の謎は数理で解き明かせるか?」 |
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10月2日 | 國分功一郎「新型コロナウイルス感染症対策から考える行政権力の問題」 |
10月9日 | 池内与志穂「脳の作り方を探す」 |
10月16日 | 渡邊淳也「認知モードの言語間比較」 |
10月23日 | 鎌倉夏来「地域活性化を考える:産業立地の視点から」 |
10月30日 | 井上純一郎「新型ウイルス感染症:東大の基礎研究から生まれた治療薬の種」 |
10月31日 | 水島 昇「オートファジー:細胞の中のリサイクル」 |
11月6日 | 吉岡伸輔「スポーツ動作研究から考える身体運動の仕組み」 |
11月13日 | 岡地迪尚「国家債務危機と金融危機」 |
11月20日 | 五神 真「光と物質の新たな出会い ~光科学の最前線への招待~」 |
12月4日 | 木田良才「群の広がり ~フーリエ展開をきっかけに~」 |
Aセメスターはいつもより回数を増やしての開催に(青字は総合文化研究科以外からの参加)。井上先生と水島先生の回は、教養学部長の太田邦史先生が長を務める東京大学生命科学ネットワーク「生命科学シンポジウム」とのコラボ企画です。11月20日には五神総長がご自身の光科学研究について全国の高校生に直接語るという貴重な機会が予定されています。乞うご期待!