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第43回

教養教育の現場から リベラル・アーツの風

創立以来、東京大学が全学をあげて推進してきたリベラル・アーツ教育。その実践を担う現場では、いま、次々に新しい取組みが始まっています。この隔月連載のコラムでは、本学の構成員に知っておいてほしい教養教育の最前線の姿を、現場にいる推進者の皆さんへの取材でお届けします。

世界最大級の起業コンペの東大大会を学生と運営

/SDGs教育推進プラットフォームと学生有志の取組み

岡田晃枝
初年次教育部門准教授
岡田晃枝
谷口朋
薬学部3年
谷口朋さん

――KOMEXのSDGs教育推進プラットフォームが学生向けの起業プランコンテストを開催したんでしょうか。

岡田「HULT PRIZEという世界最大級の社会起業コンペが2009年から開催されていて、その東京大学大会を学生有志と共催したんです。毎年各国から200万人以上、日本では今回38大学が参加しています。大学大会、アジア大会を経て、米国で開催される本大会で優勝すると100万ドルの事業資金が授与されます

本大会の優勝賞金は1億円!

――約1億円!? すごい規模ですね。

岡田「クリントン財団が支援し、国連が本大会の公式サポーターを務めています。社会問題を解決するスタートアップの創出が目的で、SDGs教育にも大きく資する試みです。参加を志す学生がいると知り、声をかけて共催にこぎつけました。それが谷口さんです

谷口「インターンの体験を通して、社会課題解決の活動を持続するには経済の力が重要と痛感し、ソーシャルビジネスに興味を持つようになりました。学生が申請して承認を受ければ大学大会が開催できると知り、3人の仲間と事務局を結成しました。過去の国内大会からはまだ本大会進出がないのでそれを実現したいです

――どんな活動をしてきましたか。

谷口「申請が通って東大大会開催が9月に決まり、10月に説明会を開きました。参加者募集では岡田先生の力をお借りしてITC-LMSで告知できたのが大きかったです。その後、勉強会を5回行いました。ソーシャルビジネスの現場を知る皆さんに講師をお願いし、質疑応答やプレゼンの「壁打ち」を繰り返しました。勉強会で知り合った同士でチームを組んだケースもあります。あまり社会課題に興味を持っていなかった人が勉強会で刺激を受ける姿を見て、問題に向き合うからこそアイディアが出るんだ、と気づきました

――そうした経緯を経て、東大大会を12月12日に開催したんですね。

「食」で社会をよくする新事業を

谷口「1組3人程度からなる11チームがオンラインで参加し、英語のプレゼン6分+質疑応答4分の各10分間で案を競いました。HULT PRIZEの今回のお題は「Food for Good」。昆虫食の事業、ハエの分解力で飼料用の肥料を作る事業、知育のための食材宅配事業といった案が出る中、家電にAIを組み込んで各家庭のフードロスを減らす事業を提案したチームが優勝しました

岡田「今回、石井菜穂子理事、元理事の江川雅子先生、医療ベンチャーに詳しい木村廣道先生、元欧州復興開発銀行の中沢賢治さんの4人に審査員をお願いし、国連広報センター所長の根本かおるさんには開会挨拶をお願いしました。学術だけでなく産業界や国際機関まで幅広い知見を持つ皆さんが協力してくれました

谷口「皆さんの言葉から、学生の可能性を信じてくれていることが伝わりました。物理的にも思考的にも既存の枠組みに囚われるなという助言が印象的でした

――アジア大会後の課題は?

岡田「文理融合や社会連携が必須のソーシャルビジネスを考えることが教養教育に有効なのは明らかで、KOMEXとしても引き続き盛り上げていきたいです。ただ、HULT PRIZEは学生の自主性が何より重要で、大学側がどこまで関わるのがいいかは少々難しいところ。谷口さんに続く学生の出現に期待しています

❶優勝者決定後の記念撮影。上段左から中沢賢治氏、石井菜穂子先生。下段左から木村廣道先生、江川雅子先生、優勝チームTheChangeMakersの近藤壮真さん(文科二類2年)、江川将さん(理科三類2年)、松田新さん(文科一類1年)。本大会は9月の予定。
❷Hult Prize財団から提供されたロゴ。
❸運営メンバー。前列左から山川綾菜さん(文科一類2年)、谷口さん。後列左から岡田先生、大野すみれさん(文科二類2年)、佐藤美乃梨さん(理科二類2年)。
❹東大大会のウェブサイトより。www.hultprizeat.com/utokyo
❺大会を共催したSDGs教育推進プラットフォームのロゴ。

教養教育高度化機構(内線:44247)KOMEX

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部局長だより~UTokyo 3.0 を導くリーダーたちの横顔~第13回

大気海洋研究所・先端科学技術研究センター

「地域の海から世界の海まで」

河村知彦
大気海洋研究所長
河村知彦
趣味:カタツムリ採集

大気海洋研究所は、海洋と大気の構造や変動メカニズム、および海洋生物に関する様々な基礎研究を行っています。岩手県大槌町にある附属施設、国際沿岸海洋研究センターでは、震災からの復旧の過程を歩む中で地域ともに海について考えるFSIプロジェクト「海と希望の学校 in 三陸」を始め、地域の中学・高校と連携協定を結ぶまでになりました。来年4月に敷地内に開館予定の展示施設「海の勉強室」も多くの方に親しんでもらえる場となることを願っています。基礎研究に加えて社会連携活動を活性化することで、所にうまれた新しい潮流を推進していきます。

「オーシャンDNAアーカイブ解析拠点」、「水と気候の大規模データ拠点研究」などその他にも多くのFSIプロジェクトに取り組んでおり、来春には「亜熱帯Kuroshio研究教育拠点の形成と展開」も始まります。気候変動による亜熱帯化に備えて、奄美大島に新たな研究教育拠点を形成することを構想中です。

来年度には、30歳になった白鳳丸の大規模修繕を1年かけて行う予定です。研究船は、大気海洋科学の基礎研究に不可欠なばかりではなく、次世代の研究者の育成にも重要です。研究船による共同利用・共同研究の仕組みをこれからも守り続けることは所の重要な使命です。

人と自然を一体と捉える科学技術へ

神崎亮平
先端科学技術研究センター所長
神崎亮平
趣味:チャレンジ

先端研では「必要な制度はなければ作る」が全所に息づいています。宇宙飛行士の野口聡一さんが当事者研究で学位を取り、くまモン研究員がVR論文の筆頭著者となったのも、その効果でしょうか。

昨年始めたのは、障害があっても研究を進められるアカデミアを実現するためのインクルーシブデザインラボです。研究室をロボット化したり実験を自動化する試みは、子どもや遠隔地の人にも有効。再現性の高さは研究倫理にも繋がります。地域の複雑な問題に多分野の研究者が挑む地域共創リビングラボは熊本から北海道まで広がりました。研究室の枠を超えて展開する生命・情報科学若手アライアンス、真のシンクタンクを目指す創発戦略研究オープンラボも始まっています。

材料、環境・エネルギー、情報、生物医化学、バリアフリー、社会科学のカテゴリーに40以上の分野・部門がありますが、今年度加わったのは、先端アートデザインです。科学の前提は自然の制御を狙う西洋の思考ですが、先端研は自然と人を一体化して捉える東洋の思考も包摂した科学を目指したい。それには芸術や音楽や宗教の力が必要です。9月には金剛峯寺と連携協定を結びました。世界の仲間や子どもたちと未来を考える高野山会議を夏に開催予定。「和の花」、咲かせます。

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シリーズ 連携研究機構第30回「構造生命科学連携研究機構」の巻

吉川雅英
話/機構長
吉川雅英先生

クライオ電顕を核に生命構造を理解

――構造生命科学とはどんなものでしょうか。

1990年代に盛んになった構造生物学は、X線結晶解析やNMR(核磁気共鳴)の手法を用い、タンパク質の分子構造を理解してきました。この構造生物学と生命科学とを融合するのが構造生命科学です。原子レベルから細胞、組織、臓器まで含むクロススケールの構造を観察し、様々な生命現象の仕組みを一貫して解明することを目指します。そのコアはクライオ電子顕微鏡です。cryoは低温の意。試料を一気に凍らせ、真空中で電子を当てて見る顕微鏡です。基本技術は以前からありますが、2013年頃から新しいカメラと画像解析プログラムが出現し、飛躍的に進化しました

――従来のものと比べて何がいいんでしょうか。

光学顕微鏡や通常の電子顕微鏡では、試料を染色して余計なものを加えないといけませんが、クライオ電顕なら染色せずに分子自体が見られます。光学顕微鏡で見えない細胞膜の細かい構造や、膜の上にどんなタンパク質があるかも見られる。2017年のノーベル化学賞がこの技術の開発者に贈られたことでも価値は瞭然です。様々な方向から撮った約100万分子の画像をコンピュータで計算し、重ね合わせて三次元データを構成する、ハードに加え情報処理が大切な顕微鏡です

――画像がCGアートっぽいのはその影響ですね。

Titan-Krios2-G4i
最新機種Titan-Krios2-G4i

1台数億円と高価ですが、実は東大には最新機種が3台あり、これらを皆でもっと有効に共同利用できるように、と4月に生まれたのが当機構です。学内外から申請を受け、有償で貸し出しています。1日約7000枚、3テラほどの画像データを提供します。装置稼働率はメンテを除けば80~90%。日本のクライオ電顕構造のうち約3分の1は東大発です

次代の構造生命科学を担う学生の教育も機構の重要な機能です。装置の使い方だけでなく原理を知っておかないと、トラブル発生時に対処ができないし、解析手法の改良にもつながりません。現在、6研究室が連携して60人規模の勉強会を定期的に実施しています

――クライオ電顕に弱点はないんでしょうか。

見られる範囲が狭いことと、凍らせるので動きは捉えられないことですね。そこで機構では、高解像度の光学顕微鏡、電子顕微鏡、アレイトモグラフィーといった複数の手法をうまく組み合わせて解析するプロジェクトも始めます。場所を確保し、専任の技術職員を配置して4月から稼働の予定。機構の装置は連携部局所属でなくても使えます。ぜひご利用ください

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ワタシのオシゴト RELAY COLUMN第176回

医科学研究所
研究支援課 調達契約チーム
吉田佳実

白金台キャンパスで日々奮闘中!

吉田佳実
駅からすぐの、医科研正門にて

昨年度に新規採用され、「令和」発表の日から医科学研究所に配属されました。あっという間に2年が経とうとしていますが、まだまだ未熟者で皆様にご迷惑をおかけしてばかりの毎日です。

調達契約チームでは、運営費による契約・執行、発注業務、資産管理、廃棄物関係など幅広い業務を担当しており、その中で私は主に資産管理に携わっています。1年目は、初めて見聞きする単語が脳内を飛び交う中、マニュアル片手になんとか一つずつ業務をこなしていくような感覚でしたが、最近は少し慣れ、自力で対応できることも増えてきたように思います。職員の皆様をはじめ研究室の方々など多くの方に支えていただきながら、自然に囲まれた白金キャンパスで奮闘しています。

私生活では、時間を見つけては実家のふわふわワンコと遊ぶ生活でしたが、この1年は帰省もままならず……趣味の旅行にも行けず……。2021年は、公私ともに平穏な日々が戻ることを祈っています。

うどんが大好物の愛犬ラテです
得意ワザ:
おいしいタイ料理店さがし
自分の性格:
典型的なA型・長女気質
次回執筆者のご指名:
佐藤祐子さん
次回執筆者との関係:
同期
次回執筆者の紹介:
頼りになるお姉さん的存在
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デジタル万華鏡 東大の多様な「学術資産」を再確認しよう

第19回 農学生命科学研究科附属
生態調和農学機構 准教授
米川智司

農場博物館コレクション

東京大学の農場は、1878年に駒場の農学校に開設され、1935年に一高との敷地交換に伴い田無地区(西東京市)へ移転し現在に至っています。農学校の敷地は、駒場Ⅰ・Ⅱ、駒場公園、駒場野公園を含む広大な一帯であり、そのほとんどが西洋式の泰西農場でした。

農場博物館では、開設当時から現在に至るまで、標本として収集されたり、農場での作業で使用されたりしていた農具や農業機械を約200点所蔵しています。ここでは、2つの史料について紹介します。

大鎌刃(Scythe Blade)と小鎌(Sickle)。大鎌は刃のみだが、小鎌は柄付き

まずは、農学校で使用されていた大鎌刃および小鎌のコレクションです。英国またはドイツ製と考えられる大鎌刃が27種類、小鎌が19種類あります。大鎌は主に牧草の収穫に用いられ、刃長が1mを超えるものもあり、大男でなければ使用することは困難であったと容易に想像されます。西欧ではコンテスト(祭り)で使われたようです。農具ではなく、死神の持ち物のほうが馴染み深いと思います。一方、小鎌は主に穀物の収穫に用いられ、湾曲した鋸刃が特徴です。旧ソビエト連邦の国旗には「農」の象徴として描かれていたことを記憶されている方も多いと思います。

Bolens Ridemaster R11402型。乗用兼用歩行用トラクタ

もう一つは、田無で1952~58年に購入され使用されていた、米国ボーレンス(Bolens)社製歩行用トラクタのコレクションです。歩行用トラクタは、耕耘機やガーデントラクタなどとも呼ばれ、ボーレンス社は1919年に動力ガーデントラクタを世界で初めて開発した会社とされています。3機種4台の歩行用トラクタ、乗用兼用のトラクタ1台および小型ながら現在の形や機能を備えている16種類の作業機がコレクションされています。米国での販促ポスターでは、貴婦人が優雅に花園を手入れしているのですが、当時の日本人には大きすぎたようで、トラクタに引かれているようだったとの逸話が残っています。

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インタープリターズ・バイブル第161回

科学技術インタープリター養成部門
特任准教授
定松 淳

短大生に原発事故を教えた話

今期のプログラム受講生の間では、科学コミュニケーションにおける低関心層へのアプローチが話題になっている。私は以前、関西の短大で原発事故についての講義(一般教養的な枠で)をしたことがあるので、そのときの体験を紹介してみよう。短大にもいろいろあるが、勉強は嫌いでやんちゃな子が多い学校だった。1年目の授業の1週間前、「先生、来週原発の話するんやろ。難しい話嫌やわ。ビデオにしてや」と言ってきた子がいた。そこで福島事故のドキュメンタリー映像を見せた。15分後、振り返ると全員が寝ていた。

翌年度の同じ授業の回の前日、寝る時間を削って授業構成を考えた。「ビデオにして」というからには関心がないわけではないのだ。でも寝てしまうというのは「わからない」からだ。しかし、何がわからないのか。どういう説明の仕方なら彼女たちに届くのか。授業の最初に解説を入れることにした。

「原発事故が起きたら、①止める②冷やす③閉じ込める、が必要ってことになってる。福島事故は①には成功したんやけど、②に失敗して大事故になってしまったんや。そうすると③ができなくなって、みんなも聞いたことあるやろ、放射性物質が原子炉の外に放出されてしまうんや。放射線は体に悪い。アレに似てるんや。みんなも夏に避けたいやつあるやろ? ほら、お肌に悪いアレ、、、」「紫外線!」「そう!放射線にもいくつか種類あるけど、紫外線の強力な奴やと思ったって。で、紫外線はお肌の何に悪いって言う? お肌は生物学的には何でできてる? 漢字2文字、、、」「細胞!」「そう!紫外線もそうやけど、放射線は細胞のなかの大事なもんに悪さをしてしまうんや。みんな、細胞のなかにある大事なもんってなんや? こっちは英語3文字、、、ディー、、、」「DNA!」「そう!!放射線はDNAを傷つけるから、がんを起こしたり、遺伝に悪い影響がありうるんで恐れられとんや」「へー」ここからドキュメンタリーを見せた。今年はガイガーカウンターが鳴るシーンで「この音、放射線が飛んできてるのを測ってるわけな!」と解説。うなずいて画面を見る学生たち。ただし飽きないうちにと15分ほどで切り上げた。

ご専門の先生方からはお叱りを受けるような薄い内容だ。しかしこんな薄い内容にも、いくつか工夫がこらしてある。後日、「先生、あんときの授業、面白かったわ」と言ってもらえたのは、私の秘かな誇りだ。

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専門知と地域をつなぐ架け橋に FSレポート!

第10回
工学系研究科修士課程1年寺園結基
理科二類2年西尾美哉

小学生と考える高知の未来

私たちは、高知県高知市浦戸地区で、浦戸小学校の方と小学生と交流会を行いました。本来は現地で1年間活動をするプログラムですが、新型コロナウィルス感染拡大の影響に伴い、本年度はオンラインでの実施となりました。高知市は他都市と同様、人口減少・高齢化が進み、市内の特認校である浦戸小学校も、児童数の減少による廃校の危機から、学校を守るための活動に取り組んでいます。私たちは「東京からの学生」として何を伝えられるのかを度重なるミーティングを通して考え、交流会において、先生方や児童たちと、小学校や地域の活性化策についてともに話し合いました。

【第1回11月30日】 大学生の発表に対し児童が質問する形で進行され、「千葉でも閉校に近い学校があることに驚いた」「関東地方のイメージが変わった」「他県の学校に興味がある」などの意見がでました。

また、先生方からはIT教育に力を入れていること、特に5、6年生はプログラミングを利用して、ARゲームを独自で開発しているお話をうかがいました。

このゲームは、校内のあらゆる物にカメラを向けると、小学生たちが考えたキャラクターが画面上に出現するというものであり、来年初めには、転入予定生徒に披露するという説明をいただきました。

学生側からは児童に対し、外の世界を知ることの重要さ、学校だけではなく地域としての取り組みの必要性についてアドバイスをし、お互いにフィードバックを行いました。(寺園)

【第2回12月14日】 小学生の発表では、開発しているARゲームで利用されているキャラクターなどの詳しい説明が行われました。

第2回交流会の様子

我々からは発表の方法についてのレクチャーや、廃校の危機に取り組む他校例(城山西小学校の小規模特認校、知夫里小学校の島留学)について話しました。

プレゼンテーションの後、「ARゲームに地域の要素も入れたい」、「地域と学校の両方について考えたい」などの小学生からの発言を聞き、小学生たちが将来の地方復活の担い手となることを確信しました。(西尾)

最終発表会に向けて、浦戸市の観光名所、特産品をテーマに、今度は我々大学生チームが、デジタル神経衰弱ゲームを作る予定です。生徒たちとの共同作業で一歩踏み込んだ交流会になればと思っています。