
2021年4月1日、藤井輝夫先生が東京大学の第31代総長に就任しました。ご自身の思いを構成員に共有していただこうと、広報室長の横山広美先生が新総長との初対話に臨みました。今後6年間、先頭に立って東京大学を牽引していく藤井総長のメッセージと人となりをご確認ください。

昭和63年3月 | 本学工学部卒業 |
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平成2年3月 | 本学工学系研究科修士課程修了 |
平成5年3月 | 本学工学系研究科博士課程修了(工学博士) |
平成6年11月 | 本学生産技術研究所助教授 |
平成7年4月 | 理化学研究所基礎科学特別研究員 |
平成8年4月 | 理化学研究所生化学システム研究室研究員 |
平成11年4月 | 本学生産技術研究所助教授 |
平成19年2月 | 本学生産技術研究所教授 |
平成27年4月 | 本学生産技術研究所長(~平成30年3月) |
平成30年4月 | 本学大学執行役・副学長 |
平成31年4月 | 本学理事・副学長 |
新総長は「対話」を重視する
横山 4月1日付けの就任挨拶では「対話」を重視されていましたね。これにはどんな思いがこめられているのでしょうか。
藤井 社会的にも地球的にも様々な問題が山積するなか、コロナ禍の影響で、直接会って互いに話す機会が減ってしまいました。そのせいか、自分の思いが相手にきちんと伝わっていないと感じることが多々あります。思うに、このことがさらに多くの問題を生じさせているのではないでしょうか。この一年だけ見ても、紛争、差別、分断といった問題が増えているように感じます。様々な人々がもっと活発に対話を行い、共感を拡げていかないといけないのではないか。そうした思いを強く持っています。
私は五神真先生の下で社会連携と産学官協創を担当し、ある意味大学のフロントの部分、社会との境目となる現場をつぶさに見てきました。大学は自らの活動を学外にしっかり説明し、社会から理解とサポートを得る必要があります。活動をきちんと発信し、社会の皆さんと向かい合って話す対話の作業を続けないと、大学というものの存在自体が社会から認めてもらえないでしょう。大学は様々なよい活動を行っていますから、それを学外の方々にもしっかりとお伝えしながら共感を拡げていくことが大事だと思っています。
横山 同情ではない真の共感は、お互いの理解を深めます。また、対話のポイントは双方向性にあり、つまりこれまで伝える一方であった我々の側が社会の多様な意見を学び、大学が変わることにもつながります。たとえ意見の相違があっても、対話によって社会との信頼が醸成されることは、分断の時代にとても大事なことだと思い、総長が大事にされることを心強く思います。
藤井 ダイバーシティを重視するのは当然のことです。世界にはいろいろな人がいて、それぞれいろいろな背景をもって生活しています。大学が活動を行う際に、いろいろなバックグラウンドを持つ人が集まってディスカッションを行い、多様なアイデアを出し合うことが、活動の成果をより高いレベルへ引き上げるでしょう。大学にとってダイバーシティが重要な経営方針の一つとなるのは間違いありません。大学として最優先に考えなければいけないことだと思っています。
横山 新しい執行部については、どんなことを期待して任命されたのでしょうか。
またいつかいっしょに働きたいと思っていた先生を執行部の同志に
藤井 新執行部の皆さんのうち、総長補佐などの仕事を通じてともに汗を流してきた先生が数人います。何かの機会があればまたいっしょに仕事をしたいと思っていた皆さんです。今回、どなたに仲間になってもらうお願いをしようかと考えたときに顔と名前が浮かんできたのがこの方々でした。
私は2012年度に総長補佐を務めましたが、林香里先生と大久保達也先生はそのときの同期で、お二人とは様々な問題意識、課題意識をすでに深いところで共有できているように思います。国際とダイバーシティについてはこの数年間林先生が継続して担当してこられましたので、その部分をさらに進めていただきたいと思います。藤垣裕子先生は後期教養教育の改革を進めてきておられ、深い知見をお持ちです。文理を俯瞰する学問や教育の在り方の議論も深めたいと思っています。医学部と病院はもとより大学にとって大きな部分を占める重要な存在ですが、特にいまはコロナ禍の只中ですので、医療に精通する齊藤延人先生に執行部に入ってともに汗を流していただくことが重要だと思います。濱田純一総長の時代からずっと執行部の仕事をされてきた相原博昭先生、そして、この一年間ともに執行部で働いてきた大久保先生、石井菜穂子理事、里見朋香理事がいてくれることは、組織にとって、また私自身にとっても非常に重要です。結果的にバランスのよい布陣になったと自負しています。
横山 今回、学外からは岩村水樹理事がいらっしゃいました。東大とグーグルのパートナーシップがきっかけでしょうか。
藤井 直接的なきっかけというわけではないのですが、何度かイベントなどでお目にかかっていました。岩村理事はマーケティングのプロであり、女性の働き方改革についても推進してこられた方です。人事全般、大きな組織におけるチームの作り方や業務の進め方についても様々な知見をお持ちですから、その辺りを東大に導入していただけたらよいな、と以前から思っていました。また、これまでで言えば広報に当たりますが、大学の対外的なコミュニケーション機能の強化についてもご担当いただく予定です。
横山 女性が過半数ということが注目されましたが、ここにはこだわりましたか?
藤井 そういうわけではなく、ともに仕事をしたいと思った皆さんにお願いしたら結果としてこういう布陣になったということです。インパクトを狙ってこうしたというわけではありません。
4つのtransformationへの思いがこめられたWG名
横山 3.2科所長会議資料の「藤井プラン」検討WG体制図を拝見しましたが、テーマの切り分け方とその略称が斬新だなという印象を受けました。研究、教育、協創、DX(デジタルトランスフォーメーション)、GX(グリーン~)、CX(コーポレート~)、Diversity & Global、MX(マネジメント~)という8つのWGが設定されていますが、これについて紹介していただけますか。
藤井 研究、教育はもちろん大学の本分たるものであり、協創は学外とともにやっていくということです。これらは大学の活動として当然考えるべきことということでWGを置きました。DXやGXは、教育・研究・協創のすべてに関係するものとして想定しています。Diversity & Globalは全体に共通する前提のようなもの。CXは、大学と社会とのコミュニケーションのあり方、大学自体のオペレーションや働き方改革などを含むテーマです。ここは岩村理事、広報戦略本部の武田洋幸執行役・副学長、職員人事担当の里見理事に進めてもらうことにしました。すなわち、教育・研究・協創はこれまでどおりの大学のアクティビティで、DX・GX・CXはそれらと直交するものというイメージ。もともとはマトリックス図のなかで、教育・研究・協創に横串を通すようなものとして捉えて描いていました。Diversity & Globalはもっとベーシックな価値観を支え、MXは大学を財務の面で支えるという重要な経営マネジメントと捉えています。マネジメントの改革は、これまで五神先生が大学を真の経営体にするとおっしゃってやってきました。私はそれをさらに一歩進めます。
横山 マトリックス的に考えるというのは藤井先生ならではという感じがいたします。
藤井 最初は図にいろいろ描き込んでいたんですが、途中で3次元になってしまい、あきらめました。様々な要素が直交する形で絵を描ければ多くの人にわかりやすく示せるかも、と思ったんですけどね。
横山 ネーミングも先進的ですよね。音声SNSの「クラブハウス」もさっそくお使いになっていると伺いました。新しいものをどんどん取り入れる新総長の誕生に期待がふくらみます。さて、昨年10月の記者会見では大学を「世界の誰もが来たくなるような学問の場」にしたいと述べられました。私たち構成員はどのようなイメージを持てばよいでしょうか。
藤井 もちろん「大学」ですから基本的には学問の場です。「誰もが」では学生、留学生、研究者、そして職員も想定しています。ここで働くとおもしろいことができそうだと思える場、誰もがここに来て働きたいと思える場にするにはどうしたらよいかという発想で捉えてほしいと思います。
横山 たとえば専門性の高い職員にどう活躍いただくかということも含まれるでしょうか。
藤井 はい。これまで理事・副学長として担当してきた社会連携本部では、ファンドレイザーという専門家がいましたが、広報でも国際でもやはり専門性の高い人は必要でしょう。専門性を取り入れることは進めたいですね。一方で、働く場所として考えたときに、新卒の学生は大学で働きたいと思ってくれるのか。実は、こんなに多種多様な活動をしている組織体というのは、大学以外だとそうはないと思うんです。学務に関する仕事ができるのは当然ですが、イベントの企画や実施もできるし、広報の仕事もできるし、病院に関わることもできるし、いまなら資金運用のような金融に関わる仕事だってできるわけです。働く場所としても魅力的な側面は数多いはずで、そこはもっと伝えたほうがよいかなと思っています。
産学官協創を教育にも活かす

横山 10月の会見で語った「学びと社会を結び直す」は印象的な言葉でした。これについても補足いただけますか。
藤井 いまの時代というのは、大学で学ぶ学生たちが働き始めたときに何が飛び出してくるかわからない、どんな課題に取り組むかも予想できない部分があります。でもそこでなんとかやっていかないといけない。学んだことを実際に現場で生きた知識として使うことが重要です。大学で学ぶだけでなく、海外や地域の自治体、学外の学術機関などに飛び出していって、学んだことを使う機会を増やしたいと思って言いました。
東大は産学官協創で様々な企業と連携活動を展開しています。インターンシップというといまは就職活動と直結していますが、就職と関係なく、学んだことを現場で活かす機会をつくってもらおうと思ってインターンシップをやってきました。そんな機会を増やしていきたいんです。産学官協創の活動を、学生の学びの場を拡大することにも活用したいと思っています。
横山 学内で学び、実践の場にそれをあてはめるときにまた学ぶわけですね。
藤井 そうです。実践の場で足りないことに気づいて、また大学に戻ってきて次の学びのモチベーションにつなげる。それが「結び直す」ということだと思います。
デジタル化でコミュニティを拡大
横山 10月の会見ではオペレーションのデジタル化にも触れておられましたね。
藤井 事務手続きのデジタル化はもう待ったなしの状況です。特にコロナ禍の状況ではなるべく紙を使わずに物事が進められなければならず、そのためには既存の様々なシステムを上手につないで使えるようにしないといけません。そうして事務作業の負担を軽減し、そこに使っていた時間を次の工夫にあてるようにしたいと思います。
もうひとつはキャンパス自体のサービスのデジタル化です。たとえば障碍がある人にとって、どのルートを選べばキャンパス内を移動しやすいのかを調べるだけでも簡単ではないでしょう。デジタル化によりそうしたことにもっと配慮できればと思います。部屋を使うときの手続きとか、授業履修の管理なども、学生が手元で手軽にできるようにしたいですね。実はそのためのアプリについては、一昨年から議論を始めています。学生時代にこのアプリを活用し、それを卒業後も使えれば、大学と卒業生はつながり続けることができるでしょう。卒業生とのつながりは東大にとって非常に重要。大学というコミュニティを拡大するツールとしてのデジタル化にも注目しています。
横山 デジタルツールは、ある種の対話的要素があるといいますか、用意するだけでなく使う側の意識も巻き込まないと長く使われないようですが、それができたら楽しみですね。藤井先生は、構成員全員にビジョンを理解してもらいたいともおっしゃっていました。デジタル化についても、たとえば情報システム系の人だけではなく皆でやるんだということでしょうか。
藤井 そのとおりです。東大を誰もが来たくなるような場、誰もがいきいき活動できる場にしていくんだ、という気運、カルチャーのようなものを全構成員で共有できるようにしたいですね。
(取材日=2021年3月26日)
※藤井総長は4月5日に新型コロナウイルス感染が判明し、療養していましたが、4月16日に無事公務に復帰しました(本取材の関係者に感染はありませんでした)。

一問一答で見る藤井新総長
専門の「応用マイクロ流体システム」とは?
◉デバイスの技術です。普通、デバイスというと電子的なものを思い浮かべるでしょうが、そうではなく液体を用いるデバイスの技術です。マイクロサイズの流路構造のなかに分子とか細胞などを入れて使います。身近なところでいえば、PCR検査とか、細胞を培養して薬を開発するのに応用できる技術です。
最も影響を受けた先生は?
◉浦環先生(本学名誉教授)ですね。
教養学部時代の授業で印象的だったのは?
◉浦先生の全学ゼミで、アメリカ海洋大気庁(NOAA)のぶ厚いダイビングマニュアルを六本木の生研に行って読むという不思議な授業があって、これが一番印象に残っています。
教養学部時代の第二外国語は何を選択した?
◉フランス語。理由は忘れました。
工学部に進んだ理由は?
◉もともと海の中を調べる技術がやりたかったんです。海洋学ではなく、海の中で使う機器を作るほう。それをできる大学というと実はそれほど数はなく、必然的に東大工学部に行こうと思いました。
海の中で使う機器に着目したきっかけは?
◉子どもの頃にアポロの月着陸をテレビで見てすごいと思ったんですが、月のことがいろいろわかるのがすごいというよりは、人の技術で月に行けるようにしたのがすごいと思ったんです。宇宙に行くのはすでにやられていたので、ならば自分は深い海のほうだな、と。マリアナ海溝の最深部まで行った人は月に行った人より少なく、当時はまだ二人しか行ってなかったんです。それで海の中のほうをやりたいなと思いました。
研究者になったのはなぜ?
◉「これは自分の仕事です」と20代で言いたい気持ちがありました。いまなら起業を考えていたかも。当時はバブルの頃で、銀行とか証券とかに進む仲間もいましたが、大企業に入ると若手は大事業のほんの一部分しか担当できない、というイメージを自分は持っていたんです。研究者だったら論文を書いて「これは私の仕事です」と言えます。「これは藤井輝夫の仕事です」と言いたくて研究者になった面が大きいです。
モットーは何ですか?
◉自分が楽しいこと、興味を持つことには手を抜かず、努力を惜しまない。大学経営の仕事もそうやってきたら総長になっていたという感じです。
理化学研究所時代には何をやりましたか?
◉当時のボスから新しいことを始めるよう助言されてマイクロ流体デバイスの研究を始めたのが理研でした。そこで初めてバイオの実験のやり方などを教えてもらって新鮮でしたね。
新しいことを始めるのが好き?
◉はい。新しいことを始めたときのわからない感が好きなんです。未知の分野に入ると、それまで自分がやってきた分野の見方や視点をもっている人がそこにはいません。だからこそ自分がそこに新しい視点をもちこめるわけです。これはダイバーシティの価値や楽しさにも通じますね。
CNRS※国際連携研究センターではどんな仕事を?
◉ラボ全体のディレクターを2007年から7年間務めました。フランスから20人ほど研究者が来ていろいろなラボに入って活動するのを統括する役割です。MEMS※系のラボにバイオや化学の研究者を呼んで、ナノテクで分子を扱うとかバイオ応用のマイクロデバイスをやるというような分野融合を手がけました。
生誕の地、チューリッヒの思い出は?
◉生まれただけなので思い出はないんですが、在外研究でスイスに行った際、まだ存命だった母と生家を探しに行ったら40年前と同じ家があった、という思い出はあります。
麻布高校時代の部活は?
◉水泳部。得意なのは平泳ぎでした。
バンド活動ではどんな曲を?
◉フュージョンやAOR※のバンドのギターとしてThe 24 street bandのコピーなどを主にやっていました。
東大生の頃は何をしていた?
◉海洋研究会というダイビングサークルにいました。西表島や小笠原の父島で長期合宿するサークルでした。なかなか行けないような場所でダイビングをするのが楽しかったです。
好きなお酒は?
◉シャンパンですね。
愛車は?
◉ブルーのアウディ。最近は運転しないようにしていますが。
好物は?
◉甘いもの。チョコとか。
愛用のブランドは?
◉洋服だと、Paul Smithですね。
※フランス国立科学研究センター ※Micro Electro Mechanical Systems ※ Adult Oriented Rock