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第49回

教養教育の現場から リベラル・アーツの風

創立以来、東京大学が全学をあげて推進してきたリベラル・アーツ教育。その実践を担う現場では、いま、次々に新しい取組みが始まっています。この隔月連載のコラムでは、本学の構成員に知っておいてほしい教養教育の最前線の姿を、現場にいる推進者の皆さんへの取材でお届けします。

日本の未来のエネルギーシステムを産官学で描く

/サステイナブル未来社会創造プラットフォーム

環境エネルギー科学
特別部門客員教授
小林 光
小林 光

――部門が運営するサステイナブル未来社会創造プラットフォームは2019年発足の産官学コンソーシアムですね。

エネルギーをテーマに駒場で続けてきたパナソニックさんとの勉強会を発展させたもので、企業や自治体など17団体が参画しています。2年前から2週に1回ペースでオンラインの会合を重ね、今年度から3グループで活動してきました。そのなかで私は、2050年に向けて脱炭素社会のあり方を考え、個人や会社など社会の構成員の行動変容を促そうというグループを担当しています。いろいろな考え方や技術が力を出せるようボトムアップで組み合わせることが肝です

VPPの実証計画が進展中

勉強会から実証を行うフェーズへ移りつつあり、再生可能エネルギーや電気自動車などの小規模なエネルギーリソースをITで制御して発電所のように活用するバーチャル・パワー・プラント(VPP)の実証事業は、自治体の選定段階に入っています。そのほか、エコポイント制度、働き方改革、車載リチウムイオン電池のリユースなどの候補から絞ってプロジェクト化し、社会変革につなぎたいです

――小林先生は環境分野の行政官として長く活躍してこられたのですね。

環境庁(当時)に入って以来、京都議定書の交渉、水俣病などの公害対策、地球温暖化対策といった仕事を37年間続け、2011年に事務次官で退官しました。そこから慶應大学や東京大学で講じるようになり、今年度から環境エネルギー科学特別部門の客員教授を務めています。学生の環境サークル「環境三四郎」の活動にも関わってきました。昔の企業は環境対策を渋々やっていましたが、いまの企業は自社の製品やサービスが社会でどう役立つのかに関心を高めています。企業文化もだいぶ変わってきたと思います

省エネ×再エネの相乗効果が肝

――20年来のエコハウス実践者としても有名でいらっしゃいます。

他人に環境対策を勧めるなら自分が率先垂範しないと、と思って始めてみると、家庭で必要なエネルギーの10倍は太陽光や風力などの再生可能エネルギーが存在しているとわかりました。脱炭素化に向けては再エネ×省エネで相乗効果が出ることが肝要です。使用するエネルギーを半減させて再生可能エネルギー率を倍にすれば、排出量は0.5×0.5で0.25となり、CO2は75%も減ることになります。いわば省エネと再エネのマリアージュです。もちろん皆がエコハウスに住めるわけではありません。再生可能エネルギーを利用できる状況にある人はどんどん推進し、余ったものを皆で融通し合う仕組みを地域ごとに整備することが重要です。このことは近著『エコなお家が横につながる』(海象社)に詳しく書きました。遠くの発電所から電気を運んで使うというやり方に縛られていてはいけません

脱炭素社会を実現するために必要な技術はすでにあります。あとは実行するだけ。そのためにはお金がかかりますが、そもそも経済とは多くの人が利益を出すための交換活動です。環境の価値が従来より高くなるなら、それを織り込んでより効率的な交換をすればいい。環境で儲ける実践を増やせばいいだけです

――東大に言いたいこともあるとか。

従来と違うことを言ったり権威を否定したりするのは難しいことです。東大はそれができる貴重な存在だと思います。普通の大学には果たせない重要な役割です。東大には既成事実に縛られない判断ができる大学であってほしいのです

VPP・アグリゲーションと、会社・工場、商業エリア、学校、役所、公園、病院、コンビニと両向き矢印で連携している図
小林先生のグループが計画するVPP実証事業の概念図。メンバー企業がノウハウを出し合い自治体や公共施設と協力して新たな環境価値を生み出します
書籍「GREEN BUSINESS」の写真
「Road to 2050: 環境と経済の好循環に向けて」「再生可能エネルギー実践講座」「環境経済政策」などの授業で環境を講じてきた小林先生。来年度は共著『GREEN BUSINESS』(木楽舎/2021年11月刊)を軸とする授業を開講予定

教養教育高度化機構(内線:44247)KOMEX

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シリーズ 連携研究機構第42回「エネルギー総合学連携研究機構」の巻

松橋隆治先生
話/機構長・
松橋隆治先生

東大のエネルギー学の総合窓口に

――2016年度に始まった制度で生まれた42番目の連携研究機構ですね。発足の経緯を教えてください。

発端はエネルギー研究クラスターという工学系研究科内の集まりです。カーボンニュートラルなどの課題を3年ほど議論するうちエネルギー問題に関する全学組織が必要だとの声が高まり、昨年7月に連携研究機構として発足しました。工学系、情報理工、農学生命科学、理学系、総合文化、新領域、生研、先端研、公共政策、未来ビジョンの10部局から60人前後の教員が参画しています。社会と関わる際の哲学、法律、政策、経済も考えながら技術を役立てようとの思いでエネルギー総合学(Comprehensive Energy Sciences)と名付けました。新しい看板の下に集うことで力を可視化し、エネルギーに関する東大の総合窓口を担います

10月に開催した設立シンポジウムでは、10部局の参画教員が講演し、各々の研究テーマを紹介しました。次世代太陽光発電、蓄熱セラミックス、エネルギー政策学、生分解性プラスチック、エネルギーシステムのガバナンスなど、様々な角度から総合的にエネルギーを考える機構の特徴が表れていたと思います

――機構が見据える2050年のカーボンニュートラル社会というのははたして実現可能なのでしょうか。

私は温暖化問題の草分けである茅陽一先生に師事し、電気工学の観点から低炭素社会を目指す研究を30年間続けてきましたが、2020年に菅義偉首相(当時)がカーボンニュートラルを明言したのが非常に大きな節目でした。これでエネルギー事業者を含めた産業界全体が本気になったのです。実現は間違いなく困難です。でも社会が本気でチャレンジすれば必ず新しいものが生まれる。不可能に思われたことも可能になるはずです

――機構が注目する技術の一端を教えてください。

たとえば、水素をアンモニア(NH3)に変換して貯蔵・輸送する技術です。アンモニアはCO2を出さない燃料としても水素キャリアとしても有力候補です。大気中のCO2と再エネ由来の水素を反応させたカーボンニュートラルメタン(CH4)や、工学系の山田淳夫先生が開発した燃えない蓄電池にも注目です。電気化学による材料研究のプロジェクトを物質・材料研究機構とともに来年度から本格稼働させたいと思っています

エネルギー問題に取り組みたい企業が東大に声をかけてくれるケースが増えており、来年度は機構に紐付く形で相当数の社会連携講座が立ち上がりそうです。学生の教育プログラムも整備する予定です。理系学生が制度も学び、文系学生が技術も学ぶ。エネルギー総合学を身に付けた若者を社会に送り出したいですね

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第29回

あちこちそちこち東京大学 本郷・駒場・柏以外の本学を現場の教職員が紹介

農学生命科学研究科附属
生態水文学研究所の巻
助教
水内佑輔

製陶に関わるハゲ山だった演習林

赤津研究林の俯瞰
五位塚事務所から赤津研究林を望む。正面やや右の峰が猿投山

生態水文学研究所は、大学院農学生命科学研究科の附属演習林に属する地方演習林のひとつで、森林・水・人間の相互作用に関する基礎・応用研究と大学生・大学院生の教育を目的としています。愛知県瀬戸市に位置する赤津研究林(744ha)、穴の宮試験地(77ha)、犬山市に位置する犬山研究林(443ha)などより構成され、合計1200haほどの面積です。

演習「林」なので、今でこそその多くが「森林」となっていますが、生態水文学研究所が位置する愛知県尾張東部丘陵は、古くから日本の陶器生産の中心地であり、製陶用の薪を得るために森林が伐採されて、100年前には森林はなく、いわゆるハゲ山が広がっていました。さらに地質が、風化した花崗岩や砂礫層であることも相まって、ハゲ山に由来する河川への土砂流出や下流域の水害も続出していました。この状況は愛知県に限らず、西日本一帯に広がっていました。そうした背景のもと1922年に東京帝国大学は愛知県演習林を設立し、ハゲ山を森林に再生し、同時にその過程を長期にわたり観測し、科学的なデータを残すこととされ、その精神は生態水文学研究所へと受け継がれ、2022年には創設100年を迎えるに至っています。例えば、1929年に設置された白坂量水堰は、猿投山の北麓の90haから流れる水を観測する大規模野外実験施設ですが、90年以上に渡ってそのデータを取得し続けています。こういった科学的データを公開しているだけではなく、ハゲ山時代の衝撃的な写真なども「生態水文学研究所デジタルアーカイブズ」にて公開していますので、ご覧ください。

1.現在の白坂量水堰、2.約90年前の白坂量水堰、3.ハゲ山
1. 現在の白坂量水堰
2. 約90年前の白坂量水堰
3. 風化した花崗岩が露出した尾根部にわずかに残るハゲ山
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ワタシのオシゴト RELAY COLUMN第188回

医学部・医学系研究科
財務・研究支援チーム外部資金担当
黒田 旭

三四郎池の隣で

黒田 旭
医学部2号館事務室入口にて

医学部にて主に外部資金(私が担当しているのは科研費や厚労科研)の受入、執行、報告までの業務を担当しております。具体的には、外部資金に関する提出書類のチェックなどの研究支援系業務に携わっている一方で、入札などの調達手続きや執行伝票の確認などの財務系業務も担当しております。外部資金の執行については厳しくルールが定められており、「この執行は適切な執行であるのか?」という判断に迷うケースがしばしばありますが、その都度執行に関するルールを確認し、周りの方とも相談をさせていただきながら、執行の妥当性について判断するようにしています。

プライベート面では、野球観戦が趣味で、埼玉西武ライオンズのファンです。2021年シーズンは42年ぶりのパ・リーグ最下位となってしまいましたが、2022年シーズンこそは14年ぶりの日本一になること、そして、一日でも早く満員の球場で声を出して応援できる日が帰ってくることを願っています。

栗山巧選手のロゴが入ったエコバッグ、Tシャツ、ハンカチ、水筒、パインアメ
栗山巧選手通算2000安打記念グッズの数々
得意ワザ:
自席から東京ドームまで徒歩20分
自分の性格:
時に心配性、時に面倒くさがり
次回執筆者のご指名:
高野竜太さん
次回執筆者との関係:
草野球チームの先輩
次回執筆者の紹介:
最近パパになりました!
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いちょうの部屋 学内マスコット放談第9回

ハラにゃん
今回のゲスト ハラにゃん ハラスメント相談所マスコットキャラクター
名前はハラスメント+ネコから。おにぎりが好きらしい。相談業務はしないが忙しい相談員からネコの手も借りたいと言われ、少し迷い始めている?

いちょう キミは何者? まあネコだとは思うけど。

ハラにゃん ハラスメント相談所のマスコットです。相談所は本郷・駒場・柏の3カ所で構成員からの相談を受け付けています。2007年度に相談所の新しい広報ポスターを作った際に生まれたのが私でした。

 「そろそろハラスメントですよ」ってやつだね。

 はい。当時いた相談員がイラストを描ける人で、ネコ好きでした。それ以前のポスターにはプロが描いたクールで抽象的な絵が使われていたんですが、学生さんがもっと親しんでくれそうなものにしようということで、素人っぽいタッチの私が採用されたようです。

 確かに描線も文字も手描きテイストだね。

 ポスターが好評だったので、2008年度には名刺大の啓発カードも作りました。当時のハラスメント相談所長の先生が、名刺に添えて出せば相手が質問してくれるのでPRの好機になる、と思いついたんです。狙いは奏功し、教職員が積極的に使ってくれました。職員証のケースの裏にカードを入れておいて気になる言動をされたらパッと裏返して見せるとか、職場の机の上にカードを並べておくとか面と向って言いにくい場合の意思表示ツールとして活用されました。NHKのニュースでも紹介されたんですよ。

 TVデビュー済みなの!? そりゃジェラしい……。

 でも当時は名前がなく「白いネコ」とか「あのネコ」などと呼ばれていました。相談員が使っていた名前が根付いてマスコットと認められたのは2018年頃です。カードやリーフレットやポスターは印刷して配布していましたが、コロナ禍でオンライン活動が主となり、露出が減ってしまいました。そこで今年度はウェブでデータをダウンロードしプリントして使えるようにしました。私のスクリーンセーバーもありますよ。

 へえ。ちなみに、最近の相談の特徴ってある?

 コロナ禍で飲み会が減り、アルコール・ハラスメントの相談は少なくなりましたが、オンラインならではの相談が増えています。Slackで言葉足らずの即レスをして軋轢が生じたり、Zoomで相手の部屋を映すよう強要したり。リモート・ハラスメントですね。

ハラスメント相談所のQRコード

 リモハラかあ。在宅勤務のときは気をつけなきゃ。

 1月からは法とハラスメントがテーマの啓発動画を「東大TV」で配信しています。参考にしてくださいね。

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インタープリターズ・バイブル第173回

総合文化研究科 特任准教授
科学技術インタープリター養成部門
定松 淳

『ラボラトリー・ライフ』

は、1979年に初版が刊行された、人類学者B.ラトゥールらによる科学技術社会論(現代的な科学論)の古典だ。先ごろ初の日本語訳が刊行された(ナカニシヤ出版、立石裕二・森下翔監訳)。これまでラトゥールの他の著作は多く翻訳されてきたにもかかわらず、この最初の出世作はこれまで邦訳がなかった。

この研究書は、アメリカ・ソーク研究所のR.ギルマンのラボで実施された調査に基づいて書かれている。そう、A.シャリーとの『ノーベル賞の決闘』(N.ウェイド著、岩波書店、丸山工作・林泉訳)で有名な研究室である。ラトゥールが参与観察を行った最後の年(1977年)に、ギルマンとシャリーはノーベル生理学・医学賞を受賞したのだ。第3章のようにウェイドの描いた内容とかなり重なる部分もあるが、全体としては20世紀最後の四半期に興隆した科学技術社会論の若々しい息吹が感じられる著作である。

第4章では、科学哲学における議論の蓄積を踏まえて、ラトゥールらは反実在論的な立場を打ち出している。後にその立場はかなり“物象化”されて、1990年代の「サイエンス・ウォーズ」(科学者と科学論者・ポストモダン思想家との論争)ではラトゥールがバッシングされることにもつながった。しかし、初期のこの著作ではあまり大風呂敷を広げる感じがなく、主張のもともとの意図がどのようなものであったかがわかりやすい。

私は特にラボでの参与観察に直接基づいた第2章が好きだ。当事者の物の見方を脱構築して、科学的研究とは傍目から見たときどういう活動なのか、興味深い洞察を与えてくれる。

……このラボは二つの区画に分かれている。ひとつの区画では人々がいろいろな仕方で装置を使って働いており、もうひとつの区画では人々は読んだり書いたりしている。前者はさまざまな分野の最先端技術が利用されており、膨大な金額がつぎ込まれているが、最終的には何かが描出されて、後者の区画にもちこまれる。この描出されたものに基づいて、なんども推敲された文書がこのプロセスの生産物として郵便に出される……この描出の機能は、読み手を説得することである。しかし読み手が完全に納得するのは、説得に関わるあらゆるソースが消え去ったように思われるとき(データやレファレンスなしで論文や教科書に載るようになったとき)なのである……(要約)

翻訳によって広く専門外の方にもアクセスしやすくなったことを喜びたい。

科学技術インタープリター養成プログラム

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専門知と地域をつなぐ架け橋に FSレポート!

第16回
理科一類1年小寺伊織

長坂の文化をこれからも

私たちは、「新しい『地域における滞在型観光』の進め方」を考えることを目標に、5人のメンバーで活動しています。昨年度の氷見市担当の学生が考えた、宿泊施設に滞在する観光客に体験してもらうアクティビティ案を更にブラッシュアップして、より実践的なアクティビティを考えるため、市役所、県庁、地域おこし協力隊や地域の方々と協力して活動しています。

私たちが活動している長坂集落は、氷見市の中でも北部に位置する山間の集落です。他の多くの日本の中山間部と同じように、高齢化と過疎化によって集落の環境を維持することが困難になってきています。そのような中で、古民家を改装した小規模宿泊施設を設置し、その宿泊客に地域の文化を体感してもらうことによって交流人口を増やし、集落の文化や景色を未来に残していこうという活動が始まりました。私たちは、観光客に体験してもらうアクティビティを考え、地域を訪れて実際に試行して、そのフィードバックを受けて改良していくことを第1の目標にしています。

滞在型観光のアクティビティを考えるにあたっては、まずその地域の持つ強み、特性を考え、それをアクティビィのテーマとして設定して、どのような体験を観光客にしてもらえればそのテーマが伝わるか、という観点で考えていきました。また、アクティビティをただ考えるだけではなく、現地調査で実際に、氷見に移住された方などをお招きしてそれを試行する予定だったので、簡略化する部分も含めて、どのような形で現実に実行できるようにするか、細かいところまで詰めていく作業も必要でした。緊急事態宣言の影響により、現地調査は11月に2日間で行われ、試行は地域おこし協力隊の方に代行していただくことになりました。先日、長坂地域のスポットを巡るツアーの1度目の試行を行っていただき、Zoomで参加者の方々からフィードバックをいただいたところです。

棚田をバックに棚田百選の碑の周りに並ぶ5人のメンバー
現地調査にて、長坂の海の見える棚田の前でパシャリ

地域の方と関わりながらその地域の課題について考え、地域をいい方向にもっていくお手伝いができるのは、FSでしか体験できないものなのではないか、と思います。今後は、地域が目指す未来像を地域の方とともに考えて、アクティビティもそれにつながるようなものになるように改善していきたいと思っています。2月の現地での発表会に向けて、活動を続けていきます。