第1123回淡青評論

七徳堂鬼瓦

江戸前鮨とSociety 5.0

江戸の痕跡を探しながら東京の下町を歩くのが好きだ。昔から変わらないであろう江戸前島や本郷台地の微地形を踏みしめながら、暗渠や運河跡を歩くのは心が弾む。

散歩の目的地がお鮨屋さんの時はなおさらだ。江戸前鮨は実に繊細なしごとがしてある。まさに匠の技である。お鮨を頬張りながらふと思った。

なぜ日本の鮨文化はこんなに世界に誇れるまでに成熟しているのであろうか?

聞けば大将は銀座の有名店を数店渡ってから独立したとのことである。なるほど。

お鮨の技は「秘伝として技術を守る」といった感じなのだろうと漠然と思っていたが、実情は真反対であったのだ。

鮨業界では知が見事に共有されているのである。協調領域の醸成ができている。言葉を変えると、匠を育てるエコシステムが出来上がっているのだ。

だからこそ、逆に独立にあたっては個々人がさらなる工夫をしなければならない。知を共有することで進化し、業界全体が盛り上がり、結果私を含む全世界が幸せになる。本当に良いシステムを作ってくれたことに感謝。

ん? これは、知を共有し、新たな付加価値をつけることにより皆が幸せになるという、Society 5.0が目指す社会の価値観そのものではないか。

江戸前鮨のしごとをデータに置き換えることですっと腑に落ちた。

来る知識集約型社会においてはデータが価値の根源となる。私は最近、これを如何に共有してさらに価値を高めるかについてよく考える。データ活用がもっとも効率的に進む仕組みとはどのようなものか。難問である。一見、自分のデータは自分だけで使う方が良いように思えるからである。共有する方が結果素晴らしい世界になることを、鮨職人の「粋」の世界で説明するのは無謀であろうか。

新型コロナウイルス感染症への対応として、データ活用社会への移行はさらに加速するであろう。その社会において皆が幸せになる仕組みづくりは、大学が果たすべき大きな役割と思うが如何だろうか。

小林洋平
(物性研究所)