第1125回淡青評論

七徳堂鬼瓦

科学技術研究に国境がある?――米中対立と研究の自由

近年の米国が中国との対決姿勢を強めているのは周知のことであるが、その影響は科学技術の現場に及んでいる。今年に入り、中国の「千人計画」に参加していたハーバード大学教授が、虚偽の報告を米国政府にしたなどの嫌疑で逮捕・起訴された。また、中国華為電子(Huawei)に対する起訴容疑には、組織犯罪防止法(RICO法)違反が挙がっている。これは通常マフィアなどの犯罪に使われる法律で、企業に適用するのは異例だ。要は、米国当局は一部の中国企業を「反社会的勢力」とみなしているわけで、協力をすると、その一味徒党と見られる可能性があるわけである。

こうしたことは、二つの面で懸念される。一つは、中国との知的交流の面である。本学に在籍する留学生には、真面目で優秀な若者が多い。米国が消極的であれば、むしろ中国からの留学生を前向きに受け容れるのが、日本の役割だろう。彼らが自由に研究できる環境を整えるには、米国の学会にも安心して出張できるようにせねばならない。

いま一つは、基礎的な研究は応用範囲が広いことである。筆者が四半世紀前に先端研に着任したとき、昆虫の運動を研究する教授がおられて、貴重なサンプルをキャンパス内で見つけた、と喜んでおられた。捕虫網を友とする少年時代を送ったことのある筆者には、少しうらやましくもあった。だが、カナブンや蚊の大きさで飛翔できる機械を工学的に造るのは困難であって、昆虫の運動能力には、米国国防高等研究計画局(DARPA)が早くから注目している。研究成果を中国に流出させれば、米国当局には、安全保障上懸念すべき対中協力と見えるかもしれない。

この二つの面について、単に現場の研究者に任せて情報管理の強化を図ってみても、十分ではない。研究と無関係な事情で個々の研究者が危険にさらされてはならない。そう考えて、いま「先端研究者セキュリティ・シールド」プログラムというのを構想している。人の世の汚い面に触れるのを生業とする法学者としては、少年のように純粋な心の研究者を護る仕組みを、草の根のレベルで構築したいと考えている。

玉井克哉
(先端科学技術研究センター)