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東京大学「株主総会」~ステークホルダーのみなさまへ~で語られた 「社会的共通資本」としての東大

12月2日~3日、現代社会が直面する課題と未来の人類社会のあり方について話し合うTokyo Forum 2021 Shaping the Futureが開催されました。藤井総長就任後初の開催となった今回のテーマは、Science and the Human Mind。40人以上の識者がオンラインで集い議論を展開しました。2日間で12を数えたプログラムから、初日に行われたハイレベルトークセッション「サイエンスとヒューマニティ」の模様を抜粋して紹介します。

初日には、藤井輝夫総長①と韓国SKグループのチェ・テウォン会長②による開会挨拶に続き、イェール大学のマーヴィン・チョン教授③と本学の隈研吾特別教授④が基調講演。ハイレベルトークセッションの後、パネルディスカッション「科学と共感にもとづくグローバル・コモンズの責任ある管理⑤」を行いました。2日目には、「協調的な行動に向けた信頼感の構築⑥」「信頼されるAIと寛容な社会の構築に向けて⑦」「脳とその復元力:社会と自然と調和する私たちの心の健康について⑧」「科学技術と人間性⑨」「科学技術の進展がもたらす、国際関係への不安⑩」と5つのパネルと、八木信行教授のリードによる総括セッション⑪を実施。最後に藤井総長とChey Institute for Advanced Studiesのパク・イングク院長⑫が閉会挨拶を述べました。総合司会はNHKの山本美希さんが担当。110もの国・地域から8,000人を超える視聴者登録がありました。
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講演者達の写真

藤垣 本セッションのテーマはscienceとhumanityです。後者には人類と人間性という2つの意味がありますが、人間性が特に重要でしょう。ラッセル=アインシュタイン宣言に基づいて兵器のリスクや科学の平和利用を考えるパグウォッシュ会議の第61回が、2015年に長崎で開かれました。この宣言には「Remember your humanity」と記されています。本日は長崎の会議で講演した吉川弘之先生をお招きしました。人類は新技術との共存について考えないといけません。そのための考え方がELSI※1であり、upstream engagement※2であり、RRI(Responsible Research & Innovation)です。RRIは市民や研究者や行政や企業などの社会的主体が研究とイノベーションのプロセスで協力することを意味します。ゲストのもうお一方はRRIに詳しいフェルト先生です。まず吉川先生、お願いいたします。

※1 Ethical, Legal and Social Issues

※2 政策等への市民による上流からの関与

Remenber your humanityとは?

吉川 ラッセル=アインシュタイン宣言が出たのは1955年です。広島と長崎に落ちた原爆の数千倍の力を持つ水爆が開発された頃で、科学者がその恐ろしさを知らせないといけないというメッセージでした。「Remember your humanity」とは何か。humanityは人類全般で人類は皆同胞だから戦争はだめだということになりますが、それでは単純すぎます。私は少し違う解釈をしました。thinkではなくrememberであることが重要だと思うんです。振り返れば人類はずっと平和を求めてきました。古代ギリシャの哲学者、『ユートピア』のモア、『ニュー・アトランティス』のベーコン、『永遠平和のために』のカント……。先人たちはどうやって戦争を避けて平和を得るかを考えてきました。それを思い出せということではないでしょうか。過去に何をやってきたかを思い起こせば、戦争をなくすための原理を発見できる。人類が歴史上何に困り何を努力してきたかを捉えよという意味での宣言だったと思います。

藤垣 難問に一つの解を提供していただきました。科学者の責任に関して、日本では主に物理学者が注目されましたが、ヨーロッパでは核兵器以外にも焦点があてられてきたように思います。フェルト先生、RRIについて教えてください。フェルト 倫理的・法的・社会的な課題を意味するELSIは、1990年代から科学を考える上での重要な概念で、もとは生命科学や医療の分野のものでした。ただ、ELSIのアプローチには批判もありました。科学の技術的変遷を見通せない、包摂的でないという見方です。そうした背景のなか、研究とイノベーションを支援するEU「ホライズン2020」計画にRRIが導入され、予想外の影響をより積極的に回避することが目指されました。ポイントは、市民がイノベーション開発と未来への形成に関わり、エンゲージすることです。目指されたのは倫理的で持続可能なイノベーション。進む先を市場に決めさせるのではなく市民社会で議論するやり方です。予見性、再帰性、包摂性、応答性の4つを重視しながら科学技術の原則を作ろうというのがRRIでした。

藤垣 核兵器に関する科学者の責任の話とRRIの話との相違点を吉川先生はどのように見ているでしょうか。

人類の3つの脅威に対するRRI

吉川 人類の脅威には三つあります。一つは人類がサバンナを出たときに味わった自然の脅威です。それを克服し安全な生活を営むようになったのは科学のおかげです。二つめは人工の脅威。科学はよい生活に繋がる一方で脅威ともなってきました。三つめは戦争です。人間の対立が生んだ邪悪な存在です。RRIはこの三つをカバーするもので、力点を置くのは人工の脅威でしょう。科学が進むとイノベーションが生まれますが、異なるイノベーションが重なると違う脅威を生み出してしまう。温暖化はその典型です。これは原爆と同じような恐ろしさを持つかもしれない。しかし、いま人類は皆で温暖化に対抗しようとしています。1985年のフィラハ会議では、科学者と政治家がともに温暖化を考え、声明を発表しました。それが国連に届き、気候変動枠組条約ができた。条約締約国会議が始まり、京都議定書やパリ協定もできた。人類は協働して脅威に立ち向かうようになったのです。あらゆる分野の科学者が協力した結果でした。RRIはそこに通じます。原爆が投下された時代とは変わってきていると思います。

藤垣 次の質問です。科学技術が社会に与える影響を考える際に、人文社会科学の役割とは何でしょうか。欧州では特に人文社会科学に力を入れて投資していると聞きますが。

解決策にも問題にもなる科学

フェルト 文化的な文脈を広く振り返る必要性があります。あらゆる国は各々の歴史を持ちます。重要なのは、違いを認め、常に歴史を振り返り、共存すること。遺伝子操作も原発も国によって違う受け止め方をされています。どう違いを認めて共存するか、どう様々な文化を振り返るかにおいて、RRIと社会科学は大きく貢献してきました。EUには、単に技術開発を評価するだけでなくイノベーションにつなげようという考え方があります。どういう世界を目指すべきなのかを示すのも人文社会科学の重要な役割です。傍観するだけではいけません。人文社会科学が技術開発や科学プロジェクトに関わることで継続的に振り返りを行い、ビジョンとソリューションの枠を広げる必要がある。気候変動以外にも技術だけでは解決できない問題は多々あります。科学技術は解決策にも問題にもなりえます。人文社会科学者はこれらを考慮しながら社会に貢献していかないといけません。

藤垣 市民の関与(public engagement)についても示唆を一言いただけますか。

フェルト エンゲージメントの部分を真摯に捉えないといけません。市民の声に耳を傾けるだけでは後手に回ります。市民が科学技術開発の初期から関わるほうがよく、社会レベルでともに考える時間と空間をつくらないといけません。エンゲージメントとは、新しい視点やラジカルな考えや枠組みを外れた意見も聞くということ。科学は社会から、社会は科学から、互いに学ぶことができるはずです。

藤垣 最後の質問です。AI、量子コンピュータなど、新技術は常に展開されています。scienceとhumanityは21世紀にどういう示唆を与えるでしょうか。

「科学の使い方」こそ重要に

吉川 1999年のブタペスト会議では、科学の使い方の重要性を指摘する宣言が出ました。その点を明らかにするには、「ものを作る」ことの科学を追求しないといけません。私はそれをデザイン学と捉えて研究してきました。そして気づいたのは、デザインは自然科学だけではできないことです。人間の行動と幸せを扱うのが人文社会科学。人文社会科学と自然科学の対話が必要であり、社会をデザインするところでの協力が必要です。それには自然科学者と人文社会科学者が市民とも対話しないといけません。市民参加型の科学は科学が細分化したことや空白地帯を作ったことの反省を前提としています。原点は原爆における科学者の責任の議論と繋がる。そこをわかりやすく伝えるのが我々の責任だと考えています。

フェルト 気候変動、医療、パンデミック、食糧など、社会が抱える諸問題は科学につながります。科学は解決策であるだけでなく問題の一部でもあります。たとえばプラスチックによる環境汚染は人々が何も考えず大量消費の生活を重ねたことに起因します。人文社会科学と自然科学の協働が重要です。技術を生んだ後に責任を果たすというよりも事前に責任を果たすことが必要なのです。私はresponsibleではなくresponse-ableと言うようにしています。研究者は社会との関連を自ら考えるべきで大学はそのための場を確保して若者の教育に反映させることが必要です。世界的にそこには大きな改善の余地があると思います。(抜)

Tokyo Forumのロゴ
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教員の著作を著者自らが語る広場 UTokyo BiblioPlazaの掲載数が千冊を突破!

人文社会科学分野研究振興事業の一環として2016年に開設されたUTokyo BiblioPlaza。東大教員の著作について著者自らが紹介する広場として学内外から親しまれてきたウェブサイトです。コツコツと歩みを積み重ねてこのほど紹介著作数が1000本を突破したのを記念し、ウェブサイトを運営している教職員の皆さんによる座談会を実施、これまでの歩みと現況、今後の展望についても語っていただきました。

UTokyo BiblioPlazaのメンバー
(左から)半澤順子(学術振興企画課)、岡本傑(同)、佐藤岩夫(執行役・副学長)、阿部賢一(人文社会系研究科准教授)、坪子英理花(学術振興企画課)
BiblioPlazaのトップ画面/日本語・英語切り替え/レコメンドエンジンによるおすすめ/新着情報が表示される/ページに埋め込まれたキーワードでの検索が可能/十進分類法によるジャンル別検索/部局別検索が可能/学術刊行助成制度から生まれた本のページ
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佐藤 私は執行役・副学長として研究力強化を担当しており、BiblioPlazaの運営に携わる人文社会振興ワーキンググループ(WG)の座長を務めています。

阿部 私は総長補佐としてWGに加わり、BiblioPlazaの分析を担当しています。

岡本 WGの事務局担当です。予算・決算関係や会議の運営などが主な業務です。

坪子 一昨年まではBiblioPlazaを、現在は学術成果刊行助成制度を担当しています。

半澤 私は2016年11月に着任し、BiblioPlazaの編集を担当しています。立ち上げ時から、サイト設計、原稿整理、ウェブ更新、著者や出版社や翻訳会社とのやりとりなどを行ってきました。

佐藤 振り返ると、2016年3月に当時の石井洋二郎理事の担当に文系研究振興が加わり、4月にWGができています。そこから準備を進め、サイトがオープンしたのは2017年3月でした。

当初は80冊の原稿でスタート

半澤 当初は80冊程度の原稿でサイトを公開し、言語は日本語だけ。教員が自著を紹介するというコンセプトは当初からありました。イラストベースのほのぼのしたサイトでスタートしました。

坪子 トップページにもそれが表れていましたね(右ページ参照)。

半澤 オープン後、WGで国際発信をより意識しようと指摘をもらい、大学出版局などのサイトを半年かけて調べました。日本には先行例が見当たらず、ミネソタ大学出版局やハワイ大学出版局といった海外機関のサイトを参考に、検索機能や部局別分類、英語ページも追加して、2017年9月にサイトを刷新しました。当時は教員の所属と名前からたどるしかなく、興味のあるジャンルから探せないのが課題でした。そこで図書館の日本十進分類法の導入を決めました。ただ、洋書の場合、別のデューイ十進分類法を使っていてカテゴリーが違います。両者の対応表は存在しないと知り、2019年12月から3ヶ月ほどで作りました。複数の分類には登録できないシステムのため、難しかったのは分野をまたぐ本の扱いです。たとえば「AIと法律」という本なら「総記」に分類される「情報科学」、または「法律」のどちらかを選ばないといけません。

坪子 基本的に、本学附属図書館の分類に基づいています。

検索ボックスが中央にあるUTokyo BiblioPlazaのトップページ画面
オープン当時のトップ画面。確かに現行よりほのぼのしている!?

論文以外の成果が集まる魅力

阿部 研究成果を発表する場合、理系では論文が主ですが、文系では論文以外も重要です。一般書や啓発書や翻訳など、論文以外のアウトプットも多い。BiblioPlazaではこうした様々な成果物をまとめて見られるのが魅力です。教員の著作紹介サイトは他の大学にもありますが、多くは書誌情報だけのそっけないものです。BiblioPlazaは広報的効果に加え、教育的効果、学術的効果も高い。OPACへのリンクもあり、気になる本があればすぐアクセスできます。著者の紹介文だけでなく書評へのリンクもあるので、世間の評価もわかるアカデミック・アーカイブとなっています。本をここまでケアしたサイトは少ないでしょう。

半澤 書評情報は、著者が把握しているものがあれば原稿とともに出してもらいますが、こちらで探し出したリンクも適宜追加しています。

文系の評価のあり方にも一石

佐藤 原稿がサイトに出た後に書評が追加される場合もあり、著者が気づかない書評もあるでしょうから、大学側がフォローしてくれるのは研究者もうれしいですね。研究評価のあり方にも関わります。理系だと論文を掲載する雑誌のインパクトファクターや被引用数などが重要ですが、文系だと書評は非常に大事な評価の要素です。BiblioPlazaは人文社会科学の評価のあり方にも一石を投じています。

岡本 掲載までの流れとしては、まず5月~6月に全学の部局長に書籍を推薦してもらいます。推薦されたものはすべて掲載するのが基本。対象は過去5年間に出版されたISBNコードつき書籍です。

坪子 推薦数の上限はありません。

佐藤 社会科学研究所長だった頃、依頼文書に記された目安の通り推薦しましたが、増やしてもよかったんですね。

岡本 当初は推薦が多かったんですが、次第に減り、年間目標まで至らないので、積極的に推薦を受け付けています。

半澤 7月上旬に著者の先生に執筆依頼をします。8月下旬までに原稿を提出して頂き、10月末にその年度の掲載書籍を確定させます。OPACに紐づけるため、図書館にない本は購入手続きをします。

岡本 人文社会科学振興の全学事業経費から学内の主要図書館に本が入るように支援しています。全集のような高価本が入る場合もあります。

半澤 出版社に掲載許可と書影をもらう作業もあります。書影データがなくて実物をスキャンしたこともありました。あとは英訳ですね。自分で書く先生もいますが、翻訳会社に回す場合も多いです。細部にこだわる先生と20回やりとりした例もあります。日本語の本の紹介を英訳する意味を問われた際は、東大にこういう研究があると海外に知ってもらうことが重要だと説得します。実際、日本の次に読者が多いのはアジアで、留学希望者が読んでいるのかもしれません。早いと原稿到着から3ヶ月で掲載されますが、遅いものだと6ヶ月かかるものも。1日1冊以上は更新するようにしています。

阿部 新着情報には「NEW」の印がつきますね。

半澤 10日間表示されます。毎日閲覧してくれる出版社の方もいるそうです。

阿部 数が増えると埋もれがちですから、レコメンド機能は大変助かります。

半澤 アクセスを解析したら、目的の本にたどりついた後の離脱率が高いと判明しました。そこで、履歴からその人に合いそうな本を選んで示すレコメンドエンジンの機能を2019年度に追加しました。

坪子 トップページは個々の履歴による好みを、各々の書籍ページの下は多くの人が次に何を見たかを示します。

半澤 閲覧履歴の記録が蓄積されるまで、自分の記憶を頼りに、人力で補っている面も大きいです。

阿部 「ハンザワAI」ですね!

佐藤 理系にも対象が広がりましたよね。

本と紹介文が収められた本棚
本郷の総合図書館3階に設けられた「UTokyo Faculty Works」コーナー。ビブリオプラザに紹介文が載った本を手に取って読むことができます

理系教員の本にも対象を拡大

岡本 文系に近い本を書いている理系の先生もいるので掲載数を確保する意味もあって対象を広げたんです。2018年度からは全部局に推薦依頼を出しています。

佐藤 「まちづくり」とか「気候変動」といったテーマで検索すると文理両方の先生の書籍が出てきて、東大の知の広がりを感じます。

坪子 同時期に始めたのが、優秀な博士論文が対象の学術刊行助成制度による刊行物の掲載です。こちらも部局の推薦を受けてWGで審査し、年20作ほどを而立賞として表彰、出版費用の一部を支援します。この制度で本になったものはBiblioPlazaに新設した「若手研究者による著作物」コーナーにまとめています。

佐藤 この制度のおかげで若手が本を出す機会が広がり、読者にとっても本が手に取りやすい価格になるわけです。

半澤 学術刊行助成制度で刊行された本はTwitterの反響が高いんですよ。

阿部 若い人が著者だと自分でSNSも使うでしょうし、新ジャンルの研究だったりもして期待値が高いのでしょう。

半澤 2018年にSNS発信を始めて、読者の思いを感じられるようになりました。コロナ禍でもBiblioPlazaなら書店巡り気分が味わえるという書き込みにグッときました。実はコロナ禍になってアクセスは前より倍増しています。読書人口が増えたこともありますが、自粛期間に本を書いていた教員も多かったようです。先生の本がないと成り立たないBiblioPlazaには追い風だったかもしれません。

佐藤 今後についての展望はありますか。

半澤 Twitterで他大学の先生が自分の大学にもこういうサイトがほしいと書いているのをよく見かけます。他にも広がるといいなと思います。

阿部 読み手としても書き手としても魅力的なこの知のツリーを、皆で大きくしたいです。活字の情報を身体的に感じられるイベントも企画したいですね。

佐藤 当初の目的は人文社会科学の成果の可視化でしたが、それ以上の広がりを感じます。各々の本の紹介を越え、相互の本が結びつき、知の広がりや知の関係づけを示すサイトになりました。理系にも広がり、東大がどんな知を生んでいるのかという知の樹木のような感触があります。ただ、ウェブ全般の特徴でもありますが、全体像は見えにくい。枝があって樹があって森があるという全体像も可視化できるといいなと思います。

※掲載原稿1084本の部局別内訳は、総合文化研究科(245)、人文社会系研究科(224)、法学政治学研究科(106)、工学系研究科(79)、教育学研究科(73)、史料編纂所(64)、経済学研究科(62)、情報学環(46)、社会科学研究所(43)、東洋文化研究所(39)、農学生命科学研究科(23)、公共政策学連携研究部(12)、情報理工学系研究科(11)、その他(52)となっています(2021年12月28日現在)