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第41回

教養教育の現場から リベラル・アーツの風

創立以来、東京大学が全学をあげて推進してきたリベラル・アーツ教育。その実践を担う現場では、いま、次々に新しい取組みが始まっています。この隔月連載のコラムでは、本学の構成員に知っておいてほしい教養教育の最前線の姿を、現場にいる推進者の皆さんへの取材でお届けします。

「それ何マグロ?」からはじまる生命科学実験体験

/全学体験ゼミナール「身近な生命科学実習-マグロの魚種判別実験-」

お話/自然科学教育
高度化部門
特任准教授
鹿島 勲
鹿島 勲

――何マグロかを調べる目的は何ですか。

学生が興味を抱きやすい魚を題材にした分子生物学的実験を通じ、基礎的な実験スキルと考察方法を習得し、ニュースでよく見るDNAやPCRといった生命科学用語を理解することです。見たり食べたりしただけでは素人にはわかりませんが、誰が何度やってもわかるよう切身からDNAを抽出・増幅して調べます。特定のDNA配列を狙えば何マグロかがわかるんです。ちなみに私は魚の専門家ではなく、さばくこともできません。3日間の集中講義の最初にはいつも「さかなクンじゃないよ」と断りを入れています

――DNAがあれば何でもわかるんですか。

新種でなく既知のものなら、太平洋産クロマグロ、大西洋産クロマグロ、ミナミマグロ、メバチ、キハダ、ビンナカといった種別に分類できます。天然か養殖か、美味しさまではわかりませんが

30のマグロ片からDNAを抽出

学生は、私が用意した20~30サンプルの切身から耳掻き一杯分ほど掻き取り、ゴミを除いてDNAをキレイに精製します。それからPCR装置にかけてDNAを大量に増やし、特定領域の配列を確認します。どのマグロでもAとGとCとTの配列はほとんど同じですが、よく見ると違います。水産庁の技術資料と公共データベースをもとに配列中で最も相応しい場所を選び、酵素のハサミで切れるかどうかを確かめることで種別を特定します

――コロナでよく耳にするPCRですね。

実験後、判別結果を各自のラボノートを突き合わせて発表します。種別を間違えても、その原因を挙げ、どの段階まで戻ればよいと考えたか、理由を言えればOK。サンプルにはマグロ以外も入れています。DNAが増えず、実験に失敗したと思ったときに、マグロでない可能性に気づくかどうか。他の動物種でも増えることが自明の試薬を使って実験をすれば、実験が成立していたのかどうかわかります(インターナルコントロール)。操作自体は単純ですが、随所に仕掛けがあり、科学実験の基本がないとクリアできないゲームのようなものにしています

例外の価値に気づける授業に

結果はAかBかCのはずだから確かめて、と言われて行った実験で、Cに限りなく近いが違うDという結果が出たとします。そのとき消去法で「Cでした」の一言で報告を終えてはダメ。差異の正体がわからなくても、騒げば周りが反応できます。ただのミスかもしれないけど、実は大発見が隠れているかもしれないし、実験計画上重大な欠陥があるのかもしれない。実験で想定外の結果が出たときにどう振る舞うかが研究者にとって重要です。受験勉強に最適化された思考を身につけた学生が例外の価値に気づける授業を目指しています。それは生命科学以外の学問領域や実社会でも活躍するために必要な素養の一つだと考えています

――「茶わんの湯」と同様、身近な部分から本質に迫る授業ですね。今後の展望を。

一つは、身近なものや手軽に買えるもので実験を行うDIY biologyのエッセンスを導入したいです。実験を理解すれば代用できるモノがわかってくる。失敗を恐れず、異分野の常識を自分の実験に導入してみる。国際機関の公衆衛生に関わるあるプロトコールにも着目しています。本実習から学術領域を自由に横断する文理融合の授業を展開できたら、当部門はお寿司屋さんですね。茶とマグロ(笑)

❶実習のポスター用写真。「以前は築地市場でサンプルをもらっていました」(鹿島先生)。
❷切片からDNAを抽出。
❸DNAの配列情報をパソコンを用いて解析。
❹種別ごとのDNA配列(一部)。白いところの違いに着目して判定します。

※1477号本欄に掲載

教養教育高度化機構(内線:44247)KOMEX

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総長室だより~思いを伝える生声コラム~第28回

東京大学第30代総長五神 真 五神 真

40年後の社会を見据えた大学債発行

2006年に国連のアナン事務総長が提唱したPRI(責任投資原則)は着実に拡がり、民間企業もCSR(社会的責任)からCSV(社会的共通価値の創造)へと、より積極的に社会的責任を果たすことが重視されています。その中で、東京大学は日本初の長期の大学債を10月に発行することを決定し、メディアからも注目されています。この「東京大学FSI債」の背景について説明しようと思います。

2015年の総長就任後、「変革を駆動する大学」という理念を掲げ、地球と人類社会の未来に貢献する「知の協創の世界拠点」の構築を全学共通の目標と定めました。その実現には、大学が自立し、能動的な経営体となることが不可欠と考え、様々な改革を進めてきました。一方で、知識・情報とそれを活用したサービスの価値が中心となる、知識集約型社会への転換が急速に進んでいます。しかし、無形の、知的な資本に対する価値付けは必ずしも適正に行われず、デジタル技術を駆使したビジネスがその隙を突いて急成長した側面は否定できません。モノ主体の経済が前提であった、市場原理の資本主義の歪みや限界が顕在化したとも言えます。ダボス会議でもこれを捉え、ステークホルダー資本主義への転換の重要性が議論されています。フランスでは、利益以外の目標を達成する責任を負う「使命を果たす会社」を導入する新しい法律が2019年に制定され、食品大手のダノンが第1号となりました。しかし、日本では、このような未来への投資循環がなかなか始まりません。

このような状況をふまえ、私は多様な知という無形の価値を生み出す大学がこの流れを生み出すきっかけを作るべきと考えました。それが長期大学債の発行です。未来への備えとして必須の、知的な価値を生み出すための先行投資の必要性・重要性を大学が市場に直接訴えかけ、それが市場から評価される中で新たな資金循環が生まれ、未来型のより良い経済システムが創出されるのです。調達した資金は、Society 5.0へ転換するための大学の機能拡張を加速させる先行投資資金として活用できます。さらに、この社会変革が大学以外のセクターにも広く拡大していくのです。

この5年余りの改革により、償還財源構築はすでに出来ています。今、私たちが行うべきことは、償還のための収益事業化ではなく、大学の未来の社会的価値の追求です。知の価値が正しく評価される、新しい経済システムを、大学自らが作り出していくことに皆様の積極的な参加を期待しています。

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シリーズ 連携研究機構第28回「知能社会創造研究センター」の巻

鶴岡慶雅
話/機構長
鶴岡慶雅先生

情報学と諸学の乗算で価値を創出

――キーワードはSociety 5.0でしょうか。

目指す方向は近いと思います。情報技術を活用してよりよい社会を実現するには、諸分野と最先端の情報学を融合し、情報学の技術と方法論を適用した新しい価値創造が不可欠です。私たちの狙いは、情報学関係者と情報学を応用しうる研究者が集う場となり、情報学を他分野と融合して新たな学術分野を生むこと。そして、生まれたものを社会実装することです。教員の起業も含めて研究成果の社会展開を促進します

知能社会国際卓越大学院プログラムと密接に結びついているのも特徴です。このプログラムは全研究科の博士課程学生が対象で、一学年20人ほどの規模です。プログラムに採択された学生に実践フィールドを提供し、卓越した若手人材育成の場としても機能します

前情報理工学系研究科長の石川正俊先生が声がけを進め、学内の全15教育部局にご参画いただきました。現在、24人の参画教員がいます。情報学はあらゆる分野で必要度が高まっていますから、東大全体で連携を進めることには大きな意味があると思っています

――たとえばAIセンターとの違いは何でしょうか。

AIセンターはAI技術を高めることに、私たちは情報学と他の学問の掛け算で新しいものを生むことに重点を置いています。他の情報系の連携研究機構(AIセンター、MIセンター、VRセンター、SIセンター)と歩調を合わせ、私たちの略称はIWセンター。Intelligent Worldの頭文字です。実世界の森羅万象の情報をコンピュータで扱える形にし、これまでできなかったことができるようになる世界がIntelligent Worldだと思っています

――○○学と情報学の掛け算の例を教えてください。

たとえば歴史学×情報学。普通、古文書は専門家しか読めませんが、AI技術を活用すれば、くずし字をデジタル化して利用しやすくできます。古文書の自動翻訳やテキストマイニングから新しい知見が生まれるでしょう。×医学ならAI診断やロボット介護システム、×農学なら各種センサを活用したスマート農業、×社会学ならVRツーリズムなど、可能性は多々あります。私が卓越大学院の薬学系の学生さんと進めているのは、論文を解析して実験を効率よく進めるヒントを抽出する研究です。学生や若手研究者の支援になるはずです

――2030年にはどんな成果が出ているでしょうか。

現在の延長線上に成果を予測できる性質の組織ではありません。まだ誰も気が付いていない何かを創ろうとしているので展望は本質的に難しいです。情報学は各専門分野と噛み合ったときにこそ大きな力を発揮します。あらゆる分野の研究者に声をかけていきます

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ワタシのオシゴト RELAY COLUMN第172回

新領域創成科学研究科
予算・決算チーム上席係長
高橋 元

新しい領域

高橋 元
机の上はきれいにしています

新領域創成科学研究科予算・決算チームの高橋です。本研究科は、新しい学問領域を創り出す目的で設置され、工学、理学、医学等の理系分野から国際協力といった文系分野まで幅広い分野の教員が集り、また他部局とも積極的に連携し、教育研究を行っている部局になります。

その中で、私は部局内の財務業務を担当しております。特に予算業務に関しては、単にお金だけのことではなく、部局運営(経営)そのものに関わることになるため、執行部の先生方の議論を間近で聞くことができ、大変充実感があります。

議論の場は、主に毎月2回あるのですが、毎回、長時間に渡り、真剣な議論をしている姿を目の当たりにし、これから新領域がさらに発展してほしいと願っています。

また、日々の業務において私が心掛けていることですが、誰に対しても誠心誠意、丁寧に対応するということを意識しています。できる限り、皆様から期待される人でありたいと思っております。

皆様、ぜひ柏キャンパスにもお越しください!

最高の組合せ(ホッピー、煮込、もつ焼き)
得意ワザ:
どこでもすぐ寝られる
自分の性格:
ほどほどに真面目
次回執筆者のご指名:
飯塚亜美さん
次回執筆者との関係:
前職場での同僚
次回執筆者の紹介:
若手のホープです
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デジタル万華鏡 東大の多様な「学術資産」を再確認しよう

第15回 史料編纂所准教授荒木裕行

江戸幕府の内幕を記す記録

月番日記(老中公務日記)文政4年10月表紙(史料編纂所所蔵)

史料編纂所は明治維新以前の日本を取り扱う歴史学の研究所です。起源をたどると寛政5年(1793)に創立された和学講談所にたどり着きます。明治以後、政府の修史局などを経て帝国大学に所属し、戦後は附置研究所となりました。『大日本史料』など日本史学の基幹的史料を1100冊以上刊行してきました。研究のため、日本・世界の各地で史料収集を進めています。

史料収集は、影写・模写・写真撮影など複製によって行うのが基本ですが、史料原本も多く収集されてきました。国宝の島津家文書や19件の重要文化財を始め、20万点の史料を所蔵しており、画像のウェブ公開も積極的に進めています。

2018年度から「備後福山阿部家史料」のデジタル化・公開を行っています。この史料は江戸時代に備後国福山藩(現広島県福山市)の藩主だった阿部家が残したものです。阿部家の江戸藩邸は本郷丸山(現文京区西片)と東大の近所にありました。

阿部家史料は冊子類を中心に合計743点あり、阿部家当主が老中・京都所司代・寺社奉行などの幕府役職を務めていたときに作成した日記など、江戸幕府の政治を解明する上で極めて重要な史料を多数含んでいます。ペリーが来航した時に老中首座として幕府を率いていた阿部正弘の日記・書状も多数あり、日本の近代化・国際化の歴史を研究するには、基礎的かつ必読の史料であると考えられます。

「備後福山阿部家史料」は状態が悪いこともあってか、これまではほとんど利用されてきませんでした。今回のデジタル化を契機に分析が進み、新たな日本史像が明らかにされることを期待しています。

月番日記(老中公務日記)文政4年10月7日条(史料編纂所所蔵)

www.hi.u-tokyo.ac.jp/index-j.html

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インタープリターズ・バイブル第157回

科学技術インタープリター養成部門
特任講師
内田麻理香

自らの偏りを自覚せよ

新型コロナウイルスについて、「専門家」や「有識者」が次々とメディアに登場し、しかも異なることを主張している。何を、誰を信じたら良いのだろうかと戸惑う。

新型コロナウイルスのような、未知のウイルスに対し、専門家の見解が異なるのは当然だ。そもそも、科学とは現時点でもっとも確からしい仮説を積み上げた知識体系である。より確実だと考えられる知見を積み重ねていくのが、最先端の科学の姿である。

また、新型コロナウイルス対策は、科学の観点のみで判断できない。経済へのダメージなども考慮する必要があるし、行動を自粛し続けていけば、暮らしの楽しみも損なわれる。そうなると、感染症以外の「専門家」たちが、各々の知見を披露して参戦することになり、百家争鳴の状態に陥る。

いまは、「コロナは騒ぐほどの病ではない」と考える経済重視派と、感染拡大の防止のために行動自粛を考える慎重派と、議論が二極化しつつあるように見える。後者からみると、前者を主張する者たちは、科学リテラシーが低いように思える。しかし、これはリテラシーの問題なのか。

米国の刑法学者、ダン・カハンは、地球温暖化など見解が二極化する議論についての、科学コミュニケーション研究をしている。彼の研究結果によれば、地球温暖化は人間活動の結果ではないと考える「地球温暖化懐疑論」を支持する者は、経済活動を重視する共和党支持者に多いという。彼らは、科学リテラシーが低いわけではなく、「科学的知識」が増えれば増えるほど、地球温暖化懐疑論を支持する傾向があるという。

情報量が多くなるほど、自らの見解を正しいと考える「フィルターバブル」現象は、科学に関わる場合でも起こる。例えば、私は自粛が苦にならないから、自粛を是とする「科学的知識」を集め、自分の信念を強めているかもしれない。仮に、私がいま大学1年生だと想像してみよう。キャンパスライフを楽しめない不満から、授業をオンラインで進める大学に対し、過剰にコロナ対策をしていると考えるかもしれない。そして、「コロナは騒ぐほどの病ではない」とみなす見解に一票を投じ、そのような情報を収集していくだろう。

誰しも、自らの信念や思い込みから自由になることはできない。大事なのはその自分の偏りを自覚することだ。巷にあふれる「エビデンス」も、それを説く者の背景を考えて見直す必要がある。そう考えると、今の分断した言論の状況に対し、少し冷静になれるのではないか。

science-interpreter.c.u-tokyo.ac.jp

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専門知と地域をつなぐ架け橋に FSレポート!

第8回
工学系研究科博士課程1年桑原佑典

「ジオ」から見つめる十和田の魅力

FS青森県担当班(十和田湖畔にて)

私は昨年度FS青森県担当班として、「人口急減地域における地域コミュニティの作り方」をテーマに十和田湖周辺地域で活動しました。自分は幼少期より地球科学が好きで、現在も地質学を研究しているということもあり、この地域の「大地(=ジオ)」に注目しつつ活動を進めました。現地では十和田湖や、コケの森で有名な奥入瀬渓流、八甲田山や秋田県の小坂鉱山を訪れ、雄大な自然の背景にある「ジオ」の営みを感じました。例えば、十和田湖は噴火でできたカルデラ湖ですし、小坂鉱山は太古の海底熱水活動が生み出した鉱床です。こうした「ジオ」の恵みの上にこの地域の自然や文化が成り立っていることを実感し、「ジオ」をキーワードに十和田湖周辺地域の振興を図ろうと考えました。

しかし、「ジオの魅力」が豊富な地でありながら、地元ではそれが見過ごされ、十分に活用できていない現状にも気づきました。そこで、地学研究を行う立場を活かし、「ジオ」の活用の秘訣を知るべく、学会でジオパーク関係者や、地学教育の専門家の話を伺い、地学教育による若者の大地への関心の醸成と、研究者と住民の間のつながりが鍵となることを学びました。さらに、地学教育の実践として、地元の中学校で実験教室を行いました。私が幼少期に博物館のイベントでいただいた十和田の岩石標本を用いた解説や、十和田湖の形成を再現したココアパウダーによるカルデラ形成実験は生徒たちに大変好評で、地元の大地について興味を持ってもらえた手応えを感じました。

現地の中学校での実験教室の様子

本活動の成果は2月に現地の住民の方に報告したほか、今年の7月には日本最大規模の地学系の学会である日本地球惑星科学連合大会にてオンラインポスター発表を行いました。学会で発表できたことは、FSの成果を社会に還元するという点で意義深いのではと思います。私たちのFSでの活動期間は短く、自分達にできることは限られていました。しかし、私たちの活動をきっかけに十和田湖周辺地域で「地域おこしにおけるジオの活用」の気運が高まればいいなと考えています。

www.u-tokyo.ac.jp/ja/students/special-activities/h002.html