2020年12月15日から2021年1月31日に全構成員を対象に行った「東京大学におけるダイバーシティに関する意識と実態調査」の報告書が発表されました。概要版で19頁、詳細版では321頁にも及ぶ大部の報告書です。調査に当初から携わってきた林香里理事・副学長と、報告書をまとめるタスクフォースの座長を務めた本田由紀先生に、報告書の概要と重要なポイントについて話していただきました。聞き手は総長補佐として広報を担当している谷口将紀先生です。
谷口 報告書を読むと、前回(2007年)の調査と比べてジェンダーやハラスメントの問題に関する構成員の理解は進んでいるように見えます。ただ、自由回答の部分にはショッキングな記述も出てきて驚きました。調査結果を見ての率直なご感想からお聞かせください。
東大の実態を反映した報告書
林 報告書には東大の実態がよく反映されていると思いました。深刻なものも含めて様々な問題があることを重く受け止めています。他方、こうした調査を実施し報告できたことは、東大が高い意識をもってこの問題に取り組みたいというメッセージにもなるはず。過去の調査から一歩踏み込んだ形で報告できたのは進歩だとも思います。
本田 現状を直視する姿勢の現れという点では評価できると思います。ただ、前回の調査からかなり期間が空いたこと、調査形式や内容に改善の余地があることも事実です。調査のやり方自体も改善する努力を続けないといけません。
谷口 前身は2001年から隔年で2007年まで実施していた「セクシュアル・ハラスメントに関するアンケート調査」※1ですね。どのような経緯で調査を再開されたのでしょうか。
林 男女共同参画室が2019年に開催したイベント「UTokyo Women 研究者ネットワークを作ろう!」※2がきっかけでした。大先輩の上野千鶴子先生や大沢真理先生が登壇し、男女共同参画の歩みを振り返りつつ、現役の教員・学生がネットワーキングするイベントでした。そこで前回のハラスメント調査の話になり、調査を再開してキャンパスの実態を浮き彫りにすべきだという意見が出ました。イベント後、両先生や当時の担当理事・副学長の松木則夫先生と話したときに、松木先生から打診されたと記憶しています。また、それ以前にドイツの大学から今回のものと似たようなハラスメント調査を共同でやらないかという相談も受け、大沢先生と検討した経験も再開の機運醸成に関係したかもしれません。
谷口 前回までの調査と今回の調査を比較して、変えた部分、変えなかった部分、工夫した部分などを教えてください。
※1 前回調査の報告書を掲載した「学内広報」1370号。
※2 当時のポスター。2016年度から毎年開催されているイベントシリーズ。
性の多様性を問う項目を追加
林 大きな変更点は、すべて郵送式だったのをウェブ経由での調査にしたことです。質問項目は以前のものをほぼ踏襲しつつ、加えた部分もあります。たとえばオンライン・ハラスメントに関する質問、性の多様性に関する質問です。後者については、総長補佐時代にLGBTQを支援する学生グループと話し合いをした経験があり、重要なことだと思い、加えました※3。また、工夫点としては、ハラスメントと感じるかどうかを一律に聞くのではなく、相手が誰か、どういう状況だったかまで聞いたことです※4。より具体的な対策につなげようとの意図でしたが、そのために質問が増えたのはジレンマでもありました。
本田 報告書の第2章は「前回調査からの変化」にあてました。担当の先生にできる限り前回と比較してもらいましたが、手法も項目も異なるところがあり、厳密な比較と言えないことは注意が必要です。
谷口 調査実施に至るまでの活動を振り返ってもらえますか。
※3 Q1の「同性同士の恋愛は異常である」「性別を男性か女性かの2つに分けることは、あたりまえだ」「人間は生まれ持った性別を変えるべきではない」 など。
※4 Q2~3では「大学教員・職員」「上級生、先輩など目上の人」「同級生や下級生、後輩など目下の人」「指導教員」など相手のタイプを場合分けして訊ねています。
学術的分析が欠かせなかった
林 調査票の検討は2020年度のタスクフォース(TF)で行いました。座長は松木先生で、調査が専門の先生、相談支援を行っている先生、ハラスメント相談所の先生、男女共同参画室の先生がメンバーとなり、私はとりまとめ役でした※5。今年度、私がダイバーシティ担当理事となり、調査分析のTFを立ち上げました。座長は、データ分析とダイバーシティの両方に精通し、総長補佐でもある本田先生にお願いしました。構成員の4分の1もの人が答えてくれたものを無駄にせずしっかり役立てるには、学術的な分析が欠かせませんでした。本田先生には本当に感謝しております。
本田 21年度のメンバーは社会調査に携わる先生ばかりです。作業のピークは昨年の夏休みでしたが、誠実に任を務めていただいた先生方に深く感謝しています。6人の先生方と話し合って章の担当を決め※6、残った部分を私が担当しました。そこには自由記述が含まれます。生々しいことも書かれていて、反映しないわけにはいかないと思いましたが、固有名詞を含むデータでもあり、第9章「自由記述の分析」※7ではかなり苦労しました。
谷口 今回の報告書は質的にも充実しています。前回は集計表レベルでしたが、今回はかなり突っ込んだ統計分析が含まれていた点が印象的でした。
本田 専門的で詳細な分析を、と理事から明確な依頼があったので、統計分析が得意な先生方を選び、専門のスキルを生かしてくださいとお願いしました。正直に言えば、ここまで詳細に行う必要があったのかなという気持ちもあります。まず迅速に単純集計レベルのものを出して、後から丹念な分析をして出すのがよかったかもしれません。報告書発表まで一年以上かかったのはご回答いただいた皆様に申し訳ないことでした。調査後すぐに速報結果を役員間に共有したのですが、そこから時間がかかってしまいました。
林 数年に一度、大調査を行うか、軽めの調査をより高い頻度で実施するか、どちらがいいのか悩ましいところです。東大は大きな組織で何を行うにも時間がかかります。そのなかでこうしたセンシティブなテーマをどう調査していくのがベストなのか、いかに継続していくか、課題は多いです。また、このほか「学生生活実態調査」や「大学教育の達成度調査」もあり、学生にとっては調査の負担感もあるでしょう。
谷口 私は新聞社と共同で大規模調査を長年やってきましたが、速報と詳報の二段階で発表する形がいいのかもしれません。さて、前回まではサンプル調査だったのに対し、今回は全数調査で、回収率こそ4分の1でしたが、有効回答数は実に1.2万※8に上りました。この辺りはどう受け止めますか。
林 4分の1というのは、一般的にみれば低いかもしれませんが、実施した側から見ると高い数字です。実施前は何人が回答してくれるかと本当に心配で、当時の五神真総長にお願いして科所長会議等で告知してもらったり、東大ポータルのトップに載せてもらったり、回答を増やすためにできることは何でもやりました。
※5 林香里(総長特任補佐)、丹下健(ハラスメント相談所長)、吉江尚子(男女共同参画室長)、高野明(相談支援研究開発センター准教授)、大西晶子(同准教授)、永吉希久子(社会科学研究所准教授)、手塚安澄(本部課長)(肩書はいずれも当時)
※6 村上進亮(工学系研究科准教授)=第2章「前回調査からの変化」、 椿本弥生(教養学部特任准教授)=第5章「教職員のセクシュアル・ハラスメント認識と被害経験」、上野雄己(教育学研究科特任助教)=第3章「ジェンダーおよびハラスメントに関する意識」、務台俊樹(生産技術研究所助教)=第6章「学生の所属分野別の特徴」、 三輪哲(社会科学研究所教授)=第7章「出身校と在学中の意識変化」、永吉希久子=第4章「学生のセクシュアル・ハラスメント認識と被害経験」 、本田由紀=第8章「問題認識と必要な対策」第9章「自由記述の分析」第10章「分析のまとめと示唆」。
※7 第9章では自由記述の分析が詳しくなされているだけでなく赤裸々な自由記述の抜粋が多数掲載されています。現状を直視するためにご一読ください。
※8 有効回答数 11,939件
女性 | 男性 |
---|---|
30.2 % | 65.7 % |
女性 | 男性 |
---|---|
46.1 % | 49.7 % |
実態と意識が乖離するリスクが
谷口 調査結果のうち、最も共有したい部分をご紹介ください。
本田 構成員の意識は上がっているが実態はあまり変わっていないことです。ハラスメントに対する意識や、諸々の行為をハラスメントと捉える傾向は強まりました。前回調査より多くの人が敏感になり、少なくともこうした調査に答える人の規範意識は確実に上がっています。ただ、ハラスメントの経験者の比率は前回と大きな変化がありません。実態と意識の間のズレが見られることはリスクを孕みます。意識が高まったゆえにもう問題はないとか、関わると面倒だと思う人が増えてしまうわけです。
谷口 規範意識が高まっている一方でハラスメント経験者の比率が減らない。ダメとわかっているのにハラスメントをしてしまう人が多いのでしょうか。
本田 規範意識が高い人は実際にもハラスメントをしていないかもしれないし、調査に回答していない人、この問題に関心がない人がハラスメントをやりがちかもしれません。そこはこの調査ではわからないですが、東大全体を総合的に見れば、意識と実態との間のズレがあるのではないかと思います。属性別に見ると、女性やセクシュアルマイノリティ、文系のほうが鋭敏です。規範が高い集団とそうではない集団が、学内でマーブル状にむらを作っていることが窺えます。
谷口 氷山の一角と言いますが、回答率が4分の1であっても海面下に隠れている部分は3倍以上あるのかもしれません。
本田 調査に回答した人は問題意識が高い人です。回答者と回答しなかった人の間の乖離も気になるところです。
不信を抱かせるのは大学の責任
林 実際にはもっと深刻なことが起きていると覚悟すべきかもしれません。私が気になったのは、「相談しても解決するとは思えなかった」とか、「内容が外部に漏れるのではと思った」など、大学への信用の低さを窺わせる回答にも〇がついていたことです※9。そういう声が出たことを重く受け止めると同時に、誤解されている部分もあるとも思いました。キャンパスの相談体制は実はかなりしっかりしているし、秘密保持は当然です。なのにそういう印象を持たせてしまっている。ハラスメントの存在はもちろん、構成員のイメージと大学の実態が噛み合わないのもまずい。コミュニケーションの問題もあるのかと思います。
本田 ハラスメントは個人同士の関係の上で発生するもので、もとの関係性に依存します。地位が上の人からされるとハラスメントと捉えやすい。数は少ないですが、指導教員からされた場合のダメージは非常に大きく、学生の人生を左右しかねません。だから絶対に発生しないようにすることが求められます。ハラスメントの中身を見ると、なかには盗撮や性行為強要など明らかな犯罪行為もありますが、多いのは日頃の言動におけるマイクロアグレッションやアンコンシャスバイアスの事例です。発生場所として多いのは、学生は研究室、飲み会、合宿。教職員は職場と飲み会。「男性だから」「女性だから」というステレオタイプな物言いとか、懇親の一環として私的なことを言わせて不快に思われることが多いようです。非常に問題があるごく少数のケースと、程度は軽いが蔓延しているケースの両方があることがわかります。
※9 「学生ではなく教員や大学組織を守るような対応をされたらどうしようという不安が大きく、相談する勇気がなかなか出なかった」(学生/実際には親身に相談に乗ってもらえたとの付記あり)、「上級生にセクハラされた下級生がハラスメント防止担当の教員に相談したら、教員が学生同士のことは知りませんと答えた」(学生)などの自由記述もありました。
日本人学生と留学生の意識に差
林 一つ特徴的だと思ったのは「さまざまな能力・適性において、男女差はあるものだ」という項目への反応です。留学生は否定する割合が高く、留学生でない学生は低かったんです※10。
本田 この質問はワーディングが少し微妙で、生殖能力や身体能力まで含めて受け取った人もいたかもしれません。英語と日本語で質問のニュアンスが違うのではないか※11という指摘もありました。
林 こういう問題への答え方に慣れているかどうかかもしれません。留学生と日本人でこれだけ差が出たことには考えさせられます。
※10 「能力・適正に男女差はある」への反応
留学生 | 留学生以外 | |
---|---|---|
肯定 | 50.9 % | 72.0 % |
否定 | 44.6 % | 24.3 % |
※11 英語版の調査票では“It is natural that differences of ability and aptitude exist between men and women”と書かれていました。
ドット絵:前田デザイン室
dotown.maeda-design-room.net
被害濃度は少数派の方が濃い
本田 誰が被害対象になりやすいかでいうと、分析前には、他大から来た院生とか海外からの留学生とかのほうが被害を受けやすいという仮説がありました。でも実際には、東大に長くいる人や日本人のほうが被害に遭う率が高かった。非常勤の被害も常勤よりは少ないことがわかりました。あと、中高一貫の男子校出身者に問題があると言われがちですが、今回のデータではそうした傾向は見られませんでした。明確だったのは中高一貫の女子校出身者のほうで、女子ばかりでのびのびした環境から男子ばかりの環境に入って戸惑っていることが顕著でした。
林 他大を卒業して東大の大学院に来た人のほうが内部で進学した人よりいじめられているという話を耳にすることがありましたが、この調査では裏付けられませんでした。
本田 注意が必要なのは、コロナ禍でリアルの飲み会などが減った時期の調査だったこと。直近に外から来た人はそもそも対面で話すチャンスも少なかったでしょう。男性か女性かその他かで比較すると、ハラスメントの意識や被害経験やダメージを表す数値は、男性より女性が高く、女性よりその他の人が高くなっていました※12。数は少ないかもしれませんが、濃い濃度で問題が発生しているようです。学生も教職員もほぼ半数が東大には問題があると答えていたのもゆゆしき事態です。
谷口 性的マイノリティについて、本学でアウティング事件のようなことが起きてしまってはいけません。今回の調査でLGBTQ+に関する意識についてはどう見ていますか。
本田 重大な事件につながるような事例はデータでは見受けられませんでしたが、薄氷を踏むような感覚で日々暮らすセクシュアルマイノリティの方々がいることは見て取れました。多数派の存在が前提とされたり、少数派であることで過剰に意味を付与されたり。そういう扱いをされたくないのになぜ、と少数派が思っていることは読み取れます。
谷口 今回の調査を踏まえて、大学としてどこから着手する予定でしょうか。
林 まずは女性を増やす、多様性を上げることです。均質的な集団内部に特有の排除や差別を一掃しなくてはなりません。目下、部局女性人事加速5カ年計画を始めたところです。そして、インクルーシブ教育の実施も欠かせません。インクルーシブなキャンパスを目指す取り組みは全学各所にあるのですが、いまは部局ごとで全体像もつかめない状態です。そうした情報を集約し、体系化し、可視化したい。それから、相談体制のさらなる強化です。相談支援研究開発センターでは様々な相談シーンを提供していますので、それをもっと知っていただきたい。それと、女性支援については、「自分は女性だから採用された」といういわゆる「インポスター症候群」的な意識を持ってしまうのは、本人ではなく周りの問題だと心得たい。実際、女性の活躍を推進する様々なプログラムは狭き門の難関で、採用されるのは優秀な方ばかりなのに、自分でそう思ったり思われたりしていることを本学でも他大学でも聞きます。そこは常に気をつけていきたいです。
本田 教育・研修と相談体制の改善に加えて、「東大は変わる、このままではダメだ」ともっと総長から強く打ち出してほしいです。この調査でも、東大は男の大学でいい、女性に下駄をはかすな、などと自由記述に書く人がいました。女性の活躍が必要だという機運が社会全体で高まる一方で、男性の側に鬱屈が生じているようです。これまで履いてきた下駄が奪われかねないという恐れが女性への攻撃に転じている。そんなことを言っている場合ではなく、東大の男女比は異常であり恥ずかしい状況であることを、ポスターでも動画でも、総長から構成員に伝えてほしいです。
※12 何らかのハラスメント被害経験がある学生の性別
男性 | 女性 |
---|---|
15.3 % | 30.1 % |
その他・回答しない・無回答 |
---|
39.4 % |
「いまはフェア」は間違った前提
谷口 構成員は何をすべきでしょうか。
林 ダイバーシティは日常生活に根ざすテーマです。私は理事としてできることは背水の陣をしいてやっているつもりですが、4万人の構成員全員の日常的な意識に食い込むことはできないし、本部組織にも限界があります。皆が現状でいいと思っていたら何も変わりません。ここまで男女比が偏っていれば、個人の能力がきちんと計られてないことは明らかです。「逆差別だ」と言いだす背景には、いまのシステムがフェアだという前提認識がありますが、ぜひ、皆さんが、いまのシステムのほうがおかしいという前提を共有してほしい。アンフェアな状態が100年以上蓄積されてきて、現在の状況があるわけです。たとえば、新規採用の際、ダイバーシティの観点からフェアな評価をしているかどうか、立ち止まって考えてほしい。一人ひとりがそうした反省的意識をもち、納得しながら進んでいけば、それが大学の施策へと結実し、やがて調査結果にも反映されるはずです。大学側が一方的にお願いしても、限界があることはこの一年で実感しています。
本田 大学では教育・研究に関してエクセレンスが最大の価値とされがちですが、エクセレンスと同等に倫理と責任が重要だという認識が世界的に高まっています。コアにあるのは個人に対する敬意です。差別はすべて個としての他者を踏みにじることにつながります。すべての他者に敬意を払うことが重要です。職務を果たすだけの構成員ではなく、人としての尊重と敬意がベースにあった上で互いに役割を果たしあう構成員でないといけません。道徳の先生のようで面映ゆいですが、突き詰めて考えるとこのあたりまえの部分にたどりつきます。
林 「エクセレンス」の定義が狭いように思います。従来的な「エクセレンス」に固執すれば、イノベーションや新時代のクリエーションは生まれないと思います。「エクセレンス」の新たな可能性を追求し、皆がいろいろな形で活躍できるようになれば、新しいアイデアも出てくるのではないでしょうか。東大がそういうキャンパスになるための下地としてこの調査報告書を役立てたいです。
谷口 ダイバーシティ推進の上で調査と両輪をなすのがダイバーシティ&インクルージョン宣言です。
林 ダイバーシティ&インクルージョン宣言は、現代社会の基底的な倫理を確認するものです。ただ、本来は、大学本部というより、むしろ構成員一人ひとりが宣言すべきものかもしれません。もうすぐ原案をお示しできると思います。「総長対話」の場などで話し合い、意見を募り、構成員の思いを集約して、みんなが納得した形で宣言したいのです。みんなのための宣言にしましょう。