3月2日、東京大学は「ダイバーシティ&インクルージョン」をテーマとするシンポジウムを朝日新聞社と共催しました。総長と朝日新聞社社長のほか、ジェンダーやD&Iに向き合う研究者、教員、学生、企業役員、ジャーナリストが登壇。インクルーシブ社会の実現に向けて、大学やメディアや企業がどのような役割を果たすのか、実現した先にはどのような風景が見えるのか、議論を深めました。第三部で行われたパネルディスカッションの模様を要約して紹介します。
第一部 対談「ジェンダー平等の実現へ東京大学と朝日新聞の取り組み」/藤井輝夫、中村史郎 モデレーター:林香里 |
第二部 プレゼンテーション「キャンパスから考えるD&I」/綾屋紗月 |
第三部 パネルディスカッション「インクルーシブな未来へ」/綾屋紗月、大杉美穂、橋本恵一、林尚行、宮丸正人、八尾佳凛 ファシリテーター:伊木緑 |
※当日の模様は「東大TV」で視聴できます。https://todai.tv/contents-list/2021FY/womens_day
東大も朝日も女性比率は2割
伊木 東大の学部学生と朝日新聞社社員の女性比率は、どちらも2割弱です。
八尾 居心地の悪さを感じることは多々あります。授業でグループワークをすると女子が一人になり、自分の発言がまるで女性代表のものであるように捉えられがちで、発言のしづらさを感じます。本来よい意見が出たはずの機会が奪われるのは、組織にとってもよくありません。
大杉 私が入学した約30年前に女子学生が初めて1割を超えたと聞いたんですが、当時の自分と同じことをいまの学生も感じていると聞いて残念です。1割や2割では変わらず、もっと増やさないといけません。もちろん教員もそうです。
伊木 数を増やす話になると、下駄を履かせるのか、優遇は逆差別だ、と声が上がります。研究の世界でも同じですか。
大杉 はい。たとえば女性研究者限定の公募に対して男女両方から異論が出ます。女だから採用されたと思われるのは悔しいという声もあります。院生やポスドクの頃、セクハラまがいのことは何度もあり、男性なら悩まないでいいことで悩まされてきました。女性限定の公募があっても、女性ゆえに乗り越えないといけなかったハードルはチャラにはならないでしょう。女性優遇で利益を受けても自分の能力を疑ってほしくないと思います。
林(尚) 私の職場では、紙面の責任を負う幹部の約3割が女性になり、現場が変わりつつあります。ある繊維会社が長年続いてきた女性の水着キャンペーンをやめました。それを大きく取り上げることになり、男性記者陣が記事を書いたんですが、女性デスクの指摘で原稿の位置付けをめぐる議論が巻き起こりました。多様性の時代だからやめたという記事から、性の商品化の側面があるのではないかという問題提起の記事に変わったんです。意思決定やものを生み出す場に女性が複数いる意味を身に沁みて感じます。
伊木 将来の選択肢を狭める要因があるとするとどんなことだと思いますか。
八尾 最も深刻な問題の一つは、無意識のうちに選択肢を狭める刷り込みです。女子だから無理して東大に行かなくていいとか地元に残ればいいとか。学校、家庭、メディアでバイアスが形成され、当事者のなかで内面化されます。ありえた可能性が潰れるのはもったいないです。
伊木 D&Iの課題を企業としてはどう分析しどんな取り組みをしていますか。
4:4:2 の「パネルプロミス」
宮丸 2つ話題を共有します。一つは2020年から始めた「パネルプロミス」で、イベントなどの登壇者を男性40%:女性40%:多様性推進枠20%とするものです。多様性を可視化し、無意識のバイアスを軽減するのが目的です。単なる数合わせではなく、多様性によって新たな観点や気づきを生み出すことが重要です。もう一つはDとIの間にEquityを挟んだ「DEIフレームワーク」です。個人の違いを考慮せず全員に「平等」なものを提供するか、個人の違いを考慮して「公平」な機会を提供するか。後者を模索し、最終的には「平等」で「公平」な機会が全員に提供される世界へ、という考えです。
伊木 少数派になりやすいのは女性だけではありません。橋本さんは自閉症スペクトラムの発達特性があるそうですね。
橋本 私が通った中学校では、発達特性がある生徒の数がクリティカルマスを超えていました。自閉症スペクトラムの特性を持つ生徒同士が連帯してコミュニティが形成され、特性を持つ人の発言力が高まりました。それにより、教師も含めて出る杭を尊重する空気が学校全体でできていたんです。マイノリティが一定数を超えて連帯が進むと発言力が高まり、コミュニティ全体がインクルーシブになる可能性がある、と伝えたいです。
綾屋 第二部のマイクロアグレッションの話で引用したスーという学者は、多数派が持つのはリアリティを定義する力だと指摘しています。数の力はリアリティの力だと肝に命ずる必要があります。
大杉 先日、目の見えない人が世界をどう感じているかを書いた本を読み、衝撃を受けました。晴眼者にはできない発想がありました。見え方が違う人同士が対話することで、わからなかったことがわかったり、世界や発想力が広がったりする。それは研究の世界ですごく重要なことです。知識だけでなく独自の発想を生むことが非常に大事。多様な見方をする人がいて、対話があって情報を交換できれば研究にとって非常によいことです。
林(尚) 新聞社ではたくさんある部ごとの帰属意識が強く、均質的なシステムを長く守ってきました。これを壊して長期的ビジョンを明確化することが必要です。
伊木 東大の男女比率が半々になると社会にはどんなインパクトがあるでしょう。
東大の歪みは社会の歪み
八尾 東大は産業界、学術界、官公庁にも人材を輩出しています。東大の歪みは社会の歪み。D&Iの考え方を持つ卒業生が社会に出ることが重要です。少数派が周縁化される負の連鎖を断ち切ることに教育機関として貢献できるはずです。
伊木 最後にお題です。インクルーシブ社会に近づくため明日から何をしますか。
綾屋 私の研究室には様々なマイノリティに属する人がいますが、各々が属するコミュニティの背景や、何を言われたらマイクロアグレッションと感じるかについてはあまり話題にしたことがありません。身近な同僚とその点を話す場を設け、キャンパスを多様性に開く学生・教職員向けプログラム開発に取り組みます。
大杉 私を含め、多数派ゆえの特権があることに鈍感になりがち。本来は多数派が学ぶ努力をすべきですが、少数派が声を上げたときに、多数派はせめて声を上げた人を一人にしないことが大事です。その点を心がけようと思います。
橋本 マジョリティ側の男子学生の一人として避けたいのは、マイクロアグレッションの加害者になることです。そうならないためには当事者コミュニティの声を聞くのが一番で、東大で声を聞きやすいメディアが『biscUiT』※でしょう。よく読んで女性の困りごとを学びます。
林(尚) 縦の壁と横の壁を壊す行動を行います。前者では読者が信頼してくれる記事を出すために、あるときは上司が女性で部下が男性、あるときはその逆というふうに縦の行き来ができるチームを作ります。後者では、部を越えたチームを作って信頼できる記事を生み出します。
宮丸 将来のインクルーシブ社会に向けて、新しい活動やアプローチを生み出さないといけません。より多様な皆さんとともにインクルーシブな社会に向けた価値創造に一つずつ取り組みます。
八尾 学生の特権かもしれませんが、違和感を感じたときに声を上げることです。就職活動をする中でも、少しでもおかしいと感じることがあった際にはためらわず声をあげることを実践します。
伊木 私は、他人の考えがわからないのが大前提だと肝に銘じ、理解し合うために言葉を尽くそうとあらためて思いました。本日はありがとうございました。
※上記は抄録です。言葉は省略されている場合があります。
※八尾さんが代表を務めた「東大女子が贈るフリーペーパー」https://utbiscuit.xxxx.jp
大学とメディアのトップが対談
第一部では、「ダイバーシティとはほど遠い」と林理事が紹介した両組織のトップが対談。中村社長は、2016年に日本のジェンダーギャップ指数が144国中111位だった衝撃を機に取り組みを重ねてきたことが2020年の「ジェンダー平等宣言」に結実したこと、女性指導者育成の専門家を社長アドバイザーに招くことなどを紹介しました。藤井総長は、多様な人々による対話は学術の高みを目指す上でも重要なこと、D&I宣言の準備を進めていること、女性人事加速の5カ年計画を始めたことなどを紹介。女性支援の施策を行うと「下駄を履かせるのか」と言われると悩みを吐露した林理事に、「下駄を履いていたのは男性」と中村社長が応じ、藤井総長が深く頷く一コマも。
第二部では、外から見えにくい経験を内側から記述してメカニズムを探る当事者研究に取り組む綾屋先生が登壇。人間についての研究には当事者が主体的に関わる共同創造が必要だということが国際的に共有されていること、障害は個人と環境のギャップに起因するという障害の社会モデル、ふとした言動で相手を傷つけるマイクロアグレッションなどを説明しました。先端研では障害のある研究者を雇用するユーザーリサーチャー制度を日本で初めて導入し、現在5人の研究者が活躍中との報告も。インクルーシブなキャンパスの一端を覗かせるようなプレゼンテーションでした。