第1130回淡青評論

七徳堂鬼瓦

待ち遠しや、ありきたりの日常

 藤井新総長のもと新年度を迎えたが、国内外のコロナ禍収束の見通しが依然として不透明で、なかなか晴れ晴れとした気分になれない。モヤモヤした気分を解消するための特効薬は、私の場合、寄席で落語や漫才を聞いて現実逃避することなのだが、残念ながら一年以上ご無沙汰だ。私の教員・研究者としての活動を精神面で支えてくださっている(と勝手に思い込んでいる)大衆芸能関係者に少しなりとも恩返しをしたいと思っていたところ、何度か行ったことのある落語小料理屋が映像配信をするためのクラウドファンディングを募っていたので、ここぞとばかりに献金した。ところが、いざライブ配信された落語の世界に、うまく気持ちが入り込めなかった。そうか。寄席で気持ちがほっこりするのは、笑い声や掛け声を介して観客同士が共鳴しあうことの効能だったのかと、空間を共有することの大切さをこの一件で改めて認識した。

 オンライン講義にも対面講義よりも優れた点があることに気づいたのは、私にとっては思わぬ収穫であった(環境整備にあたっていただいた関係者の皆様には心より感謝申し上げます)。例えば学生からは、質問しやすいので教員との距離が縮まった、理解が深まったという声が聞かれた。その一方で、オンライン講義では、講義の前後に他愛のない雑談をしたり、講義中の皆の表情や反応などを伺うことができないので、特に初対面の学生同士がクラスメートとしての連帯感を持つのは難しかったであろう。自分の学生時代を思い起こせば、いろんなことを乗り越えることができたのはクラスメートとの繋がりがあってこそだと思う。オンライン講義漬けの学生が感じる孤独感と不安感たるや、いかほどであろうか。学生諸君には、この難局でも人生の宝となる友情を育むだけの逞しさとしなやかさを持ってほしい。同じ釜の飯を食えるのは少し先かもしれないが、せめて同じ部屋の空気を安心して共有できるありきたりの日常が1日も早く帰ってくることを切に願う。

佃 達哉
(理学系研究科)