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連携研究機構を軸に進む大学のVR活用の現在 メタバースとしての東大

アバターで様々な社会生活を営むバーチャルリアリティ(VR)空間、メタバースへの注目が高まっています。メタバースとして捉えた東大の現状はどうなっているのか、そしてVRを教育・研究に活用する試みはどのくらい進んでいるのか。連携研究機構バーチャルリアリティ教育研究センター(VRセンター)の機構長と専任教員のお二人にまとめて聞きました。

相澤 VRセンターは2018年2月に発足しました。様々な分野と幅広くつながるVRは連携研究向きだと思います。実は医学では以前から活用が盛んで、日本VR医学会は20年もの歴史を持っています。専門でなくてもVRと接点がある研究者は多く、そうした人たちを結びつけるのもセンターの役割です。

VRセンター機構長 相澤清晴 VRセンター准教授 雨宮智浩
VRの文字が書かれた扉
143号室(別名F3プラザ)のドア。隈研吾先生が設計した室内にはHMDや運転シミュレーターや元祖「ポケモンGO」的な企画で使ったウェアなども!
カメラが設置されたフレーム
カメラ80台を連結させた3Dスキャンシステム。
ロゴ
Head Mounted Display

VR講演のセキュリティとは?

雨宮 私たちの拠点は工学部1号館の143号室です。令和2年度総長大賞の「バーチャル東大」は、学生チームがこの部屋をバーチャル化する試みから始まりました。別室には本人の姿を保ったアバターを作るためのスタジオがあり、これまでに総長をはじめ関係者数十人を3Dスキャンしてきました。1月には、スタジオ発のアバターで総長が初のVR講演を行いました。国立情報学研究所のシンポジウムの各大学総長講演シリーズで東大が先陣を切ったことに意義があります。この際、講演用と視聴用で会場を二つ用意しました。講演会場に客を入れると講演中に誰かが邪魔をするなど不測の事態が起こる可能性が残るからです。VR講演におけるセキュリティ確保の一つの姿を示せたと思います。

相澤 センターの核をなすのは基礎研究、応用研究、サービスVRの3部門です。サービスVRはサービス業界の活性化にVRがどう貢献できるかを検討し実用を加速する部門。寄附講座を設置し、JR東日本、森ビル、近鉄などの企業とともに、業務の訓練や支援を行うVR技術の開発を行っています。その一つが、空港のカウンターで接客する場面をVR空間に再現し、クレーマー対応を学ぶ接客VRトレーナーです。応答の仕方により客の怒りが変化し、適切に対処すればレベルが下がります。脈拍などの生体計測技術とAIをVRに加えて研修に使う試みが進んでいます。

各部局のVR企画実施を支援

雨宮 私たちは全学の先進的VR研究を支援するプロジェクトも進めてきました。企画を募り、最大50万円と技術支援を提供するものです。手足を失った人にVR治療を施すとどんな効果があるのかを調べる(医学部附属病院)、音痴の人が合唱することで音痴に聞こえなくなるかを検証する(工学系研究科)など、興味深い企画が集まりました。農学部附属動物医療センターのVR院内ツアー企画では、Googleストリートビューのような形で院内を案内しますが、センターの教員がお芝居をするという趣向も加わり、動物視点で入院から退院までを紹介する意欲作が仕上がりそうです。VRを教育に応用する取り組みを低コストで全学に展開したことは機構の外部総括でも高い評価を受けました。

相澤 今後は大学におけるメタバースのあり方を考える必要があると思っています。今度デジタル技術を駆使した工学分野における教育の場として「メタバース工学部」が設立されるのは象徴的です。実は他大でVRセンターの機能を持つ組織は見当たりません。ノウハウや人も含め、センターは東大の重要なインフラになります。培った経験や知見を学外にも共有しVRの利活用を広げたいです。これは思いつきですが、退任教員のアバターを作るのはどうでしょうか。銅像のかわりにそれらが並ぶ部屋をVR空間に用意する。実物より細くしたり少し若い姿にするのも簡単です。センターのスタジオを喜んで提供します。

❶相澤先生や雨宮先生ほかスタッフのアバターがゾンビのように揺れているバーチャルVRセンターの内部。センターの紹介動画などが見られるほか、2階には錯視関連の展示が。遠目にはモンローで近づくとアインシュタイン!?
❷駒場の21 KOMCEE WEST地下にあるカフェ「KOMOREBI」を再現したVR空間は国際交流イベントの場として使われています。窓の外には実際にはない広がりのある空間が。
❸接客VRトレーナーの画面。人を苛立たせるクレーマーの再現度が特筆もの。
❹(上)総長VR講演の会場。(左)手のセンサーとHMDを装着して動作を確認する総長。(右)総長のアバター。
❺横浜市消防局ほかと共同開発した消防隊員訓練用VRコンテンツ。
❻本郷、秋葉原、横浜中華街などのエリアを360度見渡しながら歩ける動画地図コンテンツ。
❼18の学生サークルが参加したメタバース新歓オリエンテーション会場。リアル本郷では見られない立て看をクリックするとVR部室に飛び、待機していた先輩と様々な相談をするという展開も。
❽2021年夏学期に雨宮先生が実施したVR授業の様子。約40名がVRプラットフォームから思い思いのアバターで参加しました(約40名はZoomから参加)。
1,2はVRプラットフォーム「cluster」をダウンロードすればアクセス可能(アカウントも必要)。6,7はブラウザだけでアクセス可能→https://vr.u-tokyo.ac.jp

2019年から進展中!VRセンターが支援する全学の研究プロジェクト

1 嚥下運動における複雑な構造変化の可視化と教育応用 医学系研究科 山岨達也
2 複合現実法を用いた術野と医用画像との融合提示システムの開発と教育への応用 医学部附属病院 山岨達也
3 肺部分切除術における難易度予測モデルの構築 長山和弘
4 ヒューマンオーグメンテーション学特論実習講義(総合分析情報学特論XII) 情報学環 暦本純一
5 東京大学制作展におけるバーチャルリアリティ技術を活用した展示支援 筧康明
6 学部生によるVRコンテンツ制作のための環境提供 阪口紗季
7 Exploring the Affordances of VR for Undergraduate Interaction Design Education ハウタサーリアリ
8 ロボット手術VRシミュレーション 工学系研究科 原田香奈子
9 音痴合唱団劇場 小渕祐介
10 VRアバター通信とビデオ通話を用いたオンライン心理支援体験の比較 情報理工学系研究科 谷川智洋
11 生体情報センシングのフィードバックによるVRコンテンツデザイン 新領域創成科学研究科 伴祐樹
12 高齢者の交流促進を目的としたイベントにおけるVRを活用した先端技術教育に関する研究 高齢社会総合研究機構 伊藤研一郎
13 時空を超えた科学館 先端科学技術研究センター 稲見昌彦
14 バーチャル空間における143室の再現
15 展覧会VRアーカイブの構築と美術・歴史教育への利活用 人文社会系研究科 芳賀京子
16 数学における「概念の可視化」とその教育支援への応用 数理科学研究科 河野俊丈
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美術館・博物館特別展のVRデータや高精細画像などを利用し、VRアーカイブやデジタル・ミュージアムの構築と、VR美術・歴史教育教示の開発を目指す取り組み。昨年11月の東京都美術館「コートールド展」では、人文社会系研究科と工学部の学生が会場内のVR撮影を行い、データの編集は工学部の学生が担当しました。

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現代数学で扱う高次元の物体の直感的イメージを得るため、学生とOBのチームが週1回の作業をミーティングを重ね、VRを用いた「可視化」を検討。VR空間内で結び目の描画と変形と数学的操作を自由に行うツールと、4次元空間内の物体をVR空間内に描くための基本的な機能を実装したツールを開発しました。

1 ⾝体化デザインによるAR天⽂共同学習環境の開発 情報理工学系研究科 葛岡英明
2 幻肢の運動表象におけるVR治療効果と痛みの性質の役割の解明 医学部附属病院 住谷昌彦
3 VRを⽤いた⼀⼈称体験により認知症の理解と⽀援⾏動の動機付けを⾼める教育プログラムの開発 医学系研究科 五十嵐 歩
4 AR技術を⽤いた⼿術⼿技トレーニングシステムの構築 斎藤 李
5 バイオセーフティチャンバ内における無菌操作VRシステムの構築 新領域創成科学研究科 伴 祐樹
6 “機械を感じる”——デジタルファブリケーションのインタフェースとなる⼊⼒データとしての触覚情報—— 工学系研究科 山岨達也
7 ムービーマップによるバーチャルキャンパスの実現 情報理工学系研究科 相澤清晴
8 ⾼精細3DCGを⽤いたオンライン解剖学実習アプリの開発と教育への応⽤⾦ 医学部附属病院 金 太一
9 附属動物医療センター(VMC)VR院内ツアー 農学生命科学研究科 西村亮平
10 附属牧場を活⽤したVR教育フィールド 桑原正貴
11 VRを⽤いた⼩動物外科⼿術教材の作作製と教育効果の検証 中川貴之
12 ⼩⽯川植物園のハイブリッドバーチャルツアープロジェクト 先端科学技術研究センター 稲見昌彦
13 ⾼齢者とのTele-SocialActiviyを通じた遠隔教育研究活動 情報理工学系研究科 伊藤研一郎
14 VRの議会運営への利活⽤に関する調査研究 先端科学技術研究センター 牧原 出
1 VRを開発プロセスに組み込んだ新しいあそびをつくるハッカソン 情報学環 伊達 亘
2 「インタラクティブ4DCGを用いた頭蓋底手術シミュレーションの教育への応用 医学部附属病院 金 太一
3 ウィズコロナ時代の助産師教育における、VRを用いた分娩介助技術に関する教材の開発と評価 笹川恵美
4 VR技術を用いたうつ病のスティグマ軽減を目的とした教育アプリの開発 医学系研究科 香山綾子
5 VR技術を用いた疑似盲導犬歩行体験プロジェクト 新領域創成科学研究科 渡邉 学
6 VR空間を活用した異文化交流・多文化共生経験を高める国際研修プログラムの開発 総合文化研究科 佐藤みどり
7 VR/AI技術を活用した地域連携のためのフィールド調査 先端科学技術研究センター 牧原 出
8 ムービーマップの観光業への応用と現実世界融合の模索 情報理工学系研究科 澤邉裕紀
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盲導犬との歩行体験会が各地で開催されていますが、多人数に対する長時間の歩行体験では盲導犬が疲弊する問題が指摘されます。そこで、盲導犬歩行時の主観視点と力覚的体験を表現できるVR技術に着目し、VR空間における盲導犬との力覚的インタラクションを通じて盲導犬の理解促進に資するかを検証するプロトタイプを作成しました。

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日本人学生と外国人留学生が共に学ぶ国際研修プログラムの開発を目指した取り組み。日本文化や先住民族の文化と歴史を理解し、他の多様な文化との比較考察を行って議論しました。 オーストラリアの提携大学とともに、オンライン語学研修と異文化交流、スタディーツアーを含むパーチャル国際研修も実施しました。

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柏キャンパス用地取得完了報告会 二十数年越しの大計画にひと区切り

柏キャンパス用地の空撮

7月4日、柏キャンパス用地取得完了報告会が安田講堂において開催されました。21世紀における新たな学問の発展に向け、本郷、駒場に次ぐ第三の主要キャンパスとして二十数年間にわたって整備が進められてきたのが柏キャンパスです。2021年3月に全約36.6haの土地取得が完了したのを記念して行われた報告会には、学内関係者のほか、柏キャンパスの各部局の歴代研究科長、研究所長等および歴代の財務担当理事など、約100名が出席しました。

式辞 藤井輝夫 総長
来賓 吉川弘之 第25代総長
来賓 里見朋香 文部科学省 大臣官房審議官
来賓 太田和美 柏市長
経緯報告 出口 敦 新領域創成 科学研究科長
現況報告 森 初果 物性研究所長
基調講演 梶田隆章 卓越教授
閉会挨拶 津田 敦 執行役・副学長 司会 横山広美 カブリ数物連携 宇宙研究機構教授

藤井輝夫総長からは、「知の冒険」、多様な次世代リーダー育成、次世代環境都市構築など、まさにUTokyo Compassの視点に基づく対話による連携活動が進んでいるのが柏キャンパスであり、今後は世界の公共性に奉仕する大学としての研究教育活動がさらに発展することを期待しているとの式辞が述べられました。

来賓挨拶で登壇した吉川弘之先生は、大学紛争後の東大には教育環境の劣化を何とかしないといけないという大きな課題があったということから話を始めました。大学院重点化構想の議論もあり、本郷と駒場だけでは手狭なことが明らかとなって近郊に土地を求めた東大。柏への移転計画が浮上したのは森亘総長の頃でした。各部局で移転に関する議論が始まるなか、工学部の議論をまとめたのが吉川先生でした。当初は学科ごとに教員を何人出すのかという議論が主だったのが、話を重ねるなかで次第に学問の本質に迫る議論になっていったそうです。過去の蓄積を受け継いで深めること、社会の要望に応えること、そして従来の構造に収まらない新しい知を生むこと。この3つが学問には必要であることを皆で確認し、3つ目の役割を担うものとして柏が位置付けられました。手狭なキャンパスの補完地から学問の三極構造を担う重要拠点へと位置付けが変わったことで、移転の機運は高まります。資金面、ポストの問題、地域とのご縁をどうするかなど、難題は順次クリアされたのでした。柏キャンパスは学内外の人々による努力の賜物であり、学問は決して一人ではできないものであること、社会との関係が重要であることをあらためて感じたと語った第25代総長の率直な言葉に、会場の約100名の関係者は大きな拍手を送りました。

その後、文部科学省大臣官房審議官の里見朋香様、柏市長の太田和美様のお二人にも来賓挨拶を頂戴し、柏キャンパスを本拠とする、新領域創成科学研究科長の出口敦先生と物性研究所長の森初果先生が、経緯と現況を各々報告。基調講演を行った卓越教授の梶田隆章先生からは、当時の宇宙線研究所にとっては夢のような移転だったこと、柏キャンパスの顔となるものを作りたいと願っていることなどが語られ、20年前には雉が鳴いていたという貴重な報告もありました。最後に執行役・副学長の津田敦先生が、柏キャンパスに壁がないことには大きな意味があると述べて報告会を締めくくりました。

柏キャンパス整備史
1996 第一期土地取得完了(南東側・約11.6ha)
1999 第二期土地取得完了(南西側・約12.1ha)
2000 物性研と宇宙線研が移転
柏保健センターを設置
2001 新領域生命科学研究系が移転
2003 環境安全研究センター柏支所を設置
2004 新領域基盤科学研究系が移転
柏図書館を設置(正式開館は2005年)
2005 人工物工学研究センター、空間情報科学研究センター、高温プラズマ研究センター、気候システム研究センターが移転
2006 新領域環境学研究系が移転
2007 IPMU(後のKavli IPMU)を設立
2008 柏の葉国際キャンパスタウン構想を策定
2009 海洋研が移転(翌年に大気海洋研に改組)
2011 第三期土地取得完了(北西側・約7.6ha)情報基盤センターの一部と高齢社会総合研究機構の一部が移転
2014 文書館柏分館を設置
2017 生研附属千葉実験所が移転
2021 第四期土地取得(北東側・約5.3ha)を完了
2022 柏FUSIONフィールドを設置